第2話

 何かが焦げる臭いにハッとして目を覚ましたファシルは勢いよく上体を起こし、辺りを確認した。臭いも気になったが、それよりも怪異のことが気になったのだ。しかし、気絶する前に、怪異は飛び去ったという事をファシルは思い出した。とりあえずの身の危険がない事を理解して安堵すると、時間の経過に気付く。辺りは暗くなり始めていた。

「はぁ」

夕方になっている事に、時間を無駄にしたような気がしたファシルはため息を漏らした。そして頭も覚醒しだしていろんな事に気が回り始める。すると目覚めるきっかけとなった臭いについて思い出す。その臭いがくる方角は村の方からであった。ファシルは妙な胸騒ぎを覚えて村に早く帰らなければと立ち上がった。しかし、ファシルはその場にこけそうになった。それは体中から来る痛みのせいであった。ファシルは体中の痛みの原因が分からず、頭に疑問符を浮かべていたがすぐに理解した。それは気絶する前の死闘によるものであった。

「まだまだ」

鍛えたりないなと自分の体の痛みに対してそう呟いたファシルであったが、すぐに切り替えて、痛みに我慢しながら村へと走り出した。


 ファシルは、走り出してすぐは痛みについて考えていたが、村に近づくにつれてその事を忘れてしまう程、焦ることとなった。村に帰る道は、目を瞑っていても分かる程に刷り込まれていた。この慣れた道は決して険しい道ではなく、普段ならそんなことはないが、少し出っ張った石などに躓いてしまう。ファシルの体がそれだけ疲弊していると同時にファシルはそれだけはっきりと焦っていた。

走り始めは、杞憂だろうと軽い考えでいたが、森を抜けて村が望めると、杞憂ではないと確信した。それは離れた場所からでも分かる程、煌々とした景色であった。

逢魔時、ゼノムは炎に包まれていた。

「くそっ」

ファシルは悠長に走っていた時の自分に苛立ちを覚えた。森を抜けて止まっていた足に力が入る。そして、なりふり構わず村へと走り出した。ファシルは焦りながらもみんなの無事を祈り続けた。


 村の入口にたどり着いたファシルは足を止めることなく火の中へと飛び込んでいった。村の様子は言わずもがなであったが、ファシルは諦めずに住人の安否を探りつつ進んだ。生存者を探しつつ進んだが確認する事が出来なかった。そして自身の慣れ親しんだ家へとたどり着く。その自分の家は、火の手が回り、いつ崩れてもおかしくないといった状態であった。しかしファシルは迷わず家の中へと入っていった。この時のファシルはただひたすらに焦りという感情に支配されていた。


 部屋の扉を開いては、二人を探した。いなければ次の部屋へと移る。幾度かそれを繰り返し最後の部屋へとたどり着くファシル。それは一番奥の部屋であった。

「父さん!母さん!」

大丈夫と言いかけたファシルの目にとても厳しい現実が映った。その光景にファシルは力が抜けて座り込んでしまう。凄惨な状況にファシルは、いつしか絶叫していた。心がそうさせたのだ。その叫びは、轟々と燃える音をかき消す程であった。


 家の中は、木が焼ける音が響き渡る。それらは留まることを知らず、徐々に広がりを見せる。そして、座り込んでしまった者の元へとたどり着く。そこは一番奥の部屋であり、という事は他は火の手が回ったという事であった。


 退路を絶たれたファシルは無心になっていた。両親の死をもって、自分も死んでしまおうかと自暴自棄になっていた。そんなファシルの頭の中を声が響く。

(死んじゃダメ)

その声はとても透き通っており、ハッキリと頭に響いた。その声に気が向いた瞬間、ファシルは家の外へと吹き飛ばされた。勢いよく外へと飛び出すファシル。それを待っていたかのように家は、倒壊した。


 かなりの時間が経過していた。それは村に広がった火が、燃やすものを無くし自然に消火するほどであった。そんな中、ファシルは自分の家の前で座り込んだままであった。完全に倒壊してしまった家を見続けていた。そんなファシルは否応なく動かされる事となる。


 その場に甲冑を着こんだ二人組がやってきた。

「んん?なんだぁ生き残りかぁ?」

まず気づいたのは気だるげなひげ面の男であった。

「ホントだ」

まだいたんだと真面目そうな若い男がそれに続く。

そしてその二人は何やら話始める。その会話の内容からファシルを殺そうとしていることが分かった。

「めんどくせぇな」

「どうする?俺たちだけでやっちまうか?」

「いや、報告したほうがいいかも」

「上からは、現場の確認をして来いとしか言われてねぇしバレねぇだろ?」

「まぁ見た感じ弱そうだし、殺しちゃえばいいかもね」

その二人の会話を聞いてファシルは立ち上がった。


 目の前のファシルに剣を構えたひげ面の男と真面目そうな若い男。剣を向けられたファシルは気にすることなく、その二人に問う。

「お前たちがやったのか?」

ファシルの問いにひげ面が答えた。しかしその返答はとぼけたものであった。

「さぁ」

しらないなぁと答えるひげ面。ひげ面に向かってファシルは走り出した。

≪セス≫

ひげ面は、走り出したファシルが叫んだ言葉を理解していなかったが、剣を握る手に緊張が走っていた。何かしらの攻撃をしてくると考えての事であった。しかし、何も起こらず、ファシルが間合いに入って来るだけであった。

丸腰で間合いに飛び込んできたファシルにひげ面は容赦なく剣を振るった。

しかし、ファシルは寸前でそれを、後方に回避することで逃れて見せ、ひげ面の剣は生き残りの腕をかすめる程度で終わった。


 ファシルは困惑していた。それは言葉に反応が見られなかったからだ。

ファシルはひげ面から距離をとって体制を整えながら思考を巡らせた。なぜ出来なかったのか、それが分からなかった。


 ファシルは、出来るはずの事が出来ず戸惑っていると、若い男がそれを隙だと考えて、物凄い勢いで間合いを詰めてきた。解決策のないままファシルは迷っていると、先程聞いた声が導いてくれた。

(言って)

その声に導かれてファシルは無意識に言葉を発していた。

≪オルリオラ≫

その言葉を言い放つと、突撃してくる若い男の勢いがなくなっていき、ファシルの目の前で止まって倒れた。


 ひげ面の男は急な状況に声を荒げた。

「おぉいっ!」

どうしたんだと若い男に投げかけた。しかし、その声に返事は帰ってこなかった。若い男は突撃した後、意識が無くなり何も思うことなく絶命していたのだ。その急な事に動揺したひげ面は大きな声で叫んだ。

「誰か」

誰か来てくれと言うひげ面。すると他の場所にいた仲間が現われて合流した。


 ファシルは、ひげ面が叫んでいる間に、目の前で倒れた若い男の剣を拾い上げて構えた。

すると、ファシルの左目がうずいて赤く変色した。


 ひげ面は仲間が合流すると慌てて状況を説明した。すると合流した者とともに魔法の詠唱をしだす「」。すると、どこからともなく三体の羽の付いた人間の子供が召喚された。

「よし!これで大丈夫だ!」

ひげ面は、形勢が逆転したといわんばかりの態度で一歩前に出て言葉をつづけた。

「お前はもう終わりだ!村のやつらのように苦しめて殺してや————」

啖呵を切るひげ面の頬をひゅんっと何かがかすめた。

「…え?……」

ひげ面は間抜けな声を出しゆっくりと振り返ってみた。すると、羽付きの頭に長いものが突き刺さっている。それはよく見慣れた、自分が今握っているものとまったく同じものであった。少しの間があった後、羽付きの断末魔がこだました。

不意のことに理解が追いつかず、棒立ちしていた甲冑達から複数の悲鳴が上がった。腰を抜かすなどの多種多様な反応をみせる甲冑達。それとは対照的に、羽付きは相手に向かっていく。その勇ましい羽付きを、淡々とした声が迎えた。

≪ドゥールオーラ≫

その声の主は二つに分かれた。そして、その一つは羽付きに向かっていき、おもむろに羽付きに抱きついた。抱きつかれた羽付きは足掻くがそれを脱する事が出来ない。それを見ていたもう一体の羽付きが攻撃して、羽付きを助ける。

もう一体の羽付きの攻撃で抱きつかれた羽付きは抜け出し、様子を伺おうとしたその時であった。後ろから真っ二つに切られてしまった。もう一体の羽付きはそれを見て、慌てて距離をとろうと動いた直後、淡々とした声が聞こえた。

≪シーオース≫

すると、距離をとる様に真っ二つの仲間が離れていく所が見えた。その違和感を感じると同時に痛みを感じた。剣がおなかから生えていたのだ。最後の羽付きは反射的に吐血して息絶えた。


 恐ろしい光景を少し離れたところから観戦する形となったひげ面は、逃げようとするが腰が抜けて立てないでいた。逃げたい気持ちに急かされたひげ面は、恐れで震える体をなんとか動かして、這うような姿勢になって敵に背を向けた。すると、後ろから言葉が聞こえた。

≪ドッラ≫

その直後、ひげ面の目の前にコブシぐらいの黒い球が飛んでくる。

その球は複数あり、他の所へと飛んでいくのが見えた。そのすぐ後にあちこちから断末魔が聞こえてくる。それは、その場から逃げた仲間のものだとすぐにわかった。


 あちこちで聞こえた声が静かになると黒い球達が、地面に這ったままのひげ面の周りに集合する。黒い球に包囲されたひげ面は、自分しか残っていないと理解すると恐怖のあまり泣き出してしまった。ひげ面はなりふり構わず、殺さないでほしいと懇願する。

すると、質問が投げかけられた。

「なぜだ」

それは、一連の事の詳細を訊いていた。

「おっ王様に言われて……」

その平淡な声にとても恐怖したひげ面は知っていることをすべて話した。

「わかった」

ひげ面は質問に答えたので

「これで俺を見逃し————」

言質をとろうとした瞬間、黒い球から細い線がひげ面の額に目がけ一直線にのびていた。ひげ面は静かになった。

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