懺悔

 懺悔します。懺悔します。私は、ひどい悪徳を犯しました。人間の道理を大いに外れた大罪にあたります。心から、反省しております。ですから、どうか、私の罪を御赦しください。だって、これは、あまりにも、ひどい仕打でございます。私の犯した罪に見合っておりません。同害報復の原理は、ハンムラビ法典で既に記されており、現代の罪刑法定主義の基礎であります。過剰な報復は、一方的加害と同様の悪徳であって、これが赦されるべき道理はございません。

 はい、はい。速やかに、告解いたします。包み隠さず、何もかも申し上げます。私は、あの娘を、愚かにも、虐げました。浅墓でした。あの娘には、何ら非はございません。何もかも、すべて、私の浅墓さが招いたことでございます。私に、石の上にも三年、といったふうな、確固たる忍耐の精神があれば、何の問題もございませんでした。いいえ、辛抱に辛抱を重ねた結果ではございました。彼女は、私の同輩でありました。彼女は、私と、幼少の頃から、相識の間柄で、だいたい一緒に生れ育った、と言えました。はじめは、大変良い関係だったのです。まさしく竹馬の友、といった次第で、私が会話したり遊戯したりする相手として、彼女以上に楽しい人間は存在しなかったのです。無論、彼女にとっても、その筈でした。にも拘らず、あの娘は、年齢を重ねるに従い、徐々に、私を、意地悪にも軽蔑し、無視するようになりました。私にはあの娘以外に、気の合う人間は一切いないというのに。あの娘自身、私のそんな心境に気づいていない、なんてことがあろう筈はないのです。そうです、あの娘は、私の想いを熟知したうえで、私以外の人間ばかりに、構うようになったのです。それに、彼女が、私以外の人間と話している様子を見るに、決して、楽しそうな様子ではないのです。何を考えて、頑なに、私を避けて、私よりも退屈な人間と関わり合うのでしょうか。私を捨てて、引換に彼女の付合い出した人間はと言えば、精々、本来、奴隷の資格しか与えられないような連中です。あの娘は、あの手の下賤の輩と付合うような人間では、本来ありえないのです。彼女は、この上なく美しくて、私は、あの娘を、誰よりも愛しく考えていました。いつから、あの娘の人格がおかしくなったのでしょうか。

 思うに、彼女は、数多くの友人と付き合うことを、まるで、自らの地位や存在価値の証明だとか、高貴なる人間の責務だとかのように、感じていたのです。醜い虚栄心に支配されているのです。思い上がりです。あまりに自惚屋です。傲慢という名の悪徳に分類すべき所業と言えましょう。そんなことが、いったい、私を軽視する正当な理由になりましょうか。ですが、そんなあの娘以上の者が、私にはいなかったのも事実だったので、私は陰ながら彼女を、誠心誠意、支えておりました。数多の人々との付合いのなかで、彼女が破綻しないよう、裏で根を回していました。やがて、彼女が殿方と交際することがありました。その際にも、殿方の好意が、あの娘に傾くよう、うまい事やっていました。しかし、あの娘は、それに気がつかない。いいえ、まさか、気付いていない、なんて筈がないのですが、素知らぬ振りをするばかりなのです。私に支えられることを、まるで恥辱と捉えているかの如くにです。それどころか、あの娘は、交際相手の殿方を、自らの装飾品のように看做していて、まるで、あの娘が、男性と付合うことで、偉くなったかのような勘違いを起こして、私のことを嘲笑するのです。私はその傲慢を、許容できませんでした。

 あの娘は、人一倍に、世間体にたいし重要性を振当てる性格がありました。ですから、大勢の前で、大恥をかかせてやろう、恐るべき恥辱を味わわせてやろう、と考えたのです。ひと先ず、これまで裏で根を回していたのを取り止めて、悪い風評を流布させて、あの娘が孤立するように仕向けました。根も葉もない噂、というわけではございません。即座に否定するのも困難なように、一の事実に幾許かの虚飾で彩るのが、悪評を立てるにおける技術なのです。あの娘の交際も、破局へと追いやりました。手順は簡単でした。学生であるあの娘の交際資金はといえば、判然と申し上げますと、取るに足らないものでした。私は殿方に対し、あの娘を頻繁に出掛けに連れ出すよう促して、資金を消費させました。馬鹿に律儀なあの娘は、支払を互いに振分けるのです。なので、そうすると、徐々に、あの娘の懐は寂しくなっていきます。そして、化粧品だとか洋服だとかを、買う資金が足りなくなって、鬱屈が蓄積するわけです。私の兵法計画は、まこと思いどおり成功しました。あの娘と交際相手は、派手に喧嘩別れをする次第となりました。彼女は、友人も恋人も、何もかも失いました。取り返しのつかないことをしました。私を見限ったことへの復讐のつもりではありませんでした。私の存在の強大さを、あの娘に知らしめたかったのです。ですから、全てを失ったあの娘に対して、罵倒を浴びせました。私のやったことだと知らせてやりました。愚かでした。まさかそれが、こうなるとは思いもしませんでした。

 それから、何日か経過しての事でしょうか、或る朝、目を醒ますと、目の前に、あの娘がいたのです。視界に映ったのは、彼女が私の寝室で、首を吊って、死んでいる姿でした。天井には強引に鉤が打ち付けられており、そこに吊るされたロープに、彼女は首を括っているような姿勢でした。私は発狂して、暴れようと試みたのですが、私は、椅子に固定され、手足を拘束されていたので、一切の身動きが取れませんでした。朝日に照らされているにも拘らず、部屋のなかは電燈が灯っていて、視界はあまりにも明瞭でした。それで数時間、私は、その娘の屍が硬直して腐敗してゆく様を、見せられつづけました。私は、これが、あの娘による明確なる復讐心が起こした行動であると悟りました。彼女は、彼女の命を使って、私に復讐を果たしに来たのです。死体からは、生前の体内に残っていた糞尿が排出され、部屋全体に悪臭が漂っていました。

 死後の変化として、血液の循環が停止して、重力に従って死体の低い位置に沈下するようになる、といった現象が、皮膚上に現れるというのがあります。縊死体の場合、血液は下半身に集中します。彼女の美しかった白い脚に、醜い斑点状の痣が浮かび上がってゆくのを目の当たりにして、私は気が狂いそうになりました。色彩の変化が彼女の身体を侵して、美しいものを破壊してゆくのです。やがて、本格的に腐敗がはじまりました。彼女の肉と皮膚が柔らかく溶けだして、体液が、緩やかにですが、身体の隙間から、堰を切るように溢れでてくるのです。その液体が縊死体から真下へと垂れ落ちて、糞尿の上へと積み重なります。それで腐敗によって生じたガスが、彼女の身体を膨張させ、醜悪な化け物へと変貌する様を、見せつけられました。私は精一杯、もがきましたが、椅子から脱出ができませんでした。そしてほぼ密室であるにも拘らず、気付けば部屋には、死臭を嗅ぎつけた無数の蛆虫と蠅が湧いて、彼女の屍へと集っていました。蛆虫と蠅は大群集を形成して、欣喜雀躍するかのように、屍の周囲を、活発に往復しています。そして蛆虫と蠅が、彼女の死体へと卵を産みつけるのです。やがて卵が孵って、蠅と蛆の大群集が、あの娘の屍を食い荒らし始めることでしょう。

 私がこの永劫の拷問を加えられ、いったい、何時間、何日が経過したのでしょう。神様、どうか、私を解放してください。いいえ、いっそのこと、私を、いますぐに殺してもらえませんでしょうか。私は卑劣にも、彼女を自殺へと誘導したのです。死に対する償いは、死によってのみ果たされるべきであります。ですから、この地獄的な責苦から、私を救ってくださいませ。信じるものは、救われるべきなのではありませんか。

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