白ブリーフの夜明け「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3

飯野っち

第1話 水も滴るいい男

 俺は浅瀬から岸へと上がると、二号、パリス、西松が寄ってくる。


「上半身裸で血だらけのびしょ濡れとは、酷い有様だな。誰もタオルなんて持ってないよな?」


 二号だ。

 二号のその一言に、西松が何やらズボンの尻ポケットを探し始める。

 西松は尻ポケットからポケットティッシュを取り出した。


「これで血を吹けよ」


 西松が差し出したポケットティッシュを受け取り、ティッシュを二、三枚取り出すと、血が出でいると思われる額の上辺りを拭う。

 ティッシュペーパーはドス黒い血に染まる。血に染まったティッシュを捨て、新しいティッシュを取り出し、額を拭う。


「大丈夫か?」


 西松だ。心配そうな顔をしている。


「あぁ、大丈夫だ。

 水もしたたるいい男って言うだろ。今の俺はまさにそれだ」


 俺のその一言の後、三人が沈黙する。


「なんかそれ……、懐かしい気がする」


 パリスが沈黙を破った。その一言に西松は吹き出すように笑う。


「そうだった。風間と言えば身の程知らずの勘違い野郎で有名だったよな」


 と西松は言った。


「えっ!こいつが?」


 と二号は言うと大袈裟なばかりに驚いたような態度をする。


「そうか、城本は最近知り合ったばかりで知らないか」


 と西松は言った。

 どいつもこいつも失礼な奴らだ。


「勘違いではない。事実だ」


 と呟いたのだが、誰も何も言わない。


「それよりも早く帰って着替えろ。お前、風邪ひくぞ」


 と二号が言った。

 確かに季節的には寒中水泳をしたも同然だ。寒くなってきた。

 二号は着ていたジャンパーを脱ぎ、それを俺へ差し出してきた。

 俺はそれを受け取り肩へ羽織ると森本のトレーラーハウスに向かって歩き出す。



「風間、さっき言ってた話って何なんだよ。何を取り戻す為にあんなことをやったんだ?」


 と西松。


「記憶…、だろうか。

 俺は今朝から暗闇の中をああいった物に乗って」


 パリスが回収してきた手押し台車を指差す。


「急斜面を直滑降をするような白昼夢みたいなものを何度か見たんだ。

 それを再現したら、俺の頭の中にあるモヤみたいなものが晴れると思ったんだがな…」


「モヤは晴れたのか?」


 西松だ。

 俺の頭の中に色々なイメージのようなものが湧き上がってくる。



「あぁ、いくらかはな」


 そう言いながら、俺は頭を軽く左右に振る。


「何かイメージみたいなものが頭の中に現れては消え、はっきりとした形にならないんだ。

 そうだ。確信していることがあるんだが、俺は過去に台車に乗って、急斜面を直滑降したことがある。それが何故そんなことをしたのか、今はまだわからない。

 なんか思い出しそうで思い出せない。出てきそうで、中々出てこない便秘中のクソみたいだ」


「実を言うと、俺にも風間と同じモヤみたいなものがあるんだよ」


「なんだと西松、お前もか!」


 西松は頷く。


「俺のはモヤの中に三本の十字架があるんだよ。それが頭の中から離れない」


「もしかして、工房の放送室にあったアレか?見た瞬間、お前が小便漏らしたアレか?小便漏らしたアレか?」


 大事な事だから二度言った。


「しつこいな!一回でいいんだよ!」


 西松は気を取り直したような表情を浮かべ、


「うん あれだよ。放送室にあったあの三本の十字架なんだよ」


「お前はもう一回、工房へ忍びこんで放送室行くべきだな」


「また行くの⁉︎もうあんな所行きたくねえよ!」


 西松は激情を露わに声を荒げる。


「十字架を背負うか、磔にでもされたら何かを思い出すんじゃないのか」


「ふざけっ」


 と西松が再び声を荒げたのだが、途中で言いかけたまま、黙り込んだ。

 何事かと西松の顔を見ると、西松は顔面を蒼白にし震えていた。

 何の気無しに言った俺の一言に、この反応は何なのか?

 そんなに三本の十字架が恐いのか?磔が恐いのか?十字架を背負うのが恐いのか?

 またお漏らしか?


 と思ったその刹那、俺の脳裏に西松が磔にされている光景が目に浮かんだ。

 三本の十字架が立て掛けられ、右の十字架に西松が磔にされ、真ん中と左の十字架にも誰かが磔にされている。

 しかも西松は全裸だ。


「俺に


(西松のイチモツはお粗末)


とでも言わせたいようだな…」


 俺のその言葉に、西松と二号とパリスの視線が俺に集まる。


「俺はかつてこんな台詞を吐いていた…」


「風間、お前も今、何か見たのか⁉︎」


「あぁ、全裸だ。

 お前が全裸で十字架へ磔にされている光景だ」


「俺は十字架に磔にされていたっ!全裸で!」


 話に夢中で俺たちは立ち止まっていた。

 気が付くと森本の家の近くにまで差し掛かっている。


「それよりも、あれを見ろ」


 話の流れを断ち切るような不意の一言。

 その一言は二号だった。その声のトーンは静かでありながらも、緊張感をみなぎらせたものだ。

 二号は森本の家の方を指差す。

 土手の下の森本のトレーラーハウスの近くに、パトカーが二台停まっていた。

 俺たちは警戒心から思わず姿勢を低くする。

 するとトレーラーハウスから警察官二名が出てきた。

 その後に森本が続いて出てくる。

 前に差し出された森本の両手首には黒い物があった。

 手錠だ。その手首には手錠が掛けられている。

 その森本の後ろにはさらに警官二名の姿が見えた。


「あっ、森本さんが」


 西松が声を上げる。


「あの嫁さんが警察へ行ったんだろうな」


 と二号。その声にはどこか面白がっているような響きがある。


「森本は日頃から嫁を殴っていたみたいだからな」


 と言いつつ、初めて森本の家へ行った時の事が脳裏に浮かんだ。

 青タンが両眼に出来ていて、ザンバラ髪の荒みきった雰囲気を放つ、錯乱したような目つきの女。


「しかも今朝は包丁持ち出してたもんな。あれは逮捕されても仕方ない」


 二号のその言葉に皆、頷く。

 森本はパトカーに乗せられ、やがて二台のパトカーは走り去った。

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