#2 彼らの通学路
6月6日 8時24分
二間市 未土
住宅区 市営バス停留所
「遅いな・・・・光弥君」
"桜蔭館"から、少し離れたところにある橋のたもとにて。
様々な理由で人々が気忙しく行き交う中、学生服姿ながらもどかしげに立ち止まっている2人がいた。
少年と少女が1人ずつ。
どちらも甚く待ちくたびれている様子で、通りの向こうに目を凝らしている。
「・・・・なぁなぁ
これじゃ、俺たちまで遅れちまう」
橋の欄干に寄りかかって立っていた少年が気だるそうにそう言った。
――――肩まで無造作に伸ばした髪は、染め上げた金髪。
後ろ髪を引っ張って、纏めて後ろで縛っている。
ニキビ痕が見られるも面長な顔つきは、割に整っているも、しかし今はその心情を如実に表し、機嫌の悪そうな半眼であった。
身に纏う制服だが、こちらはネクタイをしていなかったり、ワイシャツのボタンを留めていなかったりで、おそらくはわざと着崩して纏っている。
浅黒い肌に筋肉質且つ長身であり、言動通りにその長い手足に貧乏揺すりさせるのが止まない様子。
首にかけた主張強めのシルバーアクセサリーも合わせて、その見た目はかなり威圧的だ。
前述の鋭い目つきも相まって、世間一般に、いわゆる"素行が悪い"と言われて遠巻きにされてしまいそうな格好であった。――――
「また
ちゃんと待ってなきゃだめっしょ!!」
かなりの時間待たされているフラストレーションに、ふらふら体を動かす少年――――
対して、時計を見ながら背筋をしっかり延ばして姿勢良く立つ少女―――
――――薄く茶色味がかった黒髪は肩程までのショートヘアで、ピンと外ハネした横髪が特徴的だ。
身長は平均値よりやや下、といったところ。
スラリとした細身な身体は、華奢で女性的であり、ボーイッシュで快活な魅力のある少女だ。
大きめな眼鏡を掛けて丸みを帯びた顔立ちは、くっきりした丸っこい目と相俟って、如何にも童顔で可愛らしい。
肌色も健康的な血色で、頬にある若干のそばかすもまた、愛嬌の一助となっていた。
服装は、正木と同じ意匠の女生徒用学生服をかっちりと身に付けている。
動く度に、胸許の赤のリボンや、やや短めのチェック柄のスカートが翻り、そして右の二の腕には、青地に白ラインの入った腕章が動く。
そんな衣服の整い具合や、背筋の伸びた立ち姿の上、今の眉根を寄せた表情もあって、些か"お堅い"雰囲気を醸し出してもいる。
しかし、彼女の持ち前の愛嬌はそんな印象を柔和にし、ムスッとした不機嫌さもどこか愛らしく見せてしまうのだった。――――
「んなこと言ったって香ちゃんよー。
もう待ち合わせの時間なんざ、とっくに過ぎちまってるってんだ。
"あいつ"のことだし、また寝坊とかしてんだろーよ」
香の叱責にも構わず、腕時計を見ながらけだるそうに文句を垂れる正木。
だが、それを受けた香は呆れたように息を吐き、鈴の鳴るようなソプラノの声で、逆に辛辣にこう言った。
「正木じゃあるまいし。
置いて行く訳にもいかないでしょ?」
「・・・・そこで俺を引き合いに出すのは、どーいう了見でい」
ついでに香からジト目を向けられ、正木もも同じような表情で返す。
だがしかし、こういう場合、女性の方が遥かにおっかないのは何故なのか。
「ちょっと、まさか忘れたとは言わせないかんね!!
あんた、この前「買い物しよう」って自分から言ったくせにすっかり忘れこけて!!
待たせに待たせて、やっと来たと思ったら「よっ、待った?」の一言で済まそうとした大 馬鹿 野郎 じゃんっ!!」
ごう、と怒声を浴びせかけられ、たじろぐ正木。
憤慨する香の、華奢さに見合わぬかなりの声量は、流石と言わざるを得ない。
「うっ・・・・大馬鹿野郎って・・・・や、そ、そりゃー悪かったけどよ。
まぁ遅刻なんていつもの事じゃん?
だいたい2ヶ月も前の事だし、まぁそんな目くじら立てずに――――」
「何言ってんのよ、このドアホ!!
こっちは冷たい風の中3時間も待たされたのよ!!
それを、このヌケサクはっ・・・・!!」
「だぁー!!悪かった悪かった!!
俺が悪ぅござんした!!」
「ったくもぅっ!!」
話を逸らそうという目論見も看破され、濃密な恨みのオーラを背負い始めた香に、堪らず下手に出ざるを得ない正木である。
必死に謝り倒す彼を見て、香は一応は"角"を収めながらも、ツンとそっぽを向いた。
勿論、あからさまにさっきよりも機嫌は悪化し、もはや触れなば噛みつかれん迫力である。
「・・・・たまんねぇぜ、ったく・・・・」
自らの迂闊な一言が招いた思わぬとばっちりに、正木はひっそりとため息をつく。
ところがその時、頬を膨らませていた香が、再び正木の方にぐるんと向き直った。
こんな小さい小さいぼやきを聞き逃さないほどに、今の香は仏罰の化身めいて厳しいのである。
「むっ、なーにその言い草ー!!
大体あんたは昔ッからそう!!
酷い時は、自分が持ち込んだ話だってスッパリ忘れる能天気で・・・・!!」
「あーあーあーあー」
その後も続く香の"お説教"に、正木は渋面にて避難の構え。
体ごと逃げるついでに、こっそり耳までも塞いでおく。
(一人で叫び散らかしといて、自分だけ元気だよなコイツ・・・・)
すると、まるで心の中だけでのぼやきを聞き咎めたが如く、ますます香はヒートアップする。
「ちょっと聞いてるの、もぅっ!!」
(大体こいつだって昔ッからやたら説教くさいのは変わってねぇじゃねぇかよ・・・・ 。
何かにつけてがみがみがみがみ・・・・あ~ヤダヤダ・・・・)
「聞・い・て・る・の!!??」
「イデデデ!!!!
聞いてる聞いてるきーてますきーてますって!! !!
耳をつねんな!!!!」
「塞いでたくせに!!」
「だってお前うるさいんでぇ!!」
「なんだとのチョップっ!!!!」
「いてていていてーって!!!!」
斯様にして、夫婦漫才のように軽妙などつき合いは、次第に朝の往来のいい見世物になりつつあった。
道行く人達は何事かと視線を送り、なんならその激しさに若干どころでなく引いている有様。
しかし、楽しそう(?)な当人達はそれに全く気付かないまま、諍いをエスカレートさせていく。
と、そんな時だった。
「・・・・おーい・・・・!!」
派手さを増していくこの取っ組み合いに向かって、何やら遠巻きながらに声をかける勇者が1人。
正木と香は、その声がさっきから待ち続けていた件の人物であることに気付き、ようやくその手を止めようとしていた。
「・・・・おーはーよー!!・・・・」
人影が、50mほど先まで走り寄ってくるのを確認する。
それに対する反応はそれぞれに対象的なものとなった。
「あ、光弥くーん!!」
「あのヤロ、やっと来やがった・・・・」
さっきまでの、怒髪天衝く形相を引っ込め、一転して笑顔で光弥に手を降る香。
待ち人来る、というだけにしては妙に嬉しそうであり、心なしか普段の声より半音ほど高くなっているようである。
そんな香と、ようやく姿を表した光弥に対し、正木はズキズキ痛む耳たぶを押さえて、機嫌悪げに毒づくのだった。
――――さてこの2人・・・・香と正木は、光弥と同じ学校に通う高校2年生だ。
そして光弥も入れてのこの3人は、この年になっても未だ仲の良い幼馴染同士だった。
その付き合いは、かれこれ8年程前から。
元は香と正木の2人だけであり、光弥はここに"転校生"として出会った。
そして、今ではこうしてすっかり性別を超えた友人となり、また今朝も仲良しな彼らの談笑は、賑やかに始まろうとしていた。――――
「・・・・♪
もぅ、遅いよ光弥くん!!」
親しみがこもった微笑を浮かべながら、早足に歩み寄る香。
無理なく会話できる距離まで近づくと、2人は挨拶を交わしあう。
とはいえ、光弥が遅刻してきているのは事実なので、すぐに香は厳しい調子でその事を指摘する。
「遅刻だよっ。
ちゃんと起きれなかったの?」
「やぁ、そういうわけでもないんだ。
ついのんびりしすぎたのと、忘れ物したのと、トイレ行きたくなったのとで、ついつい・・・・」
「問題起きすぎでしょ、まったくもぅ・・・・」
どうにも能天気な様子の光弥に、呆れたようにため息をつく香。
しかし、その表情は先ほど正木をどやし散らかしている時とは、比べるべくも無く柔らかい。
「正木がヘソ曲げちゃって、もう文句たらたらで大変なんだから」
「あー、はは・・・・そりゃ、確かに大変だな」
いざ当人が聞いていたら突っ込まずにはいられない話の流れだったが、幸い正木にはまだ聞こえない距離でのやり取りだった。
苦笑いをし合うと、上機嫌の香は一足先に元の集合場所に駆け戻っていく。
「――――あれ、どうしたの正木?」
すると、正木の方はなぜかその場でしゃがみこんでいた。
香の問いかけに正木は「んー」とあいまいな返事を返す。
「・・・・?
かばんは?」
「そこ」
「・・・・?
何で伸脚してるの?」
「色々・・・・」
「・・・・聞いてないでしょ」
「や、ちょっとなー・・・・」
何度と無く帰ってくる生返事に機嫌を悪くした香がムスッとした顔でそっぽを向く。
そんな香をよそに正木は「よし」、と一言つぶやくと立ち上がって肩をパキポキ鳴らす。
「いくぜ・・・・」
「え?」
堂々と仁王立ちに構える正木。
なにやらその身には臨戦の覇気を漲らせている。
かと思えば次の瞬間、今度はいきなり光弥目掛けて猛然と走り始めた。
「ちょ、正木っ?」
"それ"はマタドールと激しくもつれ合う水牛の角のような、力強さ。
そして数百トンの鉄筋建築を支えるL字鉄骨のような、逞しさを宿していた。
獲物めがけて飛翔する鳥の大翼のように大きく広げられ、振り出される右腕が、唸りを上げる。
空気を引き裂いて進む、鋼の上腕二頭筋が、軋む。
「あぁ、正木、おはよ「 だあ"ーしゃあ"っっっっ!!!! 」
< ゴスッ!! >
能天気なツラをした光弥の胸骨柄の辺りへ、思うさま叩き込まれる男の腕かいな。
「 ぐっはぁっ!? 」
全てを薙ぎ倒す、一撃必倒の衝撃。
その後に残るのは、倒れ伏す屍と、やりきった男の背姿の一対きり。
目の前の惨劇に香は思わず呟く。
「・・・・ウエスタンラリアット」
「――――ちょっ、何やってんの!?
ふ、二人とも平気「 いっっってーーーなっ、にすんだよ正木ぃっ!? 」
まず光弥が復活。
怒りを露に早速食って掛かる。
挨拶にしては強烈かつ大仰すぎるし、当然の憤慨であろうさ。
「何すんだ、じゃねぇっ!!
何を暢気に重役出勤してんだトンチキが!!」
だが、正木の方とて負けてはいない。
散々待たされた鬱憤を晴らすように吠える正木。
ヒリヒリするのか、ほんのり赤くなった右腕を摩っているところが微妙に情けないが。
「だからってそんなむさ苦しい技使うこと無いだろ!?」
「だぁっしゃい!!
そしてハン○ンに謝れ!!
お前、いったい何分遅れだと思ってんだ!!」
「・・・・10分ぐらい?」
「20分だ」
という訳で、答え合わせに腕時計を一緒に覗き込む光弥と正木。
「なんだい、5分くらいしか過ぎてな <スパァン!!> あでっ!?」
「・・・・どうやらまだ寝惚けてるようだから教えといてやる。
文字盤よく見ろ」
意外すぎる正木の言葉に、光弥は思わず眼をしばたく。
時計が示す時間は8時15分。
どういう訳か、どんなに待てど見詰めど、8時15分。
「・・・・あぁ、なるほど!!
なんなら、秒針止まってら <スパァン!!> 2発目っ!!」
「おぅ、そろそろ目が覚めたかこのスカタン」
「くっ、ほどほどの遅刻で収まると緩んだ心を、止まった時計で油断させる・・・・なんて巧妙な!!
ちゃんと家は8時5分過ぎに出たのに <スパァン!!> 3度目っ!!」
「それでも問題大有りじゃねぇか、頭沸いてんのかっ!?
5分前行動の意味間違えてんだろお前!?」
「・・・・あーあーはいはい。
ほら両方、頭冷やせっ」
「「むぎゅっ」」
ひとたび部外者となると、すれ違いざま白い目を向けてゆく人々の視線が気になるのか、頭を押さえてそれまで傍観していた香が割って入った。
細腕にもかかわらず、意外な程の力で二人を引き剥がしてみせる。
その際、二人の鳩尾に裏券気味に拳が入ったのだが、狙ってやったのかどうかは謎だ。
真偽はさておき、とりあえず悶絶する光弥と正木。
「二人とも、落ち着いてって。
まったくこんなところで恥ずかしい!!」
「止めるな香。
もう一発食らわせろって、俺の左腕が疼いてやがるっ!!」
「――――上等、だぜ。
僕だって、売られたケンカから逃げるような腰抜けじゃあないっ!!」
再び取っ組み合わんと詰め寄る両者を、再び引き剥がす香である。
「ったく、この馬鹿どもはいっつもいっつも・・・・」
「心底うんざり」と言わんばかりな香である。
さっきまではこうして止められる側だったことはすっかり棚に上げたようである。
さておき、激しめに息巻く2人の間に、ため息混じりに強めに言葉を差し挟む。
「――――やってる場合じゃないでしょ、もぅ。
まったく・・・・二人とも、何でそういちいちまず突っかかっていくわけ?」
「「何でって・・・・」」
意外にも、香の問に正木と光弥は素直に手を止め、互いに顔を見合わせていた。
「それは・・・・そうだなぁ・・・・」
と、上の空に視線を泳がせて考え込む光弥。
正木も同じく、口を半開きにしながら考えてみる。
若干間抜けな絵面だった。
「「おぉっ」」
やがて、「閃いた」とばかりに互いの拳を打ち合わせた。
ナイスタイミング、完全に同時だった。
「「
「お馬鹿っ・・・・」
と、渾身の答えはあっさりと、かつばっさりと、香によって切り捨てられる。
だが、正木達は揃って含み笑いをしていた。
特に示し合わせていた訳でもないが、阿吽の呼吸でグルになっていた証拠の笑いである。
互いに顔を見合わせ、満足げな表情でグッとサムズアップをしあう。
「反応は上々だが、ツッコミにキレが無いなぁ、香ちゃんよ」
「・・・・もぅ」
香は、そんな二人を見て溜め息を一つ付く。
声の調子とは裏腹に、その顔は微笑んでいた。
「いつもそんな感じで仲良くしてくれると、"ストッパー"の役目も楽でいいんだけどな~?」
「はっは、そりゃぁ無理な話ってもんだ」
「まぁ、これが僕らの挨拶みたいなもんだし」
「そんな挨拶替わり、ありえないからっ――――ふふふ・・・・」
「へへへ・・・・」
「っははは・・・・」
――――果たして、3人はそろって大笑いをしていた。
何が可笑しいのかよく分からなかったけど、ただただ楽しくなって、笑い出してしまうのだ。
ドツキ合いやら何やらから始まる、三人の交友。
ともすればケンカと思われるほどかなり激しかったりもするが、言わずもがなそうではない。
対立や衝突はすれど、必ず笑って仲直り。
呆れたり、怒ったりすれど放っては置かない。
性別も性格も違うも、紛れも無く彼らは"親友同士"なのである。――――
「あ、ごっほん」
と、ひとしきり盛り上がった後、不意に正木が一つ咳払いをした。
「どしたのさ?」
「重大な話がある」
と、光弥の問に対して、なんだか神妙にそう言って手招きする正木。
「?」
光弥はとりあえず耳を近づけてみる事にする。
「とりあえず走れぇ!!」
「ほぎゃぁっ!?」
その結果が、この有様であったが。
耳元で叫ばれ、堪らずひっくり返る光弥を、正木はバカめ、と言わんばかりに見下すのだった。
「お、おのれ卑怯な・・・・っ」
「あー、もー、や。
もう面倒くさいから、あたしそれについてはもう流すことに決めるかんね。
ていうか、そんなことより急いで光弥君!!
もう半過ぎ!!
始業時間まで超ギリだよ!!」
「バスもさっき行っちまったぜ、急げよ!!」
「えぇっ!?
何でもっと早く言ってくれないのさ!!」
「 お 前 が遅いからだ!!」
「光弥君が遅いからだよ!!」
「――――そうだった!!」
「バッキャロー!!」
「あぁ、もぅ!!
大体あたしたち、自転車使っていけばこんなに忙しくなることはないじゃない!?」
「てやんでぇっ、あんなダセェ自家用ボロチャリなんざ乗れるかってんだっ!!」
「「バッキャローッ!!」」
矢継ぎ早の会話のあと3人はまた騒がしく走って行った。
((((・・・・変な奴ら・・・・))))
周囲の人々の白い視線を、背に受けながら。
「ぃぇっくしっ!!」
「うっわ、こっち向くなよ光弥!!」
――――To be Continued.――――
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