#5a サンダー・コール

6月8日 20時52分

鶴来浜商店街つるぎはましょうてんがい 南西方面

”旧開発区”への側道前




――――鶴来浜商店街はその名前とは違い、実際には斜めに長く延びて赤津場あかつば未土みづち、鶴来浜、そして波乃倉はのくらを斜線の形に横切る大きな商店街だ。

軒を連ねるのは魚屋・八百屋は勿論、惣菜から雑貨、床屋や携帯電話会社といったものまで様々。

定番の店から時代に則した看板まで幅広く、昔からこの街を支えてきた場所である。

昨今の大手スーパーマーケットの台頭にあっても、地域住民の利用率は未だに高く、全国的に見てもかなり栄えている部類と言えるだろう。

また、この商店街は二間市のちょうど真ん中に位置していることもあり、各所に行き来する際のメインパスとしての側面も持っていた。

南西端には、二間市を横断する国道沿いの地帯から、倉庫やオフィスビルの立ち並ぶ波乃倉へ繋がる西門。

其処から北東へ遡ると、二間市の人口の三割が住まう住宅街である鶴来浜に面した正面門。

そのまま東に行けば、学校や役所が多く存在する未土区に接する東門。

更に行って北門からは、大きな共同住宅やショッピングセンターが建ち並び、首都東京に近い赤津馬に繋がる、といった具合だ。――――




すっかり日も落ち、夕方から晩に移り変わろうとする時間とはいえ、気温は6月らしからぬ晩秋のような肌寒さだった。


光弥は商店街の外れに立ち、その先に広がる真っ暗な町並みを見渡していた。


その服装は、汚れたり破れても良いよう、既に私服へ着替えている。


だが、簡素なTシャツにスウェット生地のチノパンはともかく、上着に"甚平羽織"を選んだ格好は、些か傾いた出で立ちと言えるかも知れない。


群青色の和の装いを、身頃もきちんと右前合わせに紐で結び、身動ぐ度に悠然とたなびく


こんな格好もまた爺様譲りの嗜好だが、しかし光弥本人も満更でもないが故、なかなかにサマになっている。


とはいえ、この気候の中では些か温もりが足りない感はあった。


ちなみに昨日一昨日と、この時間は大変な目に遭っていた光弥だったが、現在の体調はすこぶる良好である。


正木達と別れた後は脇目も振らずに直帰し、大事の前の禊とばかりの入浴、食事。


そしてなにより、昼間の学校生活と引き換えに得た多大な睡眠時間のおかげで、むしろ最近に無い活力が漲っているくらいだった。


「この先は本当に真っ暗だな。

確かに、不思議じゃあないな・・・・」


一方で、あからさまに乗り気でなさそうに呟く光弥。


実は、旧開発区に自らここまで近付くのは初めてだった。


今回だって噂を確かめるという目的が無ければ、こんなところ好んで寄り付きはしなかったろう。


・・・・というか、寄り付きたくない。


誰が来るものかよ。


「――――今日は雲も無いし、月は明るい。

条件は整っている・・・・・整っているけどさ」


背後の商店街の活気が嘘のように、旧開発区には何者をも拒むかのような深い闇の帳が下ろされていた。


その嫌な方の意味で雰囲気たっぷりの眺めに、光弥は尻込みしていた。


「・・・べ、別に恐いわけじゃないさ。

ただその、なんとなく・・・・暗い所が嫌いなだけで・・・・」


誰に向かって言ってるんだか。


ともかく、そんな風に葛藤に苛まれている光弥の隣を、旧開発区の方から歩いてきた人が疎らにすれ違っていく。


(・・・・よくこんなところを、に通ろう等と思えるもんだ・・・・)




――――二間市において、もっとも住宅の集まる鶴来浜と、会社や倉庫の多く存在する波乃倉。

その間に挟まり、鶴来浜商店街に食い込む形で存在する中碁なかごという地区が、今は旧開発区と呼ばれていた。

位置関係的に言えば、先述の2点を行き来するには、ここを通り抜けるのが最も手っ取り早い。

だが、旧開発区は狭い路地の入り組んだ窮屈な場所であり、かといって他の迂回路も便利とは言い難いものだった。

まず、商店街を横断する道路の方は、朝や夕方には交通量と規制の入り混じり、かなり混雑する。

それを嫌って大きく迂回する道を選んだとしても、車や市バスでも30分は余計にかかってしまう、という具合。

長年、こうした痛し痒しが地域に根ざしていたのだが、するといつからか、この旧開発区を、歩いて通ろうと試みる人々が現れ出す。

昨今の健康志向、そして商店街を抜け切ってしまえさえすれば渋滞は回避できるなど、理由は様々あることだろう。

ともかく、やがてこの放棄された場所は、暗闇の中を進む"リスク"にさえ目を瞑れば、有用な近道であると重宝されだしていったのだ。

だが、それもあくまで件の"猟奇事件"発生以前までの話だった。――――




「物好きにもほどがあるよな。

よりによって、今この時期に、こんな所を通ろうだなんて・・・・」


かつてはかの場所も、一時代前の町並みが広がる閑静な住宅地だったらしいと、以前に爺様から聞かされたことがあった。


しかしそれも今は昔、再開発計画に際して住民達が一斉に立ち退かされ、地域は無人となって久しい。


更に、件の猟奇事件が起こりだしてからは、近道目的の人々も流石に激減していた。


光弥の立っている、商店街から逸れた横道の門は、夕時の賑わいから完全にはぐれた真空地帯となっている。


だがしかし、完全にいなくなっているわけでも無く、今でも強かにこの道を利用する者は見受けられる。


今もまた、目の前をスーツ姿の男性が通り過ぎ、旧開発区へ涼しい顔で侵入していくのを、半ば感心して見送る光弥である。


(・・・・って言っても、今回はここが目的の場所な以上、僕だって腹を括んなきゃいけない訳だ。

まずは、諸々に冷静に対処するために、少し心・・・・もとい、情報の整理をしてみるか)




というわけで、まずは"放電女"スパーク・レディについて、考えてみる。


話を聞いた限り、ひとまずこの怪人とは、かなり人間寄りの可能性が高そうだった。


(って言っても、人間が空を走るように飛んだり、電気を発したりなんて、勿論出来るはずがない。

・・・・"普通なら")


――――ところが、もしも"放電女"もまた、光弥のように"普通じゃないもの"を所持しているのだとしたら、話は違ってくる。


光弥が、"普通じゃない武器"こと、重撃剣・嶄徹を手に入れ、その力を発動させたのは2回。


そのいずれにおいても、光弥の身体能力は超人的な領域にまで高められていた。


最終的にはいったいどこまでのものになるのかは分からないが、いずれは"放電女"と同じく”未確認生物”UMA扱いをされるくらいに成り果てるのかもしれない。


加えて、"眩く電気を放つ"という特徴も、今までの経験から一応の説明が可能だった。


(あの時・・・・怪物に止めを刺す瞬間、嶄徹は凄い光を発した。

"放電女"が、僕と同じような物を持っているんだとしたら、その"武器"から発せられてるものだと辻褄は合わせられる)


今の光弥と似たような武器と、”力”とを持った、怪人物。


その目的が分からない以上、未だ味方と断じることはできない。


だが、彼女は人間だ。


敵でしかない怪物達とは違い、光弥の"仲間"である可能性が同じだけあるのだ。


(・・・・けど、"トカゲ男"とやらの方は、かなり黒寄り、だな。

こっちは、放電女よりもさらに得体が知れない・・・・。

それどころか――――)


もう一人の怪人物、"トカゲ男"・・・・もとい、”ブラック・テイル”とやら。


コイツにも、放電女との共通点があると言えるが、しかしそれと同時に怪物と同じ身体の特徴を持っていた。


加えて、放電女以上に姿をはっきり捉えられていないというのも、なおのこと不気味である。


光弥の頭をよぎる、初戦の記憶。


取り逃してしまった、隻腕の怪物の姿。


そして昨夜の、赤黒い体色のまた別の怪物。


あまり考えたくは無いが、光弥が戦ったもの以外の怪物が、複数存在する可能性はある。




総じて、どちらかが敵で、どちらかが味方。


あるいは両方とも敵の大外れか・・・・それとも、両方とも味方という、"大当たり"なのか。


(確率的には4分の3だ。

確かめる価値は、十二分にある、か)


果たして、冷静にこの事態がもたらす利得を予想してみれば、もはや取るべき行動は一つだけだった。


「・・・・よし」


覚悟を呑み込むかのような深呼吸をした光弥は、遂に意を決して、真っ暗な"旧開発区"へ踏み込んで行った。




・・・・

・・・

・・




同日 21時49分

二間市 中碁

”旧開発区” 大型ショッピングモール建設現場跡地付近




光弥は、ふー、と息を吐いて空を仰いだ。


この場所を歩き回って、かれこれもう1時間ほどが経とうとしている。


だが、目的の"2人"・・・・は、未だに遭遇どころか、姿すら見かけることがなかった。


散歩はそう嫌いではない光弥だったが、ずっと同じ景色――――それも似たような暗い軒並みを眺め続けるのは、さすがに気も滅入ろうというものである。


「・・・・今日は外れかな・・・・」


これ以上探しても、どうにも捕まえられなそうな気配に、残念なような、ほっとしたようなため息を吐く。


すると、その息遣いは変に辺りに響いて、ちょっと怖くなった。


「――――にしても・・・・不気味なところだな、ほんとに。

少し歩けば、すぐに人のいる場所に出れるのに、どうしてこんなに暗くて、寂しい場所なんだろうな」


光弥は堪りかねた気分で独り言ち、辺りに目を配った。


少し視点を上にすれば商店街の煌々とした灯りや中碁に建つビル灯が見えるのに、此処はそんな事などまるでお構い無しに陰気な場所だった。


光弥が今歩いているのは、もうすっかりボロボロな空き家の塀同士が繋がって出来た、細く長い路地。


旧開発区の中でも少し奥まった所であり、道幅1m程度の狭い道は、まるで蛇のようにくねりながら長く続いている。


塀は一様に高く、曲がり方も急なので見通しは最悪だった。


元々、ここがまだ宅地だった頃から、この辺りでは何かと妙なが立つことが多かったのだが、それも納得の面妖さだった。


ちなみに同じような道は他に幾本もあって、それらを束ねて一本の大きな道にするのも開発計画の一環だったらしい。


(せめて、それくらいまでは工事を進めておいて欲しかったよな・・・・)




――――車も人も通らず、音といえば自分の息遣いくらい。


街灯も家からの光も無く、光といえば月明かりくらい。


そんな環境と相俟って、この道には否応なく人の不安を搔き立てる圧迫感があった。


そこにいるだけで、精神が磨り減らされるような、普段の日常とはあまりに異質な空気が、この暗い路地には充満している気がする。


例えるなら、暗い洞窟や、廃墟のただ中のような・・・・そんな"異界"の只中に迷い込んだかのような息苦しさだった。


「・・・・もう引き上げるかな。

明日も学校あるし。

それに色々と仕事も溜まってるしな」


実はここのところ、夜は何だかんだと出払っているせいで、洗い物や掃除にほとんど手をつけていない。


この先に、命懸けの戦いを見据えていると言うのに、一方で家事やら学業の心配をしているだなんて、些か滑稽にも思える。


だがしかし、これは必要な緩みであるとも、光弥は考えていた。


この先で、もしも例の"ハズレ"を引いてしまった場合、張り詰めっぱなしでバテた状態では、戦うどころの話ではないだろう。


来るべき時に備え、英気を養うのも大切な事だと、光弥はきちんと知っている。


制御しきれない焦りを抱えては、頭は鈍り、失敗を呼び込む毒となるのだと、光弥の身体の生傷が教えてくれているようだった。


「明日、もう一度仕切り直し・・・・そうしよう」


と、踵を返そうとする光弥だったが、しかしその足取りは名残惜しげに遅々としていた。


帰路に着く、ときっぱり決めたつもりでも、やはり噂の正体を確かめてやろうと逸っていた気分はおいそれと沈めきれないもので、未練がましくあちこちに眼を凝らしてしまう。


すると、そんな光弥の視界に、とあるものが飛び込んでくる。


「相変わらず、というか・・・・まだ残っているんだな」




――――どこか感慨深げに呟く、その先で小山のようにどっしりと鎮座しているもの。

それは、この闇の異界こと、旧開発区の"中心部"だった。

敷地の外から、加えて数十mは離れているのに、それでも4階建てのその建物は、見上げるほどに大きい。

横には更に広く、その全長は2kmに達しようかと言う大きさだ。

建っている土地の面積なら、いわゆる東京ドーム換算で2個分は固いだろう。

だがその姿は、無機質な色合いのコンクリートが削ぎ落とされたかのように抉れ、風化した鉄筋を剥き出しにした、無惨なものだった。

すなわち、そこは破棄された、大きなショッピングモール建設現場跡。

そして、月光に照らされ、浮かび上がる惨状は、打ち捨てられて静寂に包まれた"遺跡"の情景だったのだ。――――


(遺跡・・・・か)


自分で自分の言った事を褒めるのも変な話しだが、言い得て妙かも知れない。


堂々たる巨体さが醸し出す威風と、廃墟が持つ物悲しさが同居する。


まるで、”ピラミッド”のようだった。


遙か古の権力者が、絶大な権力を以て建造した己の墓は、現代においては同時にそこに在った文明の墓ともなっている。


然り、あの廃墟もまた墓標なのだろう。


完成した暁には、この場に集まっていたであろう人の賑わいや活気。


そして知恵を力を出し合って、この建物を完成させようとした者達の無念。


(・・・・あるいは"完成させてもらえなかった"この建物の無念・・・・なんて、な)


古い物に意思が宿る、いわゆる九十九(付喪)神とは日本独特の発想であるらしい、と聞いたことがあった。


とはいえ、99年どころか、野晒にされてまだ数年程度のものにまでそんな怪現象が起こるとは、流石に無理を感じてしまう。


――――やたらに年季が入っていて、光弥の闘志に応えて"変身"してしまうこの”腕輪”ならば、あるいはとも思うが。


「えらくボロく見えるけど、この建物が建てられてたのって、確か僕が中学の頃だったよな。

・・・・仮に本当に物に意思が宿るとしても、長くて4年くらいしか経ってないものが"九十九"神になるわけがないよな」




――――この中碁地区の開発の顛末は、当時あまり興味を持っていなかった光弥でも、割と鮮明に覚えていた。

確か、元は少し前の市長が提唱していた、この二間市を商業的に発展させる大規模事業の内の1つの筈だった。

とある大手建設会社によって、10年がかりの準備がされた後、本格的な建設が始まったのが"4年前"。

あらためて、当時は未土や赤津場といった見慣れた街並に真っ白な工事用フェンスの壁が出来上がり、その向こうから聞こえる工事の音が昼日中に響いていた。

光弥の知りうる隣近所、誰もが壁の向こうで着々と組み上がっていくプロジェクトへの期待で持ちきりになっていた事は覚えている。

ところが・・・・順調に進んでいたはずの建設計画は、まさにその頃を境に、異変に見舞われ出す。

工事現場では原因不明の事故が多発し、進捗は遅々として進まなくなってしまう。

次第に作業員達の姿も消えていき、ついには建設会社の社長までもが原因不明の死を遂げてしまったそうだ。

そして、その混乱の中で建設会社はあっけなく倒産し、後を追うようにして当時の市長も辞職。

かくして、将棋倒しもかくやとばかりに、この中碁地区開発計画はあっという間に頓挫してしまったのだった。――――




「・・・・その後、別の人達が未土や赤津場の建設を引き継いだけど、この「旧開発区」はどうにもならずにそのままゴーストタウンに、だっけか」




すっかり薄汚れた、グレーの工事用フェンスを見渡しながら、光弥は徐ろに記憶を振り返っていた。


果たして、一時はそんな奇怪な顛末に惹かれたマスコミが連日詰め掛けていたものだったが、そのほとぼりもすっかり冷め切った今、もはやこうして朽ちるがままであるのだった。




――――「未練に引き摺られ、迷い出たようにね」――――




香の言っていた言葉が不意に思い出された。


(・・・・妙な事件が次々起こって、色々な人が不幸に見舞われて。

この場所に良くないものが溜まっているのは事実だろうな。

今じゃ、本当に呪われているのかも・・・・)


巨大な廃墟は、光弥の視線の先にただ静かに佇んでいた。


それこそ、何らかの"呪い"とやらを孕んでいてもおかしくない、蒼褪めた威容。


光弥はぞわり、という薄ら寒い感覚を覚えた。


「・・・・い、いや、実際寒いぞ。

相変わらず、冷たい風だな・・・・」


夏の夜とは思えない冷たい風の勢いが、強まりだしていた。


それによってか、次第に廃墟の方から低い唸り声のような異音が聞こえて来ていた。


勢いを増したその風は、まるで時間が止まっていたように静かだった廃墟の風景を動かし始めていたのだ。


響き渡る風鳴りは、まるで悲鳴のようにも聞こえる。


そして、もはやボロ布となったブルーシートの残骸が、強風に煽られ毛羽立つかのように、不規則にざわめき出す。




「・・・・!!」




巨大なシルエットが、夜闇の中で蠢き出していた。


その光景はまるで、今まで死んだように横たわっていた巨体が、唸りを上げながら目覚め、身動ぎをしたような、言い知れない畏怖を感じさせた。


ここに居るべきじゃない。


そんな想いが、光弥の胸中に急速に膨らみ始めていた。


不安に、今すぐにでも踵を返してしまいたくなる。


否、既に不安どころか、不快感といっても良い。


もはや、そこに居るだけで精神が揺さぶられ、吐き気を催すくらいだった。




(――――そっくり、だ。

あの怪物に襲われた時の感覚と。

いきなりこうして変な胸騒ぎがしたと思ったら、体調までおかしくなって・・・・。

という事は、やっぱり・・・・)




然り、こうして改めて考えたなら、それはまさにだった。


違うのは、以前と比べてその程度が随分と弱い事だが、今はそれを考える時ではない。


光弥は、気分の悪さを黙殺し、何かしらの異変を見つけようと、前方の遺跡の姿を睨み付けるように眺め見る。


そして、やがてふと、何かとてつもない違和感をその景色に見出した。


少しでも気付いてしまったなら、確信に変わるのはあっという間だった。


「これは・・・・」


――――本当に、


よく目を凝らせば、廃墟の姿はまるで陽炎のように幽かに、ユラユラと歪んでいる。


こんなに肌寒い、すぐ目の前の景色が、まるで砂漠の蜃気楼のように。


それに気付いたとき、ドクンと、心臓が不吉に戦慄く。


(・・・・何か、ある。

・・・・"膜"みたいな・・・・ここと"向こう"を遮ってるようなものが・・・・!!)


目に見えず、形も無いのに、境界は確かにそこに在った。


そして、この不気味な蜃気楼の先に、までも。




果たして、光弥は今やっと、追い求めてきたものへの糸口を掴めたのかもしれない。


例え、これを手繰り寄せた先に何があろうと、この千載一遇の好機を見逃す選択肢など、有ろう筈がない。


「・・・・元々、そのつもりで来たんだ。

何かがあるかもしれないなら、的中する事こそ今は願うべき、だろ」


負けん気にも似た意思は、口に上らせればよりはっきりとした形を成し、あらためて決心が固まる。


行くか戻るか、決め切れずにいた足をしっかりと、前へ踏み出すための佇まいに直す。


意を決した光弥の前に聳え立つは、揺らぎの向こうの異界を封じるような、2m程の灰色の壁。


何の取っ掛かりもなく、身一つではおいそれと越えられない壁だ。


されど、光弥は臆することなく身を屈め、深呼吸。


「・・・・っ!!」


そして、次の瞬間。


光弥は、前触れも無く人外の身体能力を発揮し、その身を高々と空に飛び立たせていた。


高さ4mに達しようという大跳躍で、悠々と障害物を飛び越える。


それは、出来るだろうと意図した行動ではあったが、いざ人間では出来るはず無い衝撃の体現に、些か不意を突かれてしまう。


「うわ・・・・っ!!」


跳躍が頂点に達するや、続いて重力が光弥を引きずり、すたりと工事現場の砂利の上に降り立たせる。


一連の、超人的な行いによる痛みは無かった。


その代わり、出来て当然と言わんばかりに、四肢の筋肉が熱を帯びていた。


自身に宿る"戦う力"を改めて感じ取り、光弥はその頼もしさに小さく笑みを浮かべる。


(行ける・・・・っ)


そして光弥は、目と鼻の先まで近づいた今、もはやはっきりと分かる揺らぎの中へと踏み込む。


通り抜ける瞬間、ぐっしょりと濡れそぼったカーテンを潜ったような、気持ち悪い感覚が身体を包んだ。


しかしそれも一瞬の不快感であり、次いで押し寄せてくるのは、数多くのこの世ならざるものの気配だった。


光弥は、より不気味さを増した暗い建物を睨むように見上げる。


「――――これくらい近づければ、感じ取れる、って訳か。

前の奴らほど大きくはない、けど・・・・多いな」


視線の行く先に渦巻く、どす黒く穢れた気配。


初めての邂逅の時にも感じたは紛れもなく、怪物の放つ邪悪な波動に他ならなかった。


気配を追うために意識を研ぎ澄ますと、もうもうと黒い煙が渦巻く視界がイメージされる。


だが、しかしただ一点、あたかも強烈に光り輝いているかのような"特異点"が、その中に在った。


交わればどんな色でも侵食してしまう黒の中で、決して犯されず燦然と輝いている。


その時、光弥の眼は、夜の空を疾走する眩い発光体を捉える。


「あれは!?」


は、まるで飛燕のように闇夜を走り、建設現場遺跡の上を飛び回る。


だが、その動きは虚ろな霊的現象などでは無く、重力に牽引されて"跳ぶ"動きだった。


「あれが、"放電女"スパーク・レディ・・・・!?」


言うと同時に、光弥は駆け出していた。


兎にも角にも上を目指し、探し求めた存在を追うのだ。


幸いと言うべきか、風化した作業用の足場や階段は、そのまま放置されている。


(てっぺんまで行けば、"放電女"に近付ける。

その正体を、確かめられる!!)



――――To be Continued.――――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る