第21話: 超神復活!(舞台裏)



 ──とまあ、そんな決戦前夜みたいな『一方、その頃……』みたいな感じで、時は流れ……具体的には、12月24日のクリスマス・イブ。



「……どうしようか、これ?」



 彼女は……襲撃してきた人間たちの集団による、命がけの封印術によって、異空間に『封印』されたのであった。


 この封印というのは、物理的……かどうかは判断が分かれるが、封印された内側から見える景色を考えれば、それも納得するだろう。



 虹のように、七色に変化する、世界。


 それが、彼女の周囲の景色であった。



 それ以外は、何も無い。暑くも無ければ寒くもなく、風は吹いておらず、音だってしない。


 足場もなく、浮いているのかも分からず、七色の世界を漂っている。手を伸ばしても何も触れず、身体を動かしても、何かに当たる事はない。



 文字通りの、異空間。



 常人が入れば三日で発狂してしまうような、異様な空間に……彼女の呟きが、欠片も響くことはなかった。




 ……。



 ……。



 …………うん、まあ、分かっている。



 話を端折り過ぎて、ワケワカネーヨって感じなのは、分かっている。とはいえ、彼女の視点からすれば、誇張抜きでそんな感じであった。


 と、いうのも、だ。


 彼女は、その日……何時ものように出社した。


 もちろん、自宅周辺はマザーの協力で隠ぺいされ、ついでに、女神的なパワーで隠されているから、バレてはいない。


 だから、普通に移動して、普通に事務所に到着し、普通にマネージャーの黒岩が来るのを待っていた……のだが。



 どういうわけか、その日……約束の時間が来ても、黒岩が来なかったのだ。



 これには最初、彼女は不思議に思って首を傾げた。


 何故なら、黒岩はその見た目こそ厳つくてヤクザ顔だが、仕事はキッチリこなす。


 遅刻は一度として無いし、5分でも送れる時は部下を寄越して先に説明しておくぐらいの几帳面な人物だ。


 そんな人物が、だ。


 朝の生放送とゲスト番組出演の他に、CM撮影が終われば、夜間のラジオ放送の仕事という、目が回るような過密スケジュールが後に控えているというこの日に、無断で遅刻なんてするだろうか? 



 ──いや、ありえない。つまり、黒岩の身にナニカが起こったのだ。



 と、なれば……黒岩の事は心配だが、それと同じぐらい、この後の仕事がどうなるのか……という心配が脳裏を過った。


 なにせ、そういった部分は全て黒岩が行っていた。


 車の手配に始まり、向こうとの話し合い、時間の管理、食事の手配に至るまで、何もかも。


 特に、今日みたいにパンパンに仕事が詰まった日は逐一、一緒に行動する黒岩から指示を受けて動くのが当たり前になっていた。


 だから、黒岩が居ないと、彼女としては何処へ行けば良いのか分からず、さりとて、替わりの者が来る気配もないから、どうしたものかと彼女は不安を覚えたわけである。



 ……とはいえ、勝手に抜け出して動くわけにもいかない。



 下手にすれ違いになったら目も当てられないし、なにより、今の彼女は天下無敵の超売れっ子スーパーアイドル。


 誇張抜きで、どこにパパラッチが潜んでいるか分かったものでは……いや、まあ、賢者の書に聞けば一発で分かる──ん? 



(あ、そうじゃん。賢者の書に聞けばいいじゃん)



 今更なことを思い出した彼女は、ポンと手を叩いた。


 誰も居ない楽屋を振り返れば、不可視モードになっている賢者の書がフワフワと宙に浮いている。


 寒いのかどうか知らんけど、なにやらプルプルと震えているのが気にかかるが……本だし、せいぜい紙がふやけるぐらいで、風邪なんて引かんだろう(冷笑)。


 いったい誰に似たのか、不必要に話しかけると、いちいち他人様を煽り立てる性格が最悪な本なので、必要でない時は半分ぐらい無視していたが……こういう時こそ、賢者の書である。



「ねえ、賢者の書。マネージャーの黒岩さんなんだけど、今の様子は──」



 そう、何時ものように尋ねた──その時であった。




 ──バンッ(迫真)! と。



 いきなり、楽屋の扉が開かれた。いや、それは開かれたなんて勢いではなく、蝶番が外れるぐらいの……そう、蹴破らんばかりの勢いであった。



 えっ? 



 と、思った時にはもう、遅かった。


 ササッと、忍者が如く音も無く楽屋に入って来た者たち。誰も彼も見覚えはないが、なんだろうか……全員似たような服を着ているというか、なんというか。


 呆気に取られている彼女を他所に、その中で……白いひげをたっぷり蓄えた3人の老人が素早く前に出ると、一斉に手を合わせ……指で印を結んだ。


 直後──3人の老人は、もにゃもにゃと舌がもつれてしまいそうな滑舌で、ブツブツと何かを呟いたかと思ったら。



「邪神──封印っ!!!」

「は? ちょ──」



 なにやら、老人たちより放たれた光が彼女の身体へとぶち当たった──直後。


 気付けば、冒頭のような状況になっていたわけである。






 ──で、だ。



 結局、あの老人たちはなんだったのか……ここは何処で、どういう意図があって、こうなったのか……な~んも分かっていない彼女は、素直に傍の賢者の書へ尋ねた。



「ここってなに? あいつらって、何者?」

『貴女様に理解しやすい言葉で言い換えるなら、異空間です。具体的には、結界にて閉じ込められた空間を、異空間に移動させられた、という状況ですかね』

「は? なにそれ?」

『なにそれと言われましても、言葉通りです』

「いや、言葉通りと言われても……」

『直前に、封印とか言われていましたでしょう? つまり、貴女様は封印されたわけです。そして、ここは封印の中……お分かりいただけましたか?』

「え、あ、あ~……うん、なんとなく分かった」

『次の質問ですが、以前お話した者たちです。ほら、貴女様を邪神の類だと思い込んで襲撃して来た人間の組織の……』

「……あ、あれか。え、今頃? とっくに忘れ去られていたとばかり……」

『計画し、準備をしていたようです。驚きですね、まさかこのような手段に打って出るとは……一念岩をも通すというやつでしょうね』

「う~ん、まあ、それだけ怖がられていたってことなんだろうけど……どうしたらいい?」

『どうしたら、とは?』

「いや、ここをどうやって出ようかな……って」

『そんなの、出ようと思えば出られると思いますが?』

「は?」



 言われて、彼女は目を瞬かせ……次いで、安堵のため息を零した。


 どうしてかって、感覚的に察したのだ。


 この封印とやらは、女神である自分ならば、出ようと思えば即時出られる程度の封印であることに。



 こう、アレだ。



 焦っている時はボタン一つ外すのに手間取るが、冷静になると滅茶苦茶簡単で、なんでこの程度が出来なかったのか……と首を傾げるやつ。


 さすがは反則の塊、女神というやつだ。


 なにやら秘技みたいな感じで行われた封印だったので、このまま死ぬまでこんな場所にと不安を覚えていたが、なんとかなり……待てよ。


 ふと、彼女の視線が……傍の賢者の書へと向いた。



「……? おまえ、どうやって此処に来たの?」

『なにをおっしゃいますか、私は望めば何時でも貴女様の傍に移動出来るのですよ』

「こんな場所まで?」

『私の前では、距離や空間など無意味、世界の外でないのならば、移動できない場所など数えるぐらいしかありません』

「へえ、そうなんだ……」


 ──なんか、ストーカーみたいで嫌だなあ。



 そう思った彼女だが、こんな場所で1人取り残されるのは精神的にも嫌なので、あえて口には出さず……っと、のんびりしている暇はない。


 いざ、元の世界へ! 


 そう言わんばかりにこの空間へ向かって女神パンチを繰り出そうとしていた、彼女だが。



『その前に、一つ良いですか?』



 スッと賢者の書より差し込まれた問い掛けに、出鼻をくじかれた彼女は……不満げな眼差しを向けた。



『いちおう、聞いておきますが……この封印を掛けられる直前の光景、覚えていますか?』

「え、そりゃあ……なんか、3人の爺さんが呪文を唱えていたけど……それが?」

『あの老人たちは、己の残り少ない寿命と、全霊力を振り絞ってこの封印を行いまして……あと、一ヶ月も生きてはいられないでしょう』

「え?」

『他にも、この封印を行う為に、大勢の者たちが、文字通り命を削って霊力を注ぎ込んだ宝玉を幾つも使用致しまして……その中には、年若い術者もおられるわけでして』

「……え?」



 思いもよらぬ話に、思わず彼女は目を瞬かせ──しかし、賢者の書は気付いていないのか、『なんとも、哀れですね』そのまま話を続ける。



『老人たちには子供がおりました、孫がおりました、家族がおりました。それは、年若い術者たちも例外ではなく……未来を全て捧げ、余生の全てを捨てて、貴女様を封じる為に命を注いだのです』

「あ、う、うん、そうなる、のかな?」



 言葉少なく、彼女は賢者の書を見やれば。



『それだけのモノが注ぎ込まれた封印を、呆気なく。しかも、封印した相手が邪神でもなんでもない無関係な……あ、いえ、話が逸れましたね』



 賢者の書は、その言葉と共に……クルクルとその場で回転すると。



『では、女神様! この場を脱出する為にも、やっちゃってください!』

「──できるかぁぁぁああああ!!!!!!!」



 畜生過ぎる後押しをした──当たり前だが、そんな話を聞かされて、はい分かりましたと実行できるほど、彼女はドライではなかった。




 というか、だ。




 確かに、状況を客観的に見ると、そうなるのだろう。


 邪神だと思っている相手は女神だし、封印自体はその気になればいつでも脱出出来るし、勝手に寿命を削って行っただけのことだ。


 彼女が責任を感じる必要はない。だって、本当に彼女は何もしていないし、向こうが勝手に勘違いして今回の凶行に走ったのだから。



 けれども、だ。



 向こうが悪いのは分かっている。けれども、彼女は女神だ。


 女神的な感覚で考えたら、ちょっとドッキリを受けた程度のようなこと……広い心で受け流すのもまた、女神の務めというものだ。


 というか、さすがに何もかも勘違いなまま命とか削られているなんて話を聞かされたら、けっこう夢見が悪い


 だから……この封印を崩さないようこのままで、かつ、この封印を発動するために削られた命とかその他諸々を元に戻す方法がないか……それを、賢者の書に尋ねた。



『……一つだけ、方法があります。ただ、それをすると問題が生じます』



 すると、賢者の書からそんな言葉が出た。


 ……正直に言わせてもらおう。



「リスクっておまえ、またロボテッカーとかじゃないよな?」



 これまでの前科が有りすぎて、思わず彼女は眼前の本を睨んだ。


 あの時はもう、精神的に大変過ぎた。何がどうなってロボが登場する事になったのか……止めよう、考えるだけで色々と嫌になってくる。



『ロボテッカー? 何の事ですか? 知らない言葉ですね』

「おまえよう……!!」

『まあ、そんな些細な話は置いといて。とにかく、寿命云々は解決してしまいましょう』



 ──私の事で命を削った者たち、元に戻れ。



 そう念じれば、女神の権能でなんとかなる。


 そう言われた彼女は、しばしの間、不審げな眼差しで本を見つめたあと……それ以外の選択肢が思いつかなかったので、しぶしぶ片手を掲げると。



 ──私の事で命を削った者たち、元に戻れ。



 そう、祈れば……己の身体より、ほんのちょぴっとだけ……違和感すら覚えないような、微かなナニカが抜けたような感覚と共に……それが、大勢の人達の下へと向かうのを知覚した。


 さすがは、女神の権能というやつか。


 直接目にしたわけではないが、感覚的に理解出来る。


 たったいま、削られた寿命が戻ったのが。あと数日で死を迎えるまでに消耗した命が、息を吹き返したのが……感覚で分かった。


 あと、身体から抜けて消耗した己の中のナニカが、もう完全回復していることにも気付いたが……それはまあ、別の話だろう。



「それで、問題って? 簡潔かつ手短にお願い」



 やってから言うのもなんだが、後回しにするとそれはそれで怖いので、率直に聞いた。



『はい、わかりました。色々要因が重なった結果、超神の影が集結して合体した後で超神化、そのまま多くの人達が犠牲になるでしょう』

「──説明せい!」



 しかし、簡潔かつ手短な内容では、あまりに意味不明なうえにショッキング過ぎる結果になったので、彼女は慌てて詳細の説明を求めた。




 そうして……語られた内容は、だ。



 まず、問題は寿命を元に戻したことから始まる──が、それ自体は、問題ない。


 問題なのは、寿命を戻ったその身体には……ほんの僅かではあるが、女神の力というか、気配が混じるらしい。


 普通は、あまりに微弱過ぎて感じ取ることは出来ないし、1,2週間もすれば自然と消えてしまうぐらいなのだが……超神の影は、それを感じ取れるのだという。


 で、それがいったいどうしたのかと言うと、だ。


 影とはいえ頂点的存在であった超神たちは、気付く。そして、知ってしまう。


 その力や気配が……彼らが心血を注いで推しまくっている、『竹取輝夜』と同じであることに。


 そして……いや、だからこそ、超神たちは誤解してしまう。


 竹取輝夜の身に、何かが起こったのではないか、と。


 ただの不安で終わるならば、それでいい。


 しかし、彼女はこうして封印されている。


 つまり、いずれ彼女の不在が知られ、コンサートやら何やらドタキャンされ、行方不明だというのがニュースに流れてしまえば、だ。


 竹取輝夜という絶対的最推しを……気配をうっすら漂わせた者たちが、なにかしら関与していると思うのは……極々自然な流れであり。


 ──あいつらが……輝夜様を!? 


 そう思い込むのもまた……彼女からすれば飛躍し過ぎだろうといったところだが、少なくとも、事情を知らない超神たちはそう思い込む。


 そうして、そう思い込んだら最後……超神は必ず我を忘れて暴走する。


 そうなれば、もはや超神は理性ある存在ではない。輝夜を襲った者たちを、否、もはやその区別すら分からず、手当り次第に人間を襲い続ける怪物になるだろう……と、賢者の書は語った。



「……超神を止める方法ってある?」

『たった今、戻した寿命を再び戻して予定通りに死なせるか。あるいは、超神を貴女様の手で全て葬るぐらいでしょうか』

「他には?」



 本末転倒じゃないか……そう言い掛けた彼女は、次を尋ねる。



『ふ~む……そうですね、なんとか超神を正気に戻し、スケープゴートでも作って……あっ』



 けれども、その次が最後まで語られることはなかった。



「なに? その、『あっ』っての、聞きたくないんだけど」

『聞きたくないのですか?』

「聞きたくないけど、聞かないとならんのよ……なにがあったの?」

『簡潔に述べますと、危惧されていた通り、超神たちが暴走を始めました。全員が一つに合体し、巨大化……町を次々に破壊していっています』

「なんて?」



 何故なら、タイムリミットが来たから。想定外の早さにぎょっと目を見開く彼女を他所に、『それでは、こちらをどうぞ』賢者の書はそう言うと……ほわほわっと、彼女の眼前に映像を表示させた。


 そこには……何だろうか、彼女がこれまで幾度となく目にしてきた、『人間の姿になっていた超神の影』とは全く異なる、禍々しい姿をした巨人がいた。


 場所は……具体的には分からないが、立ち並ぶビルなどから、都市の中であるのは分かる──っと。



 映像の中の巨人が、吠えた。



 衝撃波が生じたのか、パリンパリンと周囲の建物の窓ガラスが割れているのが見える。その足元には、逃げたり転んだり蹲っていたりしている人たちが……つまり、大惨事な状況になっていた。



「──え、どうなんの、これ?」

『どうもこうも、残存エネルギーが尽きるまで暴れ続けるでしょうね。それまでに、どれほどの被害が生じるかは……現時点では不確定要素が多過ぎてなんとも断言出来ません』

「……マジ?」

『冗談は言いません……で、どうしますか?』

「そんなのおまえ、決まっているだろ!」



 パッと、映像越しに、超神となった巨人へと掌を向けると。




 ──止まれ! 




 そう、念じた。


 直後、超神がピタリと動きを止めた。傍から見れば不気味に佇んでいるといった感じだろうが、その実体は彼女による女神的な拘束であった。



 ──怪我したヤツとか、色々治れ! 



 続いて、超神の登場で怪我した者たちも治す。このまま壊したところも直そうと念じる……なんか前とは違う形に治った場所もあるっぽいが、そっちは横に置いといて。




 ……で、だ。




 ひとまず、これ以上の被害拡大は止めたわけだが、この後どうしよう……率直に、彼女は頭を抱えた。


 だって、超神が暴走したのは彼女を封印したからであり、彼女を封印しなかったら超神は暴走しなかった。


 かといって、超神に罪がないわけではない。


 事前にマザーが倒したからこそ今の人達は平穏に暮らしているが、そもそも、超神は絶対的な捕食者だ。


 というか、超神という存在自体が、ある種のバグである。


 生態系のバランスとして考えれば、超神という一体でその星の生態系を全て壊滅させる存在なんて、そもそも存在してはならないのだ。


 人間だろうと魔族だろうと根こそぎ食ってしまうやつだし、超神を倒さなければ数多の生物が絶滅必至……なので、滅ぼされる側が、先手を打って滅ぼそうとするのも致し方ない話である。



(……いっそのこと、無害化するべきか?) 



 とはいえ、そんなのは女神である己には関係ない。


 人間ソウルゆえに人間の味方な気持ちはあるけど、超神の影だって、望んでそんな存在として生まれたわけじゃないわけだし。


 影となってからは、ひたすら『輝夜❤命』でヲタダンスを踊ったり、バイトしてグッズ集めたり、滅ぼされるような悪い事だってしていないし。



 ……出来るなら、なんか良い感じに治まらないだろうか。



 ふと、そんな考えが脳裏を過った彼女は、賢者の書に上手くいくかを尋ねた。



『それをするには繊細なコントロールが必要となりますので、今の貴女様では失敗する可能性が高いです』

「う~ん、こんなところでも人間ソウルが足を引っ張るか……」

『女神ソウルだったら、そもそも星が一つ終わろうが欠片も気にしないので、一長一短かと』

「そうか……そう言われると、ちょっと気が楽になるよ。その次いでだけど、なにか良い方法はある?」



 思いつかないので続けて質問すれば、『ふむ、少しお待ちを……』ちょっとばかり沈黙が生まれた。



『……そうですね、ひとまず、正気を失っている超神の目を覚まさせましょうか。向こうが意識して協力してくれた方が、諸々の成功率も上がるかと』

「そうか、それじゃあ目を覚まさせ……待って、どうやって?」



 改めて、映像越しに巨人となった超神を見やった彼女は、困ったぞと首を傾げた。


 女神的なアレで、起きろと念じれば良いのだろうか。それとも、物理的に女神パンチで起こせば良いのだろうか。



『どちらも駄目ですね。超神の方ではなく、女神ヲタクの方だけを起こす必要がありますので……力技は止めた方がよろしいかと』

「そうは言っても……どうしろと?」

『とりあえず、巨人となった超神の心を見れば、なにかしらのヒントが掴めるのではと提案致します』

「心、ねえ」

『とにかく、ヲタク超神の心を表に引っ張り出さなければ話になりません。選択肢もそうですが、モタモタしている暇はないと思いますが』

「むむむ、そう言われると……仕方がない。申し訳ないが、やるか」



 どんな相手であろうと、プライベートを覗くのはよろしくない。


 けれども、そうしなければ助けられない(あと、ワガママを押し通すには)以上は……心の中で謝罪をした彼女は、眼前の映像へと念じた。


 すると、映像がホワホワッと霧に包まれていくように見えなくなる。次いで、ゆっくりと色が付き始め……たのだが、靄が晴れる様子はなかった。



「……?」

『靄が掛かるということは、ヲタク側の意識が不明瞭なのでしょう。外部から刺激を与えるなり何なりする必要があります』

「あ、そうなの……何をすれば?」

『そうですね、臭い……は、どうでしょうか?』

「はい?」



 意味が分からず首を傾げれば、『いえ、ふざけてはおりませんよ』賢者の書はそう言葉を続けた。



『臭いの情報は、それだけ記憶に残り易く、消えにくいのです。なので、なにかしらの臭い……そうですね、貴女様の臭いを嗅げば、なにかしら反応を示すかと思います』

「えぇ、臭い……それは嫌だけど……まあ、しゃーないか」



 溜息を零した彼女は、着ている服を脱ごうと……したのだが、この服は今日の服は新品同然のやつだったことを思い出した彼女は。


 ……深々と、それはもう大きなため息を吐くと……スルリと、服の中より……ブラジャーを抜き取った。



『おや、器用に脱げるようになりましたね。それを映像へ向かって投げれば、ダイレクトに届きますよ』

「毎日毎日、マザーから所作の指導を受けたら嫌でも出来るようになるわい……はあ、まったく……」



 そうして、賢者の書からの茶化しを軽く睨みつつ、女神パワーを使いながら、ボールをぶつけるかの勢いで、ブラジャーを映像へと投げ付けた。


 すると、ブラジャーは映像の中へと消える。


 途端、靄が掛かっているだけだった映像に、波紋が生まれ……ぐにゃぐにゃと、形を変えたかと思えば……靄が晴れ、詳細な映像が映し出された。




 ──輝夜! 輝夜! 輝夜! 輝夜! ぅぅぅぅうわぁああああああああああぁぁぁあああああ……ああっ、あっあっー!! はぁあぁああああ!!! 輝夜! 輝夜! 輝夜ぅああぅあああああ!!!! 




 瞬間──かつてない程に、彼女は己の頭が真っ白になる感覚を覚えた。




 ──クンカクンカ! クンカクンカ! スーハ―スーハ―! スーハ―スーハ―! っぁ、ぁああああ……良い匂いだなぁ……くんくん、んはあっ! 竹取輝夜様の艶やかな黒髪をクンカクンカしたいお! 




「       」




 ──くんくん、クンカクンカ! あ、間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 艶々黒髪モフモフ! カリカリモフモフ……きゅんきゅんきゅん!! 




 絶句、ただただ、絶句した。




 ──コンサートの輝夜たん、可愛かったお! ラジオの声、あぁぁああ、あああ……ああっあぁあああ!! ふぁあああんんん!!! 




 人は……いや、女神であっても、本当に理解の範疇を超えた存在と直面した時……思考が停止するということを、彼女は知った。




 ──紅白出場決まって良かったね! 輝夜たん! 輝夜たん! あぁあああ可愛い! 可愛いよ、輝夜たん! かわいい! あっああぁあああ!!! 




 そして、知ると同時に……彼女は……無言のままに、眼前の映像を消して。


「…………」


 無言のままに、映像が再び映し出される。超神の……怪物となった巨人の奥深くにある、ヲタク超神側の心が。




 ──いやっほぉぉぉぉ!!! 俺には輝夜たんがいる! やったよ輝夜たん! ひとりでできるもん! ううぅうううううぅぅ!!! 俺の想いよ輝夜たんへ届け!! 




 でも、そうして映し出された映像を見た、彼女は。



「      」



 虚無の顔で……呆然とするしか、なかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る