#2 ”いつも通り”のさよなら

6月6日 21時36分

二間市 未土

住宅区




「・・・・なんか、変な夢だったな・・・・」




光弥は節々がズキズキと痛む体を動かし、帰路を行く最中だった。


季節は夏で、日の入りは伸びているとはいえ、この時間になっては当然、空は真っ暗である。


ところで、住宅街である未土区に立ち並ぶ家並は年季が入ったものが多く、あたかも少し時代を遡ったかのような、古い街並みの情景が見られた。


こうして夜になれば、家々の灯りの大部分は雨戸で遮られ、2階部分や小窓からの軟らかな光が漏れ出すのみ。


少し狭小な路地は、人も車も疎らなためにひっそりと静まり返り、目を引かれるものも少なかった。


そんな閑静な夜道を行く人は自然と思索に耽りがちになるもので、この時の光弥もまた、あの不思議な夢について考えを巡らせているのだった。




今わの際の幻のような、あの場所での出来事。


中でも、やはり目下のところ気になるのは、あの光る人魂達との、不思議な問答の方だった。


・・・・その前の、改めて突きつけられた光弥の"過去と因縁"については、あたかも忌避するかのように、脇に避けている節があったが。


(とにかく・・・・戦士、云々。

それから"敵"だの、戦えだの・・・・やたら時代がかった言い回しだったけど、意味はさっぱりだし・・・・。

・・・・それに、って、なんだ?)


夢なんて、得てして荒唐無稽なものである。


後から思い出せば、少し恥ずかしくて意味なんて無いものばかりだが、今回のそれはなんだか妙に気になってしまう光弥だった。


確かに、光弥には"師"と呼べる人物がいる、


・・・・いや、この場合はと言うべきか。


今の生家や、度々口にする格言めいた言葉など、その師から教わったこと、遺されたものは数多い。


そしてその中で、"力"という言葉で言い表せるような代物を使って勝ち残れと、あの人魂達は言っていた。


また、その口振りから察するに、それは使


比喩でなく、殴り合い、傷つけ合いをするに使うものである可能性が高い。


師の遺した、そんな物騒な"力"で、覚悟を持って、闘いに備えろ。


訳が分からないと思っていたが、こうして改めて一つ一つを分析すると、なんだかとても不穏な言葉のように思える。


ならば、果たしてその理由とは一体なんなのだろう?


そもそも、この平穏な日常の中で、何を相手にしろというのか?


そうして幾度も考えては見るも、確信に繋がる扉を開けるには、情報という鍵がどうにも足りていない。


となれば、結局光弥一人ではどうすればいいか見当もつかず、何度目かも知れない溜息をつくしか無いのだった。




「・・・・光弥くん!!」


そこまで考えていると、不意に光弥は現実に引き戻される。


いつかと同じように、香がこちらの顔を覗きこんで来ていた。


「どしたの?

・・・・まさか、まだどこか痛かったりする!?」


光弥は違うよ、と笑って、実情とは裏腹な答えを返していた。


それでなくても、今日は色々込み入った事が多い日だったし、これ以上いらない心配をかけたくはなかった。


「僕の体の事を考えてたんだ。

あんまり不思議だったもんで、ちょっと考え込みすぎてたよ、ゴメン」


内心はどうあれ、気楽そうな光弥の言葉を、香は素直に聞き入れ、そしてしげしげとその姿を眺める。


「確かに、不思議だね」


「・・・・うん。

なんたって"無傷"、だもんなぁ」


「おりゃ」


「ぐおっ」


油断していた光弥を背後から強襲する両手刀。


なんとなく、といった雑な雰囲気の弱モンゴリアンチョップでちょっかいを掛けてきたのは、当然のように正木だ。


他にいて堪るか、と微妙にイラッときた光弥であった。


「前々から頑丈な奴だとは思ってたが、今回ばかりは流石に驚いたぜ。

戦車とはいかねーが、トラックに轢かれても平気とはなぁ」


「それはそれとして、ぶっ飛ばしていいか、正木?」


「やだ」


「全く・・・・」


「ってか、怪我人に何してんのよ、アホたれっ」


「ぐおっ」


ツッコミ混じりの逆水平をかます香と、食らわされる正木。


そんなやり取りを見ながら、光弥は交通事故の後、担ぎ込まれた自分を担当する筈だった医師の話を思い出していた。




・・・・

・・・

・・




――――時は少し遡る。




「光弥!!」


「光弥くん!!」


「!!」


自分を呼ぶ声に意識を目覚めさせられると、そこはどこかの病院の病室だった。


光弥はベッドに寝転んでいて、そして目の前には心配そうに顔を覗き込む香と正木の姿があった。


「気がついた!?」


「・・・・ここ・・・・?」


光弥は頭を抱えながら身を起こす。


頭重感と共に思考も酷くぼんやりしていて、こうなる前後について上手く考えることが出来ない。


しかしそれも束の間のことだった。


「病院だよ。

光弥くん、救急車でここに運ばれたの」


「お前、覚えてるか?」


2人にそう言われた途端、光弥の記憶は怒涛のように蘇り出していた。


「・・・・そうだ。

僕、トラックに・・・・!!

っ、眞澄さん達は!!??」


切羽詰まって、半ば叫び散らしながらの問いかけに対し、香も正木もあからさまに言い淀む。


ゾッとして、光弥は微かな身の震えと共に瞠目させられる。


しかしながら、二の句を告げないままに話を聞かされていく内に・・・・どうやら、事態は思っていたものとは少し異なるようだと、光弥は理解していった。


「平気、だと思う」


「だ、って・・・・!!??」


「お、落ち着いてってば。

・・・・あのね、あの時いた皆、光弥くんのおかげで、横転したトラックには巻き込まれずに済んだよ。

あたし達が駆け寄った時には、梓もあの小学生の子達も座り込んでて、たぶん怪我とかもなさそうだったよ」


「・・・・そ、それなら、あの娘達は今、どこに?」


「・・・・それがよ、んだ。

俺達が救急車呼んだり、お前の方を見てる間にな」


光弥は、またも言葉を失わされていた。


香も正木も、一応はあの事故の当事者と言うべきか、その場に居合わせていた筈が、どうにもふわふわした言い草だった理由が、これで判明した。


「・・・・つまり、"彼女"達は、自分達であの場からいなくなったって?」


「ああ・・・・たぶん、な。

見た感じ、眞澄と金髪の坊主は呆然としてて、女の子の方は半べそかいてて・・・・で、ふともっかい見た時にはいつの間にか、な。

まぁ、別に痛がってる様子とかは無かった筈だぜ」


「・・・・そう、なんだ

・・・・それなら、なんとかなったんだな――――」


冷静に当時の状況を説明する正木に、光弥は心底ホッとしながらそう返す。


偽らざる気持だった。


自分の行いは、もしかしたら"彼女"達を救えなかったのか・・・・光弥が気に病むとしたら、ただその一点のみが全てだった。


光弥は深く、深く息を吐き、"彼女"達の命を守れた事実を噛み締めていた。




「――――考えてみれば、あんな強烈な事故に巻き込まれたら、怖くて居ても立っても居られないよな。

自分達でその場を去れたなら、逆に言えばそれだけ健康だって意味だろうし。

・・・・本当に何事も無かったなら・・・・それで十分だ」


「光弥くん・・・・。

・・・・でも、だからって・・・・」


「いいですか?」


ほっとしたのも束の間。


咳払いと共に聞こえてきた、聞き慣れない声に光弥は顔を上げる。


医者であろう、白衣を着込んだ中年の男性が、クリップボードを持って立っていた。


怪我人が目覚めたという事で、彼は一般人の香達と入れ替わりに進み出て、光弥に話しかける。


「お目覚めですね。

それでは、少し問診させて頂きますよ」


「あ、はい」


柔和で愛想の良い、医者らしい淀みない応対だった。


そのまま、要領よく幾つかの質問を投げかけ、その結果をボードに書き込んでいく。


「――――やはり、何も問題ないようだ。

では、今日はもうお帰り下さって結構ですよ」


「え、本当ですか?」


やがて、滞りなく問診が済んだと思いきや、そのまま退院の許可まですんなりと出されてしまう。


その展開の速さには、光弥も流石に驚いた。


これでも一応交通事故に撒き込まれたはずなのだが、ライトで瞳孔を見たり、聴診器を使ったりと言った、健康診断程度の簡単なもので済まされて良いのだろうか。




――――しかし、医者が言うには、光弥の身体には本当に異常はないらしかった。


そもそもに、ここへ運ばれてくる段階で、光弥の身体はトラックに撥ねられたとは思えない健康な状態だったらしい。


怪我らしい怪我といえば額や肘、膝の擦り傷くらい。


眠っていた間にそれなりの精密検査を行ったが、結果としては脳への影響、臓器への損傷もなし。


そして今の問診でも特に気になる点はなく、光弥は全く以ての健康体であるとの太鼓判を押されたのだった。


斯くして、にわかには信じがたい話であるも、めでたく即日退院となった光弥。


ところがその後、事故の当事者として、その調査をしている警察からの事情聴取を受けることになる。


強面の男性警官にいきなり「話を聞きたい」と言われて思わず緊張したが、しかしそれもまた大した問題もなく、速やかに済む事となる。


というのも、光弥が見ていた通り、トラックはで現場の数十m手前から暴走していたらしい。


その光景を目撃していた者は大勢おり、また逃げ遅れた少女達を助けようとしていた光弥の姿も、多くの人に目撃されていた。


事件か事故かはまだ分からないが、ともかく大勢から当時の状況を聞いているのだと言われ、光弥達に求められたのも、簡単に当時の行動を説明する事のみ。


事情聴取という物々しい言葉とは裏腹に、易々と事は終えられる。


かくして、駆け足だがこのような経緯の上で、光弥達はこうして荷物を引っさげ、帰路についている次第であるのだった。




・・・・

・・・

・・



「意外にポン、と出くわす事もあるもんだ。

「奇跡的に怪我人はいなかった」ってやつ」


今の声マネは、たまにテレビでやっている衝撃映像紹介番組のナレーションだろうか。


わざとらしく太くした声で、面白おかしそうにそう言う正木。


「まぁしんどかったけど、終わってみれば万事上手くいってて、良かった。

・・・・あのトラックのドライバーの人は残念だったけどさ」


光弥を含め、暴走に巻き込まれた人は全員が軽い怪我で済んだが、しかし唯一トラックを運転していた男性だけは助からなかったらしい。


あれだけの激しい事故で、しかもその後にガソリンに引火して爆発までしては、仕方のない事だろうか。


その光景を光弥は知らないが、それほどの大事に巻き込まれてもこうして元気にしていられる事に安堵すると同時に、釈然としない感情も、またあった。


どうしてこんな事になったのか。


そんな文句も疑問も、永遠に解消されない事態になってしまったのだから。


それに、もやもやの原因はもう一つあった。


今回の事故のこと、そして病院に運ばれたことや、その治療費については当然、後見人の芹子に知られるだろう。


心配しないで、と言ったその日にこんな事になっては、彼女に合わせる顔がないというもの。


次に会った時のことを考えると、少し憂鬱な気分になる光弥だった。


「・・・・でもほんと、皆に何事もなくて、良かった。

あんな大きなトラックが引っ繰り返っちゃって、火事にまでなりかけたのに、光弥くんも梓達も大怪我なんてしてないみたいで・・・・」


「まぁ、上手くやったもんだよな。

見た目だけなら、アクション映画も真っ青なスタントだったぜ」


「・・・・そんな呑気な話なんかじゃないでしょ、もぅっ」


なんとなく引っかかりを感じて、光弥は香の方を見る。


彼女は、相変わらずさっきから何度となくスマホを取り出しては、画面を見るのを繰り返していた。


「・・・・連絡は、着いた?」


「・・・・ううん。

本当に何事も無いか、ちゃんと本人から聞きたいんだけど・・・・」


「そっか・・・・心配だね」


「・・・・それに光弥くんがあんなに頑張ったのに、さっさといなくなっちゃうなんて・・・・梓ったら・・・・」


無事である、というは、あくまで事故の後の様子を側で目にした、香達の主観だ。


確証は無く、音沙汰も無し、というのは確かに心配な事である。


しかし、今の光弥はそれと同じくらい、苦い表情を隠そうともしない香らしからぬ様子にも驚いていた。


「?

まぁ、平気だろよ。

聞いた話じゃ、怪我人はコイツ以外にいない、って話だしな。

あれだ、「そこにはなんと、元気に走り回る3人の姿が!!」ってやつ」


「正木、それはの言い回しだって・・・・」


「・・・・バカ言ってないでよバカっ、もぅ!!

言っとくけどあたし、あの時本当に怖かったんだからね!?

・・・・あー、もぅ、なんかあの光景しばらく忘れらんなそう・・・・」


と、しっかり三角形に繋がる会話であるが、やはり一人だけ明らかにテンションが低い。


要するに、マジっぽい不機嫌さであった。


そしてこういう不自然さは、なにか大きく思い悩んでいる証左だと、光弥は身を以て知っている。


「香ちゃん、何か機嫌悪いね」


などと、思わず直球で聞いてしまったのが運の尽き。


「むっ」


香から本気の吊り目で睨まれて、のけぞる光弥。


冗談の余地のない表情だ。


どうやら、この場で香だけは、一件落着と笑えない気分であるらしかった。


「当たり前でしょっ。

皆して、人のことを散々驚かして、だんまりだったり、能天気に笑ってたり、なによっもぅ!!

そりゃ、人助けの為だって分かってるよ?

分かってるけど・・・・あんな事を目の前で見ちゃって、そんなににこにこしてらんないよ・・・・っ」


「お、おいおい香・・・・・」


まさに、能天気にしていた光弥と正木とは裏腹に、香にとってこの一連の出来事はとても重く、根深い衝撃をもたらしていたのだった。


思い悩む香の姿は、もはや笑い話半分と呑気に構えていた男2人には、青天の霹靂だった。


「そ、そっか・・・・ショックだよね、そりゃあ。

その、ゴメ――――」


「謝るのはもういいよ。

分かってるもん、光弥くんならそうするって。

自分でそう言ったばかりだったしね。

・・・・ただあたしが、すんなり納得できなくて、むしゃくしゃしてるだけ・・・・っ」




何事もなくて良かった、それは本心だろう。


ただ、今日は色々と難しい事態が次々に押し寄せてきて、それを見届け続ける香は、ずっとはらはらしっぱなしだったろう。


でも、そうやって疲れてしまった香をよそに、横の能天気2人は呆れるくらいに陽気で、気がつかない。


同じ体験をしたのに、擦れ違った心境。


そんな温度差と疎外感に、我慢ならなくなった・・・・のだろうか?


ツンとそっぽを向いて、珍しく不満を憚ることなく露わにする香を、光弥はそう分析した。


「お、おいなんだよ、いきなり。

さっき轢かれた光弥より、お前がを立ててたってしょうがないだろ?」


萎らしくなった香に動転してか、正木は咄嗟の思いつきであろう言葉を投げかける。


しかしそれと来たら、光弥ですら思わずうわっ、と引くぐらい乱暴なものだった。


努力は買うが、点数にしたら4点。


もちろん100点満点中の話で、こんなの一発赤点である。


「 ふんっ !!!!

そーですっ、機嫌悪いですっ、へそまげてますっ!!!!

迂闊に近づいたら、噛み付くかんね!!!!」


案の定、角を突き出し、歯を剥いて脅かす香。


「がるるる・・・・」


(・・・・あれは本当にやるテンションだな)


(な、なんとかしろよっ。

半分ぐらいはお前のせいだぞ!!)


(な、なんとか、って言ってもなぁ・・・・)




と、戦々恐々とする光弥と正木。


やがて、気が付けば朝に待ち合わせをした橋のたもとまで来ていた。


眩しい朝日の中、ここで3人一緒に大騒ぎしたのがひどく前のことに感じられる。


そして、もうすっかり夜の帳に包まれたこの場所は、同時に解散場所でもあった。


ここから、正木と香は2人で繁華街の赤津場商店街の方へ。


逆に光弥は、桜蔭館のある郊外の方へと、帰り道が分かれるのだ。


つまり、肩を怒らせてどしどし歩く香のご機嫌をとるには今、この十字路がラストチャンスなのだ、が。




「――――じゃああたし、こっちだから」


「あ、あぁ、うん、気をつけて帰ってね」


「あたしよりも、光弥くんは自分の帰り道に気をつけなさいっ」


「う、うっす・・・・」


香はニコリともせずにそう言い捨てる。


ちなみに声の調子の方も、実際は文面に表わしている以上の、それはそれは辛辣な言い方であった。


さっさと踵を返して歩き出すその背に、これ以上声をかけるのを光弥は断念せざるを得ない。


(こりゃぁ・・・・しばらく無理そうだな・・・・)


(勘弁しろよ・・・・俺はまだあいつと一緒に行かなきゃなんねぇんだぞ)




温厚な人ほど怒ると恐い、とはよくいう。


3人でやいのやいのとしている普段の様子から、香はすぐにキレる人かと思われがちなのだが、実際は寛容で温厚だ。


もちろん怒る時は怒るが、弁解を聞く余地も無く無視を決め込んでいるこんな不機嫌さは、相当に珍しい。


光弥も正木も、勝手気ままにからかったり、言いたい放題に見えて、その距離感は長い付き合いで把握している。


しかし時には、計算外の要因でその線をうっかり踏み越えてしまうこともある。


ちょうど、今みたいに。


だが、怒らせ方が分かっているなら、そのだって当然染み付いているものである。




「――――とりあえず、今夜はグッと堪えて、頼んだ。

明日また、あらためて謝るからさ」


「・・・・ま、それしかねぇだろな。

時間が経てば、あいつも頭冷えてんだろ」


ここはそっとしておくしかないと、男衆は顔を見合わせて頷き合っていた。


香は、明るくて世話焼きで優しい女の子だが、やはり時には意固地になって、にっちもさっちも行かなくなってしまうこともある。


謝罪を笑顔で受け入れてくれるようになるのを、明日の香に期待する光弥。




そして、なにより・・・・何事にも言えるが、もっと大事なのはそうやって怒らせてしまった原因をちゃんと分かって、繰り返さない事。


何度となく光弥を案じてくれた、香の想いや不安。


それは尊重しなきゃいけないと、光弥は胸に強く抱く。




「なぁ、光弥」


足早に香の後を追って歩き出した正木だったが、その時ふと、背中越しに光弥に声をかける。


「ああいう時にお前がどうするか、大体分かってるけどな。

・・・・お前も、無理は大概にしとけよな」




その張り詰めた言い方に、光弥は不意打ちを受けた気になっていた。


ああして面白おかしそうにしているが、正木だって少なからずショックは受けたのだろう。


事故の瞬間と、目覚めた直後の、あいつの切羽詰まった様子は本物だった。


素直に表すことはないが、友達の事には本当に親身な奴なのだ。




「・・・・・・・・・・」




去っていく友人達の背を見送りながら、改めて思う。


今日の、この目まぐるしい一日を振り返ると・・・・光弥は随分と、迷惑な奴だった。


少なくとも自分だったら、正木や香が同じ事をしたら、安堵しつつもそう思ってしまっただろう。


加えて、それらの事柄は全て善意から来ているだけにタチが悪い、とも。


香にも正木にも、大きな借りを作ってしまった気がする。


それに対する謝辞は簡単に、いくらでも言い重ねられるだろうけど、そんなのはもうあっちも飽き飽きだろう。


まさにこの、タチの悪くて迷惑な事情に付き合ってくれている感謝を軽くしない為にも、何か言葉以外の誠意を示したかった。


「・・・・こんな、めんどくさい事情に付き合ってくれた借り、返さないとな。

また明日、会う時に・・・・」




――――その時、は唐突に吹き抜けた。


ザワッ、と木々を揺らし、それだけでなく光弥の身体を突き抜ける。


冷たく、得体のしれない感触で、心を逆撫でしていく。


薄気味悪い、不吉な風だった。


呪いの言葉を囁かれたように背筋が冷えて、光弥は咄嗟にその風のやって来た方を見上げた。


「っ!!――――」


そして、同時に光弥は言い知れない予感を覚えていた。


霧のように触れられない。


けれど無視できない。


確かにそこにありながら、正体は掴めない。


透明な不安が、光弥にのし掛かる。


独り、夜道に立ち尽くしながら、胸が騒いだ。


光から遠ざかり、暗闇へ潜り込んで行く時のように、それは止め処なかった。


寂しさ、心細さが掻き立てられ、誰かの助けを求めて声を上げたくなる衝動が渦巻く。


慄いて振り仰いだ先の空には、煌々とした真円の月が浮かんでいた。


真っ黒で分厚い雲が漂う中に輝く光は、しかし今は安心感よりも、むしろ背後にある濃い影と不安とを浮き彫りにさせるようだった。




"予感"を恐れ、冷たい汗が流れ出すのを感じる。


今更これを、ただの気の迷いだと、どうして嘯くことが出来よう。


まさに今日、この"予感"に、一歩間違えば死んでいた事態を知らされた、光弥に。




「・・・・また・・・・明日・・・・」




ふと漏れ出したそんな言葉は、奇妙に冷たい夜風にさらわれ、かき消された。




――――To be Continued.――――



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