第5話 出会ってしまった二人

 間違いない。原作主人公こと、レレイン・ワイズその人がいた。

 

 嘘だろ? 何で? どうして?!


 本来ならこんな所で出会う訳が無い。


 何故なら俺こと、バスディス・アグラディスがこの主人公様と初めて顔を合わせるには今からニ年後のはずだからだ。それもこんな人のいなくなった廃村じゃない。


 見間違いかと思ってもう一度その顔を凝視する。


 その綺麗な顔立ち、時系列的に幼さを感じるものの間違いなく美少女と言っていいだろう。無論それだけじゃない。何より特徴的なのはその髪と瞳の色だ。


 緋色目群青髪の少女。同じ特徴の登場人物は原作には存在しなかった、だからこそおそらくレレインその人だと言っていいだろう。


 さすがに可愛いな。そりゃあ話のメインなんだから当たり前だろうけど。


「ちょっと! 聞いてるの? もう、貴方こんなところで何やってるの!」


 俺が呆然としていると、その少女は痺れを切らしたように怒鳴ってきた。……間違いないな。この声と口調は間違いなく原作主人公だ。


「何と言われてもな――そう、俺はこの廃屋の元住人で置き去りにした荷物を取りに来たんだよ」


 もちろん完全なでっち上げだ。俺はこの村に来た事自体、今日が初めてだ。


 正直内心ドキドキしている。こんなところではずがない人物となってしまったからだ。


(なんとかこの場を切り抜けないと。そもそもこの女相手になんでこんなところにいるんだ?)


 疑問に思っていても口には出さない、厄介ごとに巻き込まれなくないからな。


「う~ん、ほんとうに? なんか怪しいなぁ」


 ドキっ。


 心臓の鼓動がまた速くなる。さすがに咄嗟の嘘じゃ無理があったか。


 そう、このレレインという少女は正統派主人公様らしくお人好だが、それでいて妙に勘がするという特徴がある。


 勇者としての特性か否か。それは言及されていないが、少なくともこの状況が不味いことはわかる。


 しかし一度口にしてしまった以上、ここはこのボロ屋敷の元住人ということで通さなければ。


「まあ、お前さんが疑うのも無理はない。こんな廃村に一人でいる人間なんて怪しいことこの上ないからな。空き巣の類だと疑っても当然というもんだよ」


 実際は本当に空き巣だが、バレるわけにはいかない! 俺の旅が始まったばかりなんだ、こんなところで終わってたまるか!


「でもやっぱり……うん?」


 何を思ったのか、レレインは俺の腕を見て来る。正確に言えば俺の腕の中に収まっている……。


 ぐ~。


 腹の鳴る音が聞こえる。発信源は――レレインだ。


「ぐ~……」


(口で言うなよ)


 とはいえ、この一風変わった少女を黙らせる最善の手を思いついた。


「もしかしてお腹が空いてるのか? だったらどうだ、この食料を分け合うというのは?」


「え、いいの?!」


「もちろんだとも。困った時は何とやらだ、人のぬくもりを感じにくくなりつつある昨今、だからこそ助け合いの精神を忘れてはならないと思う。そうだろ?」


「うんうん! だよねだよね! ありがとう、お兄さん!」


「お、おう。そうか」


(はっ所詮ガキだな)


 俺はレレインの純粋さに少し心配になりつつも、とりあえず食料を分け与えることに成功したのだった。




「へえ~。じゃあお兄さんは旅人さんなんだね?」


「まあそんなところだ」


 俺は貯蔵庫から持ち出した食料をレレインに手渡すと、一緒に食事を取ることになった。


 オール保存食の何とも質素なものだが、旅の途中だと考えればむしろ豪華なぐらいだろ。


「でもなんでこの村から離れたの? それに他の人たちも?」


 当然と言えば当然の疑問だろ。この村はとっくの昔に廃村になっているからな。


 しかし廃村になった理由なんて俺が知るわけがない。なんせ本当はこの村の出身じゃないからな。


 俺は適当にありえそうな嘘をつくことにした。


「この村の周り、なんとなく緑が少ないとは思わなかったか? 実は何十年前から土地が痩せ始めてな、それで生活に困る前に数年前に村民の大移動を行ったんだよ。この保存食も、言わばその抜け殻だな」


 いや本当に土地が痩せてるとか知らんが。大丈夫だろう、専門家でもない限り調べなきゃわかんないはずだ。


「そうなんだ。……でもやっぱり何か引っかかるような」


「きっと疲れが溜まってるんだよ。お前さんにどんな事情があるか知らないけどな、女の子が一人でこの辺りまで来たんだ。ほら、まずは飯食って落ち着こうぜ。飲用水もあるんだからこの幸運に感謝しないと」


 余計な勘繰りをさせないように誘導させなきゃ。


 落ち着くためにこのボロ屋敷に忍び込んだのに、なんでこんなところで神経使わなきゃいけないんだよ、ったく。


 しかし本当に何でこんな所に居るんだこいつ?


 そもそもレレインの出身はこの近辺どころか、この国ですらない。


 本来ならまだ旅も始めていないはずの主人公様だ。こんなイレギュラーを想像できるはずがないじゃないか。


(まあいいさ、どんな事情があろうと。この女に俺の体の元の持ち主が殺される予定なんだ、関わり合いにならんのが一番だな)


 無論原作通りに進めばの話だが……。それでも何かの拍子でブスリ、なんて冗談じゃないからな。


「あ!? そうか貴方!!」


 突然声を荒げるレレイン。なんだ?! 何か不味い事でもして――。


「なんで部屋の中でサングラスなんてかけてるの?」


「へ?」


「もう、そんな格好じゃ怪しいに決まってるじゃん。不審者だと思われるよ? 出会ったのが私でよかったね!」


 引っかかってたのは俺のサングラスかぁ……。


「はぁ……」


「うん? どしたのため息ついちゃって? 悩み事ならドンと聞いちゃうよ。ご飯のお礼にさ!」


「……何でもないよ。気持ちだけ受け取っとくぜ」


 俺はサングラスを外して食料を頬張った。レレインはそんな俺の様子を見て、満足げに頷いていた。


(ったく……調子狂うなぁ)

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