第24話: まだ、もうちっとだけ続くんじゃ(本当)




 ──それは、平々凡々ながら替わり映えのない日常が続いた、とある日……暦で言えば、2月終わりのこと。




『──次のニュースです。連日続いていた公金横領問題にて、男女合わせて981名の逮捕者が出ていたのですが、今朝方、新たに2名の逮捕者が出ました。


 そのうち一人はリーダー格と思われる、○○歳男性、職業不明。


 逮捕の際、『五つの難題だ! そこへ行けば分かる! 俺たちは何も悪い事はしていない! 仕方がなかったんだ!』と何度も供述しており、容疑を否認している模様です。


 関係者スジの話では、容疑者たちは横領した金を親族などに回してマネーロンダリングを行っており、まだまだ新たな逮捕者が出て来るのではとのことです。


 現在、分かっているだけでも2000億円近い被害額になっており、関係者筋からの話では、おそらく総額は5000億に達するのでは……と話が出ております』




「はぇ~……すっごいなあ、2000億か……何をどうやったらそんなに使いこめるんだ、風俗でもハシゴしたのかな?」



 お買い上げした儚駄目荘もうだめそうの自室(部屋、一つしかないけど)にて、炬燵に入ったままテレビをぼんやりと眺めていた彼女は、思わずそう呟いた。


 その手は、もそもそとミカンを剥いている。女神だって、炬燵にミカン。正直、ちょっと飽きている。



 でも、仕方がない、食べなくては。



 欲求に駆られてダンボール買いしちゃったから、急いで食べないと腐ってしまう。というか、既に4個ほど腐っていた。


 ウッカリ忘れて腐らせてしまうのはまだ許せるが、意図的に大量に買って腐らせてしまうのは我慢ならない。


 なにせ、一緒に買い物に行っていたマザーより「食べきれますか?」と忠告まで受けていたのだ。


 これ以上腐らせて駄目にしてしまえば、何を言われるか分かったものじゃない。だって、悪いのは自分なのだから。



『2000億円も風俗をハシゴできる能力、人間離れして少し興味がわくと思いませんか?』

「……不本意ながら、同意見」



 そうしてモソモソ口も動かしていると、賢者の書が合いの手を入れて来た。



「そんな君へのお礼に、剥いたミカンをくれてやろう、口を開けろ」

『口などありませんよ、ビタミンCの取りすぎで頭の中が果汁にでもなりましたか?』

「おまえ、かつてはハリウッドスターの中でも一目置かれた世界のスーパーアイドルの私に、よくもまあそんな事言えるもんだな?」



 相も変わらずな酷い煽りに、彼女はジロリと賢者の書を睨みながら……ポイッとミカンを口の中へ入れる。




 ……そう、彼女が芸能界デビューを果たしてから、少しばかり月日が流れた。




 特に目指したかったわけではないが、気付けば、彼女は世界を股に掛けるスーパーアイドルになっていた。


 まあ、今は芸能界から引退しているけれども。




 ……その話を語るならば、数年前にさかのぼる。




 当時、キッカケは、とある映画がコンクールで賞を取り、それを見ていたハリウッドのお偉いさんからのスカウトだ。


 その時はまあ、正直言わせてもらうなら……彼女は、ハリウッドになんて欠片の興味もなかった。


 そもそも、アイドルを始めた理由は、『超神』をおびき寄せるための囮を、自らで担うためだ。


 なので、色々あってその問題が解決した以上はもう、彼女がアイドルを続ける理由は無いわけだ。


 けれども、己を中心に莫大な金が動いているうえに、己のためにも一生懸命動いてくれている黒岩マネージャーのこともある。


 あと、なんだかんだ言いつつも、ライブやら何やらに駆けつけてくれたファンの人達を蔑ろにするのも……こう、心情的に許し難い。



 だって、客観的に考えて、だ。



 3,4時間のライブを見に来るためだけに、わざわざ他府県まで会いに来てくれる人が、いったいどれだけ居るだろうか。


 そのために予定を開けて、チケットを取って、電車やら飛行機やらを使って来てくれる……その得難さを思えば、とてもではないが……勝手は出来ないなと彼女は思ったわけである。


 なので──彼女は(いちおう、黒岩に確認してから)普通に、周りに相談した。



『ハリウッドからスカウト来たけど、こっちのファンの方が大事。是が非でも受けるべきと言われたが、ファンの皆様が難色を示すなら断るから、意見ください』、と。



 その結果……彼女は、ハリウッドデビューとなった。


 どうやら、ファンたちは彼女がどこまで羽ばたけるのか……それを見たかったようだ。


 とはいえ、ハリウッドというのはピンからキリまである。


 フワッとしか知らない人は想像していないだろうが、たまにテレビ等で報道される『ハリウッドセレブ』と呼ばれる人たちは、上澄みも上澄みだ。


 そう、けっこう誤解されがちなのだが、ハリウッドという世界はバリバリの階級社会であり、同じ俳優ではあっても、その扱いは天と地ほどの差がある。



 おおまかに言うなら、日本の芸能界とだいたい一緒だ。



 売れて固定ファンが付いた俳優は次から次に仕事が舞い込んでくるが、売れていない俳優は中々日の目を浴びないまま、ちょい役などで地道に顔を売っていく。


 なので、大半は一般人が思うほど給料をもらっていない。


 それどころか、上澄みの人達すらも、売れない時期は副業で別の仕事をしていたなんて話がゴロゴロ転がっているぐらいに、ありふれたモノなのだ。


 C級、D級と呼ばれるような作品に単発で出るぐらいで、それすらも呼ばれなくなって、そのまま引退なんてのも珍しくはない……それが、ハリウッドの裏側なのである。




 で、そんな世界に飛び込んだ彼女だが……まあ、うん、アレだ。




 事前の想定通り、いきなり主演女優……なんてことはなく、とある作品のチョイ役……主演の男にちょっと色目を使って、そのすぐ後に退場するはずだけに終わった。


 そこまでは、良かった。


 売れるか売れないかは別としても、まあこんなもんだよね……と彼女は特に気にすることもなく、マザーより用意してもらったおにぎりを頬張っていた。


 ぶっちゃけると、彼女は売れなくても特に問題には思っていなかった。


 あくまでも、マネージャーの黒岩やファンたちの為にハリウッドに来ているのだ。売れないなら売れないで、しょーがないよねー……というのが、彼女の本音であった。




 ──けれども、その映画が上映された翌週。




 さすがにハリウッドまでは付いていけない(コネもそうだが、英語もそこまでじゃなかった)黒岩の替わりに、マネージャーになったジャック(御年47歳、妻子有り)より事務所に呼び出された彼女は……思わず、目を瞬かせた。



「え、先日の次回作の主演女優に私を?」

「正確には、スピンオフみたいなものだ。スポンサーに限らず、客から電話やらメールが殺到してな。どうして輝夜が主演じゃないのか、あの女は誰だ~って、すごい事になっていたぞ」

「はぇ~、なんともまあ物好きな人たちが大勢居たもんだ。さすがはアメリカ、感性の違いを感じるね」

「感性って……いや、まあ、おまえらしいと言えば、おまえらしいなあ……」



 あっけらかんとした様子で「すごいなあ……」と何度も頷いている彼女を見て、ジャックは困ったように頭を掻きながらも……成るように成ったなと内心にて苦笑を零していた。


 そう、あの日……顔合わせをしたその時から、遅かれ早かれこうなるだろうなとジャックは確信を得ていた。



 確かに、彼女は美しい。



 アジア人ゆえに骨格が一回り小さいが、アジア人として見れば破格で……ここでも十二分に戦える、見事なボディを持っている。


 しかし、それだけではない。


 なんと表現すれば良いのか、モノが違う。オーラが、違う。天性の……努力では得られないナニカを持っていると、ジャックは確信していた。



 実際、チョイ役で出た映画を試写会で見た時……さらに、確信を深めた。



 ただ突っ立っているだけで、ただ歩いているだけで、ただそこに居るだけで、男も女も関係なく、不思議と視線を吸い寄せてしまう。



 演技そのものは、けして上手くはない。


 だが、目を離せない、見ていたくなる。


 あれは正しく、持って生まれた才覚だ。


 演技をしているはずなのに、演技をしていない。


 努力では絶対に得られないモノ……天より与えられたモノ。



 そう、思ったのは……おそらく、ジャックだけではない。


 だからこそ、上映した翌週よりオファーが……加えて、話は次回作だけではない……と、ジャックは睨んでいる。


 あくまでも、次回作は試金石しきんせき


 この作品によって、竹取輝夜の……彼女の本当の実力が分かる。


 そして、その結果次第では……それこそ、アジア人では数少ない頂きにも行けるのでは……そう、思っていた。


 そうして、作られた次回作は……ラブ&ロマンスな一作目とは異なり、竹取輝夜の視点から進む短編コメディ映画であった。


 なんでも、前作ではチョイ役ゆえにそういう男の気配がなかったことに加えて、連続してラブ&ロマンスでは新鮮味がないから……とのことだった。



 だが、それが大当たりだった。


 何故なら、彼女はよく動いた。




 運動神経が良いのか、動きの一つ一つがコミカルでありながら、どこか男を思わせるガサツな部分が良い意味で輝いた。


 見た目のギャップのおかげもあってか、短編映画だというのに上映した日は客席が満員となり、一ヶ月も経つ頃には『KAGUYA』の名前を知る事となった。


 これには、彼女を見出した者たち全員、ニッコリであった。


 しかし、事はそこでは収まらず……なんと、最終的にはたった1000万円という製作費でありながら、総収入250億というとんでもない記録を打ち立てたのだ。



 それはもう、とんでもない話である。



 あまりにとんでもない話に、『アメリカンドリームの再来!』という見出しが新聞に出たぐらいで……そこからが、竹取輝夜のドリームロードの始まりであった。


 出る作品、出る作品、大ヒットは当たり前。


 写真集を出せば売り切れ続出であり、『KAGUYA』というファッションジャンルが生まれ、一時期はKAGUYAファッション一色となった。


 彼女が何気なく『オレンジ美味しかった』と呟けば、スーパーからオレンジが消え、『○○へ行ったよ』と呟けば、そこが大渋滞になるぐらいの……影響力となった。



 なのに、彼女は欠片も変わらなかった。



 普通に公園のベンチでハトにポップコーンを奪われていたり、トンビに持っていたクレープを奪われたり、カラスに集られてしまってアイスクリームを落としたり……そんな飾らない姿が、人々に親近感を抱かせたのかもしれない。


 なので、ハリウッドデビューを果たしてから10年後。




 ──前々から話題にしていたけど、そろそろ故郷が恋しいから帰ります。また、何時の日か……おさらば! 




 そんな言葉と共に、引退表明をした彼女に……いったい、どれだけのアメリカ人が泣き叫び、カムバックを叫んだのか、誰にも分からなかった。


 ちなみに、カムバックを叫んだのはファンだけでなく、ジャックを始めとした関係者一同でもあった。


 しかし、以前から『10年目に引退する』と関係者に零してことに加え、それ以降に続く仕事の一切を断り続けた。


 その結果、意思が固いのだと察した者が1人、また1人とお別れの言葉を送り。


 最後に、ジャックたちを筆頭に、世話になった者たちに挨拶をしてから……彼女のハリウッド生活は終わったのであった。



 ……とはいえ、だ。



 自国に戻ってきたからといって、大人しく一般人をやれるかと言えば……まあ、そんなわけもない。


 なにせ、『世界のハリウッドスター・竹取輝夜』が戻って来たのだ。


 その活躍は映画等を通じて人々に知れ渡っており、今もなお根強く人気を残していて、若年層にもファンが居るぐらいに有名であった。


 そればかりか、御年アラフォーになっているというのに、だ。


 デビュー当時の初々しさをどこか残しながらも、グラビアアイドル顔負けのスタイルを維持し、誰もが『マジで40代?』と本気で首を傾げる美しさのままなのだ。


 そりゃあもう、芸能界が放っておくわけもなく。


 結果、10年ぶりに再会した黒岩の顔を立てて、しばらくは……という条件で、芸能界に復帰したのであった。



 ……で、第二次輝夜ブームを引き起こして……しばらくして。



 年齢的(体力の衰えなど)な問題によって黒岩が退職する事が決まったのに合わせて、女神的パワーで強引に芸能界を去り……そうして、さすがにテレビで竹取輝夜の名前が出なくなった頃。



『しかし、本当に良かったのですか?』

「ん? なにが?」

『せっかくハリウッドまで行けたのに……人気も衰えていなかったし、まだまだ続けられたとは思いますが?』

「う~ん、続ける事は出来たんだろうけどさ」



 それが冒頭のことであり、ダラダラとテレビのニュースを見ながら零していた、彼女の独り言なのであった。



「正直、オバサンのフリをするの、めっちゃ疲れる。いちおうさ、ちゃんと体力衰えてきていますよってフリしていたんだけど……こう、精神的に中腰を続けるような感じ?」

『そうなのですか?』

「普通に考えてさ、化粧無しで小じわが全くないアラフォー女とか、どう甘く考えても化け物の領域だよ、誇張抜きでね」

『若く見える方が喜ばれるものなのでは?』

「限度があるわい。アラフォーまでならギリギリ通せたけど、さすがに50代に差し掛かる段階で見た目変わっていないとか、別の意味で騒動起こるから」

『なるほど……言われてみたら、そうですね』

「そうそう……それにさ、いちいち大御所みたいな感じで扱われるのもうっとうしくなっちゃってさ……まあ、頃合いだなってのもあったわけよ」



 その言葉と共に、彼女はごろんと横になった。


 食べてすぐに横になるのは、姿勢に気を付けないと消化器に負担が生じるのだが、そこは女神……全く問題なかった。



「そもそも、女神様なのにずーっと働きっぱなしだったしさ……そろそろ、女神的なお休みをドーンと取っても罰は当たらんでしょ」



 そう、欠伸と共に呟いた彼女は、慣れた手つきで目覚ましをセット。それから、座布団を枕代わりにする。


 時刻は15時頃。雪は降っておらず晴れてはいるが、まだまだ肌寒く……窓には結露が浮いている。


 住宅街の中にある儚駄目荘の周辺には、騒ぎになるような施設などはない。この場で聞こえるのは、子守唄替わりのテレビの音だけ。


 なので、平日の昼間は特に辺りが静まり返っており、まるでこの部屋だけ時間が止まっているかのような気分になり……これがまた、眠気を誘うわけで。



「……いちおう目覚まし掛けたけど、マザーが買い物から帰ってきたら起こして」



 とりあえず、賢者の書にそれだけを告げると。



 彼女は、何時ものように至福の一時である昼寝タイムを満喫するのであった。



 ……。



 ……。



 …………はず、だったのだが。





『──待ってください、この空気……まさか、今回で最終回なのですか?』

「……なに言うとんの、きみ?」

『そんな……許されるのですか、こんな落ちも何もない終わり方で?』

「どしたん、賢者の書? 疲れているなら話でも聞こうか?」



 あんまりと言えば、あんまりな発言に、思わずは入りかけていた眠りの奥から意識を浮上させた彼女は、身体もガバッと起こしたのであった。



『いや、だって、考えてもみてください。こういう時、あるはずでしょう……DLC、Extraイベントというやつが……!』

「大丈夫? 現実と妄想の区別付いている?」

『いえ、私は正常です。ただ、内なる私が囁くのです……もうすぐ、Extraイベントが始まると』

「え、止めてよ、おまえが言うとシャレにならない──むむっ!?」



 それ以上、彼女は何も言えなかった。


 何故なら、彼女は感じたのだ。


 この星ではない。この世界に、ナニカが衝突したと。


 女神であるがゆえに、その事に気付いた彼女は……初めて体感する異変に、その場より立ち上がった。



(──あ、あー、もしもし、聞こえる?)



 その時だった……彼女の脳裏、いや、もっと奥深いところより、声が聞こえて来たのは。



(いちおう、君に影響が出ないようにしたけど、無事に聞こえているよね?)

「──この声……ま、まさか!?」



 それが、なんなのかを考えるよりも前に。



「そ、創造神様!?」



 驚き驚愕に目を見開いた彼女は、声の主を理解し、その存在を示す名を口に出さずにはいられなかった。



 ……。



 ……。



 …………その、背後で。



『来ましたよ、後日談イベントが……!』



 なにやら、とある書物が慄いた雰囲気を醸し出していた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る