#5b サンダー・コール



正しく黄金色の光を放って”放電女”スパーク・レディの残光を追う光弥。


その軌跡が、今いる大型ショッピングモール建設跡の屋上へ向かって行くのを確認するや、更にスピードを上げて仮設足場を駆け登って行く。


風化した頼りない足場だが、最上層に続く道はどうにか途絶えることなく続いていた。


6月とは思えない寒気に、吐き出す息は白い。


滲み出た汗が冷やされて気持ち悪い感じだったが、光弥は速度を緩めなかった。


探し求める"もの"は、本当に目と鼻の先にあると、はっきり感じられる。


そしてこの廃墟の屋上にあたる場所からは、先ほどから物々しい音が聞こえてきていた。


あの怪物の、しかもの鳴き声だ。


にわかに漂う戦闘の予感の中、ついに屋上前の踊り場に辿り着いた、その時。


光弥は、チチチッ、と何かが弾ける音にも似た異音を聞き取る。


それは初め、鳥か何かの鳴き声かと思われたが、しかし直ぐ様に違うと判断がつく。


<バチバチチッ、バリバリッ、バチィッ――――!!!!>


音はやにわに激しさを増し、とても鳥のさえずりだのと形容出来ない激しさへ変わっていったからだ。


この耳をつんざくような爆音ときたら、例えるなら連続した爆竹か、銃声のそれだった。


次いで、屋上の方から強く、そして暖色の光が放たれていることに気付く。


引っ切り無しに点滅を繰り返しているのは、カメラのストロボが連続で焚かれ続けているかのようだった。


そう分析し終えるや否や、といった、刹那。




< ッ バ ア ア ア ア ――――ッッッッ!!!!>




身体の芯まで打ち震わすような、とんでもない大音響が光弥の耳を劈いた。


「うわっ!!??」


驚くあまり、危うく階段を踏み外しそうになりながら、向かう先を見上げる。


瞬間、その視線を横切って"吹っ飛んでいく"ものがあった。


鮮烈なまでの強い光を放つ大きな塊。


だがその光は、先程までのフラッシュのようなものでなく、大きく揺らめいている。


真っ逆さまに地面へと落下していくその火の玉は、猛然と燃える大きな篝火のような"黄金色"。


そして、その火炎が燃やし尽くそうとしていたのは、間違いなくあの怪物だった。


猛火にまかれているというのにもがき苦しむ様子も無く、地面へ真っ逆さまに落ち行き、そのまま激突する。


巨体は、無数の火の粉になって砕け、灰となり、そして瞬く間に塵すら残さず"消えてしまう"。


(・・・・これは、昨日と同じだ・・・・っ)


息絶えた怪物を焼き尽くす、蒼い焔。


ぐったりと動かない怪物に纏わり付く、黄金色の火炎。


色こそ違うが、しかしその現象は相似している。


つまりは、この先で同じ事が起こっているのだ。


あの怪物を、"超常の武器"を以て打ち倒し、消滅させる。


そして、それを行える"誰か"が直ぐそこにいる、ということだった。


光弥は、もはや悠長に階段を登る時間も惜しみ、その場から飛び上がって直接屋上に乗り込んでいた。




そして――――




< グオオオオォォォォッ !!!!>




雄叫びを上げるのは、狼の鼻面に白い鬣をあの死灰色の怪物。


しかも、奴らは2頭がかりに爪腕を振りかぶって、間中にいる"人影"に向かい、獰猛に走る最中だった。


光弥が危機を訴える間もなく、振り下ろされる一対の爪腕。


同時ではなく、時間差を置いて繰り出されたその攻撃は、単純な動きでは凌ぎ得ないものだ。


少なくとも光弥には、かなり際どい攻撃だった。


だが、件の人影は違っていた。


先だって届く前方からの攻撃を、人影はまるで風に煽られる柳のような動きで迎える。


肌の上を滑らせるような、それほどの隙間しかない紙一重の回避。


その動きに追随し、"結い上げた長い髪"がふわりと夜闇に踊った。


しかし直後、人影の柔らかな舞は、荒海の波濤の如き動きに転じる。


身を捻って、倒れこむような回避から、速やかに低い姿勢のまま回転し、素早く後ろ回し蹴りを突き上げる。


正面の怪物の顎に直撃し、悲鳴も出せずにたたらを踏む。


まだ、人影の攻勢はそれで終わらない。


地に着けた両腕と片足だけで跳ね飛び、突き下ろされる背後からの爪を躱す。


垂直に1m程、人影は宙に浮き上がり、再び鋭く回転。


弧を描いて翻る右脚でのソバットが、背後の怪物の首筋を捉える。


闇夜にも血飛沫がはっきり見えて、地面に派手に振りまかれるのと同時、人影も着地し、悠然とした立ち姿で構える。


連携攻撃を軽々と返された怪物たちは、痛みに悶えながら離れる。


その顔と首に残るのは、残酷なまでの複数の


無論、それは人影の放った蹴撃と、そこに伴っていた"剣光"によるものに他ならない。


果たして、その正体というのが、人影の脚に備わる幾つもの" 刃 "ブレードであると、光弥はようやく気付く。


を、同時に行っている。


寒気と凄みを感じさせる大振りのブレードの冷たい光は、今や付着した生々しい返り血によってさらに凄艶に輝いていた。


「・・・・あれが・・・・"放電女"スパーク・レディ、なのか・・・・!?」




この時、光弥は遂に目の当たりにした怪人の姿以上に、今の刹那の攻防に息を呑んでいた。


彼女の動きは、あくまでも相手を斃すため――――殺すための戦技である。


だが同時に、そこには洗練されたダンスのような、見る者を魅了する芸術性までも伴っているように思えていたのだ。


それを引き立たせるが如く、真紅にして獣の眼のような"闇"を湛える妖しい月は、十二齡。


裏腹に寒々しい月光の到来は、この世ならざる者たちの影を浮かび上がらせ、その中央の戦人いくさびとは、"金色の燐光脈打つ甲冑"を纏い、凛として立つ。


その背からは、あたかも妖精の光る羽のようなが、眩くもたおやかに溢れ出ている。


神秘的な絵画のようですらある、コントラストだった。


しかしながら、これは描かれた幻想などでなく、連綿と流れ続ける現実。


そして、確かに現に存在する戦士は、その身の黄金を一際閃かせ、遂に動き出した。




慄く様に動きを止めている怪物目掛け、鈍い破裂音のような音を立てて地を蹴り、飛び掛る"放電女"。


その攻撃手段はやはり、香の言う"黒いブーツ"こと、ブレードを備えた脚部を用いた攻撃らしい。


左足を蹴り出し、稲妻そのもののような勢いで怪物に突っ込んでいく。


予備動作の大きい攻撃を、怪物は躱す。


しかしそれは、彼女の計算の内だったのかもしれない。


蹴撃そのものは躱すも、脚から伸びたブレードを避けられず、怪物は足を深く斬り裂かれる。


直後、着地した人影はすぐさま右足を高々と跳ね上げ、見事な後ろ回し蹴りを繰り出す。


<グギャアアアアッ!!!!>


まるで逆袈裟一閃の如くブレードが駆け上がり、怪物の左腕が根元から千切れんばかりに抉られる。


その傷跡は、獣の爪痕のようなが等間隔に並んでいた。


放電女の爪先に連なる3本のブレードが、その凄惨な傷を与えるのだろう。


そして間髪を入れず、蹴り足を引き戻しざま、キレのある前蹴りを繰り出す。


<ドウンッ!!>


直撃。


瞬間、巨大な衝撃が辺りを震わし、怪物と彼女が弾かれ合う様に吹っ飛ぶ。


金色の残光をたなびかせ、長い髪を激しくはためかせての吶喊。


その先で、恐慌した素振りの怪物は、しゃにむに腕を振り回す。


だがその乱雑な攻撃の全ては、届く直前にガクンと曲がる。


否、スパーク・レディが振り回す"何か"によって、爪腕は尽く打ち払われていた。


手元を中心に、円を描くように長い棒状の物を繰る"放電女"。


しかし直後、不意に鋭い直線の動きへ変えて、怪物の横面を鈍い音を立てて打ち据える。


<ガッ・・・・ッ!!??>


放電女の駆使するのは、おそらく棒術、棍法と言われる動きのようだった。


身の丈ほどもある長い棍棒を操り、長い間合いと隙の無い動きで相手を制圧する。


その鮮やかな技法で以て、今まさに怪物の懐に飛び込んでみせた放電女は、更に素早い下段蹴りで足を、転身。


背を向けるように踏み込むや、円を描いて振り上げた長棍を脇腹へ打ち込み、更にその棍をまた喉元へと突き返す。


連続攻撃と急所への痛打に、怪物は大きく体勢を崩した。


その瞬間、"放電女"は一際強く長棍を


ガツンと長棍の石突で地面を打つと、彼女の身体はぐんと、背面のまま突進する。


その勢いと、全身の膂力を併せて鋭く身を捻れば、両の足に金の電光を絡ませた回し蹴りとなって発露する。


< バアアアアァァァァンッッッッ !!!!>


再び凄まじい雷鳴が爆ぜ、稲光が怪物を射貫く。


雷の剣が振り払われたように、奔った閃光は"2つ"。


十文字を描く連蹴りの跡は瞬時に焼け焦げ、そして怪物の身体も一溜まりもなく焼き尽くされて消えるのだった。


< ギエエエエェッ !!>


雷鳴が後を引く最中、突如として空から形容し難い異様な音が聞こえる。


視線を上げる光弥が捉えたのは、驚くほどの大きさを持った鳥だった。




――――否、おぞましいまでに巨きな翼長をもった、、と言った方が正しいかも知れない。

見るものに嫌悪を覚えさせる為だけに、目茶苦茶に絵の具を混ぜ合わせたような薄汚い緑色の巨体は、およそ空を飛べるとは思えないほどに筋骨隆々としている。

だが、奴は確かに太く大きな翼腕を羽ばたかせ、体表や背面に、褪せた鉄鎧のような銀灰色の鱗を備えた体躯を、空に飛ばさせているようだ。

そして、同じ金属質の鱗で覆われた、胴体を超えるほどに長い脚部を振り出し、先端の鉤爪を剥き出す。

まさしく獲物に掴みかかる猛禽のような迫力ながら、面妖にも本来その首があるであろう場所には、盛り上がったコブのようなものがあるのみ。

それはあたかも、粘土細工の翼竜から頭だけをもぎ取ったような、まさに"怪鳥"と言い表す他無い、歪な姿だった。――――




そして、首無しの怪鳥は、眼下の放電女へぐんぐんと迫っていく。


脚の先端が、蕾のように割開かれた3つの鉤爪となり、なんとその奥には目玉のようなグロテスクな器官が隠されていた。


思わず息詰まる醜悪な異様ながら、しかし確かに視覚機能としても働いているらしく、獲物の背へ狂いなく狙いを定めている。


「あ、危なっ――――!!!!」


だが、その凶器より、そして思わず声を上げた光弥よりも早く、”放電女”は正に電光となって動いていた。


空中から襲い来る翼に、逆に食らいつく狩人の様な鋭い跳躍。


続けざま、一気に身を捻って両脚を振り出し、まるで双剣の舞かのような”回転斬り”を空中で舞い放つ。


瞬時に2つの剣閃が奔り、対する怪鳥は避ける間もなく、胴体と後足を痛烈に"蹴り裂かれる"。


突進に対する痛烈なカウンターアタックを打ち込まれた怪鳥は、しかしふらつきながらも、上空へ逃れようと藻掻いた。


だが、”放電女”がそれをただ見逃す筈も無い。


直後、素早く腕を振って、長い”ワイヤー”の繋がった物体を、まるで小さな稲妻のように投げ放ち、怪鳥へ突き刺す。


それと同時、着地した"放電女"はもう一匹の怪物へと突進していた。


片腕を潰され、戦意喪失めいた怪物の懐へ肉薄する。


しかしその寸前、長棍を地面に突っ掛かけさせる。


すると、彼女はそれを支点にして鋭い横っ飛びを行うことで、横ざまに逃げ出そうとした怪物に、先回りして見せる。


<グゥッ!!??>


着地と同時、しなやかなハイキックで怪物の頭を斬り裂く。


痛みに暴れる間隙を、"放電女"は無駄の無い動きで潜り抜け、背後に回りつつ長棍で一撃。


怪物の足の骨を容易く打ち砕き、更に長棍を突き出して、再び石突を地面に着け、跳躍。


キレのある動きで捻り飛び、そこから繰り出されるローリングソバット。


そして、刹那。


彼女の踵に備えられていた、最も大きく鋭利なブレードがせりだし、真っ直ぐ伸ばされた足と合いまり、斧槍ハルバードのように空を切る。


事実、それの威力は体術の域を超えていた。


さながら、全力で振るった長柄武器ポールウェポンの一撃の如く、蹴撃は怪物を両断し、金色の炎を手向けながら消し飛ばしたのだ。


更に、"放電女"は大胆な一撃を繰り出すや否や、先ほど投げ放った"ワイヤーフック"のような物を持った腕に、電光を生じさせる。


放電のエネルギーは、瞬く間にワイヤーを伝って先端部へ伝播し、激しい音をたてて怪鳥を焼いていた。


同時に身体から自由を奪われ、堕ちてくるのを目掛け、放電女は"飛翔"する。


両者は磁石が引き合うように急激に迫り、しかし5mは上空で互いに交錯した。


"放電女"は怪鳥の更に上方へと舞い上がり、その瞬間にワイヤーを引いて強引に静止。


同時、空中でそのしなやかな肢体を弓なりに反らせる。


振りかぶった脚には、いつの間にか今度は不思議な"白い光"が纏わっていた。




――――そして、次の瞬間に巻き起こされた光景に、光弥はいよいよ持って絶句してしまう。


真下へ、大きく足を蹴り出す、スパーク・レディ。


その円月蹴りの軌跡が" 凍り付いた "。


そうとしか言い現し様のないのだが、しかし現れたのは氷の結晶では無い。


まるで"空間"というものを押し固めたような、濃密な蜃気楼に似た"歪み"が、蹴撃の延長線上に"物質"として現れたのだ。


三日月の形をしたこの歪みは、あたかも巨大な白刃を振り落とすかのように、間合いより遙か下にいる怪鳥を直撃する。


< ピギッ >


刹那、甲高い断末魔が響き渡る。


両断に近い形で圧し斬られた怪鳥は、"白亜の火粉"を散らしながら墜落し、消えていった。




――――ただ一人、この世のものと思えぬ交戦から勝ち残った彼女は、同じく白燐を撒き散らしながら、ふわりとした所作で降り立つ。


その神秘的で凛とした佇まい、彫像のような美しい後ろ姿に、光弥はまた目を奪われてしまう。


「あーあ・・・・またダメにしちゃったわ」


柔らかく、艶のあるアルトの呟きが聞こえてくる。


赤みを帯びた栗色をした彼女の髪は腰程まで垂れるほど長く、優美な光沢を持ちながら柔らかくそよいでいた。


だが、光弥の記憶が確かなら、その髪は初めは結い上げていたはずだ。


「ダメにした」という言葉は、それと関係あるのだろうか?


ともかく、"放電女"は着けていた大きなイヤーマフを外しながら、嘆息するように息を吐く。


同時に、懐から細く長いリボンのようなものを取り出した。


髪を結わうにしては、抑えた灰色な上に色柄も無い地味なものだ。


しかし、彼女は迷いなくたっぷりとした後ろ髪を持ち上げ、手慣れた手つきで纏め上げてしまった。


一連のその仕草がやけに色っぽく、思わず光弥は場違いに心音を高ぶらせてしまう。


「・・・・あ、あんた・・・・いや、あなたはいったい・・・・?」


凄まじい戦いぶりと、天女と見紛う程の迫力に飲まれかけていた光弥だったが、咄嗟の羞恥心に弾みを付けられ、ようやく口を開くことが出来た。


その声へ、"放電女"はすぐに振り返ろうとはしなかった。


それどころか微かに肩を竦め、微笑んだ素振りを見せる。


まさか、この狼狽えっぷりを笑われているのだろうか。


さっきのとはまた違うベクトルの羞恥心に、再び落ち着きをなくす光弥。


「――――闇を湛えた、"獣の月"。

禍々しく赫いその姿は、本当は現れてはいけないもの。

けれど、どこか不思議な趣があるって、思わないかしら?」


そんな様子を知ってか知らずか、彼女は謎掛けのように朗々と語りながらゆっくりと半身を振り向かせる。


キラリと、夜だというのになぜか着けているゴーグル状のサングラスが、玉虫色の光を一瞬、光弥へ投げかける。


怪しげに光り、目元を覆い隠すそれを、やはり優雅な佇まいのままに外す"放電女"。


一見何気ない、しかしたおやかで流麗な所作は、しなやかで艶めかしい"女性"を見る者に感じさせて魅せる。


果たして、まるで映画のワンシーンのように鮮烈な光耀に包まれながら、光弥の目の前にやにわに、絶世の美女の顔貌が立ち現れたのだった。




――――月光に映える、滑らかな白妙の肌。

ツンと高く、上品な曲線を描く鼻梁。

艶めく唇は紅の潤いを帯びた瑞々しい花弁のようで、それらに正しく風花雪月の色合いを織りなす。

流麗な丸みを帯びたアーモンド形の眼は、今はスゥと細められ、相対する者の心底まで射抜かんとするような眼光を宿している。

不意に、光弥はデジャヴのように、"彼女"の顔を思い出していた。

ただ"彼女"の場合、切れ長の眼に溶け込む柔らかな円みが、ともすれば冷徹に見える眼差しに少女の愛らしさを添える役割を担っていた。

だが、この風格と言ってもいい気配を纏う女性の場合、そこにどうしてか、刃のような美しさと獰猛さを垣間見てしまう。

そして、そんな美女の身体を覆うのは、白亜の輝きに黄金の脈動を秘める鎧だった。

鳥の嘴のように前に鋭く尖った、独特な肩鎧と、首筋を護る大きな襟立付きの胸当ては、鎖帷子のような金属帯で繋ぎ合わされている。

これは下方にも広く伸びて、その先に在るのは、簡素ながら堅牢な腰鎧。

装甲は最小限で、鳥の尾羽のように誂えられた短い腰布が翻っている。

両の腕に着ける細身な篭手は、鋭角な鱗のような装甲を幾つも連ねて造られていた。

滑らかながら逆立った表面は、まるで拡げられた大翼の毛並みであり、その指先は5つの鈎爪のように鋭い。

それらの意匠は白く高貴ながら、野生の力強さを知らしめるようだった。――――




斯様にして、"放電女"の装備は、驚くほどに光弥のそれと似通った雰囲気であった。


もっとも、色とデザインが違うし、更に言うならかなり軽装。


鎧、と言うには腹部が剥き出しで、今も光弥の目の前には、"スパーク・レディ”の名に恥じない、艶めかしい曲線美が顕にされていた。


知ってか知らずか、小粋な角度に傾けた恵体に纏うのは、艶のあるラバーのような素材の、漆黒の戦闘服。


更に、物々しい黒装束を隠すようにして、首元が大きく開いたチューブトップのような衣を纏っていた。


藤色の衣はゆったりしたシルエットであったが、むしろそれがまた、彼女の芸術的なまでな胸の豊満さと、扇情的なくびれとを引き立たせているのかも知れない。


それはもう、慎重に容姿を観察していたはずの光弥から思わず"別の関心"を引き出してしまうほどに。


――――疑ってたわけではないが、やはり女性であるようだ、と茹だった頭の片隅で思う光弥。




<ガシャン>




脱線激しい光弥の意識を引き戻したのは、"放電女"の発した異様な足音だった。


重苦しい金属質の音に、改めてその姿を確認した光弥は、驚きに息を呑む。


情報では、"放電女"は黒いブーツを履きこなしているとのことだったが、間近で目にしたその正体は、そんなありきたりなものなどではなかった。


それどころか、ほどの異形ですらあったのだ。




―――― 端的に言えば、"放電女"の脚とはだった。

比喩でもなんでもなく、白亜の腰鎧の太股部から先が、まるでロボットアームのように精緻な金属骨格で形作られているのである。

しかも、あろうことかその脚の構造は、動物の後ろ足のように踵が高く浮いた"趾行性"と呼ばれる形だった。

人間ではありえない関節構造なのだが、しかしそれは現に滑らかに動き、がっしりと地面を踏みしめている。

そして、その両脚先には無論、幾度もあの怪物達を引き裂いた、あのブレードがある。

爪先に連なった2枚、足刀部に鋭利な曲剣の刃のようなものが1枚。

ふくらはぎの部分に、薙刀の穂先のように太い、最大の刃が1枚。

更に・・・・光弥の見間違いでなければ、なんとにも、大きなブレードが収まっている。

つまりは、この金属骨格は、間違いなく彼女の脚であると同時に"鞘"でもある、ということだ。

そして、鋭い体術と共に、幾多の敵を両断する"爪"を隠し持つ"放電女"とは、"能ある鷹は爪を隠す"という言葉の体現。

伝説に謳われる魔物のような、麗しの美貌と恐るべき猛禽の威力とを、同時に顕していたのだった。――――




「と、鳥の足ぃっ!!??」


などなど言い連ねる一方、見聞を終えるや否や、光弥は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


(あれが、あの人?の"武器"だってのか!?)


当然、その考えに行き着くも、やはりにわかには信じられない。


光弥の持つ重撃剣・嶄徹と、"放電女"の脚装。


まるで方向性の違う武器達ではある一方、が放つ光沢と、大小の装甲が精緻に継ぎ合わさった作りは、確かに共通点を感じさせた。


(でも、だからって、脚まるごと形が変わるなんて・・・・。

い、いや、そもそも、本当にあーいう形の脚だったりする、のか!?

・・・・あり得るか・・・・!?)


と、もはや光弥は、およそ現実には有り得ない、半人半鳥の女性に動転しきり。


そもそもに、ここに至るまでに見てきたものからして常識を凌駕している、という事実も忘れ、半ば思考停止に陥ってしまう。


すると、光弥によって上から下まで無遠慮にジロジロと眺め見られていた"放電女"は、不意に機嫌悪そうに唸った。


「あら、いきなりご挨拶だわね。

人様のおみ足を、ターキーレッグみたいに言わないでくれるかしら?」


ジョークの序とばかりに、見せつけるように片足を掲げる。


<ジャキッ>


「うわっ、つ、爪?がせり出してますって・・・・!!

・・・・い、痛くないんですか?」


「まったく・・・・そんなんじゃモテないわよ、坊・やっ。

こんな"美人"を捕まえて、初対面だってのに、野暮った過ぎだわ。

まずは言うこと、あるんじゃない?」


ぴしゃり、と怒られてしまう。


どうやら彼女は、先程の光弥の発言がいたくお気に召さなかったらしい。


そんな怒れる"美人"の迫力に押されて、しどろもどろながら人並みの気遣いを取り戻す光弥。


「う、あー・・・・ど、どう見ても人間です、本当にすいませんでした」


「ん、よろしいっ」


すると、"女性"は一転して弾んだ声で言うや、これまたいきなり不機嫌オーラを引っ込め、愛嬌と気品に満ち満ちた微笑みを浮かべた。


(・・・・"美人"って皆、こんな風に気まぐれなんだろうか・・・・)


唐突に憮然としたかと思えば、突然ご機嫌になったり、また逆も然り。


特に昨今はそんな態度に振り回されがちな光弥は、ひっそりと嘆息していた。


「――――なーんて。

まぁ、最初はびっくりするわよね。

けど、これがあたしの"力"の姿。

別にホントにこんな鳥足な訳じゃないから、そこは安心して頂戴」


そんな光弥を見て、愉快そうに言う女性。


どうも、彼女に良いようにからかわれていたらしい。


とはいえ、面白くない気持ちよりは、毒気を抜かれて呆れ半分といった感覚が大きかった。


こうして会うまでは考えもしなかった、彼女の明るくフランクな振る舞いが、そうさせるのだろうか。




――――果たして、どうやら"放電女"の正体とは、まったくもって"人間らしい人間"のようである。


それも、他人どころか、自分からもはっきり認めるくらいの"美女"。


さぞ、正木の奴も喜ぶことだろう。


だがしかし・・・・彼女の人当たりの良さに迂闊にも忘れかけていたが、先程受けた衝撃までも忘れ切ってはいない。


超常の電光を纏った、圧倒的な戦闘能力。


芸術的なまでに見事で、無慈悲な攻撃の数々。


"放電女"が人間であることは今更間違いなかろうが、ならば彼女はいったい何者で、その武器とは一体、なんなのか。


あの化け物共とはどんな関係があり、なぜこの二間市に現れたのか。


今や光弥の生末をも左右する重要事項の数々の、いずれの核心にも繋がる人物が、遂に目の前にいる。


一刻も早く確かめろ、と逸る気持ちを抑えきれないでいる。


その根底に根ざすのは、戦うべき敵と己をよく知りたがる欲求なのか、それとも危険に焦がれる危うげな好奇心なのか。


とにかく、そんな早急さに衝き動かされ、光弥は単刀直入に言い放った。




「僕はあなたに聞きたい事があってここまで来ました。

・・・・答えてもらいたいんです」




ところが、対する女性の返答は、予想とは異なった物だった。


彼女は、首を横に振った。


光弥の要求を拒否したのだった。




「――――察するに、君はあの化け物と、この"武器"について情報を得たかった。

その為に同じような力を持つ、"我々"を探しにココへ来た。

そんなところかしら・・・・日神 光弥、君?」


光弥を制すように、女性は澄んだアルトの声を発していた。


訳知り顔で、実際に誰より今のを知っているだろうに、それでも否と譲らない態度に、目を見張る光弥。


「な、なんで・・・・っ!?」


教えてくれないのか。


自分の名前を知っているのか。


複数の意味が篭った驚嘆の言葉に、女性はただ微笑みのみを浮かべた。


「・・・・先に謝っておくわ。

ご期待に沿えなくて申し訳ないのだけれど、今の我々には、君の疑問に答えていられる時間は無いのよ。

一刻も早く行動しなければ・・・・この街は、大変な事になる」


「それなら、なおさらっ――――!!」


「でも、一つだけ忠告しておきましょうか」


堪り兼ねて詰め寄らんとする光弥。


だが、すぐさま女性が声を張り上げたことで、何故かその足を止めてしまう。


否、正確には


はっきりと静止の言葉を投げ掛けられた訳ではない。


しかし女性のその鋭い一声には、彼女の意に反する行動を許さない、不思議な強制力があった。


例えるなら、とてつもなく目上の存在・・・・親とか学校の先生どころでなく、どうやっても逆らえない圧倒的立場の人間と相対したような迫力があった。


"命令"する事に慣れた人間独特のオーラ、とでも言う物によって、光弥の足は竦んだ様に止まってしまったのである。


「――――もうこれ以上、むやみに"武靭具"・・・・"オーディフィード"を使うのは、止したほうが良いわ。

本来なら、それは持っているだけで数多の"歪"ひずみを生じさせる物。

まして、不用意にその"力"を示せば、君のみならず周り全てを巻き込んで、"レクリス"を呼び込むうねりともなりかねないわ」


不思議な単語を口端に上らせながら、とうとうと語る。


声音もまた、間違えようがないほどに真剣だった。


だからこそ、信用できた。


今の言葉は、光弥の求める"真実"の一片だと。


「"ぶじんぐ"が、歪を・・・・"れくりす"を呼ぶ・・・・?

・・・・周りの全てを、って・・・・!?」


「――――それから、この話は他言無用よ。

まぁ、言ったところで誰も取り合わないでしょうけど。

それじゃ、おやすみなさい。

夜遊びは程々にね」


途端、女性の姿が唐突に視界から消える。


我に帰って、その影を追った時、既に彼女は虚空へとその身を躍らせていた。


「なっ!?」


度肝を抜かれる光弥。


それも当然だった。


この建設現場跡の最上階から地面までは、裕に20m以上はある。


そんなところから、あんな大跳躍で飛び降りるなど、自殺行為だ。


直ぐさま追いかける光弥。




「――――!!」




だがその足は、落ちるか否かのギリギリのところで止まっていた。


さすがに、咄嗟に同じ方法を試せる自信は、まだ無かったのだ。




「・・・・普通死んじまうぞ、こんなところから落ちたら・・・・!!」




底無しに深い暗闇を覗き込みながら、悪態を付く。


この月夜であっても、下までは見通せない。


それゆえに、この闇はどこまでも落ちて行きそうな恐怖を見る者に感じさせる。


「・・・・撒かれた、のか」


だが、そんなものに取り殺されない自信があればこそ、あの女性は躊躇なくこの下へ飛び込んでいったのだろうとも、同時に確信していた。


そして、この暗さの中で光を放つ鎧を解いてしまえば、彼女の素早い身のこなしもあって、もはや追うのは不可能だろうとも。


いとも簡単に取り逃がしてしまった口惜しさに、光弥は歯噛みしながら空を仰いだ。


「――――でも、ゼロじゃない。

・・・・あの怪物は、"レクリス"。

そして"オーディフィード"・・・・"ぶじんぐ"。

それが、の正体か」


真実の断片を、確かに光弥は見つけ出した。


なら、まだ諦めるものか。


この近辺で、"放電女"が活動している事は、間違いないのだ。


逃げられたのなら、また探すまで。




(それに、あのひとは我々とも言ってた。

きっと、他にもいるんだ。

・・・・夜更かしは苦手だけど、今を逃す手は無い。

聞き出すんだ、この事件に纏わる全てを・・・・!!)




口惜しさを噛み締めつつも、光弥は決意を新たに踵を返す。


闇に消えた真相を追い求めるために。




――――To be Continued.――――



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