第19話: ちなみに、一人じゃないらしい




 ──賢者の書の計画を一言でまとめるなら、『女神を囮にした、囮戦法』であった。



 内容は、いたってシンプル。



 アイドルとして活躍することで彼女の知名度を上げ、この国……とりあえず、日本のどこかに潜伏している超神の影を己に引き付け、接触次第仕留める……という、戦法であった。


 そんなんで来るのかと最初は彼女も首を傾げたが、その点に関しては賢者の書のみならず、マザーからも可能性が極めて高いと断言された。


 曰く、超神の影は自我こそないが、本能的な部分……捕食しようという部分は残っているらしく、そのうえで、より栄養のある相手を狙おうとするらしい。


 この栄養は、言うなればエネルギー……不可思議なパワーというか、とにかく、ミラクルなパワーも含めて、より多くの力を持っている相手を狙う……とのことなのだが。



 この世界において、女神に匹敵するパワーを持っている存在は居ないらしい。



 つまり、超神の影からすれば、とてつもなく魅力的かつ美味そうな餌がテレビに映し出されるわけで……一目でもその姿を見れば、もはや超神の影はまっしぐらなのである。


 これはまあ、女神である彼女だからこそ取れる戦法である。


 なにせ、その気になれば世界の時間を良い感じに止める事が出来る存在だ。それ以前に、そもそもこの世界のあらゆる存在は、原則として彼女を傷付ける事は出来ない。


 中身が人間ソウルとはいえ、女神ボディ。


 ビッグバンを受けてもビクともしない彼女を、たかが一つの惑星の頂点に立っている程度の存在がどうこう出来るわけがない。



 そう、仮に超神がフルパワーで復活していたとしても、結果は変わらない。



 所詮は、井の中の蛙なのだ。


 世界を管理する女神の前では、ミジンコの中ではちょっとばかりサイズが大きいかな……という程度の相手でしかなかった。



 ……で、まあ、それはそれとして。



 賢者の書の計画は分かったが、そう上手く事が運ぶのだろうか……けっこう、彼女は不安視していた。



 いちおう、ある程度はやれるかも……とは思っていた。



 自慢するわけではないが、彼女は己の見た目というものをある程度は客観的に認識している。


 少なくとも、平均よりは上だと力いっぱい断言出来る容姿になっていると思っている。なんなら、10万リラ賭けてもいいと断言するぐらいに。


 しかし、今度ばかりは違う。海千山千の腹黒たち、美男美女が集う伏魔殿、芸能界での戦いである。


 単純な美人ぐらいなら、それこそ毎年のようにやってくる。いくらグランプリに優勝したからといって、必ずしも成功が確約するわけではない。


 あくまでも優勝者として箔が付いて、ちょっとばかりスタートロケットで距離を稼いだだけだ。



 そこから次に繋げなければ、だ。



 あっという間に番外に落ちるばかりか、そのままズルズルと停滞し、元アイドル(グランプリ優勝者)のタレントみたいな立場になるのが、芸能界なのだ。


 そう、なんの個性も特技もない、ただ顔が良いだけの小娘が、だ。


 はたして、どこまで通じるのか……やると決めた以上は頑張るつもりだが、正直なところ、三ヶ月も持てば良い方なんじゃないかな……と、思っていた。






 ……。



 ……。



 …………が、しかし、いざ蓋を開けてみれば、だ。



「──輝夜ちゃ~ん!! いや~、ほんと、ごいす~だよ~~!!! 仕事の依頼がもうパンパン、嬉しい悲鳴が止まらないよ~!!」



 テレビ局の、一室。『竹取輝夜』とプレートが張られた楽屋へと入るなり、満面の笑みでそう報告したのは、彼女のマネージャーである、黒岩(男性31歳)であった。


 この黒岩、見た目はけっこう厳つい顔をしており、体格もけっこう良く、初見ではヤクザと間違われる風貌をしているが、マネージャーとしては優秀な男だ。


 業界でも最大手の事務所に所属しており、彼女もまたそこに所属しているタレントで……ここら辺を語ると長くなるし複雑なので、詳細は語らない。


 とりあえず、マザーの超科学力によって行われた工作の果てに、その位置に落ち着いた……と思ってくれたらいい。




 で、話を戻すが、黒岩は凄まじくご機嫌であった。




 普段から独特な業界用語で話す黒岩だが、機嫌が良い時は特に間延びした……いわゆる、オカマ口調に近い話し方をするのだが、つまりは、それぐらい機嫌が良かった。


 どうしてかって、それは……己が担当する事になったタレント、『竹取輝夜』の業績が、それはもう理想的といっていいぐらいに良かったからだ。



 なにせ、先日出したCDが、早くも売上枚数50万枚を突破したのだ。



 これは、レッドオーシャンであるアイドル業界においては驚異的な早さであり、事務所の上層部たちから見ても、喜ばしい話であった。


 なにせ、昨今は毎年どころか三ヶ月に一度のペースで新人が出てくるから、ちょっとぐらい歌が上手い程度では、視聴者もそこまで食いついてこないのだ。


 グランプリ優勝者というアドバンテージがあったところで、売れるかどうかは誰にも分からない。


 いくら事務所が力を入れてバックアップしたとて、売れない時は頑張っても売れない。なんとか投資分は回収出来ても、それが限界なんていうのはよくある話。


 反対に、大して力を入れなくても、売れる人は売れる。それこそ、少し場所を整えてやるだけで、何千人という客を呼び寄せるぐらいの怪物だっている。


 それが芸能の世界の話であり、厳しい話だが、採用した事務所側も、見込みがないと判断すれば……というのが当たり前の話であった。



 ──だからこそ、彗星のように現れた特大な原石に、事務所のみならず、担当する事になった黒岩も興奮しっぱなしであった。



 なにせ、芸能界というのは広いようでいて狭い。


 一般人からすれば新人でも、業界人からすれば、『あ~、あのスクールの子か~』と思う事は数知れず、実際は何年も下積みを積んでいる新人なんていうのも、珍しくはない。


 しかし、彼女の場合は違う。少なくとも、黒岩は誰よりも眼前の少女が、他とは格が違うのだと思っていた。



 なにせ、レッスンらしいレッスンを受けたことが無いのに、だ。



 彼女はアイドルとして戦うための武器を幾つも……それも、持って生まれた才覚無くして到達出来ない領域の武器を、既に持っていたのだ。


 その一つが、専属で雇っている教師が、『教える事など何もない、既にトッププロレベル』と初日で判断を下すほどの歌声。


 唯一無二、誰かに似ている声ではない、彼女だけのオリジナルであり、彼女にしか出せない歌声。


 初めてその歌声を耳にした時、黒岩だけでなく、その場にいた関係者の誰もが『絶対に売れる!』と確信していた。



 実際、結果も出した。



 グランプリ優勝者とはいえ、それまでメディアに一切顔を出してこなかった無名の少女が、初めて出したCDで50万枚以上の売り上げを叩き出した。


 その勢いは、今も止まらない。既に、何度増産の依頼を出したか覚えていないぐらいだ。


 このまま100万……150万枚は固いと上層部も確信しているぐらいであり、黒岩に至っては、ダブルミリオン……200万枚を超えるのではとすら考えていた。



 他には、なんと言っても容姿だ。



 多少なり容姿が劣っていても、一芸に秀でていたら何とかなる(続くかどうかは別として)が、とはいえ、容姿が整っていることに越した事はない。


 そして、彼女の場合は……パーフェクトとしか言いようがないほどの、満点な容姿であった。


 なにせ、専属のスタイリストから『化粧を入れる場所がほとんどない、通常のやり方では、素材の邪魔になってしまう』という話が即日で上がってきたぐらいだ。


 実際、素人目として黒岩を始めとして、何人かが確認したが……スタイリストの意見は誇張抜きの事実だと判断した。


 頭の形、肌の綺麗さ、顔立ち、全体のバランス、女性的なライン、その他すべてが、まるで今しがた神の手で作られたかのように、全てが無垢に見える。


 化粧が似合わないと思うのも、仕方がないと思った。既に完成された芸術品に、余計な装飾を新たに施すようなものだから。



 だが、同時に。



 だからこそ、似合う化粧が見つかれば、今以上に映えるのではと誰もが思った。


 それは、彼女が持つ魅力……大人でもなく子供でもない危ういナニカがそう思わせるのだろう……と、黒岩たちは思った。


 子供特有の忙しなさ、無鉄砲なまでの躍動感。内から溢れる若さは確かにあるのだが、それ以上に……成人した人間を思わせる落ち着きが感じ取れる。



 まるで、矛盾の塊だ。



 大人に見えるのに、見た目は子供で、見た目は子供なのに、大人にも見える。良い意味で、ある種の怪しさすら感じ取れる。


 誇張し過ぎと言われたらそれまでだが、正直、黒岩のみならず、彼女と関わった者たちは、ここまで非の打ち所のない美少女は初めて見ると口をそろえた。


 事実として、先々週に彼女が巻頭に載った雑誌が出たが……全て、完売となった。



 それはもう、売れた。



 雑誌に限らず、彼女が載っているのは片っ端から売り切れが続出しており、なんと新聞の自販機すらも空になったというのだから、驚きである。


 加えて……そう、ある意味、芸能界という世界を生き抜くうえで、一般的には注目されないが、業界人から見れば、実は非常に重視される要素。




 彼女は……体力(フィジカルも含め)の面でも非凡であった。




 そう、芸能界というのは、幾つものレギュラー番組を担当する大御所でない限り、不規則な生活になりやすい世界だ。


 特に、売出し中……少しでも顔を売って実績を増やしたい新人の生活は、それこそ平日と休日の境目なんてなく、昼夜逆転なんてのが当たり前に発生する。



 そこで重要になるのが、体力だ。



 やはり、体調不良がどうとかで断られる回数が多い者よりも、即答で仕事を了承してくれる者の方が、仕事を回す側からしたら使いやすいのだ。


 そして、新人アイドル(アイドルに限らず)というのは、基本的に年若い。


 これが男のアイドルならそこまで問題にはならないが……女となると、どうしても生理を始めとしたホルモンバランスが関わってくる。



 芸能界は、学校とは違う。



 実力と人気さえあれば子供でも丁重に扱われるが、言い換えれば、その二つが無ければ子供だからと甘く見てもらえないシビアな世界なのだ。


 ゆえに……大人でも根を上げてしまうほどのハードスケジュールの中で、欠片も疲れた様子を見せないだけでも……大したもんだと誰もが評価を上げるのであった。



 そう……本当に、これほどの原石と巡り合えた事に、黒岩たちは心から感謝していた。



 歌も上手く、容姿も良く、ミステリアスな雰囲気を醸し出し、さりとて、大人にも子供にも見える。そして、体力だって大人顔負けで、精神面も非常に落ち着いている。


 果たして、そんな原石と次に会える機会があるのか……これを逃せば、もう二度と出会えない奇跡に遭遇しているのかもしれない。



(行ける……この子なら、もっと上に……世界にも通用する、世紀に名を残すトップアイドルに……この子の先を、もっと見てみたい!!)



 そう思えば、連日連夜の仕事の疲れなど吹き飛ぶ。次から次へと飛び込んでくる仕事を前に、疲れた顔などしていられない。


 CD収録は終わり、早くも二枚目のシングルを出すかどうかが会議にて浮上し、既に写真集が出される事も決定された。


 ドラマだって、今はどこに入れるべきかを話し合っている段階だ。


 演技指導を行っているトレーナーからは『まるで、唐突に別人になったかのように……凄い才能を見た!』と高い評価を得ている。


 バラエティのゲストに出してもいいし、もっと別の番組でもいい。既にファンクラブすら出来ているらしいから、サイン会を開くのもいいだろう。


 本当に……先が楽しみだと、黒岩は心から思うのであった。








 ……。



 ……。



 …………さて、そんな感じで関係者一同の心にどデカい野心やら夢やら何やら、炎が轟々と燃え上がろうとしている……その最中。


 彗星の如く到来したアイドルの輝夜は、あくまでも表の顔。


 裏の顔である女神としての彼女は、作戦通りに超神の影が現れるのを今か今かと待っていた。


 まあ、待っていたというよりは、待つしかない、というのが正しい現状である。


 というのも、だ。


 自身を囮にしたこの戦法……『超神の影』の性質を逆手に取って、人気が出て目立てば目立つだけ、自動的に集まってくれるから……という内容なのだが。



「──おらぁ! 催眠!!」

「あ、女神相手に催眠は無効なんで──女神ぱ~んち!」



 必ずしも、狙った相手が来てくれるとは限らないという欠点があった。そして、それを現在進行形で彼女は欠点を体感するはめになっていた。


 そう、次から次へと超神が来て、けっこうあっさり終わるかもと思っていたが、いざ蓋を開けてみれば……一般人を除けば、来るのは魔族ばかりであった。



「──おらぁ! 媚薬ぅ!!」

「う~ん、薬も一切効かないので──女神ぱ~んち!」



 もう、倒しても倒しても、何処からともなく現れる。ある意味、ゴキブリかなと彼女は思った。


 ご丁寧に、仕事中には襲って来ない。変な所で礼儀正しい。


 それでも襲ってくる時は、必ず周囲の目が無い時や、魔族的な能力のアレで1人になったところを狙って来る。


 人間に化けて来てはいるが、ある意味分かりやすい。接近してきた際は音楽が鳴る時計を作ったから、余計に分かり易かった。


 賢者の書からは『アイドルとして目立つ分、色々とアレなのでしょう』と言葉を濁されたが……正直、鬱陶しいことこの上なかった。



「あ、あの、女神様……ご、御機嫌うるわしゅ、ごじゃいましゅ……」

「そ、そんなに緊張しなくていいから……ご丁寧にありがとうね」



 そして、次に多いのが……いわゆる、妖怪とかそういうカテゴリーで呼ばれている者たちだ。


 この者たちも人間に化けているが、こちらは気配もそうだが、緊張でガチガチに固くなっているからすぐに分かった。


 こっちに関しては、特にうっとうしいとかはない。


 ただ、そこまで緊張しなくてもいいという気持ちはある。


 緊張させてしまうのは仕方がないと思うが、別に取って食ったりはしないから、もう少し気楽にしていいよとは思っていた。



 ……。



 ……。



 …………で、だ。



 そこまでは、まあ、いい。


 色々あるにせよ、ターゲット以外が間に入って来るのは想定していた。


 それぐらいは、人間(男)だった時からそう賢くはない彼女も、予想していた。



「──竹取輝夜様ファンクラブ!! 会員No.1番!!!」



 だが、しかし。



超神ちょうじん! 見参けんざん!! 握手お願い致しますぞ! 輝夜様ァ!!!!」



 まさか、ターゲットとして狙っていた超神の影が自我を持っていたばかりか、魔族のようにボディビルダー顔負けなムキムキ筋肉な実体(もちろん、人間に化けている)を作った挙句。



「お、おお! こ、ここに! ここに超神へとサインを……サインを!!!」



 どういうわけか、ファンクラブまで作ったうえに、『輝夜❤ラブ』と書かれた鉢巻を頭に巻き、どデカいリュックを背負って来たのは。



(……賢者の書、聞こえますか? いま……貴方の心に語りかけています……なんやこれ、どないすればええのん?)

『さすがは女神様……超神すら虜にするとは、この賢者の書……感服いたしましたぞ!』

(聞けよ、女神の話をよ……!!)



 さすがの女神も……予想できなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る