第18話: 輝夜「歳は……2億歳以上ですね!」 ← 間違ってはいない
──変態共の巣窟にいられねえ。
そう決断を下すまでは早く、走って『儚駄目荘』に戻ってきた彼女は、そこでようやく止まっていた時間を再開させた。
その際、銭湯にて狂乱の宴を繰り広げている者たちをどうするべきかと思ったが、特に怪我人が出る事はないので放って置いて問題ないとのことなので、放って置くことにした。
むしろ、客観的な事実だけを述べるならば、放って置いた方があの場に居た女性たちにとっては有益だろうというのが、賢者の書の話であった。
「……有益って、アレが?」
マザーより用意してもらったカルピスの味に懐かしさを覚えつつ、とてもそうは見えなかったが……と、彼女は思った。
だが、それは彼女の思い違いであり、詳しく聞けば、それはもう……有益な部分が多過ぎて、むしろ喜んで替わりたいと思う人が現れるのではと思うぐらいであった。
と、いうのも、だ。
まず、鞭を受けて恍惚の笑みを浮かべていた人外さんだが、彼らはいわゆる『魔族』と呼ばれる種族らしく、一般的な生命体とは少しばかり異なる存在らしい。
それは、魔族は実際には決まった肉体を持たず、ある種の精神エネルギー生命体であるということ。
目に見えない精神エネルギーがなんらかの要因によって凝縮し、そこに自我が生じることで誕生する存在……それが『魔族』という存在であるらしい。
……で、だ。
大本が不思議パワーで肉体を持たないとはいえ、生命体として活動する以上は燃料を必要とする。
車がガソリンを必要とし、生物が他種の血肉を必要とするように、肉体を持たない魔族もナニカを糧にしなければ存在を維持出来ない。
では、精神エネルギー生命体である魔族が、いったいなにを糧にしているのか?
それは、己の身を構成するエネルギーと同じ……つまり、同じ精神エネルギーを吸収することで、その存在を維持しているわけ……なのだが。
『精神エネルギーって、要は全ての欲望の言い換えでして……大雑把にまとめると、お腹が空いた、眠たい、遊びたい、そんな当たり前の欲求を抱いた時点で、精神エネルギーは発生するのです』
「へ~、そうなんだ」
『その中でも、表には出せない欲求……いわゆる、
「なんか嫌な予感がするんだが?」
『なので、事情を知らない者からすれば信じられない話だとは思いますが……銭湯でのアレは魔族にとっての『食事』であり、恍惚の顔でいたのは、美味しかったから笑顔になっていた……というだけなのです』
「えぇ……(絶句)、ど、どういう流れでそうなるの?」
『人間は程度の差こそありますが、力を誇示して優位に立ちたいという欲求を持っております。歳若く非力な者からすれば、己の何倍も強い相手を足蹴にして勝利する……さぞ、清々しい気分でしょうね』
「そ、そうか……」
『洗脳するのは、理性でブレーキを掛けないためでしょう。集められた女性たちの体感では、起きた時に妙な目醒めの良さに機嫌が良くなるぐらいで……もちろん、痕跡は一切残しません』
だから、あの場に居た女性たちは、自分が何をしていたのかを絶対に記憶してはいない。
むしろ、朝までぐっすり快眠出来たかのような爽快感を覚えているばかりか、実際に肉体的にも回復されているので余計に気付けない……とのことだった。
「……なんだろう、今日だけで私はいったい幾つの知りとうなかった案件に遭遇したのか……」
傍から見れば変態集団にしか見えなかったアレが、まさかの生命維持に必須な食事の光景であることに、彼女は女神らしからぬ絶句を見せた。
いや、だって、女神とはいえ、彼女がそう思っても致し方ない。
だって、あの場に居た人外の見た目だが……まず、基本的にはマッチョ体形というか、だいたいが身長180cm越えな筋肉隆々の人型である。
眼が六つだったり、腕が四本だったり、巨大な牙が生えていたり、豚鼻だったり、一目で人外だと分かる要素がある……人外だ。
そんな、リンゴを片手で握りつぶせそうなマッチョ魔族たちが、だ。
己よりも頭一つ分(相手によっては頭二つ分)小さい女から、鞭でペシンペシンと叩かれるたび、『Oh! Oh!』と野太く熱のこもった悲鳴(?)をあげていた。
そんなの、『へ、変態だー!?』と距離を取ろうと思って当たり前である。
むしろ、アレを初見で魔族の食事風景だと察せられるやつがこの世に居るのだろうか……そう、女神である彼女は思わずにはいられなかった。
……。
……。
…………そうして、だ。
初日から色々なやる気が損なわれる事実が発覚した事で、もうこのまま不貞寝してやろうと思っていた彼女が、ふと。
マザーの手で甲斐甲斐しく用意してもらった新品の布団の上で、さあ目覚ましをセットしようぞとしていた、その時……気付いた。
(はて……そういえば、もう片方の組織は?)
というか、思い出した。
そう、魔族のインパクトが強過ぎてすっかり忘れていたが、あの場で女王様をやっていた方の女性たち。
賢者の書の言葉通りなら、敵対してきた組織の片方らしいが……あの女性たちは戦士の類には見えなかったが、いったいどういう組織なのだろうか?
……気になる。
体幹的には懐かしさを覚えるブラウン管テレビ、特に見たいモノがあるわけではないので、意味も無くチャンネルを変えつつ……彼女は思った。
……気になる、と。
なにせ、男側の方は、蓋を開けてみれば魔族という種族であり、変態的行為は見た目こそアレだが食事であるというのが分かった。
そんな魔族からすれば、『超神』という食糧を奪い取る存在は滴でしかなく、その復活を企もうとしている(誤解だが)組織を攻撃するのは、理解が出来た。
では、もう片方……こちらも、経緯こそ違うが、人類にとっては害しか与えない『超神』の復活なり、崇拝している組織を壊滅するのが目的……の、組織なのだろうか?
『端的に言えば、貴女様の想像した通りです。違うのは、女性たちの組織は超神だけでなく、人外の類を監視し、場合によっては退治することを是としているという点です』
寝る前に、気になる事があると中々寝付けない性分である彼女は、素直に賢者の書に尋ねる……すると、そんな答えを返された。
曰く、女性たちの組織は、そういった人外の組織と長年戦い続けている専門機関らしく、遡ればかなり歴史は古いらしい。
魔族とはまた異なる、不思議パワー……その組織の言葉を借りるなら、『霊力』と呼ばれる力を駆使して闘う集団であり組織であり機関である……とのことだった。
「……つまり、どういうこっちゃ?」
一通り話を聞いた彼女は、なんだか情報過多でよく分からんと首を傾げた。
『つまり、魔族側は人間の精神エネルギーを食べるだけで害することはせず、そもそも溜め込んだ精神エネルギーから生まれるので、自分たちの食糧を生み出す存在を害する意味がない』
『霊力を持つ人間たちは、魔族に限らず人外の存在を警戒していて、必要に応じて対処する集団である。しかし、必ずしもサーチ&デストロイ集団ではない』
『超神は、そんな者たち全てを……そう、万物を食らって活動する食物連鎖の頂点のような存在であり、人間も魔族も……いえ、それ以外の者たちも最大限に警戒していた』
『そして、そんな中で、超神を蘇らせて利用しようと誤解されていた我らが、誤解した者たちに襲撃されていた……といった流れでしょうか』
それを見て、賢者の書はサラサラッと簡潔に内容をまとめてくれた。
「で、肝心の超神はロボッ「ダークムーン・ヘルカイザーです」……そう、ヘルカイザーによって倒されたから、もういない。でも、それを知っているのは私たち以外に居ないってことね?」
食い気味に割り込んできたドヤ顔マザー。元はと言えば諸悪の根源に近しい立場なのだが、分かっているのだろうか。
たぶん、分かっているけどヘルカイザー動かせて嬉しかったんだろうなあ……と、彼女は思った。
で、だ。
ちょっと頭痛を覚えつつも、確認の意味を込めて尋ねれば、『はい、推測の通りでございます』賢者の書より肯定された。
では……素直に、超神を倒したと話せば良いのでは?
率直に、彼女はそう思った。
だって、要は誤解に誤解が生じた結果、このように拗れてしまったわけだ。衝突することになったけれども、そもそも、どの陣営も、憎んで攻撃したわけではない。
ならば、ちゃんと説明すれば、分かってくれるはずだ。
すぐには無理だし、信じてもらえず拒絶される可能性は高いが、そもそも、こちら側は悪い事はしていない(むしろ、超神を倒した)のだ。
なので、そうすればよいのではと……彼女は、賢者の書に言おうと……した、その時。
ぴんぽん、と。
インターホンが、鳴った。それは、間違いなくこの部屋のインターホンだった。
「……こんな時間に?」
むくりと、布団から身体を起こした彼女は、傍のマザーへと視線で尋ね……ようと、したのだが。
「女神様、お下がりください。敵性反応を感知しました」
どういうわけか、マザーは先ほどまで浮かべていた朗らかな笑みを無表情に戻すと、両腕を玄関扉へと──瞬間、マザーの両腕が変形し、内部より銃器らしきナニカが飛び出した。
──え?
と、思った時にはもう、マザーの両腕からシュインと甲高い音がしたと同時に、激しく点滅し──直後、玄関扉は瞬く間に穴だらけとなり、そのままの勢いで扉だったモノになった。
「……は?」
「適性反応消滅、クリア。安全を確認致しますので、そのままの位置で待機願います」
「──え、いや、待て待て待て!! いきなりなに!? マジで少しは先に説明してよぉぉぉぉ!!!」
「女神様、お放しください。敵性存在の死亡を確認致しますので」
「だから、その前に説明──っていうか、殺したんか!? いきなり過ぎてもう何からツッコめばいいか分からんぞ、こっちは!?!?!?」
極々当たり前と言わんばかりに外へと向かおうとするマザーの腰に抱き着いて、制止した。
彼女がそうするのも、これまた当たり前である。
女神であろうと、いきなり予告なしに目の前で銃撃が始まれば硬直する。ましてや、敵性存在なる相手を殺したとなれば……そもそも、その敵性存在ってなんやねんって話なのだ。
とはいえ、こんな状況でギャーギャー言い合っているわけにはいかない。
結局、押しには弱い女神はマザーの背中に隠れる形で、銃撃(たぶん、レーザー的なアレ)されて仰向けに転がっている人間を見やった。
……簡潔に述べるなら、胴体が穴だらけになっており、一目で絶命しているのがわかる男の遺体であった。
当然ながら、面識はない。
彼女からすれば、マザーがいきなり一般男性を射殺したような状況……なので、傍にて漂っている賢者の書に、彼女は尋ねた。
「賢者の書……どうして、マザーはこの男を殺したんだ?」
『その質問は、間違いです。殺したのではなく、既に死んでいました。マザーの攻撃は、肉体を損傷させて活動不能にさせただけです』
「……待って、ちょっと待って、次から次に新情報を出してくるの本当にヤメテ……まだ、初日っすよ、こっちは」
深々と……それはもう、100年に一度出せるかどうかの重苦しい溜息を零した彼女は、ガリガリと頭を掻き毟ると。
「──説明せい! 出来うる限り、簡潔に!!」
賢者の書に説明を求めた。
『死んだとばかり思っていた超神、どうやらバックアップを残していたようですね。たまたま近くにあった遺体に寄生して、より強い生命力を求めてさ迷っていたのでしょう』
要望通り、賢者の書は答えてくれた。そして、その内容は……些か、信じたくはない内容であった。
「おまえにも分からなかったのか?」
思わず、そう言葉を続ければ、『う~ん、ちょっと違います』賢者の書はため息を吐くかのように、ゆらゆらと揺れた。
『超神は死んでいます。この遺体に寄生していたのは、残りカスの影みたいなもの。自我も無く、もはや己が何をしているのかすら理解出来てはいないでしょう』
「……つまり?」
『この私にも見抜けないほどに超神とやらは、しぶとかったようです。まあ、しぶといとは言っても、復活はもう出来ませんが』
「……おまえ、自分で思っているよりけっこう節穴だと思うぞ」
『ふふふ、お好きなように評価してくださいませ……話は戻しますが、放っておいても超神は消えます。結局は影、何もしなくとも10年以内に全て消えるでしょう』
ふむ……そう言われた彼女は、首を傾げ……ふと、仰向けの遺体に視線を向ける。
その瞬間、唐突に遺体から青白い炎が出た。
それは不思議と熱くは無く、ゆらゆらと舐めるように遺体の全身に広がり……1分と経たず、瞬く間に遺体が……跡形も残さず消えてしまった。
「……こいつって、あのままだったら何をするつもりだったんだ?」
『超神と同じく、捕食しようとしたでしょう。ただし、いくら捕食したとして吸収は出来ません。なので、いずれ餓死したでしょう』
「……いちおう聞くけど、その影ってこいつだけ?」
『現在、消滅していない影は961体となっております。なので、最悪は961体のゾンビとなって、誘蛾灯に誘われる虫のようにふらふらと動き回るでしょう』
……。
……。
…………え、それって、ヤバくね……っと、彼女は思った。
彼女の場合は、大丈夫だった。
傍にはマザーが居るし、その気になれば女神パンチや女神パワーでいくらでも対処出来るので平気だったが……これ、襲われたのが一般人だったらどうなっていただろうか。
上手く逃げ切れたらいいが、今回みたいに独り暮らしで不意を突かれて大怪我をしてしまえば……それに加えて、だ。
この影とやら……事実だけを述べるなら、こちら側が何もしなかったら生まれなかった存在である。
つまり、間接のそのまた間接的には己に非が……本来は傍観するつもりだったとはいえ、この場合は……少々、罪悪感を覚えずにはいられなかった。
(女神パワーで……いや、う~ん、上手く成功するか?)
しかし、女神パワーの使用には一抹の不安が……チラリと、賢者の書を見やった彼女は……いやいやと首を横に振った。
……なんだろうか。
特に根拠など無いのだが、どうにもこの流れに覚えがあるような……こう、1000年ぐらい前にも、こんなよく分からない流れのまま、とんでもないことになった気がする。
……ヨシ!
とはいえ、ウダウダと独り悩んでいても埒が明くわけではなく……そこで、パッと思いついた彼女は、何時ぞやのように意識を広げ──次の瞬間、この世界から彼女が消えた。
「め、女神様!?」
これには狼狽えるマザー。まあ、そうなっても不思議ではない。
なにせ、アンドロイドに搭載されたセンサーだけでなく、宇宙空間にて待機している『エルシオン』のセンサーですらも感知出来なかったのだ。
そりゃあ、狼狽えて当然で……っと。
「ただいま……」
「め、女神様!? いったい何処へ!? 消えましたが!?」
「ちょっと、他の女神様に相談しにね……」
消えた時と同じく、唐突に彼女が姿を現した。いわゆる、ワールドマップに移動していたのだ。
「やはり、人間ソウルがネック……繊細なコントロールが利かないのは、どうしようもないのか……」
妙にションボリした顔をした彼女は……心底嫌そうに、それはもう、心から嫌そうに顔をしかめると……チラリと、賢者の書を見やった。
「……あのさ」
『はい、なんでしょうか?』
「いちおう聞くけど……なにか効率の良い対処法って思いつく? 女神パワーは、万が一を考えると不安で極力使いたくないからさ」
『そう、ですね……リスクを承知の上ならば、手段がないわけではありません』
──にちゃあ、と。
本なのに、見た目は本でしかないのに、どういうわけか……彼女は、賢者の書がニタニタと笑っているのを幻視した。
『逆手を取って、貴女様が自ら誘蛾灯の役割を果たすのは、どうでしょうか?』
けれども、このまま放置するわけにもいかず……彼女は、賢者の書の語る計画に耳を傾けるしかないのであった。
……。
……。
…………。
……。
……。
…………それから時は流れ、カレンダーが11月を示した頃……とある多目的ホールの中にある会場に、彼女の姿があった。
そこには、大勢の人達が居た。
主に男性が多いが、少数ながら女性が居る。顔ぶれは大半が若く、カメラが回っていて、司会者が居て……一列に並ぶ、美少女たちが居た。
美少女達の恰好は、水着だ。水着を着るには適さない季節だが、誰も彼もが笑顔を浮かべており、誰一人として寒そうにはしていなかった。
それも、当然だ。
なにせ、会場の熱気は暑いぐらいで、大勢の人達から放たれる体温だけでなく、大小様々なサイズのスポットライト等によって、会場内は20℃後半を維持していたからだ。
「──それでは、長らくお待たせ致しました!! 第○○回New アイドルグランプリの優勝者は!!」
そんな中で、司会者が叫ぶ。照明が落とされ、グルングルンと会場の中を……スポットライトが忙しなく動き回る。
「エントリーナンバー、36番!!」
マイクを片手に、司会者が叫ぶ。
ダラダラダラと鳴り響くドラムロールと共に、忙しなく動き回っていたライトの光が……パッと、1人の少女を照らした。
その、少女は……美しかった。
横に並ぶ少女たちも美しいが、ライトに照らされた少女の美しさは別格であった。
全てにおいて、欠点が無い。まるで、神が自ら手を加えて作り出されたかのような……それほどの、完璧な美少女。
「──竹取輝夜ちゃんです!!!」
司会者の発表と共に、特大の歓声と拍手が鳴り響く。カシャカシャと、フラッシュのライトも一斉に焚かれる。
竹取輝夜という名で、アイドルグランプリという名のオーディションを無事に勝ち取った、女神である彼女は……朗らかな笑みと共に手を振りながら……心の中で思った。
──どうして、こうなった……っと。
会場のはるか後方……そこで、ワシが育てたと言わんばかりに腕組みして何度も頷いているマザーと、プルプルと総身を震わせているどデカい本の存在を感知しながら。
彼女は、どうにも己が騙されているような気がしてならなかった。
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