#7a 黒龍焔吐 

6月8日 22時58分

中碁

旧開発区 外縁部




<5thオペレーターより、"ライトニングαアルファ"。

二間市西区、中碁なかご

通称「旧開発区」内部にて、異常電磁場の急速な歪曲、並びに気温の低下を観測。

次元境界に、大型の亀裂が生じたものと推察されます。

至急、当該地に急行し、事態の収集に尽力してください>


耳に掛けた通信機から聞こえてくるのは"5th"・・・・情報支援を主任務とする隊、"ルートアンドサイン"からの報告。


男はそれを受け、立ち並ぶ廃墟の上をまるで飛び石のようにして疾駆する。


その一足に飛ぶ距離は5mを裕に超えていた。


夜陰の中、風そのものの疾さとなって大跳躍を繰り返す。


そしてこの時、仲間からもなにかにつけて"鉄面皮"と揶揄されがちなその男は、いたく珍しくも表情を僅かに強ばらせていた。


(遂に、大きく亀裂が生じるまでにもつれたか。

・・・・そもそも、この事態を防ぐために、俺達が先行していたと言うに)


亀裂、とは即ち、"晶獣"しょうじゅう共が用いる、この"世界"への門である。


もしも、その門が一定以上の安定度を得てしまった場合、そこからは雪崩のように化物どもが押し寄せる。


それは、男の属する組織、" アンヴィル "が最も忌避する事態であり、絶対に阻止しなければならない現象だった。


だが、こうしてみすみす侵入を許している現状では、その役目を果たせているとは断じて言えないだろう。


(”相克の責”が、聞いて呆れる体たらくだ。

何もかもが後手に回らざるを得ない状況だが、先遣隊たる俺達は、それすらも見越して動かねばならなかったのだ)


今回の作戦行動が徹頭徹尾、異例尽くしであるのは事実ではある。


男が率いる"13th"に、その補佐として追随する"8th"。


部隊は何れも少数精鋭を信条にしているが、現在は更に縮小しての行動を余儀なくされていた。


それぞれの隊長リーダーを預かる"威武騎"の2人、そして若干名の補佐要員のみの構成により、その能力は平時の8分の1程度にまで落ち込んでいる。


任務の規模に対してあまりにも力不足であり、時期尚早な投入であるのは明白。


だが今は、そんな無謀な編成を以てでも、この”二間市”へ電撃的進軍をかけねばならない、2つの大きな理由があった。


1つは、よりすぐりの精鋭部隊として、とあるによって大きく分散行動を強いられている"アンヴィル"本隊への威力偵察と、"晶獣"出現へ迅速な対処を行うため。


そしてもう1つ・・・・なによりも重要なのは、この街に"晶獣"の混乱を招いている元凶を追跡し、その動向を抑止する為である。


しかし、実際にはもはやお題目程度に成り下がって久しく、隊をろくに休ませられないまま、その場凌ぎの"対処療法"を繰り返すばかり。


状況は破綻するかどうかのギリギリの線を推移し続け、予断を許さない状態がもう10日ほど続いている。


否、”破綻”は既に何度か起こってしまっていた。


事態の早期収拾に失敗し、「連続猟奇殺人事件」として、市井を著しく巻き込んでしまっている。


あの"蒼き烈光"の少年の関わった件などは、その最たる例だろう。


現状を鑑みて、本部からの処分は保留とされているものの、本来なら厳罰ものの重大な失態だった。




――――だが、この男も含めた"先遣隊"の名誉の為に言えば、彼等は既に、期待される活躍を遥かに越えた働きを発揮し続けていた。


速やかな状況把握と、確実な対処。


そして、秘密裏の内の解決。


彼等の負った至上命題を幾十も繰り返して、解決した件数は既に、本隊と比べても遜色無い功績を示している。


彼らは断じて無能ではない。


そもそもに、そんな人員がこの重大な任務の先鋒を任されるはずがない。


全ては、この二間市に巻き起こる異常事態の所為だった。


”晶獣”とは確かに激甚たる脅威であるが、それを長年に渡って相手取ってきたアンヴィルとは、それ以上に強大だ。


その差があればこそ、昨今の情報社会の中でさえ、互いの存在は隠蔽され続けられてきた。


しかし、上回っていたはずの力関係は、もはやこの街では通用しなかったのだ。


(・・・・"サカキ"。

彼奴の所業とは、そこまでの混沌を招く、か)


その名前は、ある"一族"を指すものだった。


だが、今や同時に忌むべき"反逆者"を指す忌み名へ堕ちてもいた。


重ねて言うが、この二間市は今、未曾有の異常事態の只中にある。


未曾有の現象によって、晶獣。


発生の頻度、現れる数、脅威度のいずれもが、今までの事案とは一線を画している。


その苦境が精鋭揃いのアンヴィルを後手に回らせ、厳重な情報操作に綻びをも生じさせてしまった。


この危難を誘発させる元凶こそが"サカキ"であり、男の率いる部隊が二間市へやってきた本当の目的であった。


最近の調査で、彼らの足跡は途切れ途切れであるが把握できている。


だが奴等の動向、そして意図は未だ皆目見当が付かない状態だった。


(――――散発的に晶獣を、行動させる。

しかも、目標として人の密集したエリアを故意に選んでいる節すらある。

テロリズムめいたこの行動は、俺達を撹乱したいが為のものか。

・・・・あるいは、この愚行の先に何かを見ているのか)


そこまでで、男は考察を止める。


現段階では、所持している判断材料が少なすぎた。


そしてこれ以上の調査を行おうにも、今は一時たりとも晶獣への対処を怠ってはいられない状況である。


正確な結論など出しようのない以上、今の男の成すべきとは、1人の戦士としてただ戦い続けることのみ。


そうきっぱりと結論付けるや、男は一際大きな跳躍を行い、その行く手に広大な建設現場跡地を見下ろしていた。


「ライトニングα、まもなく現着。

及び、通信遮断領域に侵入する。

当該地の現状はどうか?」


<観測結果より、貴官の進行先にあるのが、最も大きな"門"と思われます。

近隣では、既に" サテライトα "が戦闘中。

また、"8th"調査員より、付近に"サバト"の痕跡を確認の報あり。

この現象は、人為的に生み出された可能性が大との、――――っ!?

・・・・当該地に強い電磁波異常と、濃霧の発生を確認!?

これはっ、"ジャガーノート"と思しき反応ですっ!!>


「了解した。

これよりは、"第2種情報管理段階"にて対処する。

通信終了」


<ズザッ・・・・!!>


浮足立った5thオペレーターへ冷然として答え、男はショッピングモール跡の屋上階に降り立った。


「あれは・・・・」


強い反応の見られた立体駐車場を見下ろせば、その中には既にがいた。


奇しくも、始めてその姿を目にした時と同じような距離で、男はその細身な背姿を観察していた。


「小規模の、"ガーゴイル"の群れ。

そして、"蒼き烈光"の少年か。

しかし、この気配は――――」




見る限り、彼はガーゴイルの集団を相手に、善戦しているようだった。


だが、その程度ではまるで不足だ。


そんなものでは、とても"呪装獣"じゅそうじゅうを相手取るには足りない。




果たして、男の算段としては、かの少年と接触する事はまだ先延ばしにしておきたかった。


だが、今ここで傍観を決め込んだなら、あれは此処で


(予定を早めなければならない、か)


弾き出したその結論は、男にとって望ましくない、苦いものだった。


しかしそれを悔やんだのも一瞬のこと。


僅かに波立った感情は、打ち延ばした鋼鉄かのように速やかに鎮ませられる。


それこそが、この男の至上の使命であった。


例え、時間稼ぎ紛いの殲滅戦に明け暮れ、あるいは根本的解決に至らずに破綻を迎えようとも、男の動く理由は変わらない。


彼の核心は、どこまでいっても、この歪を絶ち斬る為の"力"であった。


男は、あまりにも研ぎ澄まされた、一振りの剣のような精神で、今まさに現れんとしている強大な"闇"を、鋭く見据えた。




・・・・

・・・

・・




――――そして、彼は今、此処にいる。




光弥が見ているこの光景とは、忌まわの際に見ている幻などではなさそうだった。


黒い鎧の鉄獣が、唸りをあげて黒衣の男と睨み合っているのが証拠だろう。


助けられた、ことになるのだろうか。


「・・・・あんた、はっ・・・・・いったい・・・・っ」


「無駄に動くな。

犬死にをしたくはあるまい」


息も絶え絶えな光弥にも明確に届く、鋭く張り詰めた声が響き渡る。


黒衣の男は、不躾なまでに端的に言い捨て、堂々たる構えのまま、鉄獣を睨み据えていた。


「彼奴は、ディヴィク」


ゆっくりとした、まるで朦朧としている光弥へ諭すような言い方に調子を変える。


「――――悪霊の名を持つ"呪装獣"。

"晶獣"の上位種。

お前は、己が力量を計り違えた。

元より、この修羅場に関わるべきではなかった。

そう言うことだ」




――――確かにそうだった。


もしもこの男が駆け付けなければ、光弥は今頃、もう死んでいる。


だからといって、現状が好転したとは言えない。


依然として、そのとやらは、敵意を露に立ちはだかっている。


だが、男の所作はあくまでも堂々としていた。


あるいはこの状況すら動揺するまでもない、とでも言うのだろうか。


果たして、男はその証明を行動によって示した。


刹那、紅の光が瞬いていた。


彼の首に巻かれた長布が帯びた鮮烈な光彩は、直後に周囲に発散される。


そして、男は一歩足を引きながら上体を捻り、右肩口辺りに左手を翳す、静かな構えを取る。


 現界 MATRIX


密やかに、しかし確かに言葉を発されたと、同時。


漂っていた紅の光子は、やがて寄り集まって虚空に浮かぶ光の円陣となり、その内に不可思議な光の文字を躍らせてみせる。


<ジゥィィィィッ・・・・!!!!>


「・・・・やっぱり・・・・」


獰猛に唸る鉄獣と、微かに呟く光弥。


その目の前で、真紅の光陣が流動し、同色の"超常の力"を男の許に奉じる。


瞬く間に、彼の屈強な体躯は、畏れるべき闘志の結実が如き形へ、象られていく。




――――紅の奔流の向こうに像を結んだのは、光弥よりも遥かに大きな、大甲冑だった。

数多に分割された、焼けた岩のような黒の装甲が緻密に組み合わされ、それ自体が筋骨隆々たる肉体のよう。

逞しい全身鎧には、絶えず真紅色の光る脈動が流れ、更には異様な熱量と、陽炎の揺らめきまでも立ち上る。

黒く、されど禍々しい威力を宿す雄姿は、目にした者に邪悪な炎熱を宿す魔物、"悪龍"を想起させるようだった。

野太い手甲と具足に、大爪のように連なった銀色の刃。

特に両腕には、灼熱の光を吹き出し続ける噴気口らしきものがあり、まるで光る翼か、尽きぬ猛火の輪郭にも似て、禍々しく輝いている。

加えて、全身の装甲表面には生物じみた艶かしい質感と造形美輝く、まるで龍麟のような意匠が施されていた。

意匠は更に、その一つ一つが内に秘めた力を誇示するかのように逆立ち、触れるものを斬り裂く剥き出しの刃金を生み出している。

頭部は、今や重厚にして恐ろしげな、漆黒の大兜で覆われていた。

前に伸びた、獣の鼻面のような鋭角的な形状。

口元は覆い隠され、目庇まびさしも同じく突き出るようにして長い。

その上の頭頂から、前へ真っ直ぐ伸びる野太い一本角と、こめかみや頬下辺りから伸びる銀色の刃という姿形は、さながら開かれたあぎとのよう。

顔面を覆う黒い仮面、しかしその表面には鮮烈な紅色の隈取りが精妙に施され、表情の無い中に赫怒の如き迫力を描き出している。

加えて、目許は深く窪み、奥に輝くは火の玉のような、紅色の眼光。

斯様な面差しで仁王立つ姿は、怒りの顔貌を曝け出した鬼面。

否、"龍面"の魔人の様相だった。

変わらず首元に巻かれた漆黒の長布も、今や紅い光を時折発しながら、尾のように、翼のように翻っていた。――――




その紅い燐光こそが、最後の証明。


この男こそが、噂の怪人こと"ブラック・テイル"。


そして間違いなく”イブキ”、若しくは”ヴァンガード”と言われる内の1人であるのだ。


(でも・・・・は本当に、人間なのか・・・・?)


しかし、この時の光弥はどうしてか、目の前の存在を人間と呼ぶ事に、果てしない齟齬そごを感じていた。


どうしてそう思うのかは分からない。


ひどくバカらしい疑問だとも思った。


今はともかく、先程の男の姿は、疑いよう無く人間だ。


それでもなお人ではないと言うにしたって、他の言葉で言い表すことなど出来るわけがない。


それでも、光弥の直感は尚も声高に訴えている。


人間とは、こんなにも異質な気配を持つものであっただろうか?


こんなにも超然としていて、無機質で、そしておそろしさを覚えるものであっただろうか?


人の姿をした、人為らざるもの。


光弥は何故だか、そんな屁理屈みたいな感覚が拭えなかった。


< ギィジャアアアアッ !!!!>


突然現われた敵に、鎧の鉄獣こと"ディヴィク"は、尚も獰猛に奇声を発しながら斧腕同士を打ち合わせた。


それに対し、龍の化身のような姿へ変貌した男もまた、己の武器を抜き放っていた。


右腰に履いた、艶めく玄武岩のように無骨な光沢を帯びた鞘。


そしてそこから掴み出された、見たことも無いほどに力強い大刀である。


しかも、その刃はなんと抜き放つ瞬間から異音を立てて燃え盛り、そして男が左腕に携えて前に構えれば、更に激しい炎光を発する。


まるで、腰の鞘が剥き出しの龍の爪ならば、その緋色の刃は、炎を宿した龍の牙のようだった。


立ち込める白霧の中、黒い姿の影が一対。


巨大な双斧と、輝く龍刃を携え、睨み合う。


しかしその時、この熾烈な静寂に割り込む、耳障りな喚声が連なった。




< ・・・・ォォォォオオオオォォォォ・・・・ !!!!>


< ギャッ、ギャァッ !!!!>


< ガア、オゥォッ !!!!>




始めはさざ波のように、しかし次の瞬間には山びこのように、霧の中に閧の声が乱反射する。


その次の瞬間には、関を切られたように灰爪の怪物が次々と姿を現して、群れを成す。


その数、見えるだけで7匹。


だが唸り声や、身動ぎは、それ以上に聞こえる気がする。


(・・・・地獄だ・・・・っ)


人を襲い、喰らう魔獣の群れがこれほどに潜んでいた現実に、光弥は震え上がる。


その中で、最も剛悪な鉄鎧の獣は、響き渡る鳴き声が耳障りとでも言いたげに、凶暴に斧腕を打ち鳴らし、吠え散らしていた。




凄まじい密度の敵意と害意、ネガティブな感情が、この場に渦巻いていた。


光弥はまるで巨人の掌に握り掴むまれているような、苦痛なまでの圧迫感に捕らわれた。


本当の死地とは、こういうものなのか。


傷の痛みすらも忘れ果てて、弱った光弥は未曾有の恐怖に戦慄する。


その震えと、目の前の黒衣の"イブキ"が、閃光となって消え失せたのは、同時だった。


< ギィンッッッッ !!!!>


「っ!!??」


刹那、打ち響いた金属音。


否、それは鉄獣と黒衣の男が激突した音であった。


光弥の眼が、男の姿を見失った


電光石火の早さで突進した両者は、得物をぶつけ合っての鍔迫り合いに至っていたのだ。


一瞬の均衡。


鉄獣は、咄嗟にいなすように身を引き、片方の腕で攻め返す。


その斧腕とぶつかる、の剣閃。


僅かコンマ数秒の速さの鉄獣の反応だったが、男の超反応は更にその上を行く。


龍刃を振るって熱閃を一瞬に重ね、重厚な斧腕を弾き飛ばしてみせたのだ。


無防備になった鉄獣の懐へ、男は前蹴りを突き込む。


その衝撃たるや、鉄獣の巨体を爆発的に蹴り飛ばしていた。


<ヲ"ォアアアアッ!!>


忌々しげに一声鳴くや否や、怒濤の突進で反撃に転ずる鉄獣。


瞬時に男に肉薄し、その斧腕を降り下ろす。


されど、文字通りにで龍刃が奔り、弾いた上で袈裟懸けに斬り返される。


だが、鉄獣はまるでこれを予期していたように、最小限の動きで防御。


同時に、その上体を包む霧が、一段と濃さを増す。


<バギンッ!!!!>


光弥の気付いた時には、鉄獣の斧腕が、削岩機のような速さと威力で炸裂していた。


奴は脚だけでなく腕までも、あの爆発的な延伸を行えたのだ。


しかし、その必殺の一撃が捉えたのは、男が残した、だった。


”回避”という表現では追いつけない、一瞬の反射光が横切るかのような動きで、そこから炎光の二連斬り。


横様から襲い来る龍刃を避け切れず、鉄獣の鎧に傷が入る。


男の攻めは、確実に鉄獣を上回っていた。


直後に、もがくように斧腕で払おうとしたその動きすら、男は先手を打って龍刃で斬り払う。


続けざま、男の右掌が閃きが起こった。


一体どこから現れたのか、肉厚な曲剣が振るわれ、激しい火花と衝撃が鉄獣の胸部で弾ける。


"二刀流"、それも、刀と鉈というまるで性質の異なる武器での、変則の型。


思いもよらない方向からの攻撃に、鉄獣はたたらを踏んで押された。


刹那、ギュンッと一際鋭く、素早く男の身が翻る。


振り切っていた龍刃を裏返し、腰撓めに身体を捩り上げ、解放。


相手に背を向けるほどの豪快な横切りが鉄獣の鎧に刻み込まれ、火花と共に吹き飛ばす。




「・・・・す、凄い・・・・っ」




その時の光弥は、焦りも恐怖も、痛みすらも忘れていたかもしれない。


目の前で繰り広げられているその剣戟は、もはや人間技とはとても思えない、未曾有の領域にあった。


真面目に打ち込んでいたとは言えないまでも、光弥とて剣術を扱う者の端くれである。


だからこそ、力や速さの単純な違いでは計れない、根本的なの違いがはっきりと分かる。


疾駆する獣のように、無駄のない身のこなし。


攻防をめまぐるしく入れ替わらせる足捌きは舞踏のように華麗であり、虚空に乱れなく奔る光線は、急所を狙う太刀筋の閃きだ。


しかも、時折に見せるほどに早い、超人的な動きと、剣技。


極限を超えて洗練された、それら異次元の"業"わざの応酬は、命を懸けた死闘にも関わらず、見る者全てを魅入らせる。


まさに"剣劇"と言うに相応しい見事さに秘められたる威力は、光弥が経験してきた戦いなど児戯に思えてくるようだった。


深手を負っている光弥すらも、例外でなく状況も忘れ、その光景に見惚れていた。


だが、そんな雑念に囚われた隙を、怪物達は見逃さなかった。


<ガオオオォッ!!>


霧の中から、灰爪の怪物の1匹が猛然と躍り掛かってくる。


そもそも、もうろくに動けない光弥は、為す術無くその間合いの内に捉えられ、爪を振り翳された。


「ぐ、ぅわっ!!」


<ガキィンッ>


紙一重のタイミングで大篭手を翳し、その装甲で爪を防ぎ止める。


だが、使い手である光弥の方はそうはいかなかった。


「――――ぐあぁっ!?」


ボロボロの身体では踏ん張りきれず、無様に倒れこんでしまう。


致命的な隙を晒す光弥に、殺到する怪物。


 幽流 ゆうりゅう


その間中に、再び紅色の灼光が走った。


躍りかかる3体の怪物の前で、目にも止まらぬ動きで龍刃を鞘に収める。


同時に、男の体に真紅の光が纏わり付いた。


それは、あの" 放電女 "スパーク・レディが放っていた燐光と同じ、超常的な破壊現象の予兆。

男は、左腕で灼光を帯びた龍刃を握り構える。




 天眼 てんげん




そして抜き払う刹那、鞘の鯉口から爆発が生じ、龍刃は文字通りに撃ち出された。


< ドォウンッ !!!!>


熱い烈風が爆ぜる。


そして怪物どもは、木っ端のように吹き飛ばされていた。


龍刃が何も無い空を斬った瞬間、凄まじい衝撃波が生じた。


間髪入れず、更に男が振るった二太刀が、再び怪物達を巻き込みながら空間を爆裂させる。


壮絶な熱波が、悲鳴ごと全てを微塵に打ち砕き、その肉片すらも瞬く間に、紅い炎に包まれて消えた。


「――――9」


咆吼し、怪物達は一斉に、黒衣の男へ敵意を向けた。


光弥には目もくれず、龍刃を振り切った状態の背中へ、1匹が飛びかかる。


だが、男はまるでそれを見ているかのように、精密に懐へ飛び込み、刺突を繰り出す。


<ギャッ――――!?>


怪物の首の真芯を捉えた龍刃は即座に、そして無造作に横薙ぎにされる。


< ズパァ >


どこか滑稽にも聞こえる音が弾けて、怪物の狼のような頭があっさりと吹っ飛ぶ。


龍刃の熱が、切断面どころか血飛沫すらも焼き、首の方は即座に灰へと消え果てる。


そして、身体の方は激しく痙攣しながら残され、男はそれを、飛びかかってくるもう1体の方へと蹴り出す。


「――――7」


空中でぶつかり合い、動きを封じ合った2体を、纏めて龍刃で叩き斬る。


しかし、刹那。


紅い炎に巻かれて消し飛ぶ残骸を突っ切り、鉄獣が男に肉薄する。


「危っ・・・・!!」


男は、光弥の反応など及びもつかない速さでそれに対応していた。


<ガンッ!!>


右手の戦鉈が瞬時に鉄獣の斧腕を捌き切る。


直後に、鉄獣はがばりと異形の顎を開き、男の頭部目掛けて食らい付く。


超接近戦に持ち込まれても、しかし男は最低限の回避で応じ、上体を僅かにずらすだけで凌ぐ。


そして、男の足運びは次の攻め手へ向かっていた。


上体を沈ませ、鉄獣の横腹へ飛び込みつつ、龍刃で薙ぐ。


鉄獣は寸でで身を引き、入った傷は浅い。


しかし、男はその踏み込みを殺さぬまま、流れるように後ろ回し蹴りに切り換えた。


崩させた体勢を横薙ぎに刈り取る一撃であり、例え察知されても避けきれない、絶妙なタイミング。


強烈な蹴りは相手の動きを止めるだけでなく、またも鉄獣の身体を吹っ飛ばした。


<ズドォッ!!>


再び凄まじい大音声が轟いた。


男は右手に戦鉈を握っていたはずが、いつの間にか大ぶりの銃に持ち替えていた。


大きな銃口が2つ並んだそれを、男は当然のように片手で連射するが、その銃声から推し量れる威力は凄まじいものに違いない。


事実、発射される弾丸が当たるたび、重厚な鉄獣の身体が衝撃に押し遣られている。


そんな銃撃を次々に、銃に込めた弾倉の限りに男は撃ち続ける。


<オオォアァッ!!>


一見して動きを止めたその背中を好機と見たのか、1体の灰爪の怪物が迫る。


しかし、性懲りも無い攻め手に男は目もくれず、さっと銃口を差し向けるや、怪物の鳩尾を痛烈に撃ち抜く。


悲鳴を上げながら体勢を崩す怪物。


そこへ間髪入れずに龍刃が閃く。


背後へと踏み込み様に繰り出された斬戟で、怪物の両足を飛ばす。


四つん這いに倒れ伏したその絶叫と首とを、男は振り返りざま、再び瞬時に現われた戦鉈で刈り取った。


「――――6」


< グギャアアアッッッッ !!!!>


突如、濁った断末魔が響き渡る。


見れば、そこには無残なまでに切り刻まれた怪物達の肉塊と、その返り血を斧腕から滴らせる鉄獣。


「――――4、か。

真に脅威たるの区別すら出来んか、獣め」


まさに、鉄獣の凄まじい凶暴性は、文字通り手当たり次第に襲いかからずにはいられないらしい。


理性など無い狂乱ぶりへ、厳しく言い捨てる男。


すると、鉄獣は黒い鎧殻の身体を誇示するかのように前傾に構え、ひときわ巨大な咆哮を発した。


< ジィァガアアアアッ !!!!>


絶叫と同時、異様な金属音をたてながら、奴の身体はを始めていた。


鋼鉄を捻じ擦らせ、無理矢理に引き千切ってこじ開けるように、幾重にも激しい音が連なる。


そして、鉄獣の両腕、重厚で反りを帯びた斧刃が、ノコギリ状に逆立ったのだ。


光弥は、殺戮の意志と威力に満ち溢れたその形状に、戦慄した。


直撃どころか、防御の上からでも惨く削ぎ落とされそうなまでの禍々しさだった。


しかも、その更に強化された武器を携えて猛り狂う鉄獣は、裏腹に音も無くその姿を眩ませる。


無論、この霧と、透明化能力を駆使した奇襲を行うつもりなのは明白。


だが、より熾烈に襲いかかって来るだろう鉄獣の脅威を前にも、男はなんら動じた様子無く、戦闘を続行した。


標的を手近にいた灰爪の怪物に切り替え、火花が飛ぶように眩く、激しく躍りかかる。


凄まじい突進に対して迎撃の構えを取る怪物だったが、この男に対してはあまりに遅すぎた。


「――――3」


最高速と思われた速さから更に加速し、怪物の緩慢な動作を一瞬にして袈裟懸けに斬り破る。


その瞬間。


<ズガアァッッッッ!!!!>


男の立つ場所に凄まじい爆発が発生していた。


噴き上がる土煙の中に、蜃気楼のような輪郭が揺らぐ。


「――――っ!!」


前触れなど感じられない上、あんなにも凄まじい威力の奇襲。


これが光弥であったなら、一溜まりもなかった。


だが、あの男はこれを紙一重の見切りで躱し切っていた。


爆心地から噴き上がる衝撃を、自身の紅い波動で逆に消滅させ、既に"後の先"へ斬り込む位置を取っていた。


直後、龍刃の灼光が交差斬りの形で鉄獣を打つ。


<ジィギアァッ!!!!>


それでも、鉄獣は鋭い反応と、攻守に優れる斧腕でこれを防ぎ、低く身構え、地を踏みしめる。


激しいが発され、鉄獣の巨躯が異常な加速で男へ突っ込む。


至近距離からの止めよう無いはずの吶喊だったが、しかし瞬時に走った5つの剣閃がぶつかり、その威力をあらぬ方向へ逸らされていた。


男の武器と技量、そして神憑りの速さによる連斬は、鉄獣の思惑をやはり上回っていたのだ。


直後、勢いで空中に浮き上がった鉄獣を、龍刃の軌跡が捉え、強かに打ち飛ばす。


そして、灼光の戦士の影は更に、立ち入る隙すらない攻防に混乱している1体の怪物の方へ、瞬く間に踏み入った。


恐慌しながら振り回される爪腕を潜り抜け、鋭く回転。


男の伸ばした右足が、怪物の足元を刈る。


鞭のようにしなりながらも流麗な水面蹴りは、しかし体重100キロを超すだろう怪物の巨体を、嘘のようにフワリと宙に舞い上げる。


続け様、振り上げられた赤熱の太刀筋が容赦無く食らい付く。


< ゲェッアア"ァッ !!??>


刹那の内に首、胴、腹と輪切りにされ、"焼滅"していく怪物の様は、まるで龍の爪に引き裂かれたかのようだった。


「――――2」


残る化け物は、それぞれ1体ずつ。


だが、血と断末魔の狂宴は未だ閉幕を許さなかった。


耳鳴りを引き起こすノイズ、そして再び巻き起こる空間の歪みからは幾つもの影が躍り出る。


「また、出てきた・・・・!?」


闇から躍り出てくるは灰爪の怪物だった。


その数は9体。


しかもその中には、光弥がさんざん手を焼いた”赤褐色の怪物”も存在した。


<シャァギャアアアアッ>


そして当然、鉄獣もまた健在であり、憤激のように吼え散らす。


一瞬にして、場の戦力差は12対2となっていた。


しかし、深傷を追っている光弥は既に戦力外であり、実質はこの"ぶじんぐ"の使い手の男、ただ1人。


実に10倍以上もの数の化け物に囲まれては、幾ら圧倒的な強さの戦士でも、戦いにもならない。


数的有利の絶対性を前には、攻撃も防御もままならず、生き延びたいのならば、逃げるしかなかった。


(でも、ここで逃げて、こいつらを街や人の傍に野放しには出来ない!!

こんなに凶暴な奴らまで増えて・・・・今まで以上にたくさんの人が巻き込まれて、悲しむのかは分かりきってる!!

でも、それならどうすれば良いんだ!?

・・・・あんたは、いったいどうするってんだ!?)


いつしか光弥は、縋るように男の背を見つめていた。


凄まじい強さで怪物を蹴散らす、龍の化身の如き鎧と、刃を持つ者。


そして、そんな視線だけの問いに応えるかのように、男は歩を進めた。


逃げる訳など無く、されど気負う気配すら無く、ただ粛として、前へ。


しかし、その先には圧倒的な獣の暴力が屯し、ひしめいている。


「む、無茶だ・・・・っ!!

いくら強くたって、この数じゃ――――!!」


絶対の包囲網の更なる中心へ、男は入り込んでいく。


それでも尚、その表情に、足取りに、一片の惑いも無い。


「俺は、"威武騎"」


鋼を打つように確固たる声が、狂騒の場に響き渡る。


"イブキ"・・・・とは、名称なのか。


それとも暗号のような意味を持っているのか。


だがこの状況で、いったいそれに何の意味があるのか?


その事実が、今どれほどの価値があるというのか?


「決して敗北を赦されぬものであり、そして最強の戦士」


されど、男の揺るぎない口調には、疑問を挿し挟む隙など無かった。


ふとした一瞬の光と共に戦鉈を消滅させるや、淀み無い動きで龍刃を掲げ、鞘に収める。


一連の動きの何れにも隙は無く、それでいて剣舞のように流麗な所作であった。


「死にたくなくば――――」


押し潰されそうな程の殺気に満ちた戦場に、鍔鳴りの音が重々しく響き渡る。


「――――其処から、動くな」


そして、深く腰を落とし、身体を捻り上げ、鞘に納められた龍刃を握り込んだ。


男が再び見せるは、居合の構え。


静かなるその姿に、しかし踏み入るだけで切り刻まれそうな闘気を纏わせている。


男は、仇敵と見合う剣豪の如く、甚大な威圧感を湛え、そして加速度的に高めてゆく。


いつしか光弥は、その得体の知れない"力"の気配に、畏怖すらも覚え始めていた。




――――To be Continued.――――



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