第10話 薄毛の記憶

 俺の携帯電話、ガラケーの通信業者のロゴが目に入り、思わず吹き出す。


「J-フォン⁉︎」


「俺のはツーカーだよ」


 西松はそう言いながら、呆れたような笑みを溢した。


「今さら、こんな時代遅れの物が使えるのか?」


「使えているから、お前と連絡取れたんだよ」


 確かにそうだな。

 だとしても、これはどういうことだ。この前までスマホだったのに。


「誰かが俺の携帯をすり替えたのか?」


「俺もそのことを考えたけど、周りを見てみろよ。みんなガラケーだから」


 周囲を見回す。

 西松の言う通りだ。携帯を使ってる奴、皆ガラケーだ。

 しかし信じられない。たまたまじゃないのか。


「スマホはどうしたんだ?」


「ネットで調べたけど、存在していないみたいだよ」


「馬鹿な、そんなことあるのか?」


「それがあるんだよ。ちょっとついて来いよ」


 西松は所沢駅からすぐの商店街、プロペ通りを歩き始め、俺はその後に続く。

 プロペ通りを進んでいくと、すぐに携帯電話販売店が見えた。


「見てみろよ」


 西松に言われ、遠目から携帯電話販売店を見るのだが、店頭にはガラケーしか置いていない…


「訳がわからない。俺たちは過去に飛ばされでもしたのか?」


「さっき携帯電話で今日の日付見ただろ」


 西松の言う通りだ。俺はさっき携帯電話の日付を見た。過去に戻ってはいない。

 携帯の件は一旦、置いておくとして、


「他に何か変わった事はあるのか?」


「俺は昨日、気づいたばかりで」


 ここで西松は微妙に口ごもった。

 そんな中、俺は今、西松のある変化に気づいた。


「西松、お前その髪型どうしたんだ?」


 俺が知る、この前までの西松はサラダボウルに味付け海苔を貼り付けたような、白々しい髪型だったのに今の西松は昔の山下達郎みたいな長髪だ。それは西松が入間川高校に入学した頃の髪型でなのである。


「え?いやぁ、まあな…」


 西松は露骨なまでにニヤけていやがる。


「風間!これは地毛だぞ!カツラじゃないからな!ほら!」


 西松はそう言いながら、前髪を掴み、額の髪の生え際を見せ、さらに頭頂部の髪を上げて根元と頭皮を見せてくる。

 これは確かに地毛のようだ。

 にわかには信じられないのだが、俺にはこれと似たような事が前にもあったのだ。

 ヅラリーノだ。あれは入間川高校へ通っていた頃、黒薔薇党によって占拠された日の事だ。

 妙に自信満々なヅラリーノが突っかかってきたものだから、いつもの様に奴のカツラを剥いでやったのだがな。

 それがカツラではなく、地毛だったのだ。

 西松の頭髪にもヅラリーノと同じ現象が起きた…


「確かにカツラではないようだな。

 高校時代、カツラだったはずのヅラリーノに、突然髪が生えていたこともあったからな。今の俺ならお前のそれも信じられる」


「だろ?何故かわからないけど、髪が生えていたんだよ!」


 西松はいかにも不可思議だ!みたいな表情をしようとしているのだが、嬉しいという感情を隠しきれていない。

 しかし、西松の髪のことなどどうでもいい。


「それは一旦、置いておくとして、俺とお前は銃殺刑にされたはずだよな?撃たれた跡とか傷、誰かに助けられたんだとしたら、手術跡があるはずだ!」


 俺はその場で冬物の上着を脱ぎ、スウェットシャツと肌着を胸までめくり上げる。


「西松っ、銃創とか何かあるか?」


 西松は困惑したような表情をしながらも、俺の周りを一周する。


「何も無いよ」


「それなら下半身か」


 俺はズボンのベルトに手を掛ける。


「風間、ここは路上だぞ。下は後にしろよ」


 西松のその言葉で我に返ると、通行人達の視線を感じた。


「そうだな、俺はいいとして西松はどうなんだ?お前は全身に銃弾を浴びていたはずだぞ」


「俺もこのことを思い出した時に全身を確認したんだけど、それらしいものは何一つ無かったよ」


「どういうことだ…」


 俺の銃殺刑のことは別として、西松が無傷だなんて、有り得るのか…

 困惑している西松の顔を見て、俺はさらにあることを思い出した。


「高校時代といえば、高校が占拠された日以降の事をお前も忘れていたよな?その後、思い出したか?」


 西松は身体をピクリさせた。


「まだ思い出していない」


「俺もだ。そしてペヤングらに銃殺刑にされた後の記憶もない。

 どういうことだ…」


 西松は何も言わない。


「駅前の全てが音もなくひっくり返って地面に飲み込まれたのに、この平穏は何なんだ。

 俺たちが無傷なことと言い、まるで全てが無かったことのようだ。

 この街中にいる連中はこれをわかっているのか?」


「わからない。俺が記憶取り戻して、まず最初に両親に話したけど、わかってくれなかったよ」


 両親か。俺はさっき異変に気付いたばかりだからな。かと言って、家帰ってこのことを聞く気になれない。とくに父である烈堂にはな…


「西松、俺以外に大学の奴らに連絡したか?」


「出来るワケないだろ。堀込たちは青梅財団側だろ…」


 西松は表情を曇らせる。


「青梅財団…、そうだったな…」


 俺は青梅財団のことを忘れていた。確かに西松は青梅財団やペヤングの取り巻きに近かったからな。


「城本とかどうしたんだろうな」


 西松は少しばかり寂しそうな表情を浮かべ呟いた。


「城本と糞平も銃殺されたけどな。西松、俺とお前のこの様子からすると奴らも生きていても不思議ではない」


 俺は携帯電話を取り出し、電話帳を開く。


「でも、そもそも俺は城本、二号の連絡先知らないんだよな。西松、お前は知ってるか?」


「俺が知るワケないだろ」


「それもそうだな。それなら糞平はどうだ」


 電話帳から糞平の電話番号を見つけ掛けてみる。

 しかし、無情にもこの電話番号は現在使われておりません、のアナウンスが流れた。


「糞平の電話番号は現在使われておりません、だとさ」


「それなら“仮面”はどうだ?」


 西松は急に思い出したかのように“仮面”の名を出した。


「わからん。連絡先も知らない。

 あいつは俺たちの為に盾になってくれたのにな…

 俺たちは森本のトレーラーハウスから脱出した直後に、ペヤングらに捕まったからな…」


「だよね。“仮面”はあの後、どうしたんだろうな」


「ああ…」


 “仮面”はナノマシンとやらで、全身兵器に改造されていたようだが、黒薔薇党の援軍も来てたからな。

 多勢に無勢ってことも有り得る。


 西松も“仮面”のその後を想像しているのだろうか、俺たちはただその場に無言で佇んでいた。

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