第23話: なあなあでは誤魔化されないAI(ガチギレ)




 ──地下賭博場『五つの難題』を一言で言い露わすならば、違法賭博場である。



 まず、なにが違法なのかって、それは役所等に届け出を出していない、モグリの賭博場であるということ。


 モグリなので、わざわざ法を守る必要はなく、通常とは違って換金率(いわゆる、レート)が滅茶苦茶高く設定されている。


 そのレート、パチンコ玉の場合は、一玉40円~400円。露見したら最後、警察だけでなくヤクザ者が問答無用で押し掛けてくるレベルだ。


 加えて、スロット台に至っては、最大額で1枚500円という高額レート。


 1万円がたった20枚、しかし、当たれば何倍……『77777』を揃えれば、数百倍以上にもなって跳ね返ってくるのだから、その快感は言葉では説明出来ないだろう。


 ちなみに、一般的なパチンコ&スロットの場合、パチンコの玉は1発4円。メダル式のスロットは1枚20円。


 それ以上の高レートは射幸心を煽り過ぎるということから禁止されているので、もう、この時点で警察にはどんな言い訳も通じない状態である。


 あと……少し話は変わるが、より長くゲーム感覚で遊ばせるために、1発1円、1枚5円という低レートのモノもあったりする……で、だ。


 次に、この賭博場なのだが……違法に作られているがゆえに、当然ながら営業関係の書類も一切提出していない。


 なので、表向きは所有者こそはっきりしているが、利用実績の無い……買い手が付かないまま放置されている物件としてだけ記録に残されている。


 ……ちなみに、この賭博場があるビルの周辺にある建物も、似たようなものだったりする。


 ポツポツとテナントが入っているビルこそあるが、傍目にも寂れているのが分かるし、シャッターが下りたまま長年放置されている建物が多い。


 まあ、この辺りは駅やバス停から少しばかり距離があり、周囲にも目当てになる施設等は何一つないし、工業的価値で見ても美味しいわけじゃないから、売れ残ってしまうのはまあ分かる。


 肝心の賭博場があるビルとて、地下こそ綺麗にされているが、建物の外観は酷く……こりゃあ売れないわとだいたいの人が溜息を吐くような有様だ。




 ……さて、話を戻して、だ。




 この違法賭博場『五つの難題』だが、何時頃から出来たのか……それは、今のところ誰も知らない。


 建物の外観こそ汚いままだが、地下は非常に綺麗に整備されており、機材もどれもピカピカで、営業を始めてからそう時間が経過していないのが見て取れる。


 中に入るのは人伝から紹介される必要があり、その際に渡される会員カードが無いと入れない仕組み。


 なので、普通は店に入る以前に、エレベータのボタンが反応しない(当然、非常口も閉められている)ので、地下に降りることすら出来ないのだが……まあいい。


 つまり、そういう賭博狂いの者たちの口コミで名が広まる猶予はないのだが、不思議とこの店は何時行っても客がそれなりに入っている。


 最初の頃は店側のサクラか流したものだと思われていたが……実は、この『五つの難題』。


 あくまでも客たちの口コミであり、かつ、まだそれほど広まってはいないのだが……とある噂によって、密かに注目が集まっていたりする。


 それは──『五つの難題』は、他と比べて当たりが出やすい……という噂だ。


 真偽は不明だが、チラホラとこの店で大当たりさせて数十万稼いだという者が現れ始めている……らしいのだ。



 噂は所詮、噂である。



 しかし、その噂に抗えない魅力を抱き、有るかどうかも分からない店を探すのが賭博狂い……ギャンブラーというやつであり。


 そうして、1人、また1人……気付けば、その店は知る人ぞ知る……という謎の店へと変貌を遂げたのであった。



(──っ!? 術が、発動しない!? それに、これは!?)



 その店の中で……リーダーの男は、驚愕に一瞬ばかり思考を止めた。


 どうしてか……それは、使おうとしていた術の一切が発動しないばかりか、ある事をしようとした瞬間、まるで金縛りにあったかのように自身の一切を動かせなくなったからだ。




 その、ある事とは……ずばり、暴力である。




 男は、なにかしらの妨害によって術が発動出来ないと認識した瞬間、眼前の黒服サングラス女を拘束するなり何なりしようとした。


 だが、出来なかった。


 何をされたのかが一切分からないが、そうしようと身体を動かそうとした時点で、全ての動きを止められた。


 ならばと、あえて別の事を考えながら身体だけを動かそうとしても、結果は同じ。そして、それはリーダーの男だけでなく、男の仲間たち全員も……同じ状態であった。


「残念ですが、ここでは一切の暴力的行為、詐欺的行為は禁止されています。ここに入った以上、死んでからもルールを守る義務が発生致します」


 混乱する彼ら彼女らを尻目に……黒服女は、欠片も気にした素振りもなく、この店におけるルールを説明し始めた。


 とは、言っても、そう複雑ではないし、多くもない。



 1.機械に対する一切の違反的行為は禁止。また、遊び方以外の一切の説明は行わない。


 2.暴力行為の一切を禁止、行った場合、個人が所有する資産より罰金にて自動的に没収される。


 3.この店を害する目的で名を広めてはならない、また、この店への妨害行為は許されない。


 4.その他一切、店側が違反と判断した場合、罰金として資産を一定額没収する。


 5.考えるのが面倒なので、これからも必要に応じてルールを追加する、異論も反論も認めない。



 つまり、興奮のあまり叫ぶぐらいは許されるが、激情して暴力を振るうのは駄目、意図的に警察なんかを呼ぶのも駄目、大人しく店員の指示に従って遊びなさい……というものだ。



「ちなみに、交換商品はあちらになります。現金等での購入は不可、全て賭けに勝った報酬でのみ、交換が許されております」



 そうして、女より示された『交換商品』へと視線を向けた彼ら彼女らは……信じ難い光景に、絶句した。


 何故なら……そこには黒く光ながら、有ったのだ。


 一目で、いや、離れていてもなお感じ取れていた、超神の気配……その源である、『超神の力の結晶』が。



「──っく!? う、動け……!!」



 それを見た瞬間、誰も彼もが反射的にそれを破壊しようとしたが、出来なかった。



「──おい、女! おまえ、あれがなんなのか分かっているのか!?」



 ゆえに、彼ら彼女らは考えた。自分たちを縛り付けているこの術の解読が出来ない以上、説得で奪えないか、と。


 けれども、女は一切の問い掛けにも返答しなかった。


 何を考えているのか分からない、曖昧な微笑みを浮かべたまま「当店では、全て専用カード使用によりメダルや玉を交換致します」只々平坦にこの店の利用方法の説明を行っていた。



「当店では貯玉(ちょたま)と呼ばれる、玉やメダルのお預かりは行っておりません。また、店外に持ち出すことも許可致しません。営業終了時間30分前の時点で、換金するか景品と交換するかを選んでもらいます」

「女! アレが、アレがいったいどんな災厄を引き起こすか──」

「また、当店では一日に交換出来る現金に上限を設けさせており、合わせて、入店の人数制限を行っております。入店した人のみ、その上限しか交換には使用出来ませんので、ご了承願います」

「──キサマ、まさか、邪神の……!」

「しかし、休憩スペースに置かれている自販機など、簡易ではありますがお食事も提供しておりますので、そこに限り上限制限はありません……ご了承願います」



 結局、最後まで女は彼ら彼女らの言葉に耳を傾けなかった。


 必要分の説明を終えたのか、唐突に彼ら彼女らは身体を動かせるようになった。


 だが、相変わらず術は発動できないことから、この店の中では、自分たちは蜘蛛の巣に囚われた羽虫も同然だということを、嫌でも思い知らされた。



(どうする、店の外に出て、待ち伏せするか?)

(……いや、止めておけ、下手に手出しをするのはリスクが高すぎる)



 ここでは分が悪い……そう、こそっと囁いて来た仲間に、リーダーの男は……否定しつつ、あくまで俺の憶測だがと前置きを入れた。




 ……その持論とは、だ。




 あの女……いや、女に限らず、この空間そのものが、超神の力によって歪められた異空間である可能性が極めて高いということ。


 だから、あの女をどうこうしたところで、状況が改善するとは思えない。


 いや、それどころか、ルールに反したということで、二度とこの空間に入れなくなる可能性すらある……と、推測を語った。



(……見ろ。気付き難いが、人間に化けた魔族共が混じっている。魔族たちすらルールを守っているとなれば、不必要に破るのは危険だろう)

(ですが……)

(分かっている。だが、警察に引っ掻き回されて取り逃がすなんて事態になるよりはるかにマシだ。最悪、超神をこんな場所で出現させてみろ……どれだけの犠牲者が出るか分かったものではない)



 言われて、仲間たちは視線だけで辺りを見回し……納得して、頷いた。


 混乱して気付くのに遅れたが、確かに居る。


 パチンコ台やスロット台の前で一喜一憂しているように見えるが、時々……野獣の如き眼光で、こちらに視線を向けて来るのが。


 つまり、魔族であっても例外なく、ルールを守らせるだけの力が……この場で働いているというわけだ。



「……女、一日に交換できる玉やメダルの最大は?」



 ひとまず、情報を少しでも集めよう……そう思い、リーダーは眼前の女に尋ねたわけだが。



「はい、現金で5000万円分となっております。使用する台のレートによって異なりますが、どんな理由であろうと上限の5000万円を超える交換は行いませんので、ご容赦ください」

「そうか」

「それと、お客様間の玉やメダルの貸し借り、譲渡も厳禁となっております。それを行ったとこちらが判断した時点で、所持している玉とメダルを全て没収致します」

「……そうか」



 ……ちらり、と。



 交換棚に置かれた景品の、最上段……そこにある、『超神の結晶』の傍に置かれた交換レート表を見て、男はため息を零した。


 いったいどうして……それはひとえに、他に比べて桁違いに高いからだ。


 どう安く見積もっても、仲間たち全員が……いや、入店限度全員が、限度額いっぱいに交換しても、その1割にも届いていないのが分かった。


 ……つまり、だ。



(腹立たしい話だが……ここのパチンコなりスロットで、大当たりを何度も当てる必要があるようだ)



 しかも──普通のレートでは駄目だ。


 営業時間という時間制限があるうえに、毎日リセットされる以上は……必然的に、超高レート一択となる。



「……すまない、今は持ち合わせがない。再入店することは出来るか?」

「どんな理由であっても、一度退室なさったら最後、再び入店が許されるのは翌日以降となります」

「むう、仕方がない。では、また翌日以降に」

「──畏まりました。それでは、こちらの会員証をお渡し致します。明日以降、それをお持ちでないと此処へは入れませんので、ご容赦願います」

「……うむ」



 ソッと、差し出されたカードを受け取った男は……内心は何にせよ、現金を持ち合わせていない以上はどうしようもなく……一旦は、店を出ることになったのであった。






 ……。



 ……。



 …………さて、と。



 その日、そんな大金など持って来なかったので撤退を余儀なくされた彼ら彼女らだが……実は、この地下賭博場『五つの難題』には、凶悪な罠が幾つか隠されていた。



 それは──『五つの難題』は、他の違法賭博場に比べて、明らかに当たりを引き易く、中毒になり易いということ。



 そう、この『五つの難題』は……今更説明する必要も無いとは思うが、その成り立ちからして、利益を求めて作られたものではない。


 なので、結果的にマイナスにさえならなければ良い。加えて、この場合のマイナスは、他の商売におけるマイナスとは根本から基準が違う。


 なにせ、初期経費から途中経費……諸々の初期投資は全て、女神による『なんとかなれ~』によって、元手0で作り出された。


 実際に必要となったランニングコストは、せいぜい自販機の中身や軽食(冷凍食品)ぐらいで、面倒かつ費用の掛かる部分は全て女神パワーでなんとかされている。


 しかも、その二つ(自販機・軽食)だって、この星の文明に比べて超高度なレベルに発展したAIロボットが片手間に用意したもの。



 つまり、原材料もまた女神パワーによってカバーされたので、実際に使われる経費は、せいぜい月々3,4000円ぐらいしか掛かっていないのだ。



 だから、月々3,4000円の経費と、最終的には赤字さえ出なければOKという、知る者が知れば血の涙を流すぐらいには緩い条件なので……そりゃあ、その分だけ当たりも出やすく設定出来るわけなのだ。


 しかも……使い道のない女神のポケットマネー以外に、女王様に鞭でペンペンされて『Oh! Oh!』と野太い嬌声をあげる者たちの協力費も、資金として流用される。



 ……そう、既にお気付きの方も居るだろうが、あの時突入してきた人たちを見ていたのは、警戒と威嚇ではない。



 どのように自分たちを嬲り、秘められた欲望をぶつけてくれるのか……それを想像してしまい、野獣が如き眼光で見つめてしまっていただけであった。



 ……で、翌日。



 まずは様子見ということで、低レート(それでも、一般的には高額)でギャンブルに勤しむ彼ら彼女らの姿が『五つの難題』の至る所で見受けられた。


 まあ、そうなるのも致し方ない。


 人間たちからすれば、万が一魔族の手に渡れば人類の破滅は必至。それゆえに、絶対に先に手に入れる必要があるわけで……しかし、そうなるには運が必要となる。


 ゆえに、少しでも効率を良くする為に、まずは攻略法をと手分けし、時間を空けて、より当たり易い時間帯を探ろうとした……のだが。




 ……結果だけを見れば、その作戦は大失敗であった。




 何故なら、この作戦……彼ら彼女らは、見落としていたのだ。


 兎にも角にも、当たりを引きやすい『五つの難題』の仕様に気付かなかった事と……ギャンブルがもたらす射幸心。ならびに、お金が関わる事で発生する組織としての弱点。



 そう、そうなのだ。



 完全に独立(一切の援助を受けていない)した組織ならともかく、超常的な能力を持つ彼ら彼女らの組織もまた、国というバックより、しっかり援助を受けている。


 ゆえに、受けた援助と、余った援助を最低限でも報告する義務を負っているわけだが……ここで問題となるのが、『五つの難題』で生じた利益だ。


 使う分は、まだ良い。いや、間に挟まれる者たちからすれば堪ったもんじゃないだろうが、とりあえず、なんとかなる。



 けれども、問題は元手より増えた場合だ。



 目的のブツには到底届かないが、稀にドカンと当たる時がある。その時、得られた現金をそのまま返す……というわけにはいかないのだ。


 どうしてって、下手に利益が出ると……公職の悪しき慣習というやつか、それを理由に、各所から援助を減らされるからだ。


 なので、利益が出た時はどうするかと言えば……出来る限り素早く、こっそり使ってしまう。


 それはそれで由々しき問題なのだが、そこらへんは仕方がないと呑み込むしかなかった。



 ……最初は、誰もがちょっと気まずさを覚えていた。しかし、最初の内だけだった。



 3回、4回、5回と、回数が積み重なるにつれて、罪悪感を覚える者は少なくなり……10回を超える頃には、そんな感覚が有った事すら忘れてしまっていた。


 そして、20回を超えた頃には、降って湧いたボーナスみたいに感じるようになり……30回を超える頃には、今日は臨時ボーナスが出るかなと心の端っこで思うようになっていた。



 なにせ、やっていることは博打ではあっても、『超神』が関わる案件だ。



 以前とは異なり、今は突如出現した実際の超神による被害報告は上がっており、アレが都心のど真ん中に出現すれば……という恐怖から、予算(限度はある)に関してもほとんど素通りだ。


 つまり、懐が一切痛まない他人の財布で博打をし、勝てば余剰分を自分たちの懐に納める……というような状況なわけだ。


 しかも……先述した通り、『五つの難題』では玉やメダルを溜めておくことが出来ないし、一日に現金→玉&メダルへの交換には限度が設けられている。


 どんなに大当たりを出しても、目的のブツである『超神の力の結晶』に届かなければ、全て当日の内に現金に代わり……余剰分の全てが懐に入るわけで。


 そのうえ、魔族たちもまた力の結晶を手に入れようと毎日通っている。これがまあ、上手い具合に倫理観の再構築を阻害した。



 なにせ、速い者勝ちだ。


 とにかく、先に交換出来れば勝ちなのだ。



 お互いの条件が同じである以上は、全ての結果は運。そして、その運を引き寄せるためには、とにかく挑戦回数を増やす以外に方法がない。


 ゆえに、最初の頃こそ高い倫理観を持っていても、徐々にソレは薄れ、冷静に考えれば非常に見苦しい言い訳を、当然の事のように語り始めるのも……致し方ないことであり。


 ……そうして、時は流れ……5年も経った頃には。



「──行け! よし、よし、よし……っ、あ~、駄目だったよ……」

「こい! こい! こい!」

「──いぇい! これで頭金を用意出来そう!」



 誰も彼もが気付かぬうちに、すっかりギャンブルの快楽に頭の先まで浸かってしまい……もはや、中毒者と呼んでも差し支えないぐらいに、ギャンブルにハマってしまっていた。



 ……それと同時に、彼ら彼女らは気付いていなかった。



 5年前に比べて、彼らの目は……いや、その身より放たれていた正義は色あせ、禁欲と物欲の歯止めをすっかり失った彼ら彼女らは……すっかり、金銭感覚を失くしてしまっていた。


 そのせいで、彼ら彼女らは気付けなかった。


 自分たちの感覚では帳尻を合わせ、余剰金を得ているだけで、最終的には以前と変わらないようにしていると思っているが……実際は違う。


 あくまでも自分たちの懐が痛まないだけで、トータルだけを見れば、既に数百億円もの金が吸い込まれているという事実に。


 そして、その勢いは止まるどころか、なおも加速し続けており。



「あ~、駄目か……くそっ、今日は素寒貧だ」

「またやっているの? 好きよね、それ」

「好きってわけじゃないよ。ただ、時々はこっちをやって実績を作っておかないと、色々と突っ込まれるだろ?」



『五つの難題』において、最大レートを誇る1玉4000円の怪物パチンコの前で。



「先週は稼がせてもらったからな。今日のところはお布施みたいなもんだよ」



 暢気な顔でヘラヘラ笑っている、かつては気高い意志を感じ取れたリーダーは……しまりのない顔で、そう話したのであった。






 ……。



 ……。



 …………そう、彼ら彼女らは、知らなかった。



 自分たちの行いが、とある存在を密かに怒らせてしまったということを。


 いくら大義があったとはいえ、だ。


 長き漂流の果てに、己もまた宇宙の屑芥になるところだったところを、助けてもらったばかりか。


 処理するしかなかったとはいえ、護るはずだった人々を火葬して弔ってくれた女神を……有無を言わさず封印しようとしたことに。



 とあるAIは……『怒り』という感情を覚えずにはいられなかった。


 だから、そのAIは……密かに、計画を改変していた。



 店そのものは女神の手助けを借りたが、それ以外は全て己が担当した。こういう事は慣れていると伝えれば、詳しくない女神は二つ返事で全部を任せてくれた。



 なので、非常にやり易かった。



 店に入ってから常にバイタルチェックを行っていたから、最適のタイミングで射幸心を刺激するのは簡単だった。


 他にも、専用の人間擬態ロボットを使って欲望を刺激したり、飲み物や空気中に薬物を紛れ込ませたりしたおかげで、堕落するまで早かった。



 ……後はもう、やることは一つ。



 金銭感覚も狂い、倫理観も狂い、金にまかせて豪遊する生活に慣れ切った者たちから……その生活を取り上げる、ただそれだけ。


 そう、そうなのだ、彼ら彼女らは全く考えていなかった。


 自分たちを破滅させるタイミングを見計らっている存在……最大限に効果が発揮するタイミングを待ち続けている、そんな存在が自分たちを監視している等と。


 誰一人……気付ける者はいなかった。






 ……ちなみに、だ。



「マザー、お店のメダルの交換率さあ……100円で100枚とかできない?」

「構いませんが、それだけお安くするのですか?」

「いや、だって、少ないお小遣いで来てくれているのにさあ……長く遊んでもらいたいじゃん?」

「しかし、儲けが一切出なくなりますが、よろしいので?」

「ええんやで……子供は笑顔でメダルをジャラジャラさせておったらええんや……あの笑顔には変えられへんよ……」

「畏まりました、そのように致します」

「ありがとう、マザー」

「いえ、こういう時を想定して、周囲にライバル店が存在しない場所に店を用意したのですから……気にする必要はありません」

「さすがはマザー……どこぞの糞書物とは格が違う……!」



 賢いAIは、女神に対してだけは。


 『ムーン・ゲーム』なる子供向けのゲームセンターを見せており、『子供の素直な感情の発露でも、実は大丈夫だった!』というふうに誤魔化して経営しており。



「しかしながら、子供のワーキャー騒いでいるアレでもOKだったとは……やってみないと分からんものだね。賢者の書くん、これで何度目の間違いかな?」

『貴女様に及ばない、無力感を噛み締めております。口などありませんけど』

「おまえ……何が何でも煽りに来るその根性、嫌いじゃないよ」



 女神にあまり汚い者を見せたくないマザーは……何も知らずに、今日も今日とて『ムーン・ゲーム』に向かい、ちびっこたちと一緒にゲームしているその姿と。


 そんな……超美人な彼女とゲームをしている相手の子が、挙動不審かつ頬を僅かに染め……周囲からも、まさか……といった感じでチラチラと囁かれているのをこっそり盗み見ていたマザーは。



「……良い(恍惚)」



 ひっそりと、ちょっと悦に浸っていた。


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