#6 覚悟の闘走

6月9日 14時47分

上赤津場

大型商業施設 "Buy-las" 1F

セントラル・ストリート跡




現出した重撃剣を天に翳し、"日神 光弥"は堂々と起ち上がる。


蒼き烈光纏う天敵に、この場の全ての殺気が、赫い光条となって向けられる。




「――――眞澄さんはそのまましゃがんで、絶対に動かないでくれ」




重剣を逆手に持ち替え、脇に構える。


光弥が戦闘態勢を取ると同時、ついに歪な動きで蟲共が襲いかかってくる。


無数の蟲が、獲物目掛けて真っ直ぐに迫りくる。


その圧力は、赤い幽光の散りばめられた闇が一斉に覆い包んで来るようで、恐怖に息を呑む梓。


対して光弥が息を呑んだのは、莫大な膂力を練り上げる為だった。


正面から迫る、蟲の最先鋒。


3体がかりの突進を、しかし1体ずつ相手取る手間は要らない。


この手に握った武器の重み、そして漲る力がそう教えてくれている。


逆手に持った重剣を両手で握り込み、闘志が促すままに身体を捻り上げる。


「でぇあぁっ!!」


光弥は力強く前進した。


その勢いまでも乗せ、全身の動きで重剣を叩きつける。


刃に集約する膂力は、溜まりに溜まった炎が一気に炸裂した爆風のような衝撃を帯びていた。


眼前の蟲を横様から捉えた斬戟は、金属質の鎌脚を圧し折り、その先の胴体は爆ぜるようにして砕かれる。


1体程度でその威力は止まらず、続く2体目も同じように撃砕。


僅かに軌道から逸れていた3体目すらその勢いからは逃げられず、2本の鎌脚をもぎ取られたうえで軽々と吹っ飛び、後続をも巻き込んだ。


「きゃぁっ!!??」


飛び散る血肉に悲鳴を上げる梓。


仮にも生物が一瞬でバラバラに砕ける惨たらしい光景だが、しかしそれらはすぐに迸る蒼い炎によって炭化し、跡形も無くなる。


そして、凄まじい一撃を繰り出した光弥は尚も攻めかかる。


返す刃でもう一撃、弧を描く豪快な回転切りが、横槍に迫った蟲の一団を斬り払う。


小手先の技術でない、ひたすらに勢いを乗せた大振りの斬戟こそ、この状況で最も有効な攻撃法だった。


剣と括るにはあまりに大きい、"重撃剣"の長大な柄を存分に振るえば、それより尚も巨大な刀身は更に加速。


増強したその威力を、稲妻のような音と速さを生み出す、”戦士の踏み込み”と併せ、吶喊。


「 づぅあぁっ !!!!」


突き進みながらの横薙ぎ一閃。


空を斬り裂き、敵の群が冗談のように派手に弾け飛ぶ。


瞬間、光弥は誰かに急激に引っぱり出されたかのような速度で退き下がると同時、梓の背後から詰め寄っていた蟲を斬り裂いた。


「ひっ――――!!」


重剣が、梓の頭上を轟々と奔り、すぐ後ろで血肉が弾ける生々しい音が鳴る。


頭を抱え、身を小さく縮こませている梓に被害は無い。


だが、後隙を生じさせた光弥目掛け、蟲の1体が鎌脚を突き出す。


っ。

下手に避ければ、眞澄さんに当たる・・・・!!)


光弥は咄嗟に、大篭手・撃煌を振り上げ、これを打ち弾く。


間髪入れず、後ろ手に振り上げた重剣を振るい、蟲を袈裟斬りに叩き斬った。


直ぐさま光弥は体勢を向き直らせ、飛び込んで来る新手を迎え撃つ。


「おおおおぁっ!!!!」


突き込むようにして重剣を繰り出し、1体の蟲を両断。


勢いに乗って一歩踏み込み、全身を捻っての横薙ぎで更に2体、斬り飛ばす。


続けざまに梓の背後から迫っていた蟲を見逃さず、再び飛び込み斬りで斬って捨てる。


まるで剣舞のように、光弥は立ち位置を次々に変えながら、重撃剣を豪快に振り回し、戦う。


しかし、増え続ける蟲の行進を斬り回るには、それでも追いつかない。


その時、視界の外から飛んで来た攻撃に辛くも反応する光弥だが、避けきれずに右肩に受ける。


それでも怯むことなく、振り向きざまに強かに振り返した。


「っっっっ!!!!」


その軌道の先にしゃがみ込む梓を見て、一気に血の気が引く。


既に必殺の勢いで奔る重剣を引き戻し、むりやり上に軌道修正する。


(間に、合えっ!!!!)


間一髪、逆袈裟にかち上げる太刀筋に変え、変則の回転斬りに修正。


背後から迫っていた1体と、そして先に1撃を食らわされた蟲を、一刀両断し返していた。


(もし、あのまま振り抜いていたら・・・・っ!!!!

やっぱり、こんな状態で戦い続けるのは、眞澄さんが危険過ぎる!!)


せめて囲まれていなければ、と思うも、包囲の輪は確実に狭まり続け、蟲共は黒い壁のように隙間なく殺到してきていた。


されど、それは光弥にとってもチャンスであった。


多くの敵が肉薄していることは、同時に多くのマトを間合いに捉えていることにもなる。


苛烈な戦場の中で高まっている光弥の感覚は、その機会を敏感に捉える。


そして、恐怖を堪えてじっとしてくれている梓の位置も、今度こそ見誤りはしない。


「これでっ!!――――」


素早く前へ踏み込む。


この場所からでなら、梓を巻き込むことは無い。


そしていざこそ、"葬魔絶刀"そうまぜっとうの流儀に連なるわざで、この場を覆す。


歯を食い縛り、膂力を絞り上げ、全方位を凄まじく斬り尽くす螺旋の斬戟へ、光弥は鬨を上げる。




「 ぶっ、飛べっ !!!!」



張り上げた怒号を覆い尽くすほどの烈風が吹き荒れる。


その"業"の名は、"葬魔絶刀・天爪刃"そうまぜっとう・てんそうじん


螺旋を描いて駆け上る剣には絶大な威力が篭り、荒々しい竜巻のように群がる全てを斬り臥せる。


それだけに留まらず、叩き切られた空気までもが蜃気楼を生む程の剣圧となり、蟲共の駆体を更に打ち砕き、ぶち撒ける。


(――――眞澄さん、顔を伏せてて正解だったな)


光弥は、そこで急激な呼吸を繰り返していた。


文字通り、息つく間も無い猛攻に、いつの間にか忘れていたのだ。


息を荒げながらも光弥は再び身構え、周りを素早く見極める。


――――やはり、蟲単体の質はそれほどでもなく、数に任せてひたすら突撃してくるのみ。


とはいえ、その数が尋常ではない。


今までの立ち合いすら、突出した奴らを捌いただけで、後ろには蟲がまだ大量にひしめいている。


どんどんと増えているようにすら感じるその物量に、このままでは二人共呑み込まれてしまうだろう。


しかし幸いにも、光弥の奮闘は僅かにでも包囲を斬り開いた。


「ひ・・・・日神、く――――」


「今だ、此処を離れよう!!!!

掴まって!!!!」


言うが早いか、光弥は右腕1本で梓の身体を抱き抱えてた。


「きゃぁっ!!??

ちょっ、近――――っ!!!!」


今の状態なら、少女一人を抱えていようが問題ない。


光弥は、緩まった包囲陣から一気に飛び出し、同時に左手に持ち替えた重剣を振り上げる。


<ギシィッ>


崩落した瓦礫上に陣取っていた蟲を、重剣で殴り飛ばす。


入れ替わりに、鉄骨や上階の床材が積み重なった残骸へ乗り上げる光弥達。


その先に見えたのは、光弥が脱出路に想定していた通路が、同じような瓦礫で埋め尽くされてしまった光景だった。


「くっ・・・・!?」


「っ・・・・こんなに、崩れてるなんて・・・・」


狼狽する梓が呟き、光弥も臍を噛んだ。


こんな中を梓を連れて通り抜けるのは危険だ。


しかしそうなると、一体どうなっているのか予想のつかない上階通路を使うしかなかった。


(迷ってる暇は無いか!!)


「あ――――っ!!」


蟲達に追い縋られる前に、光弥は再び飛び上がり、2Fの通路へ降り立つ。


この階層にも蟲の姿は見られたが、幸い通路の状態は良かった。


「眞澄さん、走れる?」


「え、ええ、なんとか・・・・っ」


「なら、行こうっ!!」


とは言え、梓はさっきまでまともに動けないような状態だったのは確かだ。


故に光弥は、梓を誘導しつつ、また彼女のペースも感じ取りやすいように、手を引きながら進む事を思い付く。


梓は不安と困惑、それによる迷いを浮かべる。


僅かなその逡巡にすら、焦れてしまう光弥。


だが、信じて欲しいとは言えども、はっきり言って得体の知れない相手に自身の命運を委ねるのだから、当然だろう。


それでも、梓はどうにかという風に光弥の伸ばした手に応えた。


生身の右手で、梓の華奢な掌を握る。


そこまで至れたことに、光弥は少なからず安堵した。




・・・・

・・・

・・




光弥は、2つの誤算を感じながら通路をひた走っていた。


まず1つの嬉しい誤算としては、梓の足取りが思ったよりもしっかりとしていて、思った以上のペースで走る事が出来る。


一方で、もう1つの誤算とは、"Buy-laS"内部に延々と続く、荒廃の様相だった。


ほんの数十分前まで、清潔で整然としていた"Buy-laS"の館内は、今や上階から降ってきた瓦礫が散らばり、ショーウィンドウやベンチといった設備の壊れた様が晒されている。


そして、その随所に何匹もの蟲が闊歩し、さらに荒廃させ続けている事は言うまでもない。


「・・・・皆、どうか無事に逃げてて・・・・っ」


先程の停電によって暗闇に沈んでしまった館内通路には、しかしどうにか視界が効くだけの光量が残っていた。


但し、それによって随所に残る"不穏な痕跡"までも如実に見えてしまい、梓は堪らずと言った風に呟いた。


また光弥達自身にとっても、その光景は暗雲だった。


こんな有様では、もはやこの施設から抜け出る経路まで崩れてしまっていてもおかしくない。


それどころか最悪の場合、今しも上階が降ってくる可能性だって、十分考えられた。


(囲まれてるか、逃げてるか。

状態は違っても窮地なのに変わりはない、か)


すると、その時だった。


突如、それまで引いていた梓の手が不自然に力み、同時に身体がグラリと揺らいだ。


「あぅっ――――!?」


倒れはしないまでも、激しい苦痛を堪える梓の様子に、光弥は不吉な既視感を感じる。


<ズガアァッッッ!!!!>


「な!?」


続けざま、轟音がすぐ近くで巻き起こった。


とうとう天井が落ちてきたかと慄いたが、幸か不幸かそれは違うようだった。


しかしながら、と言ったその理由は、壁をぶち抜いて光弥達の前へ現れたそれが、もしかしたら崩落よりも危険な存在かもしれないからだった。


「――――な、に・・・・あれ・・・・蛇・・・・っ!?」


震える声で、梓が呟く。


――――確かに一見すればそうも見えたが、姿は似ても似つかない。

あの蟲共と同じ、赤褐色の甲殻を纏った身体は、丸太のように野太く、それでいて柔軟な触手の様相。

甲殻の隙間からは気味の悪い暗緑色の体表が覗き、まるで重力など無いように、怪しく揺らめきながら此方の様子を伺っている。

先端部には、あの蟲から鎌脚だけをもぎ取って埋め込んだような凶悪な刃が生え揃い、牙の生えたイソギンチャクのような、グロテスクな見た目になっていた。

それら7本・・・・いや7匹と数えるべき新たな異形が、鎌首をもたげ頭を打ち降りながら、光弥達の進路を遮っていたのだ。――――


「い、嫌っ!!??

・・・・気持ち悪い・・・・っ!!!!」


今までの化け物とは毛色の違う、異様な見た目と、動き。


一体それが何であるのか、その答えは他でもない相手が身を持って示した。


次の瞬間、怪触手の群は一斉に先端の牙をすぼめ、生きた槍衾の如く突っ込んできたのだ。


それを半ば予期していた光弥は、梓を抱えて飛び退く。


「危ないっ!!」


「きゃぁっ!!??」


これで証明された。


それは攻撃行動であり、目の前の異形は、疑いようなく脅威である。


触手の群れは、今まで光弥達の居た場所を囲い込むように貫いていた。


その場にいては、とても防ぎきれなかったろう。


されどこの隙に重剣で叩き切ろうにも、触手は素早く退いて攻撃体勢を取る。


(この狭い通路じゃ、いつまでもこんな避け方は出来ない!!

しかも、もたもたしてたら後ろから他の化け虫に追いつかれる・・・・っ)


押し通るのも引き返すのも難しいとなって、素早く辺りの暗がりを検める光弥。


幸いにも、退路はまだ尽きてはいなかった。


「眞澄さん、そっちの通路へ!!!!」


梓を引き連れ、後方の横路へ飛び込んだ瞬間、背後で再びあの触手が床を突き刺した音がする。


あれらもまた、光弥達をみすみす見逃す気は無いらしい。


どこまで追ってくるかは未知数だが、しかし1つ確かなのは、飛び込んだこの通路を進む場合、大きな遠回りになってしまう事だ。


一区画奥へ入った、メインストリートと並行して伸びているこの通路は、エントランスホールを目指すのには不適当だった。


<ガシャァンッ!!>


しかし、事態は光弥に考える暇を与えない。


突然、横手の飲食店の窓ガラスがぶち破られ、1体の蟲が光弥達へ襲いかかった。


それまでの逡巡が、襲撃への反応を僅かに遅らせてしまう。


「つ"ぅっ!!」


避けきれず、鎧で覆いきれていない右脇腹に鎌脚を引っ掛けられる。


切り裂かれた箇所から血が飛沫き、同時に全身がかっと熱を帯びた。


「日神君っ!!??」


「 邪魔だっ !!!!」


怒声を上げ、光弥は重剣を荒々しく振るった。


目の前の障害、そして己の不甲斐なさに猛った一撃は、蟲を強かに殴りつけて吹っ飛ばす。


光弥の膂力によって、激しくひしゃげながら壁に叩きつけられ、砕けて燃え尽きる蟲。


「ひっ・・・・日神くん、傷が・・・・」


不安に曇っているような、恐る恐る気遣っているような梓を、光弥は手で制する。




「――――分かってる・・・・大丈夫さ」




口からでまかせだった。


傷こそ浅いが、焦りと苛立ちに翻弄されている己を突きつけられ、臍を噛む。


(この虫に加えて、新しい化け物まで出てきた。

一刻も早く、完全に追い詰められる前に脱出しなきゃならないのに・・・・どうすればいい?)


梓を連れて、ひたすら蟲から逃げるにも限界が来ている。


このまま逃げ場を失う前に、どこかで包囲を突破をせねばならないのは分かりきっていた。


だがしかし、その”極大の危険”をいつ冒すべきなのか。


焦りで茹だった頭には、その為の妙案は浮かび上がらない。


それどころか、次第に数が増え、新たな化物まで現れだしたこの状況に呑まれそうになっている自分に気が付いてしまう。


意識が乱れているのをはっきり感じられたが、戻すのは容易ではない。


それでも戦いをやめるわけにはいかない。


何もできず、光弥以上に不安に苛まれている、梓を守るためには。


(・・・・僕がなんとかしなくちゃいけないんだ。

ヤケを起こしたり、弱音を吐いてる暇なんて無い。

守るんだ。

彼女だけは、必ず――――)


「・・・・っ・・・・」


<パリッ>


その時、居た堪れない様子で身動ぎした梓のパンプスヒールが、足元に散らばっていたガラス片を鳴らした。


「・・・・そうか、だ」


今さっき受けた急襲と、少しは冷えた頭が功を奏したのか、光弥は咄嗟にその”脱出法”を思いついていた。


「えっ?」


「こっちへ、早く!!」


説明している暇はもうない。


ここは、下のメインストリートより遙かに狭く、数で押されたら一巻の終わりだ。


光弥は、不安がる梓を急かし、そして当初の目的地のエントランスホールとは逸れた方向へ走り始めていた。


「――――待ってっ!!

一体、どうするの!?」


それに気付いた梓は、流石に堪りかねた様に詰問する。


一刻も早く行動したい光弥は、答えるのにも煩わしさを感じてしまうも、無視して連れ回したりは出来ない。


これからの行動を明確にする意味でも、光弥は半ば叫ぶように梓へ答えた。


「もう他に道はない!!

から此処を脱出するんだ!!」


「と、飛び降りるの!?」


「ああ!!

ここは二階だし、高さはせいぜい3、4m。

怪我はしないさっ」


「そ、そういう問題じゃないっ!!

わ、私・・・・っ――――」


(と言っても、こいつらの包囲をある程度振り切れる場所となると、結構移動しなきゃならないか。

ここから、一番近くで、条件に適ってそうなのは――――!?)


生憎、おしゃべりの時間はそこまでだった。


光弥達の行く先を4体の蟲が遮っていた。


しかも厄介なことに狭小な通路内に陣取り、内2体は天井に張り付いている。


対処しにくい頭上にも気をつけながら、加えて素早く突破する必要がある。


「日神君、後ろっ!!」


謎の触手状の敵も追いついてきていた。


だが、例えそうでなくとも、戻るつもりは無い。


ここさえ抜ければ、脱出口はすぐ目の前だ。


いつか何処かで追わねばならなかった”危険”。


それを冒すのは、今だった。


「止まるな、走れっ!!!!」


光弥は雄叫びを上げ、気迫を顕に斬り込む。


集中を取り戻した状態ならば、もう遅れは取る気はない。


例え相手が”レクリス”とか言う怪物であろうと、所詮は


その行動の単純さまでも同様であり、とっくにその動きを見切ることが出来ていた。


安直に、真っ直ぐ迫る相手へは鎌脚を振りかぶり、大きな動作の攻撃を仕掛ける。


(速くっ――――)


隙だらけで分かりやすい動作を、光弥は僅かに突進の軌道を変えて無効にし、同時に繰り出す抜き胴で1体を斬り払う。


2体目は素早く動き、壁面に張り付きながら攻撃を繰り出した。


体勢を変えようと、動きに大差は無い。


光弥は鎌脚の軌道を掻い潜り、懐に踏み込んでから重剣の一閃で斬り飛ばす。


(――――とにかく早く、斬り抜けるんだ!!)


続けざま、光弥は天井から迫っていた1体へ、大槍の如き迫力で突き上げる。


しかし当たりは浅く、胴体を傷付け、落下させるだけに留まる。


(突き刺すには”呼吸”が合わなかった、ならっ!!)


咄嗟に、光弥は追撃に転じた。


とどめを刺した”レクリス”は、灰となって消える。


逆に、仕損じたなら消えずに残り、それ故に様々に干渉することも出来る。


引き戻した重剣を回転、素早く前後を入れ替え、身体ごと思いきり振り抜く。


刃を返しつつ放ったそれは、重剣のの部分を叩きつける強烈な殴打。


蟲は、光弥の思惑通りに殴り飛ばされ、背後にいたもう1匹を巻き込んだ。


倒す必要は無い。


この場を突っ切っられるだけの時間は、これで稼げた。


「今だっ、行けぇ!!」


斬り開かれた道を進む梓。


だが、その先にまた別の蟲が執念深く立ち塞がる。


「日神君っ!!!!」


「止まるなっ!!!!」


光弥は速度を上げ、梓の前へ躍り出る。


触手の群れが迫ってきている薄気味悪い音が、背後から徐々に近付いて来ている。


(怯むなっ!!

斬り臥せて、進むんだっ!!)


気迫を乗せた一撃を真上から打ち込み、叩き斬る。


だが、そのすぐ横で身構えるもう1体に対処するには間に合わない。


そう判断した瞬間、光弥は重剣の鍔に仕込まれた”小剣”を抜き放つ。


鋼線で繋がれた赤銅色の刃の小剣は、重剣に引けを取らない実力を発揮した。


「うおおおおぁっ!!!!」


光弥は身体ごとぶつかるようにして、蟲の胴体を一息に斬り裂く。


刃の切れ味は凄まじく、ほとんど抵抗なく蟲の胴体を両断してみせる。


蒼い炎と灰燼を身に纏わり付かせながら、光弥は叫ぶ。


「もう少しだ!!!!」


だが、先を行く梓の足取りは不安定だった。


元々不調を押して連れ回していたのに、体力は限界が近いだろう。


それでも、目的地は近い。


辿り着きさえすれば、この地獄の深奥から抜け出せるのだ。


梓を無事に脱出させることこそ、光弥の至上命題だった。


しかし・・・・と。


光弥は同時に、もしもこの化け物達まで外へ出てしまった場合も、考えざるを得ない。


(・・・・それは、”あの二人”が解決してくれるのを、祈るばかりか。

とにかく、今は眞澄さんの安全だけ、考えろ。

戦い続ける必要は、無い――――)


まるで無理に言い聞かせるかのように、光弥はその考えを反芻する。


何度も言われたように、光弥がまず為すべきは、身近な人々を守ること。


その為には、無理に戦いを続ける事ばかりが手段とは限らない。


(――――でも、だからって、まだ救えるかもしれない人々を見捨てて、脱出するなんて・・・・。

”ヴァンガード”・・・・”イブキ”ってのは、そんな事で良いのか?

今の僕なら、止められる。

・・・・仇を、取れる。

思い上がった事かもしれない・・・・でも、”日神 光弥”ぼくはまだ、戦えるんだ・・・・っ)




この場で一体、どれ程の人が傷ついたのか。


それを思うと腸が煮えくり返る想いだった。


抑圧される歯痒さは、光弥の胸中に闘志を一層に滾らせる。


だが、そんな向こう見ずさに身を任せるのを”彼ら”はきっと歓迎しないし、そして光弥も納得は出来ないだろう。


複雑な思いはわだかまり、されど結論の出ないまま、は訪れた。




――――光弥の向かっていたのは、"Buy-laS"の南端、建物の中腹部に位置するシンボリックな吹き抜け広場だった。


エントランスホールを超える風光明媚さを誇り、1階から5階までを一つ所で繋ぎ合わせ、外壁は全てガラス張りという、"Buy-laS"の自慢の大規模な景観だ。


店舗に自然光を一杯に取り入れる、あの豪奢な空間をまさにのは忍びないが、これこそ今やこの場で唯一の脱出路である。


凶暴な追跡者達を振り切り、必死に走って最後の角を曲がり、光弥達はようやく其処へとたどり着く。




「あ・・・・あぁっ!!??」




――――果たして、其処に広がっていた、予想を遥かに上回るに、絶句する梓。


この場を抜け出せるはずだった、希望の道。


しかし、光弥が考えていた、光差し込む活路は既に、に閉ざされていた。


梓は、驚愕と恐怖に目を見開き、言葉もなく立ち尽くす。


そして光弥は、打つ手を見失い、追い詰められた焦りに叫んだ。


「・・・・なんなんだよ、これはっ!!??」




――――吹き抜けの広場は、しかしもはや、その全てが蟲達によって浸食されていた。

床や壁、とにかく見渡す限りに黒い粘液状の物質がこびりつき、5階層分に渡って広がる空間の全てが、黒く覆い包まれている。

全く、どこにも、人工物の痕跡が見つけられない程、徹底的に。

特にガラスの大窓は、まるでそこから射し込む外の光を忌避するかのように執拗に覆い尽くされ、見るからに重厚な粘液の壁は、絶対に突破できない。


「い・・・・ひっ、 嫌ああああぁぁぁぁっっっっ !!??」


その時、粘液の中から此方を見つめ返す"何か"と目が合った梓が、絶叫する。


途端、広場の壁という壁に赫い光点が生じ、そして其処から放たれた光線が、光弥達へ一斉に注がれる。


言わずもがな、その幽光の源とは、あの蟲の眼球だった。


そうと分かった上でも尚、はあまりにも不気味で、異様な光景だった。


黒い粘液の壁にも床にも、何十体もの蟲が、まるで"繋ぎ"の素材であるかのように


完全に粘液と融合した状態で、しかしそれでも尚、蟲の群れはまだ生きていた。


もはや生物と呼べるかどうかも定かでない状態になっても、無数の眼光は機械的に獲物を探し続けている。


それら一つ一つが光弥と梓を追う度に、粘液の壁自体が揺れ動く。


その理解不能さは、光弥ですら奇怪さとおぞましさに全身が総毛立った。


「―――― ああああぁぁぁぁっっっっ !!!!

虫、虫っ!!!!

嫌っ、いやっ!!??

いやああああぁぁぁぁ――――!!!!」


まして、梓がそんな異常極まりない空間に耐えられるはずがなかった。


半狂乱で足下に埋まり込む蟲の胴体を蹴りつける梓。


それが恐怖の対象を遠ざけようとする行動なのか、必死にここから離れようとしている行動なのか。


どちらにしろ、あまりのショックに梓はもうまともに動けなかった。


体重のかかり方から見て、光弥がこうして支えていなければ立つ事もできない状態だ。


「落ち着けっ、眞澄さんっ!!!!」


必死にそう声をかけてもまるで効果は無く、梓の心はもう完全に折れてしまっていた。


錯乱して周りの声は届かず、目を逸らしたくても恐怖心が過ぎて目を逸らせない。


いっそ気絶してしまえば楽だろうに、限界を超えた恐怖に囚われ、そうして逃げることすらも出来ないのだ。


「しっかりするんだっ!!!!

ここが駄目なら、早く別の場所に行くんだ!!!!

あいつらがまだ追いかけてきてるんだよっ!!!!」




悪夢のような現実の、袋小路に迷い込んでしまった2人。


されど、その中を支配する軍勢は、尚も無慈悲に、獲物を追い詰めようとする。


最後の一手が指されようとしていた。




<ドスン・・・・ッ!!!!>




頭上の暗闇に潜んでいたが、眼の前に重々しく降り立つまで、光弥は気付けなかった。


禍々しい、見上げる程の巨躯がそびえ立っている。


もしかしたら、今まで相手取ってきた蟲達は、それの"幼蟲"でしかなかったのかもしれなかった。




――――より肥大した胴体、そこに光る眼は、より不気味な輝きを増している。

5本の鎌脚までも、より太く、鋭く伸びて、体高は4m近くはある。

しかしこの、謂わば"成蟲"の持つ差異は、それどころに留まらなかった。

新たなる化け物は、追い詰められた光弥達へ、明確な害意を以てそのを向けていた。

今までの、5本足の蜘蛛のような見た目は、その胴体から生えた”首と頭”によって、大きな変貌を遂げていた。

甲殻と、その下の筋肉によって肥大した首。

そして、先端に備えた頭部には複数の赫い眼球と、剃刀のように鋭い牙を備えた顎という凶器が、見るもおぞましく蠢いている。

即ち、今までの蟲から一見してより高度に、そして強力に進化したろう新たな化け物レクリス

その脅威度もまた、言うまでもなく跳ね上がっている。――――




「・・・・最後の最後でこんなのが出てくるかよ・・・・っ!!」




がたがたと、止め処なく震える梓を支えながら、光弥は吐き捨てるように言う。


その悪態すらも、震えてしまっていた。


後ろから聞こえるのは、他の蟲共と凶暴な触手が追いついてきた音だろう。


そして目の前には、明らかに一筋縄で行きそうもない、未知なる"レクリス"。


絶望的な確信を抱かざるを得なかった。


「く、そ・・・・っ!!」


光弥の算段は叩き潰され、逃げ道すらも失われてしまった。


必死で考えるが、打開する考えも浮かんでこない。


新顔を引っさげた化け物との戦力差はもとより、もはや完全に囲まれ、立つことすらできない梓を抱えては、突破を図るのすらも不可能。


(・・・・くそ・・・・っ!!!!)


――――ここで、死ぬ。


光弥も梓も、此処でこの蟲共に八つ裂きにされる。


その後はどうなる?


こいつらは、殺した人間も同じように、あの粘液の壁の中に埋め込むのだろうか。


「嫌・・・・いや・・・・っ。

・・・・もう、やだぁ・・・・っ」


(そうさ、嫌にきまってる!!

僕は、守らなきゃいけないんだっ!!!!

"彼女"だけは傷つけさせるなっ!!!!

でも、どうすればいいっ!?

いったい、どうすればっ――――!!??)




そして、考えたところで答えの出せぬまま、いよいよ時間は尽きた。




<ギィシャア”ア”ア”ア”ッ!!!!>




背筋も凍るように不快な音を発しながら、成蟲が動き出す。


その首がグワリと振るわれ、凶悪な顎が全開にされて、光弥達へ猛然と向かってくる。


同時に、あらゆる方向から注がれる、赫い光条。


そして軋み連なる異音とが、絶望と共に光弥達に殺到する。




「な、に・・・・っ!!??

・・・・逃げないと、っ!!

嫌っ、来ないでっ!!!!」




腕の中の梓が一際震え、光弥にしがみついた。


其処に詰め寄った成蟲の頭部は、もはや回避の敵わない距離と速度だった。




「 くそおおおおっ !!!!」




光弥は、梓に覆い被さり、重剣も鎧も併せて身構えた。


せめて、最期まで彼女の盾になるつもりで。




―――― ズドオオオオォォォォッッッッ !!!!――――




そして、衝撃が走り抜けていた。


何がどうして、一体どうなったのか、理解が追いつかなかった。


分かるのは、予想していた痛みが何故だか無く、代わりにとんでもないと、次いでに因われたこと。


奇妙な事に、踏みしめていた地面が傾き、光弥達は滑り落ち出していた。


視界ではただただ、暗闇と赤い光点がぐるぐると回っている。


そして、直ぐ側に、何か・・・・よく分からない、"巨大なもの"がいる。




―――― ギ ャ ア" ア" ア" ア" ッッッッ ――――




爆轟のような、巨大な咆哮のような振動に揺さぶられながら、光弥は梓と共に、闇の中へ落ちて行く。


緊張感が時間を引き伸ばし、どれほど落ちているのかの感覚も、もう失われていた。


光弥が今、分かっているのは唯一つ。


胸に抱いたただ一つの”理由”・・・・梓を、絶対に死なせてはならない、という事だけ。




(・・・・僕、は・・・・――――)




重剣を手放してでも、彼女を両腕で抱き抱える。


落下の衝撃から少しでも守って、彼女だけは絶対に、死なせない為に。




――――まだ、死ねない


まだ生きて、彼女を守らなきゃいけない


必ず救うと約束した


"オレ"はもう二度と彼女を傷つけさせない


死んでも、彼女を守らなきゃいけない


だから死ねない


生きて、死んでも守る


約束を、責務を、オレは果たさなきゃいけない


生きる


死んでも、生きる


約束したから




オレ




―――― オレ、は ――――




<ゴキンッ>




激しい衝撃。


そして、それを最期に、光弥の意識は途絶えた。




――――To be Continued.――――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る