#3a ロールド・アラート
6月9日 13時45分
日守山カントリー倶楽部内
ANVIL臨時作戦拠点 大天幕
「――――作戦名、
本作戦行動における
軍議が始まった後、まず口火を切ったのは、大天幕の壁面モニターに映し出されている女性隊員だった。
「
連絡員を努めます」
続く"6th・エディティメイターズ"は、最新鋭の医療機器と、それを扱う生え抜きのスタッフを掻き集めた、世界最高峰の医療集団。
「当作戦の兵站を監督します、
"7th・ブラックハンマーズ"は、対晶獣を目的とした専用兵器の開発から、作戦物資の輸送と管理など、アンヴィルの作戦行動における兵站支援、全てを引き受ける大部隊である。
「本作戦の副指揮官、兼
よろしくお願いするわ」
大規模作戦において前線部隊に随伴し、諜報活動や各部隊の連携の要となるのが、楓が隊長を務める"8th・サテライトコード"。
「作戦総指揮官、"13th"リーダー、龍堂 真護だ」
そして、
真護が隊長を務める、精鋭中の精鋭のみを揃えた"対晶獣案件即応部隊"が、"13th・サイドライトニング"である。
――――”アンヴィル・ナンバーズ”とは、最新・最強の装備と人員を以て結成される、規格外の武装組織。
特定の国家に属すことなく、必要とあらば如何なるしがらみをも踏み越え、超法規的な行動も辞さない。
そして何よりも、この世ならぬ究極の"力"を操る存在を
何者にも染まらぬ漆黒の隊服の示す通り、もはや不条理とまで言える、武力と暴理の結集。
だがしかし、彼等は決して無法の暴力ではなく、”大義”という絶対の
ただ
そして現在、軍議場内では大きな電子テーブルを囲む形で、"宵夜の桔梗"作戦に参加する部隊の代表者が揃い踏みしていた。
二間市にて群発する"事件"が当初の想定を上回って深刻になる中、応援要請を出したのが、1週間前。
これまでは通信で連絡を取り合うのみだったが、しかしようやく此処で一同に介したことになる。
だがそれは、あまりにも遅れた対応であったと、作戦総指揮を預かる真護は断じざるを得なかった。
今回の、全てを隠密に進めねばならない作戦の性質。
加えて、多くの人員を回せない"事情"を差し引いても、対応力の低さは否めなかった。
有事を確実に鎮めるのは当然のこと。
いざそれに際した時、いかに素早くできるかという点に、組織の真価は問われるのだろう。
感情を見せない鉄面皮の裏で、真護は組織というものの不自由な側面を痛感するのだった。
「当作戦に関する報告の前に一つ・・・・申し訳ありませんが龍堂総隊長へ通達を致します。
今回の作戦における貴官の失態は、"
「・・・・やっぱ、その話は出るわよねぇ」
自陣内の揉め事に憂鬱そうな苦笑いを見せる楓に対し、あくまでも平静さを保ったまま報告する敬美。
「
ですが、既に
このままでは、貴官には厳しい処分を下さざるを得ない、と・・・・」
「その件に関しては、事が終われば如何様な処分にも応じる。
しかしながら、今、優先すべきはこの二間市で起きる事態の収拾。
そして、離反者である"サカキ"の確保だ」
真護は、あくまでも冷静な反応を返すのみだった。
その落ち着きようは、己の眼をみだりに晒さない為の黒眼鏡が隠れ蓑になっているわけでもない。
ただ、とっくに想定していた事態を今更言及されたに過ぎなかった。
真護の関心はそこには無く、心配があるとすれば、それはこれから行おう"提言"がどのように受け止められるか、という事だけであった。
真護は、背後に控える部下に目配せの指示を送る。
これまでの活動記録を纏めたデータを、改めて他部隊と共有し、またこれは真護の"提言"の正当性を説く材料でもあった。
「――――遺憾だが、この街で起き続ける事象は、当初の想定を遥かに超えた深刻なものだ。
現状の戦力だけで対応するのは、無理がある。
我々は他部隊と合流し、制圧作戦に切り替える必要があると進言する」
「その辺りは、”8th”からの報告も聞いてくれるかしら?
一応、こっちにも言い分ってものがあるわけ。
ついでに要望もいくつかね」
楓の率いる"8th"にも、既に真護の意図は伝えてあった。
そして、"8th"と"5th"は互いの部隊の性質上、共に任務に就くことが多く、情報のやり取りも勝手知ったるとばかりだった。
まさにその連携のあればこそ、より交渉も楽になると踏んで、真護は事前に、楓へ協力を要請したのだった。
「分かりました。
それでは報告をお願いします」
「――――”8th”、”13th”の先遣隊がここ二間市に入って、14日。
その間に、実際に
なんと、平均にして1日に4回・・・・通常の約200倍ものペースで、
それにより、同市内では局地的な電磁波障害が頻繁に発生。
上空では大気が不安定になり、気温の乱高下、天候の急変を繰り返している。
市井の動揺も、かなりのものよ」
「確認されている
また、高位晶獣の出現も増加し、実体化まで非常な速さだ。
事態の危険度について言うならば、数百どころか数千倍に及ぶことだろう」
「・・・・これら、数々の前兆と、連続して”門”が開くことによる"歪み"の増大。
この負のスパイラルは、かつての
しかし、今回の件は言うまでもなく離反者、"サカキ"の所業で引き起こされたもの。
原因がはっきりしているなら、その解決方法もまた然りよ。
・・・・ヒッグズ副長」
楓が背後の部下に呼びかけると、電子テーブルの天板そのものに組み込まれている大型コンソールに、"8th"の調査報告が表示される。
次いで、楓がしなやかな指で画面を操作すると、数々の書面や地図、写真の中に、特定の要素がハイライトされた。
「敵は用心深く、容易に隙を見せはしない。
それでも、
相手も、どうやら大きな動きを見せたがる時だけは、気が緩まるようだわ」
不明瞭な監視カメラ映像や、目撃談。
偽名だらけの交通機関利用情報。
その中で、ある特定の物だけが写り込む写真群が、どうにも異彩を放っていた。
廃墟や空き地の、壁や床に描かれた、不思議な図形。
落書きと切って捨てるには不気味に過ぎる、直径1m程の円陣は、そのいずれもがまるで生き血を使って描かれたように、禍々しい光沢を帯びている。
外周は、奇怪にのたうつような文字らしきに取り囲まれ、しかし陣内には逆に直線的な記号めいた文字列が、中心点から放射状に広がるようにびっしりと書き込まれていた。
この2つは、両者ともに同じ、”この世を歪ませ、超常の存在を呼び込む”法陣であるからだ。
だが、この禍々しい術法が呼ぶのは"地獄"と、そこに巣食う"獣"達である。
「――――"サカキ"・・・・いいえ、” 忌まれし賢智の守り人 "達。
彼らが幾世紀分も守り伝えてきた暗黒の下から引っ張り出された、秘術の1つ。
あろうことか、我々の天敵である
・・・・敵は、これをこさえることに随分ご執心のようだわ」
然り、幾つもの映像として残る通り、
しかも、これらはあくまで確認した分だけでしかなく、実際に
「――――これまでの数十箇所を含め、術法の痕跡はいまだ次々に発見されている。
これほどの量ともなると、前もって仕掛けていたのではなく、逃亡しながらも用意し続けている、と見るべきだわ。
そして、これら直近の動向に、賢忌の経歴までもを照らし合わせると、やはり敵は間違いなく、この地に留まろうとしているわ」
「・・・・この場所が、かの"逢魔七夜"勃発の地である事にも、何らかの意味があるやも知れん。
奴の、これ以上の跳梁を許すわけには行かない。
だが、相手がこの邪法を使う限り、俺達は最後の一手を指すことは出来ない。
確実な制圧を期すのならば、今以上の"力"が必要になる」
果たして、真護の語ったそれこそが、今回の軍議の肝でもあった。
敵の首魁たる賢忌にとって、その邪法にて呼び込む晶獣達は、無尽蔵の増援と言っても良い存在だ。
そして逆に、その晶獣を討ち、人々を守る事は、アンヴィルにとって絶対の使命であり、どんな事情があったとしても決して見過ごせない大義である。
例え目の前にまで賢忌を追い詰めようとも、敵がまた邪法を用いれば、それの対処に当たらざるを得ない。
まったくもって不毛なイタチごっこだが、現にこうして真護達は次々に現れる晶獣の討伐に追われ、多くの時を無駄にしてしまった。
これまでは、悔しいがそこから抜け出す道筋を見い出せずにいた。
だが、今この時になってようやく手番は真護達に巡りつつあった。
援軍の到着と、本部との連携の確立。
大胆な活動を行い得る地盤が伴った事で、初めてこの状況を一気に打破する、単純明快ながら最も効果的な作戦が可能となったのだ。
「――――アンヴィル幹部会、
本命がこの地に在る以上、現在アンヴィル勢力下で起きている事案は全て陽動と見られる。
故に、それに対応するのは
そして我々は、この地に主戦力を結集し、同時かつ多面的に展開。
晶獣を含む、賢忌の仕業の全てを尽滅する。
招集の対象はつまり、残る"特科晶撃戦隊"各部隊長たる
――――真護の衝撃的な"提言"に、場は動揺でざわめいた。
作戦の内容とは、即ちこれ以上ない正攻法であった。
狡猾な獲物が罠を張るなら、それを踏み潰し、逃げる間も無い怒涛の進撃で捕らえる。
圧倒的な戦力が可能とする、電撃作戦である。
しかも、要求したその戦力は、現代の軍隊で換算するなら、大国同士の連合軍に匹敵する巨大なものだったのだ。
「”8th”も、この案に賛成しているわ。
敵は頭が良く、そして
罠と先読みで煙に巻かれるより、ここは最短最速の力押しと行きましょう。
あたし達、
「・・・・分かりました。
8th、13thからの要求については、ANVIL上層部にて審議します」
敬美も、事務的な口調の裏の困惑を隠しきれていなかった。
それも無理はなく、これは真護の知る限り、前代未聞の事態の筈だ。
未だ隠密な対処が望まれている段階の作戦で、これほどに大規模な招集の要請。
しかも同じ場所に威武騎が7人も集まるなど、それこそ"逢魔七夜"以来のことだろう。
派手な事態を嫌う老人達のしかめ面が予想できたが、しかし断られる事は無いだろうとは踏んでいた。
「――――どうなるかしら、ね」
「どんなに気に入らなかろうと、この状況は世紀の大災厄の先触れだ。
俺達の要請を断る余地は無いだろう」
「打算的なこと」
「俺達の破局は、もはや目前に迫っている。
身内の顔色を伺っている暇は無い」
「・・・・確かにそうね。
あたしも、同じ事考えてた」
呟きながら、楓は硬い表情を浮かべ、1つの”報告書”を手に取っていた。
この軍議の為に用意したというその資料は、しかし開始の直前、急ぎの追加報告によって更に厚みを増していた。
おそらく、その内容とは、先行きの見えないこの場を明瞭にするようなものではないだろうと、真護は推察していた。
暗雲垂れ込め、事態はより一層の難局へ傾きだしているようである。
しかし、その前に”5th”と”6th”、”7th”からの報告も無論、ないがしろにする訳にいかない。
真護には出来ない役割を預かる彼らは、ある意味でアンヴィルの”真骨頂”とも言うべき重要な任を果たしているのだから。
「――――”6th”は、
現在、6thスタッフの対応中は重体者1名、軽傷者4名。
記憶への処置も、問題なく完了しています。
また、被害者遺族への補償も、規定に則り、滞りなく行われています」
「遺族への対応は、特に念入りにね。
人の噂に戸は立てられないわ。
情報の二次拡散を防ぐために、どんな遺恨も残さないよう"あらゆる対処"を惜しまずに」
「”7th"は、本日付で正式に作戦に合流します。
物資、武器弾薬は当拠点内に搬入中。
搬入作業は本日、
また、
「”5th”より、作戦部隊への偵察員の合流、観測衛星による情報支援、共に完了を確認しました。
賢忌の捜索、痕跡の探知は以後、我々が担当します。
・・・・他部隊の招集については、上層部の判断をお待ちください」
「彼らの状況はどうなっている?」
「現在、晶獣の被害は日本列島に集中しています。
おそらく、
「で、しょうね。
ヨーコちゃんの動きは、どうしたって目立つから」
――――果たして、報告は出揃い、"宵夜の桔梗"作戦会議はその予定の全てを終えた。
後は、来るべき"大詰め"に備えた大招集の可否を、上層部がどう判断するのか。
だがしかし、今度はそれだけで終わらない事を、真護は既に知り得ている。
最後の波乱を巻き起こす、その中心たる人物は、僅かに口角を上げた不敵な態度と共に、終わりに向かいつつあった場を切り裂いて、声を上げた。
「良いかしら?
最後に、"8th"隊長預かりとしていた件について報告と、依頼があるわ。
何れも、極めて緊急性が高く、そして重大な案件よ」
途端、より一層に緊張感の増した軍議場を見渡す楓。
その手には勿論、先程「片手間では済まなくなった」と言った、件の資料がある。
「――――始まりは2日前。
我々先遣隊は、この地で活動するANVIL未所属の
しかも、それは" 蒼き烈光 "・・・・最強の
けれど、そんな事はあり得ない。
ANVILの情報を司る"5th"なら、その理由は察せるはずよね?」
楓の言葉に、5th隊員である敬美は一瞬、大きく目を見開いていた。
その反応には2つの理由がある。
1つは先述のように、かの"存在する筈が無い威武騎"について。
そしてもう一つは、そのような重大事項を、今の今まで報告せずにいた真護達の”思惑”について、だろう。
「それでは、順を追って話しましょうか。
・・・・知っての通り、
そして
でも、この件に関して、あたし達はあえてそうしなかった。
今からその理由と、そして謎の
ここから先、事態がいったいどう転ぶのかは、もはや真護にも図りかねる事だった。
単なる調査という形では済まない、と判断され、あえてこの"特科晶撃戦隊"が集まる厳正な場にて披露するとした、楓。
会議場内の視線を一身に受けながら、しかし彼女はあくまでも堂々として、背後の部下に合図を送る。
電子テーブルと、壁面のモニターにデータが映し出され、全員にこれを共有させた上で、楓は悠々と語り始めるのだった。
――――To be Continued.――――
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