短編

閨房哲学

陵辱

 ネエ、私ノ話ヲ、聞イテイルノ?聞イテイルノナラ、コチラヲ向キナサイ。私ノ顔ヲヨ。ドコヲ見テイルノ。チャント、私ノ目ヲ直視シナサイ。ソンナダカラ、アナタハ、社交的場面デ、苦労ヲシテイルノヨ。相手ノ目ヲ見テ話ス、ナンテ、コミュニケーションニオイテ、基礎ノ中ノ基礎ヨ。ナンデ、ッテ、ソレハ、相手ノ目ヲ見テ話サナイト、ソノ人ニ対シテ、失礼デショウ。無礼二値スルノヨ。ソンナノ、常識デショウ。少ナクトモ、視線ヲ合ワセナイデ、相手ノ人ハ、ヨイ気持チニハ、ナラナイデショウネ。良イ?相手ノ目ヲ見テ会話スル、ソレダケデ、アナタハ、多クノ恩恵ヲ得ルコトガデキルノ。信用トカ、尊敬トカ……ッテ、ホラ、マタ、目ヲ逸ラシタ。

 そんなふうに、僕は、高校の授業が終わった帰りぎわ、真夏の暑苦しい公園のベンチにて、幼馴染であり恋人である女から、ありがたくもお節介きわまる説教を受けていました。まあ、いまの問答から察してもらえますとおり、僕は、相手の眼球を直視したうえで会話をする、という行為を、極度に苦手としているのです。そして、それを指摘されるたびに、ひどくうんざりする、というか、嫌気が差すのです。だいたい、どうして、発話による単に情報を交換する作業において、眼球運動上の力学的な方向が、重視されるのでしょう。相手の眼球を見るまでもなく、相手の発言を受け取り、僕の口から返答が発せられて、会話が成立しうるのですから、別にそれで、万事無問題ではありませんか。目と目を合わす、というのが、皆においては、疑わざる常識であり当然であるのかもしれませんが、それ以前に、人間には、得手不得手という性質があって、個人によって、出来る事と、出来ない事が、それぞれ異なるわけであります。出来る者が、一方的に、出来ない者に克服を強制するのは、他者を思い遣る博愛精神を著しく欠いた愚行ではありませんか?僕は、そんな何ら意味を持たない、鼻持ちならぬ偏見が築いた前時代的な儀礼よりも、道徳的に考えて、先ず、人間を愛し重んずるべきだとおもいます。

 ヤッパリ、聞イチャイナイデショウ。

 そう述べる彼女。聞いていなかったけれど、日頃、幾度となく聞かされている話と、寸分違わなかったので、僕は、

 聞いているよ。

 とだけ解答して、渋々、顔を上げて、彼女の顔面に視線を向けました。

 すると彼女の顔面には、女性の裸体が刻まれていたのです。これは変な比喩とか、その手のたぐいではなくて、実際、本来眼球があるべき場所には、乳房と、そのうえに乳首が位置し、鼻筋があるべき場所には、臍があって、口の部分は、女性器となっていたのです。この奇妙かつ不可思議な現象は、この女に限った話じゃなく、僕には、いつからか、人間一般について、彼らの顔面が、男女それぞれに対応する性別の裸体に見えるようになっていました。原因も、全くもって思い当たりません。彼女と交際を始めたあとになって、或る日、突然、そうなった、突如、世界が狂い始めた、というほかにありませんけれど、そのときの衝撃は、鮮明に覚えています。グレゴール・ザムザが、ある朝、目を覚ますと、なんと、一匹の、巨大な毒虫と化ていました、みたいな。まさにシュルレアリスムの世界です。どう考えても、物事の条理、摂理に反しておりますので、幻覚、脳機能上の不具合である、ということは、頭脳では理解できるのですが、とはいえ、本能的に、直視するのは、躊躇われるわけであります。ところで、女の裸体が、聖なる雰囲気をかもしているのは、単に、その非日常性、稀少価値ゆえに、なのであって、日常に溶けたとたん、ひどく、グロテスクなフォルムに感じられるのですよね。創世記に記されている、エデンの園において、アダムとエヴァが禁断の果実を口にする、ってくだりは、必要不可欠な工程だった、って確信させられます。それで、エヴァはその無垢、というか、無知が失われて、自らの裸体を恥じるようになるわけですが、それは、やはり本来、人間の裸体というのは、恥辱に値する醜悪な汚物であるから、ということです。したがって、裸体が刻まれた人間の顔面を直視するたび、吐き気を催して、不愉快な気分になるわけです。で、僕は日常的に、気色のわるい光景を見せられるのですが、これで、鬱憤が着実に蓄積されてゆくのも、まったく、異様じゃありますまい。

 何ヨ、ソノ不快ソウナ顔ハ。ソンナニモ、私ノ顔ガ、醜イ?

 僕の恋人が、陰唇……もとい、くちびるを、ぱくぱくと動かして、そんなことを言い出しました。

 そうじゃない。

 ナラ、接吻ヲシテヨ。

 さあ、こうなると、面倒くさいわけです。僕は彼女と、交際をおこなっているので、世間の恋人らのご多分に漏れず、ときに、こういった営みを求められます。彼女にとっては、極くあたりまえのスキンシップであり、愛情表現の一環なのでしょうけれど、僕からしてみれば、彼女の口許というのは、裸体の形をした顔のなかでも、とりわけ不潔に見える部位なので、そこに接吻をするのは、率直に言って、心底、御免被りたかったのですよね。

 で、考えたわけです。なぜ僕は、こんな責苦を味わわねばならないのか?こんなことはおかしい、まったく間違っている。かくも醜悪で不愉快なものは、愛すべきではない。駆除されるべきである。それが正しい論理であり、取り戻すべき正しく美しい世界の姿だ。

 僕は彼女の頭部に蹴りを入れた。横たわった彼女に馬乗りになって正確無比に狙いをさだめる。改めて凝視すると、彼女の顔面上の肉体は、白く豊満で、一般的に評価される代物でした。目元にあるそそり立った乳房を揉みしだくように、片手で乱暴におさえつけて、下腹に見えるところに拳を全身全霊の力をこめてめりこませる。そうして連続して殴りつけられた裸体が、酸素を求めて深呼吸しているのだろうけれど、膨張したり収縮したりするのを見て、一層、その外観の気持ち悪さに、苛立って、頭蓋が烈しい熱を帯びるのでした。僕は、稲妻のごとくほとばしる暴力の衝動に身を任せました。目元の乳首を力任せに強引に引っ張ってちぎってみると、勢いよく血が噴出して飛び散る。もう片方も引き千切る。血飛沫が軌道をえがく。そうして、手作業で改造を加えることで、女の裸体の醜い箇所を、続々と除去してゆくのです。さて、何よりも醜悪なのは、顔面の膣のところに、幾数もの歯が生え並んでいる点でした。これがなによりも、不気味で気色が悪い。外観の気持ち悪さというのは、一部には、本来なかるべきものの存在していることと、本来あるべきものの欠如にちなんでいる、と思うのです。よって、膣に手を突っ込んで、一本一本、ぬかりなく、歯を抜いていく。そんな次第で、彼女の顔面を、僕の思うがままに変形させました。最終的に、彼女の頭部は、顔とも体とも判らない、原型をとどめぬ、肉のかたまりと化しました。辺りの血だまりは激戦の証です。無事、醜いものにまみれた、狂気の世界にたいする、ささやかな革命の第一歩は果たされたのです。僕の恋人は、その礎として、身を捧げることとなりました。どうです?世にも美しい感動的なストーリーではありませんか?僕は、澄みわたった爽やかな心情ですよ。

 という次第でして、にわかには信じられないでしょうけれど、僕の主観では、これが偽りなき真実なんですよ、裁判長。きちがいを装うなよ、そんな虚言で刑を軽くしようったって無駄だぞ、って、心外だなあ。僕は、正真正銘の、きちがいですよ。

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