妄想癖付属の恋愛脳

「ただいま」

「おかえり、デートどうだった?」

「あんまり揶揄わないでよ……」

 家に帰るなり、妹の双葉がニヤついた笑みを貼りつけた顔で出迎えてくる。

「私もあの映画見たいと思ってたんだ〜。いい雰囲気なった?」

「別に……。というか、あんた暇なの?」

「ううん、暇じゃない。勉強!」

 そう言って、そそくさと2階の自室に逃げ帰っていった。

 双葉は私の妹とは思えないほど快活で、まだ小6のくせして人の交際に首を突っ込んでくるくらいにませている。

 性格だけ見れば、私より綺月の妹と言った方がしっくりくるくらい。

「でもまぁ……」

 恋愛脳なところは私にそっくりだし、やはり私の方が正当な姉なのかもしれない。

 そう結論付けて、私はバッグを部屋の端に置いて着替えることにした。

『今から通話していい?』

 ちょうど部屋着に着替え終わると、見計らっていたかのように綺月からメッセージが来た。

『いいよ』

一緒にOKのスタンプも返すとすぐに着信音が鳴る。

「やっほー」

「や、やっほー……」

「早速なんだけどさ、次のデートは水族館にしない? 今SNSで流れてきたのがちょー綺麗でさ──」

 一緒に出かけて、帰ってきたらすぐ通話をして、しかも次回の予定の話までする。相変わらずの綺月ペースだった。

「いいけど、テスト終わってからね」

 もうすぐテスト前期間に入るので、出かけるのはやめてお互いに勉強に集中した方が身のためだろう。

 それに、そんなにせかせかと予定を詰め込まなくても毎日学校で会えるのだから。

「む、そうだった。テストも近いんだったね……。じゃあ! 一緒に勉強しよ!」

 ついさっきも聞いたような、威勢のいい勉強する宣言だった。

「また図書館とか行くの?」

「ううん、うち。今度の土曜親いないから泊まりに来れるよ」

「え……」

 泊まりというワードに反応して、つい動揺が漏れてしまう。

「なに? 変なこと想像した?」

「いや、してないって」

 暗い部屋で一糸纏わぬ綺月が私の手を導く想像を頭の隅に追いやって、湧き上がる羞恥をもごもごと噛みながら否定する。自分のこういう所が嫌だ。

「ふーん……?」

 なにやら含みのある相槌と共に、にやついた綺月の顔が思い浮かぶ。

「ま、とにかく次の土曜は決定ね。絶対空けといてよ」

「分かったよ。ちゃんと準備していく」

「おっけおっけ。それでさぁ──」

 嵐みたいに綺月が起こす話題の波に呑まれて、あっという間に時間が経っていた。

 私の生活の円グラフの中で、綺月の面積が日に日に大きくなっているような気がする。

「もうお風呂入らなきゃ」

「そっか。じゃあ、また明日だね」

「おやすみ」

「おやすみー」

 通話を終えると、綺月の声の響かない部屋がなんだか虚しく感じてしまう。もうここまで来ると、私の妄想癖持ち恋愛脳は重症みたいだった。

 寝る前に私から『もう一度通話しよう』と言ったら、綺月は迷惑だろうか。

 私は綺月みたいに素直に甘えるようなタイプではないし、普段と違うことをして引かれるのは避けたかった。

 お風呂上がりに少しだけ机に向き合っている間も頭の隅で葛藤して、結論を出したのは布団を被り、部屋を暗くしてからだった。

『おやすみ』

 それだけ送ってから、返信を待つこともせずに眠る。

 四六時中、いつも綺月の隣にいて、同じ時間を共有するのが私にとっての理想のようだった。


◇◆◇◆◇


 一緒に映画を見に行った日から3日が経った日、珍しく綺月は学校を休んだ。

 朝に『ごめん、今日休む』とだけメッセージが来たので、『大丈夫?』と返しておいたのだが、返信はおろか既読すらつかない。

「寝てるのかな……?」

 心配になりながらも、HRが始まってしまいそうだったので携帯の電源を切り、鞄にしまう。

 そして、半分放心状態のまま授業を受ける。先生の声は右から左へと抜けていくばかりで、正直何の話をされているか分からない。

 考えごとばかりしていると時間の経過は遅いもので、時計の針が5分進むのがいやに遅い。それでいて、気がつけば10分進んでいる。

 これを後何回繰り返せばいいんだろうとうんざりするほど回数を重ねて、ようやく昼休みになった。

 弁当箱を持って教室を出ようとした所で、綺月が欠席なのを改めて思い出す。身体に染みついた習慣が自然と私を動かしていた。

「そうだった」

 隣のクラスに、いない綺月を昼食に誘う足を止めて、自分の席に蜻蛉返りする。

 いつもは混み合った学食の隅の席で、綺月と向かい合って食べているのだが、綺月のいない日にもそこで食べるのは、なんだか自分が報われない犬みたいになってしまうような気がしたのでやめた。

 鞄から携帯を取り出して、電源を点ける。

 連絡は、なし。既読もついてない。

 風邪だとすれば、別にお昼頃まで寝ていてもおかしくはない。

 ただの風邪。少し体調を崩しただけだと自分を納得させるように心の中で言い聞かせながら、弁当箱を机の上に置いて食べ始める。

 放課後に綺月の家に寄る。そう決めて午後の授業も乗り切ることにした。

 綺月と連絡が取れないだけで、こんなにも頭の中が支配されてしまうなんて、やっぱり私は重症らしい。


◇◆◇◆◇


「ごめんごめん。ほんと、もう大丈夫!」

 その日の放課後。綺月はけろっとした顔で扉から顔を覗かせた。

「……心配したんだよ?」

「ごめんって。返事しなかったのは悪かったよ」

「具合が悪かったの? 熱は? 喉は?」

 本当に心配していたものだから、逆につい早口になり問い詰めてしまう。いつもならこんな風な態度を取らないのに、今日は調子が狂ってしまっていた。

「なに? そんなに心配してたの? それとも、私がいなくて寂しかったとか?」

暴走する私を茶化すように、にやにやしながら言う。それが図星で、自分でもわかるくらい頰が熱くなる。

「そっ、んなんじゃなくて、連絡つかなかったら誰だって心配になるでしょ」

 それをごまかすように捲し立てる。

「もう、子葉は可愛いうさぎさんだなぁ」

 また揶揄うように、私のことをうさぎと呼び始める。恥ずかしさのあまり、つい口をもごもごとさせて羞恥を逃す。

「ま、明日は学校行くから。心配しなさんなって」

「絶対ね」

「絶対絶対」

 綺月は念に念を押す私を見て、満足げに笑った。

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