第20話: 女神だって、宇宙猫みたいな顔するんだよ




 ──結論から述べよう。




 何時の頃からか、正義の組織(?)を名乗る、霊力とかいう不思議パワーを扱う者たちからめっちゃ監視されるようになった。


 何と言えば良いのか、こう、何時の間にか、サラッと表の仕事場に混じるようになっていたのだ。


 警備員だったり、臨時のスタッフだったり、エキストラだったり、その時によって違うが……気付けば、そうなっていた。



 ……正直に言おう。



 理不尽ではあるが、そうなっても仕方がないなあ……というのが、彼女の率直な感想であった。


 いや、だって……常識的というか、理論的に考えて、だ。


 彼女の客というかファンのほとんどは一般人であり、けっこう幅広い層にファンを持っているわけだが……その中には、一般人ではない者もいる。





 1.多種多様な妖怪。



 軽く話をした限り、これはまあ本当に色々だというのが判明した。


 見た目は、人間に化けている。


 化ける際の姿には特に拘りはないらしいが、違和感や負担を減らすために、基本的には近しい姿を取っている場合が多いらしい。


 つまり、男の妖怪は、人間の男に。女の妖怪は、人間の女に。体形などは、それぞれに合わせる。


 体格や背丈が小さい者は子供に化け、老成した妖怪などは老人に化ける。時々、変な感じになっている場合もあるらしい。


 元の姿形が人間からあまりにかけ離れている者は、妖術とやらを使い、姿を見えなくして隠ぺいするなどするらしい。


 この妖怪たちは、一般人ではない者たちの中では一番穏便というか、常識的に考えてくれるので非常にありがたい存在だ。


 霊力などで隠ぺいを看破出来る者でない限りは一般人にしか見えないし、本当の一般人には露見しないようにしているのも、女神的にはポイントアップであった。





 2.魔族。



 これはまあ、うん……隠す気が有るのか無いのか本当のところは分からないが、いちおうは隠しているつもりらしい。


 ただ、角やら何やらは隠せても、平均身長180cm越えの筋肉ムキムキマッチョマン(だいたい、ランニングシャツで来る)なので、あまり意味はない気はする。


 唯一、他者とトラブルを起こさず、ちゃんとこちらの指示に従ってくれるので、意外とスタッフたちからは評判良いらしいが……ぶっちゃけ、それだけである。


 なにせ、隙あらば『おらぁ! 催眠!』とかしてくるのだ。


 しかも、これ……無効化されるのが分かってやっている節がある。だって、反撃として女神パンチ(極弱)を当てる際……それはもう、頬を赤らめてビクンビクンとケイレンしていたから。



 賢者の書曰く、『女神パワーは超高級肉みたいなもの、毎日は胃もたれするが、御馳走であることには変わりない』らしい。



 なので、毎日ではないが、けっこうな頻度で来る。


 しかも、何時の間にか一般ガチヲタクと意気投合しているっぽくて、コンサートとかではガチヲタクと一緒に『か・か・輝夜ちゃ~ん!!』と野太い声援を送ってくる。


 ちゃんと正規の方法でチケットを買ったりグッズを買ったりしているから、表だって排除は出来ず……どうしたものか、というのが彼女の本音であった。



 ……。



 ……。



 …………で、だ。





 3番目となる、『超神』。



 こいつがまあ、ある意味では一番厄介だ。


 まず、こいつも一応は人間に化けている。


 魔族以上の恵まれた肉体は2m越えであり、遠目にも分かるぐらいに目立っているが……とりあえず、目立たないようにするという考えはあるらしい。


 ただ、残りカスというか、影とはいえ、元々がこの星の頂点的な存在だったからなのか……やる事がいちいち目立っていた。


 その中でも一番目立つのが、コンサート等で急に踊り出すことだ。


 これはまあ、アレだ。前世で一時期名前が付いた、ヲタダンスとかいうやつだ。



『ハイ! ハイ! ハイハイハイ! か! ぐ! や! か! ぐ! や! ハイハイハイハイ!! か! ぐ! や!!』



 サイリウムペンライトを両手に持って、そんな感じの掛け声と共に、それはもうコミカルに踊り出すのだ。


 しかも、1人じゃない。


 何時の間にか増えていた、他の『超神の影』。本当に、気付けばゴキブリのように気配無く増えていた。


 彼らもまた自我を持っているらしく、その者たちもまた人間に化け、並んで声援を送り、一緒にペンライトを振り回して踊るのだ。


 屈強な大男が、『輝夜❤ラブ』の鉢巻と、何時の間にかユニフォームになったらしい『輝夜❤命』と書かれた法被(はっぴ)を身に纏い、リズムよく動きを合わせている。


 正直、何の儀式かなと彼女は思った……が、あまりにも真剣な顔だったので、何も言えなかった。



 なにせ、熱意は真剣だ。



 あまりに情熱的なその姿に感銘を受けた一般ガチヲタクと魔族が、そのリズムに合わせて一緒に踊るぐらいだ。


 ……ちなみに、ちょくちょく彼らは集まってダンスの練習をしているらしい。会員No一桁は伝説的な存在らしく、一目置かれているのだとか。



 ……。



 ……。



 …………うん。



(仮に私が向こうの立場だったなら、絶対に怪しむだろうなあ……いくらなんでも面子が濃すぎて……むしろ、襲撃されないだけ穏便な対応じゃないの、これ?)



 やっぱり、何度考えても、客観的に見たら、疑われるし監視されるのも仕方なくない……と、彼女は思ったのであった。







 ──とはいえ、だ。



 それはそれとして、どうしたものかな……と。仕事中でありながらも、彼女は頭を悩ませていた。



「は~い、輝夜ちゃん、こっち向いて~……いいよ~、そのすまし顔……決まっているね~」



 現在、彼女は写真集のための撮影を行っている。


 場所は、けっこう有名な撮影スタジオ……らしい。


 なんか長ったらしいというか、妙に興奮している一部スタッフの方に気を取られていたうえに、大して興味は無いので名前は忘れた。


 覚えているのは、防犯を含めて色々としっかりしているらしく、機材も最新機器まで揃っている……のと、なんか有名ってことぐらい。


 チラッと小耳に挟んだのだが、このスタジオはかなりマネーを必要とするらしい。


 理由はまあ、設備が整っているうえに、立地の良いところにあるから、その分だけ料金に上乗せされているから……と、あと一つ。


 それは、ジンクスだ。


 このスタジオで撮影をするというのは、それだけ人気が有ることの証左らしく、有名に成った者たちは例外なく、一度はこのスタジオを使用していたのだとか。



 ……で、話を戻すが、今日の撮影コンセプトは、『春夏秋冬の輝夜ちゃん』らしい。



 なんでも、最初だからバランスよく色々な竹取輝夜を知ってもらおう……という目的があるのだとか。


 あとは、色々な私服姿(実際は違うが)を見せることで、アイドル系に興味の無い、まだ名前ぐらいは知っている層にも知ってもらおうという目的もある……とのことだ。



 それに関しては、なるほどなあ……と、彼女は納得した。



 実際に芸能界に入り、アイドルとして売る側に立ったからこそ分かったことだが……アイドルに限らず、芸能人という仕事は、ある種の水物商売なのだ。


 上り調子の時は、それはもう寝る時間すら惜しむほどに仕事が入って来る。


 実際、現在の彼女は分刻みにスケジュールが詰められており、女神ボディでなかったら体調を崩しているぐらいの過密さだ。


 しかし、ひとたび下り調子になれば、それはもう波が引いて行くようにあっという間だ。


 そして、今の彼女は、言うなれば新規の客が沢山付いている状態であり、この客の数が減ることはあっても、増えることはほとんどない状況だ。


 ここから、少しでも客を増やし……固定のファンを増やす。


 おそらく、事務所やマネージャーはソレを狙っているのではないか……そう、パシャパシャとカメラのライトを浴びながら、彼女は考えていた。



「いやあ、いいよ、いいよ……それじゃあ、髪を掻き上げる感じで……そうそう! いいねえ、輝夜ちゃんは肌が綺麗だから、そういうポーズが映えるよ~」



 言われるがまま、彼女はポーズを取る。現在の彼女の恰好は水着なので、見る人によっては官能的に映るだろう。


 途端、カメラマンだけでなく、ミラーを向けたりライトを向けたり、その姿を見ていたスタッフは……男女の例外なく、一様に小さな歓声を零した。



 ……そうなるのも、致し方ない。



 なんと言っても、綺麗なのだ。どこが綺麗って、とにかく全身が綺麗なのだ。


 撮影のために室温を高めにしているとはいえ、鳥肌の一つもない。だからといって汗は掻いておらず、自然体のままに立っている。


 それでいて、その身体にはシミや痕といったモノが何一つない。昨日生まれてきたのではと思ってしまうほどに滑らかで、今にも光り輝きそうにすら見える。


 当然のように、産毛だって確認出来ない。下着の線だって、肌を温めて消しているわけでもないのに、まったく見られない。


 必要な場所に、必要なだけ。


 そう言わんばかりに、誰もが見惚れる見事な造形美を形作るその身体は、子供のようにも見えた。


 だが、子供じゃない。


 水着越しの膨らみが、露わになった肌が、骨格の形が、彼女が間違いなく子供ではないことを示していた。



(……う~ん、考えたところで全然思い浮かばん)



 そのように、もはや嫉妬を通り越して称賛しか出てこない身体を惜しげも無く見せ付けながら……彼女は、う~んと内心にて唸っていた。


 理由は今更語るまでもないが、やはり、超神の件である。



 ……そもそも、だ。



 彼女がアイドルとして活動するに至る原因は、『超神の影』による被害を己に集中させるためだ。


 でも、肝心の原因が普通にドルヲタとして来たばかりか、なんか普通にヲタク同士で交流して、普通に生活していると来た。


 この生活の部分だって、彼女から見れば、そこまで目くじら立てるような話ではない。


 賢者の書曰く『連帯保証人とかを自分たちで誤魔化しているが、真っ当な方法でお金を稼いでいる』らしい。


 つまり、もう『超人の影』をどうこうする必要はなく、何時でもアイドルを止めてもいいのだ。



(でもなあ……)



 チラッと。


 ギラギラと熱意を込めているカメラマンやスタッフ、疲れは見えているが、何度も何度も力強く頷く、その姿。




 ……正直、アイドル辞めます……とは言えない空気だなと彼女は思った。




 というか、さすがに今すぐどうこう止めるつもりはない。


 既に色々なプロジェクトが動いているのは聞いているし、理由はなんであれ自ら選んだ道……一方的に止めるのは、人としてどうなのかという自責の念がある。



 また、彼女がアイドルを止められない理由は他にもある。



 それは、この騒動の大本である『超神の影』なのだが……賢者の書曰く『いま、アイドル辞めると絶対暴走しますよ』と釘を差されたこと。


 なんでも、超神の影たちが自我を得て社会生活を営んでいるのは全て、絶対最推しである『竹取輝夜』がいるから、らしい。


 言い換えれば、どんな理由であれ、『竹取輝夜』が引退を表明した瞬間。


 悲しみと絶望のあまり影たちが暴走し、そのまま大きな被害を生み出す可能性が極めて高い……という話を、賢者の書から聞いたわけである。



 これには、どうしたものかと彼女は悩んだ。



 超神の影とやらが既に大勢の被害者を生み出していたのならともかく、最初に襲い掛かって来たやつを除いて、今いるやつは全て魔族と同じ……不思議パワーが集まって生まれた存在だ。


 元は、この星をあらゆる存在を捕食するやつだったとはいえ、そんなのは結局のところ、ただの生命を保つための活動に過ぎない。


 つまり、現時点では悪い事をしていない。一部の魔族のように実力行使で来たならともかく、少なくとも、彼女はそうとしか思えなかった。



(女神パワーは細かいコントロールが利かないからなあ……どうしたものか、どうやったら上手く事が運ぶか……)



 賢者の書に相談したが、『今は、流れに身を任せるのが得策かと』という曖昧な言葉で濁されてしまった。


 マザーに至っては、『全員処分してしまうのが一番では?』とにこやかに笑いながら言われたから、余計に相談する相手がおらず……こうして、仕事中も頭を悩ませるのであった。






 ……。



 ……。



 …………が、しかし。



 色々と頭を悩ませながらも、とりあえずは、表の仕事に専念していた彼女は……水面下で動き始めた者たちの存在に気付けなかった。


 その者たちは、霊力を扱う人間たちの組織……ずばり、人外と戦っていた、人間たちの組織である。


 彼ら彼女らは、古来より怖れていた。


 いったいなにを……それは、密かに結集しつつある、人ならざる者たちの組織……そうだ。



 ──邪神と名乗る存在が率いる、謎の組織。



 それを、人間たちの組織は恐れていた。


 何故なら、彼ら彼女らは知っているのだ。


 自分たちが古来より隠し通してきた歴史……一般には知られていない、超神の事を記した数少ない歴史の遺品によって、嫌でも一部の者たちは知るしかなかった。



 ……超神が目覚めた時、例外なく地上の生き物の大半が食われ、絶滅させられてきているという恐ろしい事実を。



 そう、一部の者たちは知っていた。


 かつて、この星にはもっと多種多様な生き物が居たことを。


 だが、数千年に一度……この星の頂点に君臨する捕食者の手によって絶滅するまで貪られ、今に至っているということも、知っていた。


 だからこそ……そう、だからこそ。


 人間たちの組織は、超神を手中に納めようとしている邪神を……自分たちの命に代えてでも絶対に仕留めねばならないと、強く……強く、思うと同時に。



「──決行は、何時だ?」


「もう間もなくだ」


「邪神の正体は、分かっているのか?」


「既に判明している。今は、最後の確認作業ってところだ」


「……本当に、超神が蘇ると思うか?」


「分からんよ、そんなのは……」


「そう、分からんが……やるしかないのだ」


「左様……どんな手段を用いても、超神だけは蘇らせてはならぬのだ」



 その組織の中でも、特に……最上位に名を連ねる者たちは、今か今かと作戦決行の日を前に、霊力を研ぎ澄まさせていた。






 ……。



 ……。



 …………まあ、そんな感じでシリアスな空気を出している、人間たちの組織は……想像すらしていなかっただろうが、だ。



「わぁ……ぁ……やだ……尊い……!!」

「うっ、ぐふぅ……う、美し過ぎて……胸が……く、苦しい……」

「な、泣くんじゃない、会員No.1018田中くん! 気をしっかり持て! て、天使は……女神は……だめぇ、とうとぃのおおぉぉ……」

「か、会長! 超神会長が恍惚のあまり泡を吹いて倒れましたぞ!?」

「お、落ち着けぇ! いくら輝夜様が尊い天使とはいえ、直視さえしなければ……あひぃ、風に乗ってよひ香ひが……」

「だ、駄目だ、このままでは、俺たちまで……し、しかし、この高ぶる情熱をどうやって……」

「あ、あまりにも輝夜様の存在が大き過ぎて……!!」

「──そ、そうだ!」

「なにか良い案が浮かんだのか、会員No.1298斉藤くん!」

「相撲だ! 相撲で、日本の神事で、この世に舞い降りた天使に俺たちの情熱を捧げるのだ!」

「──その手があったか!!」

「さすがだ、会員No.1298斉藤くん……君こそ、天才だ……!!」

「よし! みんな、相撲を取るぞ! 輝夜様に捧げる相撲、すなわち神事だ! 心して取り掛かれ!!」

「K・G・Y! K・G・Y! K・G・Y!」

「うおぉぉぉ!!! 輝夜様、見てくれ! 俺たちの愛をぉぉ──!!!!」



 とある会場にて。


 どういうわけか、だ。


 人間たちの敵とされていた魔族と、その人間たちが心血を注いで復活を阻止しようとしている超神(影だけど)が。


 なにやらヲタクと呼ばれている人たちとよく分からんコントを始めたかと思えば、よく分からない流れで相撲を始め。



「あー……黒岩さん、警察は呼ばなくていいから。こいつら、放って置けば勝手に落ち着くから」


「それと、私のファンたち? 騒ぐのは良いけど、ほどほどにね。私じゃなきゃ、即座に警察呼ばれている案件だからね、これ」


「ていうか、今時のファンってみんなこんな感じなの?」



 さすがにちょっと慣れてきた、邪神と思われている女が、警察を呼ぼうとするマネージャーを止めたり、ファンたちに釘を差したりしているなんて。



 想像すら、出来なかっただろう。



 だって、当の邪神……女神である彼女すら、まるで意味が分からない光景に乾いた笑みしか出なかったのだから。



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