紫色のアイツ

あまたろう

本編

 "それ"は突然クローゼットから現れた。

 そんなシチュエーションに耐性があるはずもない俺は、仰け反った拍子に持っていたどら焼きを盛大に上に吹っ飛ばしてしまった。


「困るなあ。ぼくは机の引き出しから飛び出す登場の仕方に憧れてたのに」


 そんなことを言われても困る。なんせ俺の部屋の引き出しに相当するものはクローゼットの中にある洋服ダンスが良いとこで、書きものをする机には引き出しがないのだ。

 ……というか、それを言うのか。

 見た目はどう見てもテレビで見たことのある、あの"夢をかなえてくれるネコ型ロボット"そのものであるのに。

 ただ色はおなじみの青色ではなく、ひどく毒々しい紫色であることだけが気になるところだ。


「きみがのび〇くんかい?」

「違う」


 この会話はまずい。いくらなんでもその名前はアレになってしまう。


「俺の名前は末延 環(すえのび たまき)だ」

「じゃあ〇びたくんでいいんじゃないの?」

「そのあだ名はNGだ。特にその姿のキャラクターが使うと非常にまずい」


 まあ、学校ではそのあだ名で呼ばれているわけだが。悪い名前ではないが、よりによって繋げてそうなる字面を選んだ当時の両親には小一時間説教をしたい。


「……で、突然誰もいないはずのクローゼットから出てきたお前は何だ」

「ぼくドラえm」

「黙れ」

「の〇たくんが質問したんじゃないか」

「そのあだ名で呼ぶな」


 いや、でも確かに見た目は今こいつが名乗ろうとしたあのキャラクターにそっくりだった。色以外は。

 逆になぜここまでそっくりなヤツが存在するのかが気になる。


「どこから来た?」

「60年後の未来から」


 ふむ。

 あの本家のキャラクターが22世紀から来たのに対して、コイツは21世紀中から来たという。

 しかも60年後であれば、ワンチャン俺は生きている可能性がある。


「60年後なら、もしかして俺は生きてるのか?」

「もちろん。だってぼくはきみがつk(ガガガガガピーピー)」


 急にノイズが入って、何を言っているのかわからなくなった。


「ごめんよ。今のは禁則事項といって、今の時代の君には話せないことだと時空管理局が判断した結果なんだ」

「そういう管理局が直接介入してくるのか?」

「そうなんだよ。これを言ったことで歴史改変が行われてしまった場合のパターンを観測して、世界に不利益が生じると判断されたらその基となる行動を制限するんだ」


 そこらへんは元の作品にはなかった設定だな。そこでは、パトロール隊が物理的にやってきて対応していたはずだ。

 だが、そんなことよりもまず質問しなきゃならないことがある。


「……何をしにここに来た?」


 あの作品では、ロボットは主人公の玄孫から主人公の不幸な未来を、ひいてはその玄孫の不幸な境遇を変えるために遣わされてきたはずだ。

 であれば、それはすなわち歴史の改変ということになるのだが、なぜその歴史改変がパトロール隊に黙認されているのかについては作品中では言及されていない。

 今の禁則事項というヤツが時空管理局という組織の影響であるならば、俺に関する歴史の改変は認められていないということになる。

 であれば、コイツが未来から来た目的は何なのか。


 ……いや、見た目に惑わされてあっさりコイツが未来から来たロボットであると信じ込んでしまっていた。

 まだそもそもコイツが本当に未来から来たのかどうかが立証されていない。


「ん? ただの時間旅行」

「それならば、その時間上の人間に姿を見られること、ましてや『未来から来た』などということを言ったらまずいんじゃないのか」

「うーん、そこのところは時空管理局の規制が入らなかったからいいんだと思うよ」


 そうなのか。

 それが本当なのであればけっこうヤバイことを言っていたと思ったのだが。


「……それより、その畳に転がってるやつを食べたいんだけれど」

「ああ、どら焼きというんだ」

「知ってる。昔読んだマンガで見たことある」

「これが出てくるマンガを俺はひとつしか知らない」

「じゃあたぶんそれ」

「だとすればお前のその姿はすべて分かったうえでのものだということだな」

「それはぼくを作った科学者に言ってほしいな」

「言ってやる。それは誰だ」

「内緒ー。っていうか、言おうとしても禁則事項のノイズでたぶん聞こえないよ」

「なるほど」


 紫色が床のどら焼きを拾って、旨そうに口に入れた。


「ロボットがそんなもん食って大丈夫なのか」

「味覚をつけてもらったんだ。あと、食べたものは残らずエネルギーに変換される」


 それはあの作品と同じか。


「ありがとう。じゃあぼくは行くね」

「結局何しに来たんだ」

「『のび〇くん』と呼べる人間がこのへんではきみしかいなかったからね」


 ……コイツ、筋金入りであの作品のヲタクか。


「最後に質問。そのポケットにはやっぱり色々道具が入ってるのか」

「残念ながらこれは飾り」

「そうか、残念だ」

「でも、たぶんきみならこのポケットをあのマンガそのままにつk(ガガガガガピーピー)」


 それが確信できただけでもここに来た甲斐があったよ、と紫色がつぶやく。

 次の瞬間、虚空にできた穴に紫色が入ったかと思うとそのまま消えてしまった。


「……結局ホントに何しに来たんだ」


 そう呟いて皿に手を伸ばしたが、あと3個乗っていたはずのどら焼きが跡形もなく消え去っていた。


(おわり)

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