#4b 月下の激吼
<ギイィアァッッッッ!!!!>
出し抜けに怪物は突進し、翠緑の怪光が絡む左腕を、光弥へ叩き付ける。
光弥はギリギリでそれを察知し、とにかく大きく跳んで回避する。
同時に、"狙い"をその腕に定めた。
爆音と共に、泥が吹き上がる。
光弥は重剣を構え、反動に硬直している怪物へ疾駆した。
猛烈な勢いで巨腕を振るい、迎え撃つ怪物。
光弥はその腕の軌道に対するように、低く重剣を斬り上げる。
交差し、刃と甲殻が火花を吹く。
刹那、怪物が空いた右腕を振り被る。
「つぅっ!!」
拳打を防御するも、やや後ずさる。
しかし、絶えず拳が続けて飛来する。
連撃。
<アァッ!!!!>
「やらせるかっ!!!!」
光弥は身を翻してどうにか避け、そのまま重剣を薙いで大爪を捌く。
同時に、立ち上がって前へ踏み込み、背後に流れた重剣を引き戻しざま、鋭く振り抜く。
「せぇあぁ!!!!」
次第に速度を増し出す光弥の剣閃は、怪物の胴体を確実に斬り裂き、更には反動で使い手自身を引き摺り、滑走させるほどだった。
<ガァオォッ!!>
新たに傷を受けた怪物だが、もはや構うことなく、猛然と追撃にかかる。
手負いの身体だと言うのに、突き出す爪腕は恐ろしいほど速く、光弥を狙う。
「っ・・・・!!」
唸りを上げて飛来する爪を捌き、重剣を構えて回転しつつ斬り込む。
しかし、その接近は素早く繰り出された怪物の脚撃によって中止させられ、光弥は引き下がらずを得なくなる。
怪物の、その長い四肢を使った怪物の攻撃の密度は、光弥の比ではない。
だが、単純な威力ならば、光弥とて劣ってはいない。
(それが勝ち目だ。
強烈な一撃を打ち込めるだけの間隙。
あいつが対応できない、一瞬。
それを見逃すな・・・・!!)
<ギャアェェェェッ!!!!>
直後、怪物が雄叫びを上げ、両腕を高々と振り上げた。
防御が解かれるが、その深い懐には光弥では踏み込みきれなかった。
<ドゴォンッ!!!!>
「ぐっ!?」
打撃点から噴き上がる爆風と泥で、視界が塞がる。
光弥は咄嗟に重剣を振り回すも、空を切るばかり。
しかし、同時に怪物の息遣いまでも遠ざかるのを感じた。
(追撃をしない?)
絶対有利な状況のはずが、退き下がる行動を怪訝に思いながらも、光弥は目を凝らす。
その時ばかりは、動くよりもその真意を見極めることに注力したのだ。
――――果たして、結果的にその目論見は失敗だったと言えた。
5mほど先に、巨体をうずくませて動きを止める怪物。
光弥はその異様に一層警戒を強める。
その時、怪物の喉がボコリと膨らんだ。
刹那。
<ガボオッ>
くぐもった音と同時、怪物の口腔から何かが飛び出す。
そう判じられた瞬間には、もう"それ"は目の前に迫っていた。
そして、極限に緊張の高まっている光弥の眼は、音速で飛んでいるだろうその正体を捉えていた。
(飛び道具っ!!??)
白い杭のような物体は、光弥の胴目掛けて一直線に飛来する。
その軌道に、紙一重の差で左腕の篭手を翳す。
<ガゴッ!!>
強い衝撃。
白い杭は篭手の装甲に当って砕け散り、直後に白い噴煙が一気に拡散する。
「うぉ・・・・っ!?」
ジュウ、という異様な音、そして刺すような痛みを眼に感じ、キツく目を瞑らざるを得なくなる。
(あいつ、何か吐き出した!?
それも、砕けた煙が、目に染みる・・・・!!)
無理やり目をこじ開け、敵の姿を探す。
だがその時、怪物はもうその目前に肉薄していた。
<ギアァッ!!!!>
光弥は紙一重で察知し、逆袈裟の斬戟を放つ。
しかし、怪物はそれに電撃的に対応し、振り被られた重剣目掛けて拳を放った。
<バギィン!!>
「しまった!?――――」
狂暴な咆哮を上げ、怪物は勢いのまま体当たりを仕掛ける。
体勢を崩した光弥はこれを避け切れず、引っ掛けられるように撥ね飛ばされる。
「――――・・・・っ!!」
内臓まで潰されるような、大重量物体にぶつかられる衝撃にまたも晒され、身体が悲鳴を上げていた。
倒れはせずに踏み留まる。
だが、それ以上の行動に、身体がついていかない。
そして、そこへ更に、怪物の握り固めた拳が迫る。
<ガンッ!!>
翠緑の怪光を秘めた拳打は、間一髪で篭手の防御を差し挟む。
だが凄まじい威力を受け止めきれる筈もなく、一堪りもなく弾き飛ばされる。
「がはっ」
まるで意趣返しのように、オレンジのフェンスに叩き付けられ、更に突き破って泥の上に転がさせられる。
激痛。
神経という神経に、電流が流されているように痛い。
脳震盪めいて目が眩む。
光弥の意識は、今にも黒く歪み、切れてしまいそうになる。
(まだだ)
そんな精神の糸を、光弥は必死で手繰り寄せる。
堕ちる訳にはいかない。
奥歯が砕けそうなほどに食いしばり、闇の底へ引きずり降ろそうとする黒い手に、抗う。
(――――そうなれば、"あの娘"は終わりなんだ。
殺されるんだ。
・・・・また、喪ってしまうんだ・・・・!!
それを、絶対に許しちゃならない・・・・
あらゆる苦痛、振り切れない苦渋。
それ等すらも縁に、光弥は力強くその眼を見開いた。
「 まだだっ !!!!」
放たれた一喝が意識を再び、強く張り詰めさせる。
足を突っ張り、地面を蹴りつけるようにして立ち上がる。
ふらつきながらも、どうにか光弥は詰め寄る怪物へ、重剣を大きく振り被った。
「うああああっ!!!!」
烈迫の気合いを込めて振るわれる、鈍色の暴風。
刃は、唸りを上げて横薙ぎに迸り――――
<ドッ!!>
――――怪物に喰らいつくことなく、一閃は虚しく空を斬る。
目の前まで接近した瞬間、光弥の朦朧とする視界から、怪物の姿が忽然と消えた。
相手を見失ってしまった状況は、例え一瞬でも多大なストレスとなり光弥に伸し掛かる。
姿を探すか、ここから離れるか、一刻も早く対応しなければならない。
しかし消耗した身体は、振り切った重剣の反動で動かない。
そして、それは光弥に、致命的な対応の遅れを招く。
<ズンッ・・・・!!>
重苦しい振動が後ろから伝わる。
焦燥しながら、ようやくといった風に動かす視界の中に、塊になって落ちていく泥が見える。
上から回られた、ということを遅れ馳せて知りながら、向き直る。
目の前に、開き切った巨大な顎があった。
(・・・・終わる、のか・・・・)
もはや、避けようがない距離。
頭から、噛み砕かれる。
回避や防御の間に合う段階ではない。
――――果たして、これが戦いの結末なのか。
光弥は敗北する。
何も為せずに、光弥は潰える。
"大事な人"を、また守れずに終わるのか。
重い悔恨が、時の巡りまでも遅らせたように、残忍な顎はゆっくりと迫った。
長く、長く感じる、引き伸ばされた一瞬。
――――ひのがみ、くん――――
その最中に、不意に聞こえた気がした。
あの時、光弥を呼ぶように響いた、"彼女"の声が、また。
そして、まるで励ますかのようなその切ない響きに解き解されて、光弥の”諦め”は速やかに消え失せる。
「―――― っ !!!!」
闘志の稲妻が、全身を打ち据えた。
刹那、光弥はまるで這い蹲るように低く、身を沈みこませる。
同時に突き上げる、重剣の柄尻。
それは怪物の上顎を強かに打ち据え、光弥に食い付こうとした大顎は、眼の前で無為に閉ざされた。
防御も回避も、不可能だった。
電光石火の攻撃がこれを可能とし、怪物の行動は失敗させられた。
思考しての行動ではない。
意識から切り離された、戦士の本能とも言うべき超反応で、光弥の命は繋がったのだ。
<ゲゥッ・・・・!!??>
「―――― っっっっ !!!!」
そして、同時にそれは反撃の瞬間にすらも繋がってゆく。
光弥は一度、致命的な間合いに囚われた。
そして、今やそれは相手も同じだった。
――――「いいか、しかと覚えおけぃ。
武術と言うものにはすべからく、基本となる"型"が在る。
戦法、動き方の基礎。
その流派の骨子足り得る業である。
・・・・これより教えるのは、我らが流派・『葬魔絶刀』の基本の型たる、"礎の三剣"。
そして――――
(
息を溜め、歯を食い縛る。
鋭く、左半身から前のめりに倒れ込むかのような体重移動を行い、右の後足で蹴り出す。
同時、峻烈に回転し、軸足と剣の持ち手とを入れ替え、前進。
気合いを込めた重撃剣は空を斬り裂いて、その軌跡に薄くたなびくは、刃から放たれる蒼白い光。
だが、怪物はこれまでにない光弥の動きを察知し、素早く爪腕を振るって払い退けようとする。
その鋭い反応は、これまで光弥の攻撃を幾度も凌いできた。
(だからこそ、この"
機先を制されたはずの光弥。
最低でも、防御で凌がなければならない怪物の反撃。
しかし、迫りくる爪は、光弥の
瞬くよりも早く、回転しながら踏み込み、同時に身体ごと振り回す武器で相手の攻撃を打ち弾き、対応を狂わせた。
何度となく苦渋を味合わされた、怪物の鋭い反応を逆手にとった攻勢。
意表を突かれる怪物と裏腹に、迷い無く己の武技を繰り広げる光弥。
絶好の間合いは、未だ崩されない。
それでも、怪物は咄嗟に腕を引き上げ、防御の構えを取ってみせた。
(防がせるかよっ!!)
大仰な回転と、体勢を入れ替わらせながらの踏み込みには、もう一つの意味がある。
1回転半に及ぶ円軌道は、膂力と遠心力とを存分に稼ぎ出し、加えて相手の攻撃を捌いた衝撃すらも全て、果ては必殺の威力と結実する。
それを前に、ただ腕を差し出すだけ。
無防備にも、処刑台に首を差し出すも同義な、愚行である。
――――天地薙裂く荒神の爪、烈炎の如き刃にて示さん――――
練り上げた全ての力は既に、両手で握った重剣の
背後から、地面を抉り取りながら進む巨刃は、もはや止め処ない。
「
身体を捻り上げ、低く構えた光弥は、最後の踏み込みを地に突き刺し、そして遂に、蒼く輝く一閃を解き放つ。
爆炎の如き威力で地を飛び立つ刃が、怪物を斬り裂き、無慈悲に吹き飛ばす。
螺旋の軌道を描いて、その先の
まさしく、天地を貫かんばかりの烈剣が、舞い上がった。
「
< ギャアアアアァァァァッ!!?? >
あまりにも絶大な一閃は、もはや人知を超えた竜巻そのものの破壊力にまで至っていた。
怪物の巨体を宙高くかち上げ、周りの地面までも抉り飛ばす。
そして、その渦巻く血風の頂点で、怪物の身体からはあの強靭な爪腕が、斬り離されていた。
数え切れないほどの命を奪ったであろう凶器が、左肩ごと轢断され、高々と吹っ飛んでいたのだ。
怪物は、耳をつんざくような悲鳴を発し、やがて斬り飛ばされた腕ごと地面に叩き付けられ、悶絶した。
<ギッ、ギッィ、ギ・・・・アアアア・・・・ッ!!!!>
「化け物」
そして、光弥はその藻掻きを、蒼く烈しい眼光で鋭く見据えていた。
「お前らは、たくさんの人を傷つけた。
命だって、奪った。
・・・・なによりも、あの娘を傷付け、苦しめた。
理由は、それでいい」
――――その言葉は怪物だけではなく、光弥自身にも向けられていた。
もはや迷いはない。
今はただ、逡巡を捨て去り、この胸の怒りだけに従うのみ。
貫くべき決意を今一度、己へ強く課す。
「・・・・それだけは絶対に、許せないんだ。
だから・・・・オレは、お前を斬る。
あの娘の為・・・・人の為を、成す。
お前を・・・・
重剣の鉾を突き付け、最期の宣告が為される。
そこに至って、遂に怪物は弱々しい呻きを漏らし、地面の上をもがいて後ずさる。
怪物は、初めて明確に光弥を恐れ、戦いていた。
その力には勝てないと遂に悟り、怪物はまた一歩下がる。
光弥はそれを追い、一歩踏み出す。
掲げる重剣の剣光が揺らめき、怪物を掠めた、その瞬間。
<グ――――ガボァッ!!!!>
再び怪物の口腔が膨らみ、白い杭のような物体が撃ち放たれる。
「見逃す、かよっ!!」
しかし、高速で飛来する吐瀉物に対して、光弥は重剣を真っ直ぐに構え、踏み込んでいた。
怪物の吐く白い杭は、防御すれば一時的に視界を奪われ、かといって回避すれば後ろにいる梓にも危険が及びかねない。
だが、もはやその対処に時間を掛けるつもりも、ましてみすみす見逃すつもりも無かった。
(ここだ!!)
互いの軌道がぶつかるまでの、瞬くまでも無い瞬間に、光弥は尚更に神経を研ぎ澄まさせる。
厄介な効果を持つ白い杭だが、その直線的な軌道を見切り、そして素早く、長槍の如く構えた重剣と向き合わせる。
力は要らない。
ただ交錯の一瞬、長く持った柄を操り、剣先で円を描かせれば、渦巻くように動いた鉾が杭を捕らえ、巻き込むようにして払い落としていた。
一切脚を緩めること無く、最後の障害を排した光弥は、逃げようとする怪物へ、猛然と突っ込んでいく。
「これで、決めるっ――――!!」
刹那。
今や、限界を超えて昂る光弥の闘志に呼応するかのように、重剣が眩い閃光を発する。
まるで黎明の空のような、蒼き烈光。
それこそは、もはや思い描く決着へとひた走る光弥と共にある、重撃剣・嶄徹の”鬨の声”であるのかもしれなかった。
< ギイィアァッ !!!!>
恐れ戦く怪物が、ただ一つ残った右腕を振り被る。
そこに絡む、翠緑の怪光。
恐るべき攻撃力を発揮させる現象だが、恐らく発動にはある程度の間が要るうえに、連発も出来ない。
何よりも、当たらなければそれで終わりだ。
光弥は、一切の躊躇い無く、怪物の懐へ飛び込んで行く。
ひたすらに、弾丸のように速く、そして深く。
同時、燃え盛る己と裏腹に、冷徹に研ぎ澄まされる意識に、鮮明な映像が叩き込まれる。
それは、嶄徹に込められた”記憶”だった。
斬っても突いても生き延びようとする、人知を超えた怪物に、完璧な引導を渡す、化け物殺しの”
<――――ィアアアアッ!!!!>
光弥を目掛け、爪腕が唸りを上げて叩き下ろされる。
だが、蒼き烈光纏い、低く斬り抜けていく光弥は、それを超えて速い。
両脚を深々と斬り裂かれ、自身の体重と攻撃の反動を支えきれず、膝を付く怪物。
間髪入れず、勢いをまるで落とさぬまま光弥は転進。
怪物の膝を蹴飛ばし、足掛かりにして跳躍する。
「はああああっ!!!!」
同時、飛び上がりざまに重剣を斬り上げる。
腕のみならず、全身のバネを用いて繰り出したその一戟で、一直線に怪物を斬り裂きながら、そして空中へ身を躍らせた。
「これでっ!!――――」
続けざま、重剣を渾身の力で、怪物の肩口目掛けて叩きつける。
そして、光弥はその体勢のまま左腕を振り被った。
黒い大籠手を纏った拳を、握り固める。
――――例えどんなに凶悪なケダモノだろうとも、一個の命を絶つ。
その覚悟を固く、強く握り締めて。
応えるように、重剣の纏う蒼光も極まる。
今や果てなく蒼く深く、そして眩く烈しい。
"蒼烈"。
そう言い表せる極光の刃が、吼え上がる。
「 終われぇ !!!!」
黒鋼に覆われた拳を、重剣の峰へ叩き込む。
凄まじい力を与えられた重剣は、刃に捉える全てを斬り裂き、奔る。
払いきれぬ恐れも、煮え切らぬ迷いも。
そして悪逆なるも、1つの命も。
<――――ッッッッ!!??>
怪物を斬り裂いた巨刃は、地面をも抉って、止まった。
吹き出した返り血が、光弥の全身に振りかかった。
そして、光弥は見た。
肉も骨も断ち斬った、その先。
怪物の中心にあった、結晶のような”核”が打ち砕かれる様を。
――――To be Continued.――――
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