第3話 夜を駆ける男

 今のバスディスは十六歳。原作開始後でも、本来なら学園に通っているような歳だが、その優れた頭脳で既に学園で習う範囲の知識は入っているらしい。


 だから彼が学園に通う描写は無かった。つまり、友達が居ない。


 貴族の社交場や領民の前に顔を出して、内心見下しながら信頼を勝ち得ていた描写はあったが、友人が居た様子は無い。


 心配をしてくれる人間がいないというのはこの場合ありがたい。心置きなく家出が出来る。


「さてと、大荷物を持っていくわけにはいかないから……こんなもんでいいか」


 バッグ一つに纏めた荷物。食料や着替えやらアイテムやら……そして何より金目のものだ。道中を考えて換金出来る小ぶりな宝石や金塊をそれなりに詰めた。


 バスディスの剣は派手で目立つし置いていく事にしよう。この体の魔力があれば化け物との戦闘はどうとでもなるだろう。


 夜まで待った。食事の席に呼びに来た使用人には、食欲が無いからと帰って貰ってまで身辺整理に時間を費やした。


 そして今は誰もが寝静まった夜、食料庫を漁って腹ごしらえをした後、俺はついに屋敷を飛び出した。


 侯爵家の巨大な領土を抜けるまで気が抜けない。領民には顔を覚えられている以上、いくら夜と言っても警戒はしなければ。


 だが案外とこれがひとっ子一人出会うことなく、俺は領土を出る事に成功した。


 第一関門突破ってところか。


 ◇◇◇


 領土を出たと言っても今だ帝国領、どこに俺の顔を知っている人間がいるかもわからん。こんな夜道じゃ下手に仮面なんかつければさらに視界がきつくなる。


 結局のところ、この夜に紛れて進むしかない。


 今はまだ家の人間に気づかれてない。いくら疎まれていたからって屋敷の人間が居なくなったと分かればさすがに騒ぎになりかねない。


 だからこの人通りの少ない時間帯にさっさと進むだけ進まなきゃならないんだけれど……。


「迷子にならないようにするだけで精一杯だな。もう少し早い時間帯に出るべきだったか? でもそれじゃ気づかれるかもしれないしな」


 バスディスの頭の中には領土の地理が入ってる、俺がそれを活かせばなんとか迷わずに進む事ができる。ただ知識として知っている事と経験は違う。


 いわば初めての場所をナビを使って進んでいるようなものだ。本当に正しいかどうか不安で仕方がない。今が夜だから余計に。


 ただ一度決めたことだ。進まなきゃ最悪自分には未来がない。


「泣き言を言っている余裕もないぜ」


 バスディスとしての運動能力を活かし、迅速に道を進む。



 バスディス、という男が何故これ程に多才であるのか? という点については原作で言及されていない。


 だがそれまでのシナリオの描写から、勇者が感知する邪悪なるものは皆、何かしらのエキスパートであった。そしてバスディスもその例にもれなかった。


 という点から、とあるファンが考察をSNSに上げていた。それは、勇者がそうであるように闇の勢力も人間という種に細工を施したからではないか? というものだった。


 なぜそういう考察が生まれたかというと、勇者に敵対する人間は悪魔との繋がりを思わせるような力を持って現れることが多々あった。具体的には、彼らの使う技や魔法は悪魔達も使う描写などがあったから。


 この辺りについて、どうして制作会社が言及しなかったのかについても書かれていて、二期目の制作を計画していてそこで秘密を明かすつもりだったんじゃないか? とのことだ。


 仮にそれが本当だとしても二期の制作は難しいんじゃないか? あれだけ炎上してしまったし。


 ともかくそういう設定が元で、バスディスは闇の勢力が力を与えた人間ではないか? という考察があったのだ。


 そして今となってはそれを確かめる術はない。


「今俺がするべきことは、とにかく早くこの国から出て行くことだ」


 確かめようのない考察なんていくらしても状況が変わるわけでもないし、こうなってしまってはアニメ自体もう二度と見れないわけで、未練を残しても仕方がない。


 今俺がいるのは夜の草原。森を通るルートもあったがさすがに夜に行く気にはなれなかった、迷子になる可能性が高い。


 人に出会う確率が少ない、夜の時間帯だからこそ取れるルートだな。


 頭上の月は眩しく、星もたくさん輝いている。前世の都会じゃ味わえなかった、とか何とか感傷に浸っているわけもいかん。


 夜とはいえ見通しのいい草原だ。何か起きてもすぐに感知出来る。



 そして――幸いなことにその読みが当たった。



「グルルル……」


「野犬、か」


 俺という獲物を見つけたからか、前方から走ってくる野犬が三頭。どれもこれも大型だ。


 前世の俺だったらビビり散らしたんだろうが。


「キャウンッ!」


「邪魔なんだよとっとと消えろ!」


 俺は、バスディスが度々そうしていたように威圧を放った。考察通りなら、恐らく闇の技なんだろう。使い方は知っていたので難なく扱う事が出来た。


 本能に生きている分、野犬達は俺から放たれるプレッシャーを正確に感じ取り、甲高い鳴き声を出すとそそくさと逃げ出して行った。


 初めて使ったんで正直焦っていたが、これは便利かもしれない。


 これがあるだけで、野生動物に怯えることなく進める。原作じゃ魔物相手に使ってなかったが、もしかしたら使えるかもしれない。


「闇の力、か……」


 バスディスの記憶を漁っても、学んだという経験は無いのに何故か知っている。あの考察を見てなかったら訳が分からなかったな。あれは、まんざら的外れな考察じゃ無かったらしい。


 どこまで利用できるかを把握する為に、常に威圧を放ちながらひた走る。俺の予想通り、あの野犬以来野生動物に出会うこともなく草原を駆け抜けることができた。


 ただこれ地味に疲れるな。どんな技にも使い時ってものがあるらしい。




 夜が明け、地平線に日が照らし始めていた。一晩中走り回ったわけだが、それを可能にするあたりこのバスディスのスペックはもはや疑いようがない。


 さすがに息が上がってしまうが、全然許容範囲内じゃないか。


「って言っても、さすがにどこかで休憩しなきゃぶっ倒れるぞ」


 夜通し走り回ったせいか足の裏がじんじんして痛む。


「せめてどっかに水場がありゃいいんだけどな……。ん? あれは……」


 前方の地平線から、うっすらと何かが見える。まだ距離はあるが、あれは村か? だとしたらちょうどいい! 一晩中走ってきて喉も渇いたし、何より足がもう限界だ。あそこまでならなんとか持つだろう。


 身バレの可能性があるのでサングラスをかけながら、その村に足を踏み入れたのだった。

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