第2話 見逃さない男
森本がパトカーに乗せられ、そのパトカーが走り去った後、俺たちは森本のトレーラーハウスへ戻る。
入り口のドアを開けると、そこには“仮面”が立っていた。
「みんな、ごめん」
“仮面”は機械の音声ではあるものの、どこか悲しみを感じた。
「何故、お前が謝るのか」
意味がわからない。何故“仮面”が謝るのか。
「警官達は森本さんへの逮捕状を持っていたんだ。
だから警官達が森本さんを連れて行くのを止められなかった」
「いいじゃない、森本だろ?逮捕は当然」
と西松。
「あの様子だと日頃から嫁さんを虐待してたんだろうよ。しかも包丁持ち出してたもんな。西松の言う通り、逮捕は当然だろ」
と二号。
皆、森本へ思うことは同じか。
「そうだ、“仮面”。皆の言う通りだ。
お前に非は無い」
「そうかな…」
と“仮面”は言うが、その音声はどこか冴えない。
それよりもだ、俺は川に落ちてずぶ濡れになったからな。
着替えたいのだ。森本の服を拝借しよう。
「森本のクローゼットとか洋服箪笥はどこだ?」
トレーラーハウスの中を物色し始める。
改めてトレーラーハウスの中を見ると、これ以上無いぐらいの雑多さだ。
カップ麺の空容器、コンビニ弁当の容器、清涼飲料水のペットボトル等、あらゆるゴミ。
そのゴミに混ざって数多く放置されているのが大人の玩具、女性物の下着だ。
そのどれもがケバケバしい原色や蛍光色であり、それらの色彩が混ざり合い極彩色となっている。
ああ、ここは極彩色で彩られた欲望の坩堝だ。
違うな、使用後の避妊具までも放置されていることからして、ここは極彩色で彩られた欲望のゴミ箱か痰壺といったところか。
そんな極彩色で彩られた欲望の坩堝にDVDのケースが落ちていた。
ふとそれを拾い上げ見てみると海外物のポ○ノであった。
あの極悪な性癖であるジージョとは、また違う方向性か…
「風間もこういうの好きなのか?」
西松だ。その表情はニヤけており、さらにその声色は明らかに茶化している。
「俺の趣味ではないな」
DVDのケースを床に放り捨てる。
「本当かー?それにしても森本って趣味悪いよなー」
などと西松は言うのだが、西松のズボンのポケットが不自然に膨らんでいることを俺は見逃さない。
素直ではないのだな。
それよりも森本だ。
これらのグッズをあの嫁と…、など想像もしたくない現実だ。
想像したくもない事ほど脳裏に浮かぶ。
これも俺が罪作りな男だからか?
「クローゼットならここだよ」
とパリスだ。
パリスが部屋の片隅にあるクローゼットらしきものを指差していた。
「そこか」
クローゼットというより、洋服箪笥と言ったところか。俺はそれにに近づき、戸を開ける。
森本の服の数々がハンガーに架けられ、中には引き出しまである。
引き出しを開けると、そこは下着類が収納されているようなのだが、その引き出し内も極彩色で彩られてやがる…
その内の一つを手に取る。
小さく畳まれた物はパンツのようだ。
それを広げてみる。
蛍光ピンクのTバックだ。これは嫁のか、森本のか?
それを投げ捨て、他の引き出しを開けみるのだが、そこも極彩色。
他の引き出しも極彩色で彩られてやがった。
下着は諦めよう。
俺にとって下着とは白なのだ。
白ブリーフに白靴下以外は認められない。
シロタンたる所以である白ブリーフに白靴下。
シロタンのシロは白ブリーフの白。
俺のアイデンティティ、俺の象徴…
箪笥内の服を物色する。
ジーンズなどがあるのだが、どう考えても森本のサイズは小さ過ぎる。
だとしたら、ジャージとか伸縮性の高いものしかない。
あった。
エンジ色のジャージの上下だ。
ジャージの上着に袖を通す。
なんとか腕は入ったのだが、前のファスナーはどう足掻いても、腹の肉が邪魔して閉じることが出来ない。
まぁ、いいだろう。上着は着ておかないと寒いからな。
次はジャージの下だ。穿いていたズボンを脱ぎ、エンジ色のジャージのズボンへ足を通す。
ブチブチと繊維の切れる音がする。想定内だ。
ズボンを股下まで上げることは出来た。
しかし、問題はこれからだ。
このジャージが俺の腹肉を覆うことが出来るか、なのだ。
俺は思い切り息を吐き出す。
そして、
「ぬっ、ぬなーっ」
ズボンのウエストのゴム部分を鷲掴みにし、思い切り引き上げる。
ブチブチどころではない音がする。
しかし、俺は構わずに、
「ふんっ、ふんぬっ」
渾身の力を込めてズボンを引き上げる。
びりぃっと音がした。
ズボンは全ての縫い目から裂けていた。
トレーラーハウス内に哄笑が起こった。
“仮面”以外の三人が腹を抱えている。
「風間っ、それは無理だろ」
西松だ。
「森本とはサイズ違い過ぎる」
二号だ。
「わかっている、わかっているさ。
しかしこれが無かったら、この寒空の下、俺は白ブリーフと白靴下の姿でいなきゃならないんだぞ!」
「それも仕方ないだろうよ」
と、二号が言ったその刹那、何処かでハウリングさせたような騒音が鳴り響いた。
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