第6話 回転木馬

 絶望感に打ちひしがれながらも、俺の頭の中は今までに味わったことが無いぐらい鮮明になっていた。


 次から次へと脳裏に浮かぶ光景が、まるで回転する環のように、まるで回転木馬に乗っているかのように移り行く。

 そしてある光景が脳裏に浮かぶと、回転木馬の速度が緩やかになるようにして、その光景へ焦点が定まっていく。


 これはあの日の光景だ。

 あの日とは入間川高校が黒薔薇党に占拠された日のことだ。

 あの日、たった数時間の出来事で俺たちは天国から地獄へと落とされた。

 黒薔薇党の手によって仲間のほとんどを失いながらも、最後に残ったのは俺と高梨とパリスだった。

 高梨は俺を逃す為に身を挺したのだが、俺とパリスは出口を目指しながら、俺は何故か闇の中へ滑り落ちていったのであった。


 そう、さっき俺が河原を目隠しして手押し台車で高速滑降したのは、あの闇の中へ滑り落ちた時のことを再現したものであったのだ。

 俺は今、そのことに気付いた…


 しかし、頭の中は鮮明になれど、どうしても思い出せないことがある。

 闇の中を滑り落ちた後、俺はどうなったのか記憶がないのだ。

 あまりに過酷な記憶だからと、俺の意志の働かぬところで強制的に消去しているのか。

 これはどういうことなのか…



「そんなもの無えよ」


 俺の物思いを打ち破る二号の一言。


「何が無いんだよ?」


 と俺は思わず返事をした。


「西松だよ。西松がさっきから作戦があるんだろ?とかしつこいんだよ」


 二号は露骨なまでに辟易しているかのような表情を浮かべていた。


「だってこのままじゃ俺たち」


 と言った西松は茹蛸のように顔を真っ赤にし、その頬は鳴き濡れていた。

 そうだ。西松もあの日、入間川高校にいたんだったな。


「そういえば西松、お前はあれからどうしていたんだ?」


「あれからって何のことだよ?」


「入間川高校が占拠された日の後のことだ」


 西松はその細い眼を見開き、驚いたような表情を浮かべる。

 その西松の驚きっぷりに構わず、


「あの日、お前は入間川高校の放送室で校長と堀込の三人で人質に取られ、十字架へ磔にされていただろ?お前はあの場からどうやって逃げたんだ?」


 西松は1ミリたりとも表情を動かさない。


「さっき、お前は十字架に磔にされていたことを思い出したって言っただろ?その後の話だ」


 西松はそれでも眼を見開いてたまま、動かない。


「西松」


 暫しの沈黙に痺れを切らした俺が呼び掛けると、やっと西松の瞳が動いた。


「覚えてない」


 西松は呆然としながら呟いた。


「あの後、どうなったのか、覚えていない。その部分の記憶がない…」


「お前もか。俺にも同じようにあの日の記憶で抜け落ちている部分がある」


 その時、護送車が停車した。

 西松が驚いた様子で扉の方へ振り向くと、幾重にも掛けられた鍵の解錠音が聞こえ、扉が開け放たれた。

 逆光が人影を浮かび上がらせる。

 その人影は自動小銃を構え、


「お前ら、降りろ」


 とだけ言った。

 同様にして、車内にいた四人の武装した男達も立ち上がり、俺たちを車外へ降りるように促す。

 俺たちは立ち上がり、言われるがままに車外へと向かう。


 開け放たれた扉の先の光景に俺は思わず息を飲む。


 人集りだ。

 かなりの数の人集りが目の前に広がっていた。

 しかし人集りの前には柵が張り巡らされ、その柵の前には武装した男らが等間隔で配置されている。


「これは何なんだ…」


 護送車の後部扉の下に設置されたステップを降りながら、その光景に思わず、口をついて出た。


「なんだよ、これ」


 俺の後に続いて降りてきた西松も同様にして、この状況に驚きの声を上げた。

 一方、人集りは無言で俺たちを見ている。

 最後に降りてきた二号が俺の横に立つ。


「このギャラリーは何なんだよ」


 二号の声色はどこか愉快そうだ。


「立ち止まらず歩け」


 と武装した男が俺たちに自動小銃を向けてくる。

 その男に促された方へ振り向いた時、俺たちの背後に何があるのか、ここが何処なのかが今初めてわかった。

 ここは所沢駅だ。

 人集りの後ろには駅前ロータリー、その真ん中には植え込みの木があり、さらにその後ろには百貨店がある。

 間違いなくここは所沢駅だ。


 武装した男たちに誘導され、俺たちは歩き始める。


「俺たちどうなっちゃうんだよ」


 西松が再び嗚咽を漏らし始める。

 あぁ、どうなることやら…


 ものの数秒も歩かぬうちに誘導していた男が立ち止まった。


「そこの壁際に立っていろ」


 と、男が目配せしたのは、奥まった場所にあるコンクリートの大きな壁の前であった。

 その壁際には既に一人の男が立っていた。

 その男は項垂れてはいるが、誰かだかわかる!


「糞平っ!」


 既に壁際に立っていたのは糞平、爆弾魔風の人相をした男。

 ただし爆弾を自作しようとして家が焼けて助け出される間抜け風不細工だ。

 俺の声に糞平は頭を起こした。


「シロタン!」


 糞平はいつも抑揚無く喋り、無表情なのだが、今の糞平からは憔悴しきっていることが感じられる。


「お前も捕まっていたのか…」


「シロタン、残念だ。僕たちのしていたことは全て手遅れだった」


 糞平のその言葉に返す言葉が無い。


「これで全員揃ったのかしら」


突如として不快な声が聴覚に割り込んできた。

 この声の主は知っている。

 ペヤングだ。

 ペヤングの野郎は糞平が立たされている壁のちょうど向かい側、武装した男たちの真ん中にいた。


「あなたたちも草平さんの横に立っていなさい」


 草平が何のことか一瞬わからなかったのだが、糞平のことだ。確か糞平の本名は草平だった。

 俺たちは丸腰、多勢に無勢だからな。仕方なくペヤングの言うことに従い、壁を背にして糞平の横に並ぶ。

 俺たちが並び終わるとペヤングは満足気な表情を浮かべた。


「あなたたちはこれから全員、銃殺刑にします」


 ペヤングの放った銃殺刑という言葉に俺たちは皆、呆然とする。

 銃殺刑?何をこのペヤング頭は言うのか?現実味を感じない。

 しかしペヤングはさも当然だとでも言いたげの顔をしている。


「銃殺刑だと?寝言は寝てからにしろ」


 「寝言じゃなくって、銃殺“刑”よ」


 ペヤングはわざわざ、“刑”を強調してきやがった。


「刑だと⁉︎お前みたいなペヤング頭に」


「私には権利がある」


 ペヤングは俺の言葉を遮るかのように被せてきた。


「青梅財団はこの国の権力を掌握したの」


「嘘を言うな!」


「シロタン、本当のことなんだ」


 俺の横から声がした。糞平だ。


「シロタン、残念だけど彼女の言う通りだ」


 糞平は力なく、そう言った。


「草平さんは物分かりがいいのね。特別に目隠しをさせてあげます」


「そんなものはいらない」


 力無く、抑揚も無かったはずの糞平は毅然と言い放った。

 そんな中、不意に横で何かが崩れ落ちるような音がした。


「助けて下さいっ!助けて下さーいっ!」


 西松だ。西松が土下座をし、命乞いをし始めたのだ。

 これが映画やドラマの一場面なら無様だと感じるのだが、銃殺刑を言い渡された今、西松の気持ちはわかる。


「お願いですっ!何でもしますから助けて下さい!」


 西松は額を地面に擦り付けている。

 そんな様子をペヤングの取り巻きの武装した男たちから笑い声が漏れてくる。


「わかった、西野さん。立ち上がりなさい」


 ペヤングのその言葉に西松は頭を起こした。

 西松は命拾い出来るのか、とでも言いたげな希望に満ちた眼をしている。

 西松はすぐさま土下座の体勢から立ち上がった。


「西野さん、あなたの願いは聞き入れられない。

 あなたちは青梅財団に弓を引いたの。だから私たちに逆らうとどうなるのか、見せしめの為に銃殺刑にします」


 ペヤングは西松が立ち上がるのを見届けると、冷たく言い放った。

 その言葉に西松は絶句し項垂れる。


「順番はどうしようかしら」


 とペヤングは呟いた。


「私から向かって左からの順ね」


 ペヤングから向かって左?

 ということは、糞平、西松、俺、二号の順番ってことか。


「糞平っ」


 と思わずその名を呼ぶ。

 糞平は毅然とした態度で、ペヤングと銃殺刑の準備をし始める男たちを見ていた。

 その横顔はいつもの感情の薄さを取り戻している。


「シロタン、僕たちは何もわかっていなかったんだ」


「糞平…」


 数発の銃声が鳴り響いた。

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