#3 風雲のダークホース
――――目を覚ますと、太陽は真上から差し込んでいた。
「ふぁ・・・・?」
寝ぼけた頭でも、とりあえず今が昼だというのは分かる。
ただ、なぜそんな事になったのかは全くわからない。
「あーっ、やっと起きたっ!!??」
と、フラフラと身を起こした横っ面を、甲高い女の子の声に引っ叩かれた感覚。
次いでパタパタと近寄ってくる足音の方へ向けば、驚いた風な顔の香がやって来ていた。
「光弥くん、いくらなんでも寝過ぎ!!
もう昼休みだよ?
あぁもぅ、ここ、よだれ、よだれ!!」
「うおぉ・・・・」
垂れていたよだれをハンカチで拭き、とりあえず時計を見てみる。
" 12時22分 "。
そして、光弥は溢れ出る困惑に翻弄されながら、万感の思いを込めて、呟いた。
「・・・・なん・・・・だと・・・・!!??」
「もぅ、そんなお決まりのリアクションしちゃって・・・・」
「あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ!!
僕も、体感したというより、全く何が何だか分からないんだけど・・・・!!
" 僕は授業が始まってすぐにうたた寝したと思ったら、午前の授業が終わっていた "・・・・。
な、何を言ってるか分からないと思うが・・・・っ!!」
「はいはい、全校集会があるから行くよ、もぅ」
言われて見れば、教室は既にクラスメイトの姿はまばらであり、そして廊下の方には、一様に同じ方向を目指す生徒達の流れが出来ているようだった。
そういえば、昼休みに全校集会があるとか、朝に浜松が言っていたのを今さら思い出す光弥。
「いや、それはそうと酷いな香ちゃん!!
そんなに寝てたんなら、起こしてくれてもいーじゃん!!
今日、学校に来た意味が半分なくなったよ!!」
と、食って掛かる光弥だったが、しかし対する香はそれを遥かに凌ぐ眼差しをギラリと光らせた。
「起こしましたっ、何度も!!」
「え」
「あたしと正木と皆で、揺さぶったり、呼んだり、引っぱたいたり、脇の下をくすぐったり、口と鼻を塞いだり、寝技かけたり、水かけたり、椅子ひっくり返したり、背中に教科書積んだり・・・・えぇと、あとなんだっけ?」
「・・・・聞かれましても」
「ともかく、あたしたち頑張ったんだよ!!」
「・・・・それはもう、存分に身に沁みてますっす、はい」
とりあえず、治っていたはずの身体中の痛みがぶり返してきているのは、光弥のことを起こそうとした香たちの仕業・・・・もとい、お陰であるらしい。
やはり、ありがたいと言わねばならない場面なのだろうか?
しかしながら、普通そこまでされれば飛び起きそうなものなのだが。
「そんなにされても本当に僕、起きなかった?」
「起きませんでしたっ。
ホントに、ピクリとも動かず死んだよーに寝てたよ?
もうこのまま"ミイラおとこ"になるかもってくらい」
「ミイ・・・・あぁ、包帯巻いてるからか・・・・」
「まぁ、で、皆そのうち諦めて、とりあえず放っておこう、ってね。
結局午前の授業ずっと"ぶっち"しちゃったし、先生達も呆れてたよ」
「・・・・じゃあ・・・・当然、出席は・・・・」
「まぁ・・・・まず、無いよね」
――――つまり、である。
「――――朝からあれだけ・・・・あれだけ苦労して、学校に来た結果。
疲れて寝落ちして、勉強なんてまったくしないまま3時間近く寝過ごした、と」
「・・・・まぁ・・・・ご愁傷さま・・・・?」
憐れむような、中途半端な笑いを抑え込んでるかのような微妙な顔でそっと言う香。
互いにコメントのしにくい嫌な空気に、やがて光弥は言い知れぬ脱力感によって、乾いた笑いを漏れ出させていた。
「ま、まあまあ!!
とりあえず落ち込んでないで、全校集会行こっ!!
ほら、競技場けっこう遠いから、ねっ!?」
香もさすがに可哀想だと思ったのか、明るくそう言って光弥の背を押して廊下の方へ運んで行く。
「あ、でも、正木はなんかすごい感動してたよ。
あんなに見事なサボりっぷりは見たことないって」
「・・・・先生達も同じことを、全く逆の意味で思ってそうだ・・・・」
「・・・・あははは・・・・」
「何も言わないでいい・・・・哀しくなるから・・・・」
「・・・・あはは」
昨日とは一転、うんざりするほど暑い夏の陽気を恨めしく思う光弥だった。
・・・・
・・・
・・
・
――――私立・海晶学園では、中等部と高等部の校舎、そしてその他の関連の施設までもが同じ敷地の中に存在するとは、以前にも言った通り。
その配置は大体、南に中等部、北に高等部、そして東側には、学食の他に有名チェーン店やコンビニのテナントも入った食堂棟があり、生徒達の胃袋を支え、同時に団欒の場を提供している。
その更に東側には視聴覚室、化学実験室といった特殊な授業で使う教室を擁する「特別棟」がある。
そして、残る西側には学園の正門があり、そこから枝分かれして続くのが、敷地北西部占める巨大施設・・・・海晶学園自慢のメインスタジアムこと、中央競技場である。――――
6月8日 12時31分
鶴来浜 中央区
海晶学園 中央競技場
さて、現在は全校集会の真っ只中なこの場所とは、観客席スタンドや夜間用の照明なども設置された、中規模程度ながらも豪勢な施設だった。
種々の陸上競技はもとより、サッカーやバスケットボールのゴール台といった、備品も完備。
体育の授業や部活動で使ったりは勿論、諸々の屋外競技の大会、地区予選の会場に使われることも多々あり、全国的にもそれなりに有名所でもある。
そして、そこに集結した中等部・高等部合わせた全校生徒・職員1000人超は、外周をぐるりと囲う観客席に座り、競技場の中心に設営されたステージを見下ろしている。
なんと、今日は中等部・高等部の校長だけでなく学園理事の面々までもが出張ってきており、更にその演説の様子は、放送部の生徒達によって撮影され、競技場奥のスクリーンに映し出されている。
お決まりの長い"お話"も、放送機材によってしっかりと拡声され、生徒達の耳朶に強制的に届けられていた。
だがしかし、そんな中にも関わらず、光弥は今、こういう環境には付き物な抗い難い眠気に早速襲われていた。
なんなら、既に7割位は侵略されかかっている始末である。
(あー、やばい。
もう最初の一言目からギブアップだ・・・・)
この暑さの上、朝からさんざん寝っぱなしの筈なのだが、しかし迫り来る睡魔はいつになく強烈だった。
(――――さっきあんなに寝たってのに、なんだって、こんな眠いんだ?
って、やっぱ、疲れてるせいかな・・・・)
考えている側から欠伸を一発。
些か不謹慎とは思ったが、そうしている間にも段々と目蓋は重くなり、顔も俯き気味になってしまう。
現在、随分と広がってしまった額に汗を光らせる校長先生には悪いが、あっという間に限界が訪れた。
(・・・・もう、眠いときはどうしたって眠いんだ。
何を話したかだって、後で香ちゃんに聞けば・・・・説教たらたらだろうけど、教えてくれるだろうしな)
そんな打算もあって、光弥はもう眠気に抗わないことにする。
――――畏れながら、もはや拙者はこれまで。
今日のこの時、この窮状の手前には、今世は些か眩しく、暑く苦しく、堪えかねる。
然らば、束の間の酔夢へ、いざさらば。――――
などなど、若干言い訳がましく瞼を閉じた、その時だった。
「ねぇ、光弥くんは知ってる?」
「ふぁぇっ!?」
いきなり名前を呼ばれて、船を漕ぎ出そうとしていた光弥は、魚みたいにびくっと跳ねて覚醒していた。
一つ下の段から見上げてきていた香が、一転してジト目になる。
近頃こんな感じに睨まれてばかりの光弥は、うっと言葉を詰まらせてしまう。
「もぅ、また寝てたでしょ~?」
「・・・・すいませんでした」
「き、急に本気で謝んないでよ。
なんか、こっちが引いちゃうよ・・・・」
「い、いや、ごめん。
なんか条件反射で・・・・」
さすがに目つきが恐くてつい、なんて言えない。
正木みたいにへし折られるのは勘弁だから。
さておき、とりあえず光弥は香が話しかけて来たその用件について、きちんと聞いてみる事にする。
「え、聞きたいっ?
そんなに聞きたいんなら、言うねっ!!
これ、とっておきの話しだからねっ。
じゃあねっ、えっとね――――」
(・・・・聞いてきたのはそっちじゃないか)
途端、我が意を得たりとばかりに、眼鏡の奥の眼をギラギラと輝かす香。
物言いたげな光弥の表情もうっちゃって、なにやら危険な情熱を溢れさせ、身を乗り出してくる。
そうしてたっぷりと煽った後、その「とっておき」の話題を、もったいつけながら切り出すのだった。
「"放電女"と"トカゲ男"って知ってる!?」
「・・・・新しいショッ○ーの改造人間?」
<――――それでは、皆さん気をつけて帰るように!!
解散!!!!>
光弥がそう問い返したのと、段上の校長先生が集会を締める終礼をするよう言い渡したのはほぼ同時だった。
・・・・
・・・
・・
・
1時間後
鶴来浜 海晶学園敷地内 屋外競技グラウンド
海晶学園野球部・対抗紅白試合 防御側7回裏
(・・・・僕は何故、ここにいるんだろうか・・・・)
白雲は既に失せ、どこまでも青く晴れ渡る空。
熾烈な夏日の降り注ぐ、整備されたグラウンド。
球児達の歓声の元気良く響き渡るこのダイヤモンドは、土埃と真剣勝負の思い出とが積み重なる、心の在り処。
彼らのユニフォームは、今この一時に賭する闘志と熱量を物語るように、汗と泥とに染まっている。
刹那にして永遠なるそのかけがえない時間とは、正に青春と言うに他ない熱気に満ち満ちていた。
しかしながら、傍から見れば青々として懐かしい、10年もすれば寂寞の微笑みと共に蘇るだろうこの光景も、実際に身を置く現状では、熱いわ埃っぽいわ喉が渇くわの3重苦。
ほじくればもう少し思い当たることだろう。
普段からこの環境に慣れていれば多少は違うのかもしれないが、生憎とそういう問題ではない。
なにせ、冒頭の独白をした少年は、この微妙にサイズの合わないユニフォームを着るのも、只今佳境を迎えている練習試合も、本来なら縁もゆかりもありゃしないのだ。
だと言うのに、この土色のダイヤモンドの中で一番高いピッチャーマウンドを任される事、既に一時間弱。
試合の動き出す起点たる"お立ち台"、否が応でも視線の集まるそんな場所からは早々に立ち去りたいものである。
そんな気持ちは山々なれど、しかし今は他に"同じ事が出来る人"がいないと言うので、それも叶わない。
普通に考えておかしな話である。
が、現に事態はこうなってしまっている訳で、それは何故かと問われたら、答えは偏に光弥の"特技"ゆえで。
(・・・・分かっているともさ。
日頃から宣言してるんだから、そういう巡り合わせになる事もあるだろうさ。
今更やめるなんてのも、言いやしないのよさ)
でも、時にはこうして天を仰いで、あの大空に愚痴を丸めて投げ捨ててしまいたい。
人間、そんな怠惰に身を委ねてたくなる時はある。
戦う事を、挑戦する事は美徳だとは思うが、時と場合ってものはある。
「洗濯日和だなぁー・・・・」
「 ツーアウト、ツーアウトー !!」
「 良いぞ日神ー、ノーヒットー !!」
周囲の野球部員達から、帰宅部の光弥へかけられる声援。
逆だよなー普通、などと考えていると、次の相手側4番打者、かつ海晶学園高校野球部主将が勝負のバッターボックスへ進み出る。
光弥よりも、二回りくらいは立派な体躯だ。
何でも春先の大会では何度と無く長打を飛ばし、新聞に取り上げられたこともあるそうだ。
そんな彼だが、しかし現状では2打席連続凡打に倒れており、その眼にはここらでそんな流れを断ってやろうという気迫に満ち満ちている。
嗚呼、こんなに本気で野球に打ち込んでる人と、なぜ光弥は睨み合っているのだろうか。
「 頑張れー、光弥くーん !!」
「 おうおう、気張れー !!
抑えろよー謎の飛び入りピッチャー !!」
そんな時に、親愛なる幼馴染お2人さんはと言えば、今はダイヤモンドの外のスタンド席にて、憎らしいほど楽しそうに試合をご観覧あそばされていた。
「 ぅぃーっ !!
ひのっちパイセン、マぁジ神ピじゃん!!
アレ甲子園行けんじゃねー、あは」
何故か、まだ6月というのに真夏のビーチサイドばりのテンションでぶち上げ、香ばしげな小麦色にギラついている奈桜を横に伴っているが。
おまけに、さっきから何枚、ケータイで写真を取っているのか。
同じアングルからなのに、100枚は越えていそうな気がしてならない。
「さっきからもう必殺してるじゃん。
仕事人みエグー。
もうてか、マンガだね。
むしろ、超えてアニメだね」
「うんうんうん♪
ふふん・・・・きっとあのコならば、あの魔球でスタンドを沸かせ、必ずや甲子園の土を持ち帰ってきてくれることでしょう」
「はっはっはっ、おいおいおい香さん、それじゃ負けてますやんけ?
マケるのはたこ焼きだけにしときなさい」
「あはははー、"損なこと"より、必勝祈願の応援、応援!!」
「ははー、なんか訳分かんなくてウケるーw」
(なんか、めっちゃ盛り上がってるし・・・・)
頭にハンドタオルを載せて騒ぐ香は、さっきは大好物の"噂話"に夢中でいたのはどこへやら。
どこからか調達してきたメガホンを持ち出し、正木や奈桜と一緒に黄色い声援を上げていた。
というか、ほんの数日前は、奈桜と言語すら通じてなさそうだったというのに、今やあの寄席の劇場ばりの息の合いっぷりはどうしたことか。
スポーツは国境を越えて人を繋ぐ、その可能性の示唆ということなのか。
それにしたって釈然としないが。
「あは、意味不だけどたこ焼きは食べたみー。
いいぞいいぞー、やれやれーパイセーン!!」
「頑張れ頑張れ大魔球ーっ♪」
「行くぜ大阪、甲子園ー!!」
「どんどん行っちゃえ、神宮球場っ!!
Hooooーーーー!!」
「ゑ?」
「は?」
「ん?」
「・・・・神宮球場は、東京だよ?」
「 ぅえぇっー !!??」
「そんな驚くか?」
「え、だってだって、甲子園って"オーサカ"でやるんしょ?」
「うん」
「オーサカって、"阪神"でしょ?」
「う、うん」
「じゃあ、神宮球場もありそうじゃん!?」
「あー・・・・な。
分かるわ」
「分かるな、もぅ!!
というか、何言うとるか!?」
「仕方あるめぇよ、どっちも"神"って付いてるし。
ほれ、同じく"神"の字ついた奴も、今頑張ってるじゃぁねぇか」
「う、うぅ~ん・・・・確かに・・・・?」
(そこで丸め込まれないで・・・・)
香や奈桜のハイテンションに引きずられたか、むしろ発信源なのか、正木の方もなかなかにぶっ飛んでいる。
あの野郎、普段は「あちぃ、たりぃ、うぃー」の3拍子男のくせに、"光弥が苦労しそうな勝負事"という好物がとり合わさった途端、あれだ。
そもそもがまず、祭男気質。
光弥に突如舞い込んできたこのピンチヒッターならぬピンチピッチャーの話だって、まず正木が勝手にOKして、それから香が乗ってきたのだ。
――――1時間前。
全校集会の後、また集まって帰り支度を整えてようとしていた3人のもとに突如泣きついてきたのは、友達の野球部員、福田 蹴斗君。
十中八九サッカーをやっていそうな名前だが、実際には少年時代から野球一筋である。
毎日部活で体を鍛えているにも関わらず、割と中肉中背。
丸刈り頭とつぶらな瞳、しかしよくよく見れば中々に甘いマスクをしている。
果たして、何があったのか冷や汗ダラダラ、眉間にシワを寄せていなければだが。
「頼むよー!!
弁当に入ってたホタテに当たったみたいでさー!!」
「なんで、この暑いのにそんなもん入れたのさ・・・・」
「そんなんだから、ボールも投げる傍から当てられるんだろーな。
・・・・まぁ、お前なら行けるだろ。
それ行け、光弥」
「犬みたいに・・・・てか、いくら練習の紅白試合ったって部外者が、しかも一番目立つ所に出るなんてなー・・・・」
"困っている人"を前にして、かつて無く渋っている光弥。
というのも、いくら求められる技能が似ているからと言って、きちんとした部活動とそれに勤しむ人達の間に割って入るのは、流石に気が引けるというもの。
の、だが、普段にない出来事に、周りは既に良くも悪くも大盛り上がりだった。
「他人事だと思ってさぁ・・・・」
「頼むよぉー!!!!
今日、白組の投手は俺しかいなくて、他にピッチャーになれそうなのがいないんだよー!!!!
せっかくレギュラー評価もされるのに、試合にもなんないのは嫌だよー!!!!
くおぉぉぉぉっ・・・・っ!!」
「・・・・やれやれ、分かったて。
って言っても、僕だって昼休みの野球ごっこしかやったことない素人なんだけど」
「おうおう、こうとなったらやらいでか!!
いくらエースピッチャーの3年・小茂田先輩と、ポジションだけは同じ。
実力は二番から飛んで五番手くらいの控え投手の福田だが、仲間の為にこんな下っ腹抑えながら、苦しんでるじゃぁねぇか!?
これに応えにゃぁ、男じゃぁ無いぜっ!!」
「その通りだし説明ありがとだけど金丸許さない」
「あと、そのじーさまみたいな言い方やめろって」
「こんなピンチを救ういつもの根性はどうした!?
据え膳食わぬは男の恥って言うだろ!!」
まさに今、食ったもののせいで恥をかいている奴が目の前にいるし、なんならまた別の方法で恥をかく正木である。
「・・・・あ、ツッコミあたし?
正木、それ使い方違うからね、と。
まぁともかく、出来るんなら手伝ってあげなよっ。
話は後でも出来るけど、福田くんのピンチは今!!
いざ立ち上がれ、手裏剣日本一!!」
「"自称"な」
「ほら、やっぱ野球関係ない・・・・」
「いやいやいやっ!!
頼むよ、ひのっちー(光弥の愛称の一種)!!
隣のクラスなのも何かの縁ってことでさー!!」
「縁、薄いなー・・・・」
「去年同じクラスだったろー!?」
「その縁だと、もう切れてない?」
「お前、羨ましいんだよ!!
帰宅部のくせに微妙にモテやがって!!
しっ、し、しかも今度はあの、学園のマドンナの”眞澄さん”と、はっ、話してただってー!!??」
「・・・・今度は勝手にキレないで欲しいな」
――――とまぁ、そんなこんながありまして。
こうして光弥は、「鈴木」と書かれた予備のユニフォームを引っ被されて、駆り出されたのであった。
さて、相手も出てきたと言うので、本日63球目くらいのファストボールを、内角低め"ドンピシャ"に投げ放つ光弥。
「・・・・ボ・・・・っ・・・・ス、ストライィっ!!」
(球審の後田先生・・・・なんか、紛らわしいのばっかり投げて、そろそろごめんなさい・・・・)
「おっしゃ、2アウト2ストライー!!」
「前出ろー、バント警戒ー!!」
「――――ちぃっ、何なんだ、あのピッチャー!?」
「いまいちルール分かってなさそうなくせに・・・・」
「ボールだけはとんでもねぇ切れ味だぜぇ!!」
相手、赤組もかなりの熱量である。
それも当然で、光弥が途中登板してきてからこっち、たった1人にノーヒットで抑えられているのだし。
ボール球だと見送ってしまった4番キャプテン・牛久先輩は険しい顔。
おそらく、全く見覚えのない上に部員でもない未知の人物に良いように翻弄されてしまっているのだから、こちらも納得の焦り様だろう。
冷やかしている気分が拭えず、気が引ける。
だがしかし、甚だ畑違いではあるが、光弥とてなにか一つの技能を鍛え上げる、その険しさは分かるつもりだ。
さっきはふと我に返って、昼だというのに黄昏れてしまったが、今一度気を引き締める。
(じーさま曰く、加減を忘れてこその真剣勝負。
それも、切った張った無く本気の相手と戦えるのは僥倖。
感謝して応え、己の糧を見出すべし。
・・・・ギリギリの場所に、速く投げる・・・・!!)
<カッ!!>
果たして、光弥の投げた直球を捉える、牛久先輩のバット。
しかし、飛ばない。
「嗚呼、サードゴロぉっ!!」
「ぬぅぉおッ!!!!」
「「「「キャプテーンっ!!!!」」」」
「・・・・崩折れた」
「ぃやったー、光弥くーんっ!!」
「良いぞー、自称手裏剣日本一!!」
「え、アレ手裏剣なの?
ひのっちパイセンってニンジャ?
影の軍団?」
「あれはちゃんと野球です!!
手裏剣は危ないからダメっ!!」
「ていうか、古いんだよネタが。
いつの時代か分かってんのかよ?」
「ぅえ、んぁー・・・・大正!!」
「いや、古すぎだっての、文明開化か!!」
「ばか、アンタの方が古いわよ!!
文明開化は明治!!」
――――結局、試合はそのまま0行進。
海晶学園野球部紅白試合は、初回に取った1点を守りきった赤組が、0-1での勝利。
しかし、むしろ落ち込んでいるのは、勝者である赤組の精鋭達。
敗軍の筈の白組はと言えば、胴上げせんばかりの大興奮だった。
「すげーな、日神!!
3回で交代してからノーヒット封殺かよー!!」
「ゾーンのギリギリ狙って、しかも絶対失敗しないもんなー」
「あんまりギリギリにばっか投げるもんだから、審判も最後の方は頭抱えてたぜ!!」
「あ、あー、まぁなんとか上手く行ってよかったよ」
と、胸を撫で下ろす理由とは、全く野球未経験の光弥は、初めはストライクゾーンすら分からず、スリーアウトどころかもはや一回投げきれるかすら危ぶまれる有様だったが故である。
しかし、どうにか押し出し1点を与える前にゾーンの大きさを掴み、後はさっきのように、実に嫌らしーい投げ方に終止した。
そして結果はご覧の通り、ほぼほぼ"自称手裏剣日本一"の手前だけで、レギュラー入りメンバーである赤組打線をねじ伏せてしまったのであった。
ただの真っ直ぐな投げ方と侮るなかれ。
ボールか否かのギリギリをマシンか何かのように精密に狙い続けられるのだから、歴戦の野球部員達とて堪まったものではなかったことだろう。
「なあー、野球部入れよー!!
お前入れば、地区大会決勝も夢じゃないって!!」
「そこは優勝じゃないんだ・・・・」
「頼むよー!!
今度学食のランチセット奢るから!!」
「条件出すの下手すぎる・・・・。
いや、僕は道具もないし、家のことあるし、何より勉強しないと行けないからさ」
「大丈夫っ!!
スポーツ推薦受ければ、勉強なんて関係ないぜ!!」
「・・・・それはどうかと思う」
「留年なんか怖がるなっ、むしろ一年多く出来ると思え!!」
「それはダメ過ぎる」
ちなみにその後、この試合をぶっ壊した光弥には"地獄のドーナツピッチャー"という、直球過ぎて逆に当惑する類の異名が授けられた。
そして更に、その名は噂と共に独り歩きし、界隈ではちょっとした話題になったとか、ならなかったとか。
・・・・
・・・
・・
・
「うー、楽しかったー!!
あたし、なんか声出しすぎて、喉痛くなっちゃった」
「僕は、相手の人らに申し訳なくて、胸が痛いな・・・・」
「またまた、謙遜しちゃって、もぅ♪
"チームのピンチに現れた、謎のピッチャー!!
情け容赦無い魔球の嵐で、相手チームはきりきり舞い!!
このダークホース、一体何者だぁ!?"
って感じで、皆も盛り上がってたよ」
「おふた・・・・いや"お三方"も随分、スタンド席で盛り上がってらっしゃいましたね」
「まぁ、野球部連中も良い経験になっただろーよ。
あんなにインチキ臭い試合、早々出来ねぇだろーし」
「ホント、昔から光弥くんってああいう腕前、凄いよね。
もうある種、オカルトだよ!!
手裏剣日本一なんて、どうやってなったの?」
「"自称"な」
「うん、まぁ・・・・。
確かに、大会とかそういうの出た訳でもなし。
それに、どうやって言われても・・・・ただ昔、しゃかりきに練習してた時期があって・・・・」
「「えー?」」
そんな馬鹿な、と言いたげな視線を送る2人。
といっても、本当にその通りなのだから、仕方ない。
「――――って、そう!!」
唐突に何かを思い出した様子で、テンションが更にもう一段階高まる香。
さっきの事を思い出し、光弥はなんとなく嫌な予感がした。
「光弥くん!!」
「はいっ」
「"オカルト"と言えば、さっきの話の続きだよね!?」
「え、いや、そうかな?」
「だって、この話聞きたいからさっきまで頑張ってたんだよね?」
「違うかな」
「違うだろ」
打てば響くような反応速度で否定を返す光弥と正木。
だがしかし、なにやら段飛ばしに有頂天に達する香に、その言葉は届かずじまい。
すると、まるでその浮かれっぷりに反比例するように、正木はそれまで愉快そうだった表情を引っ込め、急速に憮然としだす。
「お前、またあの"噂"をくどくど言う気かよ?
勘弁しろって」
「ウワサ・・・・って、例の改造人間みたいな?」
「聞くな聞くな。
まったく、またゴシップマニアの香ちゃんは余計な話を仕入れてきやがってよぉ」
「ちょ、なによその言い方~!?
ちゃんと、見たって人だっているんだから!!」
「どうせ、その見たってとこで終わりなんだろ?
都市伝説なんてそんなもんだっての」
高まったテンションそのままに憤慨する香の一方で、正木の反応はこのように冷めたもの。
実は、こう見えて正木はオカルトじみた話に懐疑的で、見向きもしない派であるのだった。
「都市伝説?」
「そうっ!!」
対して香はと言うと、こういった非現実的な話題は大の好物である。
怖がったりはするが、それ以上に面白がるタイプというわけなのだった。
「しかも、なんだか今回はすごく本物っぽいの!!
もう色んなところから見た、って報告があってね!!
新種のUMAじゃないかって注目もされてるんだよ!!」
「どこからの注目なんだか・・・・」
そして、中でも"未確認生物"系の話が特にお気に入りだった。
どれくらいお気に入りかと言うと、その昔ペットボトル製の捕獲器を幾つも抱え、たった1人で日守山に乗り込み、ツチノコの代わりにヘビやらカエルやらタヌキやらを捕まえまくった、ってくらい。
それがよく言う「女性はうわさ好き」という風説通りなのか、彼女自身の嗜好なのかは定かでないが、まあたぶん両方だろう。
と、そんな思い出を斜め上の空に思い起こしている間にも、香の演説するような語り口はますます熱を帯びていっていた。
先程はお預けになっていた、オカルトニュース最前線の幕開けである。
「・・・・これはね、今から一ヶ月前くらいから、ひそかに噂されてきたんだけど・・・・」
「おーおー「ひそかに伝えられる都市伝説!!」
掴みはバッチリだなぁ」
場外からの煽りは完璧にスルーし、話を強引に続ける香。
後ろで面白くなさそうにケッ、と唸る正木を、光弥は手振りで宥めてやった。
「・・・・” 旧開発区 ”って、分かるよね?
鶴来浜商店街を、波乃倉の方に抜けていくとある、ゴーストタウン。
これは、その辺りでよく目撃されているんだって・・・・」
声を潜め、まことしやかに囁く香である。
抑揚や間の取り方が妙に上手く、思わずぐっと話に引き込まれそうになる。
もしかすれば、朗読家にでも向いているのかもしれない。
「ああ・・・・昔、あの辺に大きなショッピングモールと、それを中心にした住宅地を作る計画が立って、でもけっきょく計画は頓挫。
以来そこは区画整理もほったらかして、誰も住んでいない状態・・・・だよね」
その出来事については、この二間市に住んでいる人にとっては、「常識」と言い切ってしまっても差し支え無い知識だった。
そして、そんな曰く付きな旧開発区は、古めかしくて荒れた町並みに、夜間は街灯の一つもない暗さも相俟って、お世辞にも居心地の良いと言えない場所でもある。
昼間ですら、人はほとんど寄り付かない。
ベッドタウンとしてそれなりに栄えている二間市にぽっかりと出来た、まさに
「・・・・そんな真っ暗なあの地区に・・・・出るの」
「・・・・噂の"放電女"と"トカゲ男"とやらが?」
「そうっ!!」
もうほとほと呆れている正木を尻目に、香の口調はさらに熱を帯びた。
「月の明るく出ている夜に、決まって彼女達は現れるの。
まるで何かの未練に引き摺られ、迷い出るように・・・・」
「・・・・・・・・・」
「――――そして、彼女達は街の上空を飛び回んだって。
"放電女"は真っ白い電気を、"トカゲ男"は赤色の燐光をたなびかせながら、まるで空を走るみたいに・・・・」
おどろおどろしい語り口で語られる、怪奇談に光弥は無言で聞き入っていた。
そして顎に手をやりながら、周りの事には目もくれないくらい真剣に考え込んでいる。
「・・・・おい、光弥。
まさかびびってるんじゃないだろな?」
そんな様子を見て、正木はそう勘違いしたようだ。
光弥は答えようとしたが、咄嗟だったのでうまく口が回らなかった。
「え、い、いや・・・・そういう訳じゃ、ないんだけど」
なんとかそう言ったものの、どうにも不審な返し方に信じてはもらえなかったようだ。
正木は聞こえよがしに嘆息すると、これまた大げさに肩を落として見せた。
「なによぉ、その反応」
「いんやぁ・・・・お前らも大概人が良いな、と思っただけでーす」
「ねぇ馬鹿にしてるでしょ」
「そう感じたなら光栄でございますね~」
<ギュムッ!!>
「っでぇ!?
足踏むなバ香!!!」
「 っふんっだっ !!!!」
「まぁまぁ・・・・じゃれない、じゃれない」
「「誰がだ!!」」
いつも通り、二人の痴話げんかをとりあえず諫める光弥。
(実際にこんな事言おうもんなら、スリーパーホールドの刑だろうな・・・・)
――――だがしかし、その内心は、実はすっかり困惑していた。
本当に今にも絡みついてきそうな2人の両腕や、"都市伝説"を怖がっているわけでは、勿論ない。
(月の出る夜に現れる、"放電女"と"トカゲ男"・・・・か。
それってもしかしなくても・・・・)
普段なら眉唾物と笑っていられる、そんな噂。
だが・・・・今の光弥を取り巻く事情は、そんな荒唐無稽な噂話にさえ、ある種の可能性を連想させてしまう。
思わず、鞄の中に忍ばせてある腕輪の輪郭を確かめてしまう光弥。
――――言わずもがな、その噂の”怪人”とやらが、あの怪物の仲間かもしれないという想像からの行動だった。
一月前という時期も、猟奇事件の起き出した時期。
即ち、怪物の現れ出したであろう時期と合致する。
「あのさ、香ちゃん。
その"二人"・・・・の見た目と特徴はわかる?」
「う、ううん・・・・ごめん、よく分からないの。
今のところは両方とも、夜に遠目から目撃しかされていないんだ。
実際にどんな姿なのかまでは、まだ情報無くって・・・・」
残念な答えに少し肩を落とす光弥だったが、予想の範疇でもあった。
考えてみれば、最初に戦ったあの”怪物”とて、引き起こした事件は話題になれど、容姿自体はまったく噂になっていなかった。
ならば、今こうして噂程度でも姿が話題になっていること自体が奇特な事であり、そしていよいよ事態が明るみになりつつある”証”なのかもしれない。
同時に、少々・・・・どころでなく恐ろしい考えでもあったが。
「んだよ、それじゃほとんどなんも分かってないも同然じゃねぇかっ。
何が「目撃した」だよ・・・・幽霊の"影"が"物影"に写った心霊ビデオと変わらねぇぜ」
と、否定派の正木はかなり辛辣なコメントを投げつける。
しかし、そうまで言われては香も黙ってなく、猛然と言い返した。
「誰も、まったく分からないとは言ってないでしょ!?
ちゃんと確認されてる特徴だってあるよ!!」
「香ちゃん、それ本当?
その特徴って?」
ここにきて、ついにこの都市伝説の正体に迫る話題が出た事に、光弥は思わず身を乗り出していた。
普段はそれ程でも無いのに、今日この噂に関してはやたらに食いつくその様に、香は眼を丸くして驚く。
「な、なんかいつに無く熱心だね・・・・?」
「ん、ううん、まぁ・・・・。
それよりほら、情報、情報!!
アップ、スクエア!!」
「字が違うだろ、それ」
早口に捲くし立てながら、凄い剣幕で詰めよる光弥。
そんな勢いと真っ直ぐな視線に晒されては、香も話を進めるどころでなく顔を赤らめる。
「せ、説明するから・・・・ちょっと離れて・・・・」
「あ、あぁ、ごめん・・・・」
その言葉に光弥も我に返って一旦引き下がる。
個々のところの悩みの核心に迫っては、ついつい気が急いてしまった様だ。
おかげでかつて無いほどに香に接近して、動揺させて、光弥も無駄に恥ずかしくてむずがゆい気分になる。
そのまま、お互いに口火を切れない嫌な間が降りてしまう。
「・・・・ったく、やってる場合かよ!!
で、どーなんだよ、香?」
「あ、うん、ごめんっ。
えっとね――――」
痺れを切らした風な正木の助け舟(?)で、ようやく事態が進み出す。
香は、気恥ずかしさを誤魔化すように宙を仰ぎ、件の噂を思い返し始めたようだ。
それはまさに、凪いだ水面を行く船のような進み具合だったが、変に焦っても仕方ないだろう。
そう思って、さすがに今度は相手が話し出すのをじっと待つ光弥だったが、しかし一旦黙ると、今度はまだ随分と高い太陽からの強い陽射しが、いやに暑くて煩わしく感じ出す。
思わず額の汗を拭った時、香はようやく思い出した要項をじっくりと整理するようにして口を開いていた。
「――――えっと、なんでも放電女は、長い髪をポニーテールみたいにしてるんだって。
こう・・・後ろで結ってて・・・・あと、白い服装・・・・コートみたいな感じ?
それに、黒いブーツを履いているらしいよ」
「ポニーテールに、コート・・・・また随分とお洒落な怪人だな。
で、更に電気を纏って空を飛ぶ、と・・・・?」
と、正木がなにやら茶化したがるような声色で口を挟む。
「へぇ・・・・なんか、怒ったら髪が金色に逆立ってめちゃくちゃ強くなりそうだな、そいつ」
「・・・・スーOーサイO人?」
「"2"の方な♪」
すぐに分かったのは光弥だけの様で、香は不思議そうな顔をしていた。
「あ、あと、棒を持ってる」
「ぼ、棒ったって、色々あるけど」
「身長と同じくらいの長さの棒。
棒高跳びにでも使うみたいな、長い棒なんだって。
外見の特徴は、これぐらい、かな」
「・・・・ひとまず、その目撃報告ってのを纏めてみようか」
「つまり、その噂の放電女とやらは、とてもファッショナブルかつ"美人(←重要)"でロングヘアーのアスリート・・・・って事だな!!
うむ、でかしたぞ香ちゃんよっ。
俺は俄然興味が湧いてきたぞ!!」
「動機が不純なのよ、あんたは!!
第一、それを言うなら、棒高跳びなんだからアスリートじゃなくてボールターでしょうが!!」
「いや、一番はそこじゃないって・・・・」
と、光弥は思わず苦笑いしながら突っ込んだ。
ちなみに、こうして光弥が突っ込みに回るというのは、それなりに異常事態である。
(香ちゃんって、時々素でボケるよな・・・・)
然り、香はしっかり者でツッコミの性質を強く持ちながらも、実は内包するボケ力の凄まじく、時に見事なまでの外しっぷりで、斜め上にグインと逸らしてしまう名手なのである。
つまりは天然ボケ。
ちなみに光弥は、天然気味ボケである。
(誰がだよ!?
・・・・って、自分だよ・・・・。
というか、言ってる場合か)
自分で自分に突っ込み、閑話休題。
そんなくだらない考えより、さっさともう一人の怪人の噂を聞く事にする。
「で、もう一人の”トカゲ男”は?」
「って、あ、そうだ!!」
「もしかして、何か大事なことを思い出した!?」
「え、違うよ。
でも、ちなみに両方とも「 スパーク・レディ 」と「 ブラック・テイル 」っていう別名があるんだ!!
あたし、こっちの方がかっこいいと思うんだよねっ。
ねっ、ねぇっ、ねぇっ!?」
「いや・・・・うん、まぁそうね・・・・で、どうなのさ?」
ほどほどに同意を示して、とりあえず先を促す光弥。
だが、香は一転してなんだか余裕たっぷりに微笑み、人差し指を左右に振って、これを制する。
「うっわ、今かなりイラッときたぞおい・・・・」
「ふふふん、まぁ二人とも焦らない♪
ちょっと待ってね――――」
やたら得意げに取り出したるは、実に女の子らしい薄桃色の配色で、生真面目な香に良く似合うすっきりとしたシステム手帳だった。
「はい出た、香の閻魔帳」
手帳を指差して、茶化し返す正木。
大事な"手帳"をからかわれて、香は頬を膨らませた。
「変な言い方すんなしっ。
こうして、いつも書き留めておけば、忘れたりした時に便利でしょ。
二人も、こういうのやれば?
いつでも目で見て確認できて、習慣付けすればもう絶対忘れ物とかしないよ。
・・・・あたしみたいに」
最後の文句だけぼそりと、しかし自慢げに言い、香は手帳片手に、光弥達へ視線を送ってきていた。
さて、その心はと言えば、香には何かと言うと自前の手帳に書き込む習慣・・・・というか癖があったのだ。
それこそ、自分のケータイよりも手で書く感触が大事らしく、いわゆる"メモ魔"というやつである(本人はそう言われると嫌がるのだが)。
そして、彼女がこうして"メモ魔"を勧めてくるのは、初めてではない。
なので、光弥もまたいつもと同じ内容の応答を、即効で返す。
「いや、僕そういうのは続かないと思う」
「右に同じく。
2分と続かん」
2人してスイと手を振り、ノーサンキューのジェスチャーを示すと、香は予想通りとばかりに嘆息する。
「だよ、ね。
・・・・まぁ初めから期待してなかったけど・・・・。
特に正木は」
「へぇへぇ。
やーまったく、目で見えないものにご執心の香ちゃんの意見とは思えませんな」
「目で見えないものを頭ごなしに否定するから、見えるものも見落とすんじゃないの?
テストとか、あぁー、あと男しての品格とか」
「「・・・・ぐぬぬ」」
「不毛だな・・・・」
いい加減、このジリジリと暑い中に足取りも話も止められては堪らないと、光弥は些か強引に舵取りを図った。
「香ちゃん?
脱線はほどほどにしといていただけるとありがたいんだけど・・・・」
「あぁ、ごめんね。
えっとね・・・・」
ようやっと、香はひとまず矛を収めてパラリと手帳を開く。
そしてそれなりの厚みのページから、なにやら毒々しい色の見出しを選んでつまみ上げる。
ギリギリの赤紫というか、ドクロマークがとてもマッチしそうというか、とにかくいかにもな色である。
「――――こほん。
実は、”ブラック・テイル”の方は、もっと謎だらけなんだ。
全身黒づくめの服装で、”スパーク・レディ”以上に、まともに姿を見た人はいないの」
「へぇー、それはそれは」
「・・・・あんた、"レディ"じゃないからってあからさまに興味失うなし」
「まぁ、夜の空に黒装束で固めてちゃ、見えないのも仕方ないな。
・・・・それ以前に、よくもまあシルエットだけでも見つけられたもんだ」
「うん。
それは、さっきも言ったけど”ブラック・テイル”は全身をぼんやり赤く光らせていることがあって、そのおかげで目撃証言があるの。
あと髪・・・・って言って良いのか分からないけど、頭に真っ白なタテガミがあって、それと長い尻尾があるんだってさ」
香がそう言った、瞬間。
にわかに光弥の表情が強張り、その目が細まる。
「・・・・白い、
おぼろげな輪郭でしか確認されていないと言う、トカゲ男。
しかし、光弥の脳裏には既に、その姿の正確なイメージが浮かび上がっていたのだ。
(どうやらこっちは当たり、みたいだな)
「・・・・?
光弥くん?」
「なぁ香ちゃんよぉ~。
そんなヒジキみてえな色の野郎はもういいからさ。
もっと、もっと、さっきのスポーティングビューティーな美人の近縁は無いのか!?
雪女とか美人な山姥でもいいから!!」
「――――とりあえず、正木ってサイテーだわ。
何回美人って言うのよ、アンタ!?
女の人の姿をしてれば何でも良いだなんて・・・・なんか情けなくて悲しくてなって来るわよ、もぅ」
「けっ、何を世話女房みたいなこと言ってやがんだ。
・・・・って、お前が女房とか、考えたら寒気したわ!!
あーあ、もしそんなことになったら捕まった男がさぞかし可哀想だなー。
毎日毎日こいつと顔合わせなきゃいけないとか、あー、俺ならノイローゼで窒息するわー」
「 はっ ?
そんなこと無いもん。
あたし尽くすタイプだから、そういう時すごい優しく労わってあげるもんね。
仕事で疲れたその人に、ご飯作ってあげたり肩揉んであげたりとかして・・・・。
あーっ、でも、どこぞの"金髪 スケベの ろくでなし ウスラバカ 男"は、そういうのいらないよね~。
無駄な元気と、いらない情熱と、果てしない馬鹿さ加減で、ストレスとかそう言うのとかまったく無縁そうだし」
「・・・・喧嘩売ってんのか、え?」
「馬鹿にはしてるわよ。
それぐらい早く分かってよ、カ ネ チ ン♪」
「んだとぉ!?
この胸板女!!
やーい、お前の胸板ベニヤ板~!!」
<ゲシッ!!>
「殴るよっ!?」
「言う前に反射的に殴るなっ!!」
(・・・・もう止めはすまい)
今度ばかりは秒で匙を投げる光弥だった。
この2人のやり取りときたら、中学生くらいの時分から全く変わっていない。
一応は異性のはずなのだが、そういった遠慮のない、自然なものだった。
言い変えれば、その頃からの進歩が見られないうえ、情け容赦も一切無いと言えたが。
そして、昔からそれを見てきた光弥は、ひとたび着火したコレを止める事の面倒臭さをよく知っている。
「×××の××!!」
「正木の××××っ!!
××××××××っ!!!!」
・・・・しかし、聞くに堪えない。
「入りたくないなぁ・・・・」
心底からそう思ったばかりに思わず口にも出る始末。
だが、ここで見捨てて行くのは簡単だが、こうして恥を晒させ続けるのも可哀想だった。
ただでさえ近所で有名になっているのに、これ以上の悪評を増やさせるのも忍びないか。
「なので、強引に行きます。
そいっ」
「ひゃっ」
「ぐげっ!?」
2人の襟首を掴んで、強引に引き剥がす。
今の光弥は身の丈ほどもある重剣を容易に振り回せる男、これくらいはもはや造作もない。
「って、おいっ・・・・今明らかに、左右で力加減・・・・違っただろっ」
「いやぁ、女の子にあんまり力は出せないしさ」
「俺はいいのか、え!?」
正木が食って掛かってくるが、今はそれに構っているヒマは無いのだ。
光弥は既にある事を決心し、そしてそれを早口に2人に伝えようとしていた。
「僕、今日は先に帰るよっ。
ちょっと用事があるんだ!!」
「あ、おい、光弥!!」
言うが早いか、光弥は即座に踵を返す。
急展開に呆気に取られる正木と香を尻目に、一人帰路を急ぐのだった。
――――To be Continued.――――
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