第9話 お食事処で一悶着

「目と鼻の先、か……」


「どうしたのバスディスさん? 早く中に入ろうよう、私ペコペコ~」


 フロントに鍵を預けて宿を出た、そのすぐ目の前にオススメの飯屋とやらが立っていた。


 ……もしかして、この飯屋と宿屋はグルか?


「いらっしゃいませー! お二人様ですか? お好きな席へどうぞ!」


 店に入ると、愛想のいい店員が出迎えてくれる。


 店内は広くはないが狭くもない。テーブルや椅子も綺麗に手入れされていて、清潔感があった。……ま、とやかく考える無しにしよう。ようは美味ければ問題無いのだから。


「ねえねえここに座ろうよ」


 レレインが選んだのは入り口から一番奥にある二人掛けの席だった。


 まあ無難なところだろう。俺は特に反論すること無く、その席に腰掛けた。


「ご注文が決まりましたらお呼びください!」


 可愛らしい店員のお嬢さんは、ハキハキとそう告げるとメニューを置いて去って行った。


「さてと、何にするかな」


「私はもう決めてるよ!」


 そう言ってレレインはメニューの一番上を指差す。そこには『オススメ! 美味しい鶏肉料理!』と書かれていた。


 オススメねぇ……。わざわざそんなことを書くぐらいだからハズレって事はないだろうが。面倒だしそれにするか。


 しかし鶏肉料理とは大雑把だな、具体的に何が出るかわからない。注文してからのお楽しみってか?


 そういうサプライズを楽しむって意味でもオススメって訳か。


「バスディスさん、食後のデザート頼んでいい?」


 キラキラした目でそんな事を尋ねて来るが……仕方がない、出会った記念に今日だけ大判振る舞いといくか。


「一番安いやつにしろよ」


「え~」


 不満の声なんて聞こえない。先の事を考えるとあまり余分な金を使いたく無いのだ。


「じゃあこれ! この『ラズベリーのパンケーキ』にするよ!」


「はいはい」


 レレインが選んだのは一番安いデザートだった。まあ妥当な選択だろう。


 しかし、そうか……パンケーキか。妥当だろうか。


「バスディスさんは? 私と一緒の食べる?」


「俺はパス。飯とコーヒーだけで結構」


「意外と甘いもの苦手なんだ」


「別にそういうわけじゃないが、取り立てて好きでも無いってだけだ」


 そんな会話をしつつ、店員を呼ぶのだった。



「ふう……」


 食後のコーヒーを飲みながら一息つく俺。


 ちなみに『オススメ! 美味しい鶏肉料理!』とやらの内訳は地鶏と地元の野菜を使った炒め物と同じく地鶏を使ったスープ、そして自家製窯で焼いたパンだった。


 鶏肉はジューシーで柔らかくて非常に美味かった。味付けもシンプルだったが、素材の旨味を存分に引き出していた。


 スープの方も野菜がゴロゴロと入っており、これまた味が染みていて美味い事この上なかった。オススメってのは何も大袈裟な表現じゃなかった訳だ。


 そしてパンも焼きたてで外はカリッと中はフワッと、正に絶品だったぜ。


「バスディスさん、やっぱりデザートは食べないの?」


「俺はいい」


「そう? こんなに美味しいのに……、変わってるんだ」


 そんなレレインの言葉に生返事をしながらコーヒーを啜る。


(しかし……)


 この店に来てからというもの、どうも妙な視線を感じるんだよな。


(まさかとは思うが……)


 俺の顔がバレたか? 既にアグラディスの領地からはそれなりに離れているはず。その上にサングラスで変装までしている以上、そう簡単に分かる訳がない。


 変装を見抜ける程親しい人間なら別だが……。


(身内の人間か? だが、そんな直ぐに追ってこれる距離じゃない。俺が家を出たのは夜中、居なくなったと確認出来るのは今朝のはずだ)


 もし、仮にだが俺が家を出た後、直ぐにその事に気づいて後をつけて来た人間が居たとする。


 しかしそうなると、何故今まで声を掛けてこなかった? 俺を引き留めるチャンスはいくらでもあったはずだ。こんな遠く離れた町まで泳がす理由が分からない。


 分からないと言うのは気分が悪い。――少しカマを掛けるか。


「ちょっと便所に行ってくる」


 そう言って席を離れようとしたのだが……。


「え? もしかしてだけど――ここの支払いを私に任せて逃げるとか……」


「んな訳ねぇだろ! どんな目で俺の事見てんだよ?」


「はは、だよねぇ。ごめんごめん冗談だってば、大人しくパンケーキ食べて待ってまーす」


 そう言ってレレインは再びパンケーキを食べ始めた。


 ……まあいい、俺もトイレに行くか。



(さてと)


 店の奥にある男性用トイレの扉を潜り、用を足すフリをする。


 こうして無防備をさらせば、妙な視線の主は仕掛けてくるはずだ。


(さあ来い。誰だか知らんが俺の至福の一時を邪魔したツケは払ってもらうぞ)


 その瞬間を今か今かと待ち構えた。


 十秒が過ぎ二十秒が過ぎ、そして三十秒が過ぎた。


(あれ? おかしいぞ。何の反応も無い)


 ここまでお膳立てをしてやったんだ、てっきり直ぐにでも仕掛けてくると思ったんだが。一向にその気配が無いと来た。


(どういうことだ? ………………まさか!?)


 そう俺は勘違いをしていた事に気づいた。


 てっきり俺を連れ戻しにやって来た屋敷の人間が店に居るもんだと思っていたが、そうじゃない。


 そう、狙いは俺じゃなくて――レレインの方だ!


 考えもしなかったが、あいつは誰かに狙われていたのか!?


 トイレの扉を開き、自分の元居たテーブルへと急いで向かう。無事で居ろよ!!


「レレ――」


「あ、あの、このあと僕と夜景の綺麗な丘などに行きませんか?!」


「ん~、でも私もう宿を取っちゃったしなぁ……」


「――イ、えぇ……」


 テーブルに居たのは、健気かつ精一杯にレレインに頑張って話し掛ける幸薄そうな少年の姿だった。


(なんだよ、ただのナンパかよ! アホらし)


 この少年、年はレレインと同じぐらいだろうか。


 どう考えても女慣れしてるとは思えないが、一目惚れでもしたんだろう。思春期の衝動に駆られるまま、ロマンチックなプロポーズでもってか? はぁ……。


 先程までの勢いを完全に失った俺。ただこのままというわけにもいかん、勇気を出してナンパしている少年には悪いが、ここは諦めてもらうことにしよう。


「まあまあ少年。気持ちはわからんでもない、俺にも似たような時期はあった。でも、な? 悪いが俺達は旅の途中なんだ。道ならぬ淡い思い出だったと思って、ここは身を引け」


「いや、しかしですねお義兄さん。僕もこの初めての感情をそのままにしておきたくないんです!」


「お、お義兄さん!? いや悪いけどね、君に兄と呼ばれる筋合いは無いんだよ本当に」


 訳の分からない勘違いをしやがって、そこにいる勇者様とは何の血縁も無いわ。


 その後も食い下がることをやめない少年。なんだこいつ、見た目の割りに中々ガッツがあるな。


 ナンパされた当事者のレレインとくれば、俺達の口論を余所にパンケーキに舌鼓を打っていた。決して大きくないサイズなのに、じっくりと時間をかけて味わっている。こんな時に!


「お前も食ってばっかいないでなんか言ってやれ。いっその事バッサリ断った方がお互いの為だ」


「ん? ん~……」


 一瞬何か考えた様子を見せたレレイン。そして開かれた口から飛び出して来る台詞とは?


「とりあえず――もう一枚頼んでいい、お兄ちゃん?」


「今そんな場合じゃ無いだろう!」


 いい訳無いし、お兄ちゃんでも無いし。


 俺達の会話を中途半端に聞いていただけのレレインは事態をまるで把握しておらず、どこまでも吞気だった。


 結局、件の少年は俺が強引にレレインの腕を取って宿に帰る事で解決となった。のか?


 明日になったら出会わないように町を出よう。……疲れたなぁもう。

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