#3b ロールド・アラート




「・・・・まずは、一つ。

"蒼き烈光"を使っていた人物については、調べは済んでいるわ。

彼の名は・・・・" 日神 光弥 "」




――――曰く、市内の私立高校に通う17歳で、生まれも育ちもこの二間市。

両親は幼い時に他界し、去年までは遠縁の祖父と2人暮らしだったものの、現在は天涯孤独。

祖父の遺した財産と古い邸宅を譲り受け、そのまま独り暮らしをしている。

性格は明朗快活、学業もそれなりに良好。

正直者で交友関係も広く、素行においてもなんら後暗いことは見つからなかった――――




まず始めの調査報告は、しかしあえて特筆するところの無いようなものだった。


それなりに波乱のある人生とはいえ、至極平凡な経歴である。


「・・・・ところが、問題はこの経歴がされたもの、という事よ。

出身したとされる小学校はもちろん、住民票から出生届までしっかりと根回しされていたわ。

一応、後見人の女性がいるようなのだけど、それすらも偽造。

登録された戸籍の人物は、実体の無い"ゴースト"だった」


「・・・・確認しました。

電子情報だけならともかく、種々の関連書類までも捏造するのは、とても個人が行えるとは思えない隠蔽工作です」


「規模もそうだが、手が込みすぎていると感じる。

あの少年に、そこまでの手間をかける理由があるとは思えん。

結果的に威武騎の素質はあったようだが、それならば隠す理由とはなにか?」


2人の意見に首肯する楓だが、その場で言及はせず、再度の手振りで別の資料の表示を促した。


「――――そして二つ目。

何を隠そう、問題の核心はこちらにある、と言って過言ではないわ。

日神 光弥の祖父、"日神 鵯出丸"ひのがみ ひでまる

彼自身は一昨年の7月7日、他界している。

ただ、こちらもまた、それまでの経歴は偽造されたものだったわ。

加えて、今から8年前以前の動向が、全く不明なのよ」


「不明、ですか?」


「ええ。

確かにまだ本腰を入れられてないと言え、"8th"あたしたちの情報網を使っても

分かってるのは、8年前にこの二間市に突然、日神 光弥と暮らしていた、ってことだけ。

まぁ、この辺りではけっこう有名人だったみたいで、人となりについては簡単に情報が集まったわ。

曰く、豪快で正々堂々、些か時代錯誤な傑物。

その腕っ節と、自己流の剣術は大したものだったそうよ」


「・・・・その剣術とやらは、日神 光弥の動きからも見て取れた。

おそらく、あの他に類を見ない技が、自己流たる証左なのだろう」


「ふふ、さすが”武門の男”だわね、真護。

実際、彼らは師弟関係とでも言うべきものだったようで、今でも折に触れて、尊敬する祖父の事を口に出すようよ。

日神 鵯出丸が、得意としている武術をへ授けていたと考えるのも、不思議は無いわね」




――――真護はこの時、これまで目にした、日神 光弥の戦いを思い出していた。


使い手自体は、まだ感覚任せの未熟者も良いところ。


しかし、動き自体は出鱈目という訳ではなく、明確なが根底にあった。


それも、”剣術”と一概に括ってしまうには些か面妖な、"大剣"という武器を念頭に置いた武術、というのが真護の見立てだった。


ツヴァイハンダー、野太刀、人の歴史にも大刀剣というのは数あれど、しかし彼のそれはもっと変化に富み、鋭いものだった。


(――――威武騎としての能力を差し引いたとても、重量に頼ること無く"斬る"を突き詰めた技と、身のこなし。

否や・・・・剣身一如けんしんいちじょを成して"両断"する武器捌きは、長剣や長柄といった心得とも、また異なる。

まさしく、かの"蒼き烈光"の為の流儀。

・・・・だが、それは即ち武靭具としての武・・・・"武業"ぶぎょうを、一般人たる彼らが伝えていた、という事をも意味する)




「――――さて、このままでも十分キナ臭いわけだけど、問題はまだある。

お待ちかねの、このと合わさった時、この老人は全く違った面を見せるようになるわ」


楓の話の進行に応じて、テーブル上に新たな情報が現れる。


それまでと同じくデータ化された資料を直接表示しているのだが、今回そこには殊更に目を引く一枚の写真があった。


広げられた古めかしい巻物、そしてそこに描かれているのは一振りの剣と、不思議な紋章だった。


おそらく、特科晶撃戦隊の隊員という立場にある者なら、これを知らない事はないだろう。


そう言い切れてしまう程に、かの武靭具は特別な存在だった。


「三つめ・・・・日神 光弥が保有し、使用している武靭具オーディフィードに関して。

待機状態の、宝玉のはまった腕輪。

解放状態の、青い光を放つ巨剣という見た目は、"蒼き烈光"の記録と一致しているわ。

・・・・けれど、それはざっと80年も前のもの。

しかも゛蒼き烈光゛の使い手の系譜は、その時点で途絶えたとされている。

最後の使い手は、徳川幕府時代にて幕臣だった、本多練三郎直臣ほんだれんざぶろうただおみ

彼は、歴々の威武騎ヴァンガード達をして、"生きる伝説"とまで謳われた実力者だった。

江戸から明治、激動の時代を生きながらANVILの中核を担い・・・・そして、"逢魔七夜"の災いにて、殉死。

その当時、既に齢八十を超えている彼だったけれど、血縁者はおらず、家系は断絶。

"蒼き烈光"も使い手を失い、ANVILが保管、封印した」


それらは、真護も知っている情報だった。


この地で"蒼き烈光"の存在を確認した直後に要請し、それに応じた本部から寄越された情報。


即ち、それは"威武騎"と"武靭具"を管理する唯一の専門組織、アンヴィルの示す"真実"である。


「そう・・・・武靭具オーディフィードに関して、ANVILを超える精度の情報は存在し得ない。

けれども、そうなると今、我々の前にある事実は、この記録と大きく矛盾してしまうことになるわね。

――――そろそろ、纏めに入りましょうか」


「・・・・まず一つに、"蒼き烈光"の所在だ。

アンヴィルにとって最秘匿されるべき、謂わば”秘宝”が、どこの者とも知れない子供の手にある。

これは一体、どういう事か」


それは勿論、情報の管理統制を何より重視するアンヴィルにとって、不祥事などという言葉ではとても足りない重大事案である。


ただ、この件に関しては、答えと思しき可能性が既に存在していた。


「・・・・知っての通り、"蒼き烈光"を管理していたのはあの"賢忌"です」


「確かに、そうなると可能性は無くはないわ。

――――が造反したその時、何が残り、何が無くなったのか。

その報告を疑う事になってしまうけれど、ね」


武靭具の管理は、情報部門である5thと物資全般を管理する7th、そしてアンヴィル上層部の判断も絡む、重責である。


これは、彼らが提出した被害報告に重大な見落としがあったのが、数ヶ月ぶりに明らかになった形となる。


しかし、それを言うなら武靭具を発見しながら回収義務を怠っている真護達にも非はあると言えた。


牽制のしあいで、場には微妙な緊張感が漂いかける。


だが、当然ながらここで互いの揚げ足取りをし出す愚か者など、居はしない。


そして、本当に重要視すべき問題とは、持ち去られたと思しき武靭具、"蒼き烈光"の方には無い。


確かに、絶大な力を持ったかの神具だが、しかし"それ"だけでは何の意味も無いということは、今更言うまでもないだろう。


「第二に、今までまったく未知の人物だった日神 光弥が、なぜ武靭具オーディフィードを使えるのか、ね。

賢忌が"蒼き烈光"を持ち去ったのならば、一体どういう経緯であの少年が武靭具を手に入れるに至ったのか?

彼が賢忌との繋がりを持っているか否か、早急により厳重な調査が必要よ。

日神 光弥の存在は、我々にとって大きな"力"となると同時、内から腹を食い破る"獅子身中の虫"とも成り得るわ」


全くの出自不明、加えて不審な過去を持つ日神 光弥は、まさに暗雲そのもの。


何処に行き着くのか、何をするのか、簡単に判断できない存在だった。


たった一人の少年ではあるが、差し迫った脅威と繋がっているかもしれないだけに、最も気を抜けない事案であるのかもしれなかった。


「そして第三に、そもそもこの”日神”という一族は何者なのか、ということ。

威武騎ヴァンガードの素質は血に宿り、おいそれと市井に現れることはない。

確認された血統は全てANVILが把握し、管理外の者が適性を示すのは極めて稀よ。

・・・・まぁ、勿論、無いとも言い切れないわ。

だから、ANVILの記録とは別筋で調べさせてもらった。

の蔵をひっくり返して、さっき届いたばかりの情報よ」


「・・・・"昏羽の蔵庫"を、紐解いたか」


楓が用いたそれこそは、即ち昏羽家が何世紀にも渡って収蔵してきた、”威武騎”という歴史のわだち


決して公には出来ない戦いと知識とを書き記した、膨大な古文書を封印する場所である。


そしてまた、先祖伝来の"重い"扉を開いた宣言するとは、つまりは"昏羽 楓"という名をも懸けた、本気の証明でもあるのだった。


「とても古い記録から、その名前は登場していたわ。

それによれば、日神家とは古くから神通力を持った家系であり、そして紛う事なき威武騎ヴァンガードの系譜。

その血統は遥か紀元前から続き、"蒼き烈光"と共に脈々と受け継がれてきた、とされているわ。

一門の名として残されている最後の人物は、徳川将軍家の時代に生まれ、当代一と謳われた威武騎・・・・" 日神練三郎直臣 "ひのがみれんざぶろうただおみ


それを聞いて、場に困惑の声が上がるのは無理からぬことだった。


同じ話をもう一度聞いているかのように、共通点のあまりに多い別人の物語。


唯一、違うのは苗字だけ。


まるでそこだけを強引にすげ替えたような、不自然な齟齬そごだった。


威武騎ヴァンガードを司るのが"賢忌"なら、を担うのが"昏羽"。

諜報活動を歴任してきた我が家は、我々の大義・・・・” 相克の責 ”そうこくのせきに最も関わっていると自負しているわ。

現在、ANVILが保有している情報の原本側であり、同じ記述が


情報活動を引き受けている5thの任務も、元を正せば昏羽一門の職務だったという。


こと諜報という分野において、昏羽家は右に出るものの無い実績と信用を得ている。


そして楓の言う通り、アンヴィルの保管する、特に古い記録についての多くは、昏羽家が保管していた古文に基づいた、"写本"なのである。


「ところが、どういう訳なのかしらね?

ANVIL側の資料には、威武騎ヴァンガード・日神家について一言たりとも書かれていない。

その代わりに"蒼き烈光"の使い手とされているのは、原本側には影も形も無い、おそらくは架空の人物。

記録管理が甘い、てだけならまだ笑えるかもだけど、そうは問屋が卸さないわよね?

こんなもの、普通なら間違えようがない。

誰かが、意図的にそうしない限りは」




場の空気はとうに凍りつき、張り詰めていた。


楓の言わんとしていることに皆気がつき始めていたのだ。




「然らば、其処には何者かによるが為された。

・・・・そう捉えるべき、という事だろう」




その場に渦巻いていた疑惑を、真護はそう断じることで形にしてみせた。


決して、あってはならない形に。




「――――二つの記録のどちらが正しいか。

こうして"日神"という威武騎の血統が現れた以上、疑うべきはアンヴィル側の資料だと言える。

そして、改竄の余地の無い昏羽の古文との食い違いは、何らかの意図で日神一門を秘匿せんとしたあと、と想定するのが自然だ」




思えば、彼の存在は余りにも出来すぎていた。


単なる一般人の少年に対し、多大な労力を払ってあつらえられた、一見して平凡な経歴。


虚飾を用いて存在を消された血統の末裔は、長らく封印されていたはずの武靭具を手にし、更に威武騎としての適性をも発現してみせた。


彼の戦いは、偶然と括るにはあまりにも不自然な要素の集まりの上に成っている。


ならばきっと、それは逆なのだ。


という前提が間違いであり、日神の一族は最初から威武騎の宿命を背負っているのだろう。


彼らの偽造された経歴とは即ち、無関係さを装わせ、アンヴィルとの関わりを覆い隠す、隠れ蓑であるのだ。


「――――記録が途絶えているのは、約80年前。

そして、日神 鵯出丸の生まれはおそらく、あの"逢魔七夜"の直後ほどと見る。

我々が弱体化せざるを得なかった、あの大厄の後だ。

例え今代が威武騎で無かろうと、武靭具を受け継ぐ血統を、アンヴィルが見逃しておく筈が無い。

そんな状況で、日神一門を秘匿しようとした、その"何者か"。

意図は知らないが、これはアンヴィルに大きな損失を与える、明確な敵対行為と言って過言ではない。

そして、これほど重要な情報を操作し得るのは、


辿り着いた問題の核心に、軍議場はどよめいた。


反逆者・賢忌を追って展開する作戦。


その背後に現れた、誰も知り得なかったもう一つの反逆者の影。


まして、それはあるいは、この場にいる誰よりも大きな影かもしれないという。


確かに、楓の言った通り、事はもはや片手間で済む問題ではない。


これはアンヴィルという組織を根幹から揺るがす、一大事である。


「――――日神 光弥は、確かに威武騎ヴァンガード

けれど、その存在はとてつもなく不条理よ。

この件には間違いなく、ANVIL上層部の情報操作か、賢忌の謀略の可能性。

あるいは、その両方が考えられるわ。

そんな状況で、何の確証も無く疑惑の中心である日神 光弥に接触する事は、とてつもなくリスキーだった。

それが、あたし達が彼の確保を先送りしていた理由よ」


「直ちに、”5th”の権限でこの件を徹底的に調べるべきだ。

"9th"による内偵も同時に進めるべきだろう。

はどこにいるか分からない」


未だ困惑している場の方向を定めるために、あえて真護は明確な表現を使った。


そして同時に、自分達の立つ場所を明らかにする血判を押す事になる、決定的な発言だった。


衝撃の連続に、遂に血相を変えた敬美が、堪りかねたように割って入る。


「そんな・・・・ありえません、そんなこと!!

本気ですか、お二人共!?

それではまるで、ANVIL上層部を告発しているようです!!

それに・・・・事によれば、昏羽家だって無事では済みませんよ!?」


「・・・・ならば、この連なる偶然は、必然として立ちはだかる”壁"。

正しく相対すべき"運命"、なのだわ」


楓はただ、シニカルに笑ってそう言うのみだった。


真護の放った意見に、彼女もまた乗った形となる。


とはいえ、おそらく楓はこの結論を予想していて、乗せられたのは真護の方なのだろうが。


「――――本気ですか、はこっちの台詞よ?

予断を許さないこの状況で、"組織の暴走"と"敵への内通"の可能性。

二つもの爆弾を抱えたまま、動ける訳がないわ。

決着が、必要になる」


「そして今、俺達はこれまでにない大きな危難に対している。

この状況下では、身内の失態という僅かな弱みすらも見逃すわけにはいかない。

それによりアンヴィルの結束が崩れ、致命的な破局を招くような事となれば、俺達はその存在意義を失うだろう」


真護は、静かに黒眼鏡を外していた。


そして、燃え滾るようなその赫い熾烈な眼光を以て、会議場を睥睨した。


「"人々を守る力の鋒となる"。

それがアンヴィル――――否や、威武騎の責務だ。

”13th”リーダーとして、”8th”リーダーの提案を支持する。

すぐに、要請通りの調査を行うべきだ。

なんとしても、この火種は取り除かれなければならない」


とうとう真護も、"特科晶撃戦隊・筆頭"という名を懸け、宣言した事になる。


こうなればもはや、後に退くことは出来ない。


もっとも、退く気もさらさら無かったが。


断固たる言葉に嘘偽りは無く、真護はとうに己が背負う"相克の責"に殉じる覚悟を決めている。


(すんなりとは終わらないだろう、とは思っていたが・・・・まさかこうなるとはな)


場を綱紀粛正の状況に引きずり込んだ楓と目が合う。


期待通りとでもいう風に、彼女は艶然と笑みを浮かべるのだった。




< ビィッーーーーッ !!!!>




楓と真護による、大胆な告発に困惑する大天幕内。


その場を、緊急事態を告げる警報がけたたましく斬り裂いたのは、まさにその時であった。




――――To be Continued.――――



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