第11話

 ファシル達はリーケスを出て初めてとなる夜を商船の上で迎えると辺りは暗く静かなものとなっていた。

「寒っ……!」

体をぶるっと振るわせて目を覚ましたファシル。

ファシルは上体を起こすと、まず目に飛び込んで来たのは圧迫感を覚えるほどの積み荷の数々。ファシルはそれらに囲まれると、それ程に詰められた荷の隙間でファシルは眠っていたらしく、甲板で作業する者の邪魔にならないようにレイリアが移動させてくれたらしい。

「……いやぁ」

ファシルはレイリアの気づかいに感謝しながらも漏れ出た小言を元にスーッと短く息を吸うと思うところがあるようであったが、それを取り留めのない事と捨ておくと積み荷の隙間から立ち上がりそのままに伸びをした。

甲板の床は硬く、積み荷の隙間とあっては寝返りが打てなかったため筋肉の硬直が体全体を硬くすると、寒さが目立つ時期ではないものの月夜の下とあっては流石に童心のファシルでも寒さがこたえるようであった。

ゆっくりと体をほぐすファシル。

ファシルは大きな欠伸をすると未だ冴えない頭のままに辺りに目をやった。

甲板の上には警護の見張りが数人といるだけで暗くなった船には静けさが漂うと、ファシルは甲板に向けていた目を湖に移した。そして甲板の端に寄るとそこに在る手すりに手を置いてそこから見える景色を見た。すると、再び出そうになった欠伸を噛み殺したファシルは、湖の景色に擬態するように見えづらくもそこに確かにある黒いそれらを確認する。

そこかしこに浮く黒い球。

それらは船を中心として球体状に配置されると等間隔を保ちながらも役目をはたしていた。

ファシルはその実直な姿に少し笑みを浮かべると、手すりに肘を置き頬杖をついてそれを見つめては少しの時間をぼーっとした。するとファシルは小さくため息を漏らしたが、それに至った理由は変わり映えのしないそれらに退屈を覚えたからであった。


 黒い球はファシルの指示に従うと警護にあたっていた。

それらは如何に小さな異変も逃す事無く、何かしらの接触があればファシルに知らせる事になっておりその仕組みは確実なものであった。しかし、目を覚まして今に至るまでファシルにその知らせが届く事はなく、湖を予定通りに行く商船はファシルには少し物足りないものとなっていた。

異常がないという事を届く事のない知らせによって知らされたファシルにとって、これ程に退屈な事はなかった。そしてそう思ったファシルは商船の上でたった一人異変を望んでいたが、暇を持て余すファシルがある事を思い出すとその願望は彼方に消えた。

それは黒い球の限界出力と同じで、自身の力を他にも試す事であった。

その事を思い出したファシルは早速行動に移すと、夜風に晒されながらもこれまた暇を持て余す見張り数人の塊へと近付いた。すると、ファシルはそれらに声をかけると少し驚かれる事となったが、それはひとえに甲板には見張り以外に誰もいないと考えられていたからであった。それもそのはずで、夜の甲板はすこぶるに冷えるのでそんな所に人がいる事も、ましてや寝ている者がいたなどとは見張りの誰も考えてはいなかった。

しかし、それらの反応をよそに商船に配備されているであろう武器の場所を訊くファシル。すると、見張りの一人が船尾の方向を指して「あそこに積み荷があるだろ?」と言って、そこに置いてあるはずと教えてくれた。

ファシルは教えてくれた見張りに軽く頭を下げると礼もそこそこに、足早に船尾へと向かった。


 微かな雲が重なった薄暗い月夜の下、暗がりで積み荷をあさるファシル。

ファシルは音を立てながらいろんな武器や防具を手に取っては見定めると、その中から槍を一つと弓矢を一具選んだ。そして、他にも何か良さそうなものはないだろうかと探し続けると物色を続けた。すると、あるものを見つけたファシルはそこで手を止めた。

「これは……?」

ファシルは目に留まった物を手に取ると、それは高価な盾であった。

そこには他にも様々な形の盾が置いてあったが、その盾だけは他を寄せ付けない豪華な装飾があしらわれており目を引くその出来栄えは一線を画していた。

ファシルはそれを選ぶと「よし」と言ってはその盾を最後に物色を終えて甲板へと戻った。


 夜も深まって、僅かな重なりを見せていた雲が薄らぐと綺麗な月がその姿を覗かせた。

ファシルは、目を覚ました時よりも肌寒くなった甲板に戻ると積み荷が少なく、開けた場所に取ってきた道具を広げた。そして立ちながらにして見下ろすと、品定めをするかのようにそれらを遠目に見た。

「まずは……これだな」

そう言って選んだのは槍であった。

ファシルは槍を右手に持つと口にした言葉をもってそれを複製した。

≪ジズ≫

すると、ファシルの右手に握られた槍と瓜二つの槍が左手に握られた。

ファシルは「どれどれ」と言うと二つの槍を見比べ始めた。

穂先から柄からと順繰りに視線を動かしていくファシル。すると、ファシルは元のそれを床に置いて複製した槍を両の手で握った。

胸の前で伸ばした両手に握られて、支えられた槍が横一文字になる。それは、上下を二分するように真っすぐな見てくれを現すと次の瞬間、その見てくれが視認できない程に速く動き出した。

周りの物に気を使いながらも槍を振り回すファシル。

夜の空気を切り裂くようにヒュンヒュンと小気味の良い音を奏でる槍は、ファシルがガイアスから習った槍術に倣ってしなやかに流れて移るとその一連の所作に付随して槍は風を切り続けた。そして、ピタリと止まった槍はファシルの手に握られると縦一文字になっては穂先を空に晒した。

「こんなもんか」

ファシルは一息つくとそれに満足したのか、床に置かれた元の槍の横に複製したそれを置いて次の物に移ると、ファシルが手に取ったのは弓矢であった。

ファシルはまず弦をはじいてその張り具合を確かめると弓のしなりを見た。

ゼノムに居た頃に狩りでよく使っていた物とそう違わないそれを見たファシルは、手から伝わる感触によってある程度の事を把握できる様であった。

確認もそこそこに弓も複製するファシル。すると、先程と同じく些細な違いのない見てくれの弓が複製された。そして複製したそれの弦を引くと弓のしなりを見たファシルは、弦を引く力を緩めると床に置かれた矢をそのままに複製して手に取ると、複製した弓にそれを携えた。

ぎりぎりと弦の引かれる音が、その弓より鳴らされる。

次の瞬間、ファシルは月夜に矢を放った。

ヒュンっと夜の闇に向かって一筋の矢が消えていく。

ファシルはその軌跡を見届けると矢の行く末から目を離す事はなく、その姿から満足を得られたファシルは複製した弓を元のそれの横に置くと、船尾の積み荷から持ってきた物としては最後にあたる、高価な盾を手に取った。

改めてその盾をまじまじと見るファシルは、月夜に照らされて淡く反射した輝きに目を奪われた。そして両手でしっかりと持つと赤子を抱き上げるように盾を持ち上げたファシルは、その輝きで細部の造形を確認すると自身に目利きの知識など無いにも拘らずその盾をえらく称賛した。

満足したファシルが盾を元の位置に置く。すると「……違う違う」と言って忘れていた本題へと戻った。

床に置かれた盾を複製するファシル。

ファシルは元の盾とそれを見比べて、複製した盾を軽く小突いて見せると音の感触から内部の具合を確かめた。そして複製したそれだけを残して他全てを元の積み荷へと戻しに向かったファシルは、それらがあった積み荷から甲板に戻る際に歩きながら手のひらを見ては自身の余力を確かめると次の試行に移った。


 ファシルは甲板に戻ると腰に携えた自身の剣と複製した盾を手に試行を再開した。

ファシルは複製した盾を手に商船の端に寄る。すると手に持ったそれをおもむろに、しかし思い切りにそれを投げると暗い湖に映った月の姿を両断した。

勢いよく飛んでいく盾の軌跡が物語るそれは、船から離れる有様を綺麗な直線として描かれると、それから目を逸らさずにファシルは自身の剣を鞘から出してそれも複製した。

右手と左手に一本ずつ握られたそれは意匠に少しの違いもなく一対の剣として月明りを反射させる。そして、ファシルは甲板の上で助走をするとそのままに盾を追って自身も湖へと跳んだ。

盾と同じく湖上を行くファシルの体。

しかし盾こそ未だに落ちる様子はないものの一転してファシルの体は失速していく中で、ファシルもその身を湖に落とさないように言い放つとそれを躱した。

≪フィリオース≫

ファシルは背に大きな黒い翼が現わすと、それを大きくしならせて一扇ぎの下に羽ばたかせた。

失速しては落ちていくばかりと思われた軌跡を元に戻すとファシルは更なる加速を持って盾に迫る。その姿は、空気抵抗を減らすために一対の剣を後方へと逸らすとその加速を妨げないような姿勢となった。

湖上に乗り出した時よりもその身が軽く見て取れると、ファシルは湖上を速く翔けて行く。そして、その身の加速する感覚を掴んだファシルはそのまま流れに身を任せると先を行く盾を捉え続けた。そして盾とファシルの距離が瞬く間に狭まると、盾の間近にまで迫ったファシルは湖上を翔けながらもその速さの中で言葉を紡ぎその身をひねらせた。

≪イープ≫

やがて重なる二つ。

盾とファシルが交錯する刹那、ファシルはきりもみ状に一回転すると構えた一対の剣を流れに任せて振るい、水面に映った月夜に一筋の閃光を描いて見せた。

そしてその交錯した瞬間に音が刹那に消えると、盾を追い抜いてもファシルはさらに突き進み続けたが、追い抜かれた盾はファシルの背中を見ることなく砕け散っては湖上の塵と消えた。

視認できる範疇を超えた高速の試行は瞬く間に行われると、ファシルが手に持った剣を一回ずつ振るったように思われたが、実際の所は盾の成り行きから考えるに盾に交わされた斬撃は数え切れない程であった。


 失速の目途が立たないその勢いのまま湖の上で急旋回したファシルは静まり返った水面に円を描くと船へと戻った。そして、甲板の上に来たファシルは黒い翼を羽ばたかせて姿勢を制御すると、それに見合った風圧をもってその身をゆっくりと降ろした。

床に足を着けたファシルは背中の黒い翼を消し、一対の剣を片手に持っては空いたもう片方の手のひらを見る。

湖の上で行われた試行の感触を確認するように手を握っては開くを繰り返すファシル。

ファシルは自身の体から感じ取れる余力を確認するとそれに納得を示して次の試行に移ろうとしたが、丁度良く鳴った自身のお腹に空腹を思い出させられた。

この日、目覚めて宿を後にしてからというもの碌に食事をしていない事を思い出したファシル。すると、ファシルは自身の剣を鞘にしまって複製したもう一本の剣を船尾の積み荷に置くと、空腹を満たすため船内へと向かった。

しかし時間として夜も相当に深い今、出される食事があるとは到底考えられなかった。すると、ファシルはそれがどんな試行よりも難しく思えたのであった。


 ファシルの一連の試行を見ていた見張り達は、ファシルが目を覚ますよりも前から暇を持て余しては眠気と戦っていたものの、異常にも思える非日常が目の前で繰り広げられると眠気を忘れて見張りに没頭した。

いつもなら怪現象への恐怖と生理現象の眠気の狭間に立たされて瞼を重くしていた見張り達だが冴えわたった目をギンギンにしたまま交代の時間を迎えると、引継ぎを終えて休める時間になっても興奮に支配された鼓動を高鳴らし続けてはなかなか眠りにつけそうになかった。

そしてその後を引き継いだ見張り達はその者らが異様に興奮していて不思議だった事を今でも覚えている。


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