第3話 黒とクロ
「森本正樹のトレーラーハウス内に隠れている者達に告ぐ、君たちは完全に包囲されている!」
完全に包囲?何のことだ⁉︎
森本正樹って、あの森本のことか?
この音声は外からだ。メガホンを使っているようだ。
ハウリングのような雑音の後に男の声が鳴り響く。
「我々がここに来た目的は二つある。
“仮面”という改造人間の身柄引き渡しと、風間詩郎の首級を挙げることだ」
“仮面”の身柄引き渡しと俺の首級を挙げる?なんだそれ?
なんだそれ?
なんだそれ?…、なのだが、俺は前にもこの状況になった事がある、気がする。
そして、この声にも聞き覚えがある……、気がする。
西松が甲高い声で悲鳴をあげる。
「そどぉっ!」
西松は腰を抜かし、その場にしゃがみ込みながら、窓の方を指差す。
やがて仄かに黄色を思い起こさせる臭気を感じる。
西松……っ、また失禁か…
「大変だ、武装集団に囲まれている」
“仮面”だ。“仮面”は窓から外の様子を伺っている。
二号は“仮面”の近くに駆け寄り外を覗き見る。
「青梅財団か」
「ちちち違うよっ」
「“仮面”の身柄を要求しているんだ。青梅財団以外に考えられないだろう」
「青梅財団かもしれないけどっ、や奴らは」
西松は尋常じゃないぐらいに狼狽している。
ここまで西松を狼狽させているものは何なのか。
俺はそっと窓側へ近づき、壁に隠れるようにして外を覗き見る。
外の光景を見たその刹那、俺は思わず、その場にしゃがみ込んだ。
言葉が詰まる。いや違う。息が詰まる。
一瞬、外には漆黒の巨大な影が広がっているように見えたのは目の錯覚だ。
巨大な影に見えたのは黒ずくめの集団なのである。
皆、黒装束に身を包み、頭から黒い頭巾を被っているせいで、一つの巨大な影に見えたのだ。
俺の背中に冷たい、嫌な汗が流れる。
西松の尋常ならざる狼狽っぷりの理由がわかった。
俺の身体も震えている。
「くくく」
と西松が言った。
西松は狼狽え過ぎて、遂に気が触れ、笑い始めたのかと思い見ると笑ってはいなかった。
西松の眼には涙が溢れている。
あぁ、俺にもこの黒ずくめ集団に見覚えがある。
俺の記憶の奥底から蘇ってきた。
奴らは…、奴らの名は、何だったのか。出てきそうで出てこない。
「くくく……、黒っ」
西松のその呟きに何かが閃いた。
「黒………、
黒薔薇党だっ!」
物陰から外を窺うと、黒ずくめ集団の黒い頭巾の額の辺りには青黒い薔薇の刺繍が入っていた。
そうだ、奴らだ。黒薔薇党だ。
「黒薔薇党?なんだよ、それ?
昭和の暴走族か?」
と二号は笑う。
確かに黒薔薇党という名は昭和の暴走族的な感覚だ。
二号が笑う気持ちはわかるのだがな、俺には笑えない。
それは何故か…
恐怖だ。
そうだ。高校時代のある日、黒薔薇党を名乗る謎の集団によって高校を占拠されたのだ。
そう、
「黒薔薇党というのは黒薔薇婦人の狂信者集団のことだ」
「黒薔薇婦人?それも何なんだよ」
「昔、そんな名前の女がいた」
そうだ…
黒薔薇婦人を名乗るあの浮世離れした美女と出会ってから俺の…
俺だけじゃない。俺たちの運命の歯車が狂ったのだ。
栗栖という、いつもズボンを腰穿きにしていて、常に半ケツ晒していた奴は人間時限爆弾にされ、
若本という高校生なのに風采の上がらない、中年男の悲哀を漂わせてた奴は地雷を踏んでサヨナラ。
違う、若本じゃなく榎本だ。
そうだ、妻殴りという、ハゲ散らかしの権化みたいな奴は逃走中に頭を銃で撃ち抜かれて死亡。
そうだ。俺たちは…、
「俺の高校時代の仲間達の殆どが、あの黒薔薇党に殺された…」
二号は何も言わず、その表情はどこか険しくなっていた。
そんな中、耳をつん裂くようなハウリング音が鳴り響く。
「西松っ!パリスっ!あとよくわからねぇ野郎っ!」
耳障りな声だ。
メガホン越しでもこの野卑た中年男みたいな声は誰のものだかわかる。
ヅラリーノだ。いや違う鉄兜か。
物陰から外を覗くと、黒装束集団の真ん中でメガホンを持つ奴の横に鉄兜はいた。
鉄兜はメガホン片手にバギーのような小型の車に乗っている。
いやバギーと言うには小さく、車椅子のような物だ。しかし、それを車椅子と言うには禍々し過ぎる。
車椅子の前面には装甲板が取り付けられ、その周囲には機関銃や大きな丸鋸が取り付けられ、大きく太い後輪の表面には幾つもの鋲が突き出し、そのホイールにも機関銃が取り付けられている。
その武装っぷりはまるでハリネズミだ。
そんな重武装を施された車椅子の真ん中に鎮座しているのは鉄兜でもヅラリーノでもない、メカヅラリーノといったところか。
「風間と“仮面”の野郎の身柄を引き渡せば、お前ら三人は見逃してやるよ!」
と、メカヅラリーノは続ける。
「そうだ。素直に投降しろ」
と、黒薔薇党達の真ん中にいる奴がメガホンを口元にあて、そう言った。
「投降だと!そんなことするか!」
と思わず口をついて出たのだが、不意に西松と視線が絡み合う。
西松はじっとりとした眼差しを俺に送っていた。
じっとりとして暗く、それでいて熱の籠った嫌な視線。
こいつぅ…、何を考えてやがる。
もしかして俺と“仮面”を黒薔薇党達に差し出すつもりか?
それで投降しま〜すってか?
投降か…
そうだ。こんな時、真っ先に投降したがる奴がいた。
そうだ、黒岩だ。通称クロ。高校時代の俺たちの派閥の領袖であり、いんちき人道主義者。
クロは…、クロは…、高梨が射殺した…
そうだった。入間川高校が黒薔薇党に占拠され、俺たちは入間川高校から脱出しようとしている最中のことだった。
クロは黒薔薇党に投降し話し合いをすると言って俺たちと別れたんだ。
それが早速、ヅラリーノに捕まり、舌の根の乾かぬうちに俺たちの逃走経路をバラし裏切ったのであった。
クロはヅラリーノに人質として差し出されたところを、高梨が容赦なく射殺したんだったな。
そうだ。高校時代の仲間はほとんどいない…
俺は何故、こんなことまで忘れていたのか…
「みんな、投降する必要はないよ」
人工的な音声、“仮面”だ。
“仮面”はその眼を赤く光らせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます