悪徳の栄え
気づけば、聖堂には、誰も存在していなかった。ステンドグラスの隙間から差しこむ祝福の日光が、ぎらぎらと情熱的な輝きを放っていて、あたしの姿を晒し上げるかのごとく照らし出すので、鬱陶しい。聖堂の中央に向かって歩行し、神聖な寝台の蓋を開くと、少女がひとり、安らかに眠っているのが、見える。永久の眠りに囚われた白雪姫のような、美しい寝姿であったので、却って何だか崇高なものに思われて、目を逸らしてしまった。
先ほどまで、ここでは、ミサが執り行われていた。あたしたちの暮らすこの修道院において、死人が出た際には、葬儀ミサをおこなう、といったきまりになっている。亡くなって、弔われたのは、あたしの親友であった。あたしとその親友の二人は、神父様のお気に入り、というわけで、清掃や洗濯、といった一般修道生に課せられる雑務に代わって、神父様に対して、性的な奉仕をする、という役割を任ぜられていた。具体的な業務は、彼の性器を、手で擦ったり、口で咥えたり、といった内容である。宗教施設が、政治や警察が介入不可能な領域、聖域として機能していたのは、随分と昔な話であって、宗教全般が権威的な効力を失した昨今となっては、施設内の虐待などが、多くは明るみに晒されることとなった、とはいえ、未だ悪事が暴かれていない施設というのも存在するのが実情であって、この修道院が、まさしくその一つであった。望まない奉仕を強いられたあたしとその親友は、どちらも内向的な気質であったのだが、苦しい境遇に立たされて、まさしく、同病相憐れむ、といった次第で、急速に友情を深めていった。やがて、親友と呼ぶべき間柄となった矢先、彼女は、毒を飲んで死亡した、と知らされたのが、先日である。事故死と結論されたが、真相は、自死であろう、と、あたしは睨んでいる。あたしとは異なって、彼女は、聡明かつ繊細な少女だったのだ。
それはそうと、慣習にしたがって、彼女を追悼するためのミサが、執行せられた。周囲の修道生らは、真剣な面持ちで、掌を合わせ、ぶつぶつと、定型句を唱えていて、神父は、事前に決められた、機械のような予定調和の行動をしていた。天にまします我らの父よ、ねがわくは御名をあがめさせたまえ、といった調子である。そんな中、いっぽう、あたしは、目を瞑っていると、眠気を感じてしまって、うとうと、と、舟を漕いでいた。どうも、口先で、祈りを示す言葉を発していれば、彼女が救われる、というのが、腑に落ちないのである。来世とかエデンとかいうものが、あたしの現実的な感覚、感性を超えているので、まったく、腑に落ちないのである。果たして、これで満たされた気分になるのか、この行為に意味があるのか、実感として、よくわからないのである。大した接点も無かったであろう周囲の修道生らが、かくも真剣な雰囲気になっているのも、まるで理解ができないのである。そんな不条理の茶番に飽きてしまった頃、あたしの意識は落ちた。
目を覚ましたあたしが、棺に接近すると、陽射しがより、直射する形となって、一層、暑苦しさを覚えた。どれだけのあいだ眠っていたのだろうか、修道服がべたべたとして、気色が悪い。もう一度、聖堂の、四方を見渡して、あたし以外の不在を確認すると、修道服を下着ごと脱ぎ捨てて、裸になった。不思議な解放感と高揚感に包まれて、陽気な気分になったあたしは、衣服を向こうへと蹴飛ばしたあと、先程のミサの時に使用されていた、金属製の十字架が、祭壇の上に放置されているのを、見つけた。その時、脳髄の奥に、啓示が降ってきたような心地がした。啓示に従い、十字架を手に取って、先端を舌で舐めた後、自分の性器を指先でこじ開け、そこに十字架を挿入した。磔となっているイエスの頭部がある辺りを鷲掴みにして、腕を振り、上下へと激しい往復運動をすると、形容しがたい快感がした。安らかに眠っている、最愛の友の顔を見ると、自分との対比が、何だか、おかしくって、笑みが零れてしまった。
やがて、絶頂が訪れ、瞬間、あたしは、天に召されたような感じがした。あたしは、十字架を、適当な場所に放り投げて、仰向けに、寝転んだ。
今まであたしは、信仰とか、善行とかいった、抽象的で、よくわからない存在の価値について、この修道院で、長らく説かれ続けてきたのだが、どうやら、それら紛い物、贋物と違って、確かに価値のあるものを、発見したようである。この肉体が、確かに受け取っている、快楽とは、この上なく甘美で、それを頬張っているあいだは、他の何よりも、事実、救われているような気持ちになるのだった。
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