#7b 黒龍焔吐
――――既に臨界間近にまで高まっているだろうその力は、もはや目や耳、肌でも捉えられるほどの物理的な圧迫を放っていた。
叩き斬った怪物を喰らい尽くす恐るべき灼光が、男の身体と龍刃に纏わり、燃え猛る炎のようにうねり上がっている。
そして、鮮烈な紅色が強まるほど、高らかに鳴り響く音がある。
< ―――― アアアアァァァァ・・・・ッ ―――― >
恐ろしげに哭くものとは、鞘に収められた龍刃の聲だった。
獲物を前に凶暴に
鞘の中で、限界まで燃え滾る刃の掻き鳴らす、野太い灼熱のエキゾースト音。
「――――来る」
光弥は直感していた。
とてつもない"なにか"を、あの男は起こそうとしている。
その証拠は目の前にあって、並み居る怪物共は皆、恐慌に陥った風に泣き喚いていた。
男の
立ち向かうのも、逃げ出すのかも決めきれないように、震え慄いていたのだ。
「
鳴り響く、狂乱のコーラス。
「
その最中に男が厳然と呟いた、刹那。
真紅色の、あまりにも絶大な爆風が生じる。
黒い鎧の姿は、白い霧を瞬時に焼き切る灼光となって、爆ぜた。
< ドオォッ !!!!>
続け様に轟く爆音。
強烈な紅い光が、認識の限界を超える超高速で突進する。
「――――なっ!!??――――」
限界突破の速さの巻き起こす
それを巻き起こす灼光が地を引き裂き、大気を突き破り、そして怪物共の群れへとぶち当たる。
世界を揺るがせるその威力に呑まれたなら、後にはもはや、凄惨なまでの"破滅"があるのみ。
紅い光の矢が文字通りに"光速"で乱反射し、断末魔すら押し潰す爆風が、轟々と吹き荒れる。
幾重にも虚空を裂く炎の軌跡が怪物を撃砕し、その骸は地形ごと粉微塵に焼滅させられる。
その怒涛は、間違いなく人や生き物の所業を超越していた。
もはや無数の灼光の渦としてしか知覚出来ない、暴力の権化。
剛悪な怪物にいかなる抵抗も許さぬ、"災厄"の域にまで至った超絶の剣技だった。
そして、光弥はその時、その"絶技"に幻を見ていた。
――――乱れ舞う龍刃の軌跡が、横倒しの竜巻のような巨体を、鮮烈に描き上げる。
敵を微塵に砕く先端部、刃の嵐の根元には火線が集まり、あたかもそれは、開かれた顎に生え揃う牙の様。
"神獣"の威光が、其処に在った。
神々しく輝きながら激しくのたうち、獲物を噛み砕いて荒振る"炎の龍"の様が。
< ズギイィンッ!!!!>
だがその時、狂乱の炎舞が初めて相手を捉え損ねていた。
神速の攻勢を紙一重で見切って、凌いだ相手がいたのだ。
「防いだ・・・・っ、あれを・・・・!?」
言わずもがな、それは鉄獣・ディヴィクの手強さゆえだった。
しかし、無傷というわけにはいかず、その最大の武器である両の斧腕に、無数の刀傷が刻まれていた。
明らかに浮き足立つ獲物の一瞬を認めるや否や、男は再度、灼熱の剣舞を敢行する。
鉄獣は、最大限の速さで霧の中に飛び退き、その巨影を"炎の龍"は追い詰める。
光弥の理解が追いつけたのは、そこまでだった。
それからは、その両者の時間だけが早回しにされ始めたようだった。
でたらめな感覚で閃光と火花が撒き散らされ、重なり合う金属音は一続きの騒音と化して、耳を劈く。
不可視の速さで、双方は一歩も引かず鎬を削り合っている。
だが、その剣戟も長くは続かない。
「無駄だ」
結果は火を見るより明らかだった。
霧如きが、龍の威力を遮れる筈が無い。
重撃剣をも弾き返した鉄獣の鎧は、研ぎ澄まされた龍刃の斬戟に、呆気なく斬り裂かれる。
<ギィャガッ――――!?>
鉄獣の左腕が宙を舞う。
斬り崩された防御を取り繕うことは、もはや不可能。
続けざまに飛来する二の太刀が、右腕を斬り飛ばす。
<――――ッァグアアアアッ!!??>
「
鉄獣の最強の武器を同時に破滅させた、刹那。
男は、瞬時に龍刃を鞘に収め、またも居合抜きに斬り上げる。
その身からは紅の波動が迸り、これに応じて鞘の鯉口から爆炎が吼え、龍刃が射出。
だめ押しとばかりの、灼熱の剣閃が十文字に駆け抜け、更には天へ吹き上がる爆炎をも呼ぶ。
「
神速の交差斬りと猛火を焼き刻まれ、鉄獣は上空へとかち上げられた。
だが、灼光はそれでも尚、欠片の容赦無く追い縋っていた。
男は飛鳥のように高く、速く、鉄獣へ突貫し、戦鉈を打ち込む。
その次には、男は紅い残像と化して忽然と姿を消し、そして少し離れた空中にまた表れる。
「――――っ!!??」
光弥が本当に驚愕させられるのは、それからだった。
刹那、何も無いはずの空中で紅い閃きが起こり、すると男は爆発的な加速を得る。
いったい如何なる現象なのか、曲がりなりにも人型の存在が、まるで剛弓から解き放たれたかのように空を駆けたのだ。
「
さながら彗星と化した男は、龍刃を掲げて吶喊。
鉄獣に刃を叩き付け、同時に巻き込むように回転を増幅させ、猛然と地面へ突撃していく。
「
そして、己より一回りは大きい鉄鎧の化け物ごと、"彗星"は"隕石"へと変わった。
< ゴシャアアアアッッッッ!!!! >
凄まじい重爆音が轟いた。
落下地点を深々と抉るほどの衝撃波が、頑健な鎧ごと、鉄獣の五体を叩き潰す。
しかも、技を仕掛けた男は、更に着地の瞬間に突き立てた龍刃を振り抜き、斬り裂きながら離脱していた。
超高速の回転と衝突、そして必殺の一閃を同時に受ければ、いかな"上位種"の化け物だろうとも、一溜まりもない。
陥没した地面の中心から紅い炎が立ち上り、断末魔すら無いまま息絶えた鉄獣を、焼き尽くしていく。
「――――殲滅完了」
いつしか霧の失せていたその場に、男の宣告は静かに響いた。
身に纏っていた灼光は霧散し、夥しい数の怪物を斬り捨てた龍刃もまた、その焼け付く刀身を鞘の中へと収めさせる。
同時に、龍神のような姿を象っていた"ぶじんぐ"もまた、柔らかな閃きの中へ溶けるように解除されていくのだった。
(・・・・何て、恐ろしい技なんだ・・・・)
そして光弥は、今しがたまでの凄絶な戦いへの恐怖に身を震わせた。
この男の戦い方は、敵の腕や足、頭、最後に身体をも、徹底的に両断し、もはや"惨殺"と言っても過言でなく殺してみせる。
極めつけは先程の、鉄獣を一瞬にして仕留めたあの
両腕を斬り落とし、強烈な連斬でかち上げてから、猛烈な回転と共に捕まえ、地面へ叩き付けて引き裂く。
間違っても人間を相手に仕掛けるような威力ではない。
ならば、あの過剰な殺傷力とはおそらく、人間以上の生命力を終わらせる為、編み出された術なのだろうと推察できる。
そして、そんな武術を使いこなす戦士であるならば、それは即ち、今起きている一連の異常事件の鍵を握っているに違いない、筈だった。
「・・・・終わった、のか?」
「ええ。
残存脅威は0%。
これにて状況終了お疲れ様、だわね」
思わず口をついて出てきた不安に答える形で、いきなり背後から声が聞こえる。
光弥がばっと振り向くと、そこにはあのポニーテールの"放電女"が、サングラスに黒装束姿で、にこやかに佇んでいた。
今までの修羅場を引き擦る空気の中、ついでにハロー、とお茶目に手を振ってみせる始末に、唖然とする光弥。
対して"放電女"の方は、光弥の満身創痍ぶりにふと憮然とした風に息をついた。
「あらら、派手にやられちゃったみたいだわねぇ。
普通ならその右腕、そのまますっ飛んでたところよ?」
「うっ!?
ぐっ、あぁ・・・・っ!!!!」
相変わらずの陽気な調子のまま、ゾッとするようなことを言ってくれる。
思わず光弥が視線を落とせば、その右上腕部には未だに、目眩を起こしそうな大出血が広がっている。
自覚を取り戻した途端、狂おしく痛み出すが、光弥は一方で違和感を覚えてもいた。
"生き地獄"というのを嫌というほど体感出来る大怪我に違いはないが、しかしそれも、さっきまでと比べればだいぶマシになっている気がしていた。
少なくとも全身、指一本動かせないような状態ではないし、意識も朦朧としてはいない。
「・・・・っ・・・・?
す、ごい・・・・痛い、けど・・・・傷が・・・・小さく、なってる・・・・?」
「当然だわ。
今の君は"ヴァンガード"の端くれなのだし、そう簡単に死ねないようになってるってわけ。
だから、普通じゃないその"力"の恩恵に、しっかり感謝しといた方がいいわよ?」
「・・・・死ねない、って・・・・」
それはつまり、死ぬような傷を負っても"生き延びてしまう"ということなのか。
微妙な言い回しの差である。
だがその言葉が持つ意味、そして今の光弥の状態も併せると、それが単なる言い間違いと楽観的に捉えることは出来なかった。
鉄獣の一撃に打たれ、激痛と出血に力を奪われていく感覚を思い出して、光弥は改めて悪寒に震えていた。
(・・・・今回ばかりは本当にヤバイと思った。
でも・・・・"普通"のままなら、とっくに死んでいたんだ。
嶄徹が無かったなら、今度こそ・・・・)
今回だけではなかった。
遡って、2日前の夜から始まった、"レクリス"との戦いの中で、光弥は何度と無く、強大な化け物を重撃剣で退け、重鎧・撃煌で受け耐えてきた。
その中では、"普通"なら動けなくなるような深傷を負うことも何度もあった。
自分の命が、重撃剣・嶄徹の加護があってようやく繋がれている事実を再認識し、光弥は忘れかけていた恐怖感が蘇ってくる思いだった。
「ほら、顔色が悪いわよ。
傷、お見せなさいな」
「え、あ・・・・」
憔悴する光弥をさておいて、女性はサングラスを外しながら、遠慮なく詰め寄った。
そして、右腕の傷にさっと手をかざすや、掌が淡く輝き出す。
するとどうだろう。
彼女の発する柔らかい光に応えるように、光弥の傷口も青っぽく光り、そしてなんと、逆再生を見るかのように傷口が塞がっていった。
「いわゆる"回復魔法"ってやつよ。
これで傷は心配ないわ。
ただし消耗してるのは事実だから、帰ったらしっかり休まなきゃ、本当にぶっ倒れるわよ。
お大事に、ねっ」
「ぃでっ」
ついでとばかりに、何故かぐいと抓られたが、しかしそれだけの痛みしか感じられない。
ただただ目を白黒させるばかりな光弥に、素顔を晒した茜色髪の美女は、なんとも魅惑的で、悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。
「それで、首尾は?」
緩まった空気を斬り裂くように、黒装束の男こと"ブラック・テイル"は低く、厳しい声音で尋ねる。
その背中に、女性はしなやかな所作で立ち上がって、ポニーテールを揺らした。
「"門"は閉じたわ。
けれど、ゆっくりしてる暇は無いわ。
おそらく、まだまだ後がつかえてる筈よ」
「門、って・・・・まさか、あいつらが出入りする場所が、まだ・・・・!?」
「"晶獣"を殲滅し、彼奴らの唯一の侵入口を封じてこそ、俺達の使命は完遂される。
・・・・やはり《お前》は、ろくに事情も知らぬままに動いているらしいな」
冷ややかな調子で告げた後、黒衣の男は徐ろに身体を振り向かせた。
即ち、光弥はここに来て初めて、この男と正面対していた。
だが、ようやく見えたその男の"異貌"は、光弥を二の句の告げない程に絶句させる、驚くべきものだった。
「なっ!!??
・・・・あ、・・・・っ――――」
――――真っ直ぐに光弥を見据える、彫りの深い精悍な顔立ちと、浅黒い肌。
鼻梁は高く、唇は均整のとれた形のまま固く結ばれており、彼は厳しくも眉目秀麗な偉丈夫だった。
眼を見張るほどしなやかにそよぐ、混じり気ない真っ白な頭髪は、眉すらも同じ色。
そしてその下の眼窩には、本来あるべき一対の眼が存在しなかった。
黒い眼帯で、右の眼を覆っている。
その男は隻眼のようだった。
否・・・・そんなことよりも、残った左の眼こそが問題だった。
形は、刀の鋒のように鋭く釣り上がり、その中に収まった眼球には"強い光"が宿っている。
そして、その発光の色というのが、なんとも・・・・信じ難い事に・・・・――――
「――――・・・・"赫い、眼"っ!?」
まるで、"しょうじゅう"とか言う獰猛な化け物達の眼光の既視感のようだった。
鮮烈なまでに紅く、幽光しているその眼は、決して人が・・・・否、生物が持ちうるものでは無い。
そして虹彩の中央、黒い瞳孔はあろうことか、十文字に裂けていた。
光弥の姿を捉えたまま、それが次第に細まる様は、まるで獲物と見据えられた瞬間の緊迫感だった。
「いったいお前は何をしている」
光弥の驚愕など意に介さず、男は厳格な調子で語り出す。
「"晶獣"の脅威を、お前は知っていたはずだ。
にも関わらず、半端な力量で戦いを挑み、そして敗北した。
興味本位か、正義感か。
その右肩だけで済んだのは、安いものだ」
静かだが強い語気に、光弥の身体は竦んでいた。
淡々と告げられる男の言は全て、痛烈なまでに的を射ていた。
まさに、半端な覚悟で乗り切れるようなことではないことは、分かっていたはずだ。
一方、今回は"未知の敵"との急な遭遇、戦闘までもが起こった難局だったことも確かではある。
されど、そんな事を言えばより一層に失望されるだろう事は明白だった。
(・・・・不利な状況だったし、判断も遅れた。
でも、追い込まれる前に出来ることは、きっとあった筈だ。
今の僕は、その為の"力"だって持ってたんだ・・・・っ)
勝てないまでも、負けないための行動は取れたはずだった。
それでも、最終的には自他の力量と状況を見誤り、確かに光弥は敗北した。
どんな言い訳をしようと、その結論が覆る事は無いのだ。
「今回は、間に合ったわ。
でも、次がある保証は無い。
それにあたしも言ったはずよ。
手を引くようにってね」
女性もまた、静かながらもはっきりと光弥を嗜めた。
沈痛な面持ちで、光弥はそれらの言葉を受け止めるしかなかった。
「――――行くぞ。
無駄な時間は無い」
「ん・・・・」
「この街で、一体何が起こってるんですか?」
光弥は、図々しいと思われるのを覚悟で、それでも口を開いていた。
去り行かんとした2人の足取りが、止まる。
ここに来た目的を、光弥はまだ諦めてはいなかった。
むしろ、今この場で生じた新たな疑問に突き動かされ、挑みかかるように言葉を投げつける。
「――――確かに・・・・正直、分からないことばかりで、何から聞いたら良いのかも分からない。
でもこの街に、僕の友達に、危険が迫ってるってのは、分かる。
そして、それだけの強さを持ってるあなた達が、"そんなにも急ぐ理由"はいったい、何なんですか?
それは・・・・もっと大きな危険が、これから"現れる"って事なんですか?」
真っ直ぐに問いかける光弥に対し、"イブキ"・・・・若しくは、"ヴァンガード"と名乗る戦士達もまた、踵を返してみせた。
ただこうして向かい合っているだけで気圧されそうになる自分を叱咤し、光弥は尚更に気を張る。
彼らは、強い。
凄まじい怪物達を相手にも圧倒的に勝利する、まさしく人外の強さを持っている。
そして、光弥は弱い。
"力"を持てども、これを扱い切る技量も、知識も、彼らの足元にも及ばない。
「あなた達ほどに強くても・・・・それでも、守れないものがある。
この1ヶ月間、何人も」
「・・・・それを言われると、返す言葉が無いわね」
「――――こんなことがまだ続くのなら、いつかは僕の大事な人達だって、巻き込まれるかもしれない。
その時・・・・僕は、何も及ばないからと黙って見ているつもりは無いんだ・・・・っ。
だから、せめて知っておきたい!!
それが、いつ訪れるのか・・・・!!」
「確かに今、我々は"
そしてこの街のどこかに、とんでもない"爆弾"が存在することも事実よ。
けれどね――――」
一つ一つ、慎重に積み上げるように言葉を選ぶ女性。
しかし、途端に進み出た男が、それを遮っていた。
「"武靭具"の力、"晶獣"の存在。
お前は、既に多くを知ったはずだ。
"一般人"としては、十分すぎるほどの智慧を」
「一般人っ・・・・!?
僕は――――!!」
未だに一線を引いて扱われることに、光弥は熱くなって言い返そうとする。
その前に、男は尚も厳然と声を張り、先んじていた。
「お前は巻き込まれた。
だが、"当事者"には未だ、成り得ない。
その程度の未熟者が今すべき事とは、その大事な人達とやらの為、機に備える事だろう。
守る為に戦うと云うのなら、俺達の"真似事"をする必要など無い」
「で、でも、それじゃ・・・・っ!!」
「思い上がるな」
あくまで真実に追いすがろうとする光弥を、断固たる調子の言葉が鋭く斬り払う。
「"威武騎"に足り得ぬ、己を識れ。
我が身一つも担いきれぬその無様で、二つを背負い切れると思うな。
命とは、それほどに重く、そして脆いものだ」
「――――っ!!!!」
残酷なまでに核心を突く言葉に、光弥に反論の余地など無かった。
ただ呻き、口を噤んで窮するしか出来なかった。
「・・・・こうも言ったわよね。
また会いましょう、って」
片や、女性の口から出たのもまた、光弥を援護する言葉ではなかった。
「君に全てを話すときは必ず来るわ。
いえ・・・・むしろ知らなければならない、と言っても良いでしょう。
だから、もう少し・・・・今この街に潜む大きな災いをあたし達が片付けるまで、待っていて欲しいの」
"介入は許さない"。
果たして、それが彼らの結論であった。
そして、光弥の疑問の答えもまた、遂にもたらされはしなかったのだ。
言わずもがな、光弥とて腹の内では全く納得出来てなどいなかった。
まだいくらでも食い下がる気持ちは湧いて来て、それが四肢の力みという形で溢れ出ている。
だが、喉元で幾つも渦巻いている文句を吐き出すには、しかし肝心の口が引き攣ったように固く結ばれてしまったままでいた。
きっとそれは、頭ではもう理解していたからだった。
今、この場で何をどうあがこうと、光弥に示せる証など無い、ということを。
「・・・・僕は・・・・」
何か、とても大きなものに捻じ臥せられる感覚に、光弥は瞑目した。
瞼の裏に暗黒が広がる。
それがふと、あの悪夢の中と同じに見えていた。
記憶の深いところに、無力に蹲る自分を焼き付け続ける、黒い報いに。
――――・・・・"オレ"は・・・・――――
「――――その気概は、大事にすることだ」
ふと、我に返るように顔を上げる。
もはやそこに、彼等の姿は無かった。
次なる戦いに向かったのだろう。
強く、雄々しく、その目に烈光を漲らせて。
その様は、想像するだに眩くて、光弥はまた項垂れた。
<ドサッ>
不意に崩折れるように座り込む。
思い知らされた、現実の立場。
その重さに押し潰されていた。
「・・・・欲しかったものを・・・・"答え"を見つけられた、気がしてた――――」
――――初めは自分の命を守る為だった。
そうして戦わなければ、生き延びられなかったから。
どんなに無力で、惨めでも、まだ終われなかったから。
でも、確かにそれは、昔の"光弥"には出来なかったことだった。
「――――この"力"なら出来る筈だって、信じられた。
オレは、今度こそ大事な人を助けられる。
どんなに非道い暴力を振り翳されても、真っ直ぐに前へ進めるんだと・・・・思えた――――」
だから、大切な人を守る為なら戦うと、決めた。
そうしない自分を、自分で許せなかったから。
それが、
でも、光弥の悲劇は、それで変われたと思い込んだ事に、今の今まで気付けなかったことだった。
まさにあの男の言う通り、それを背負い切るには光弥自身が至らな過ぎた。
降って湧いた凄まじい"力"に、目を眩まされていたに過ぎないと、遂に突きつけられて、崩折れていた。
「――――オレじゃ、戦えない。
何かを選ぼうとするには、弱すぎる。
・・・・戦う必要すら、もう無い。
なら、結局・・・・また、ただ無意味な我侭でしか無いって、ことなのか・・・・!!」
矛盾を抱えたままの光弥は、望んでいた姿とは程遠かった。
重撃剣・嶄徹・・・・超常の力を以てしても、真似事止まりのことしか出来ない。
されど、本物の"力"を扱いこなす彼等は、蹲る光弥をあっさりと越えていく。
そして・・・・それ以上に悔しいのは、その大きな後ろ姿へ、僻むような暗い感情しか湧いてこない事。
"自分には出来ない"。
そんな諦め方を、半ば受け止めかけている自分がいる事だった。
" 己が意地に向き合い、退くなかれ。
人の為の正しきを成せ "
不意に思い出されたのは、爺様の遺したあの言葉。
けれども、いつもは勇気づけてくれるその言葉に、今の光弥は向き合えずに追い詰められてしまう。
「意地を張る理由も、退けない訳も、もう無くなった。
・・・・なら、どうすればいいんだ。
オレはどうやって・・・・"あの時"に報いれば良いんだ・・・・っ」
絞り出されたのは、血を吐くような悲痛な悔恨。
まさに出血のように、斬り裂かれた心からは黒い記憶が吹き出していた。
決して逃れられない過去が、信じた道を見失った現在と重なり、光弥を真っ暗な中に引きずり込むようだった。
果たして・・・・急に温もりを増した夜風が、青ざめた朧月夜を取り戻すまで、光弥は懺悔をする様にその場に蹲り続けるのだった。
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