第15話: 考えることを止めた女神様
──くそダサロボットとMIKADOとの対決は、正に激闘という言葉に相応しい形相をしていた。
互いの攻撃が相手に当たるたび、バチンと互いの身体から火花が飛び散る。その度に、パッと辺りが明るく照らされる。
動きは激しいが、幸いにも踏み潰されている者はおらず、巻き込まれては堪らんと誰しもがその場から逃げ出していた。
さすがに、上官(隊長?)らしき人たちも、逃げ出す部下を止めなかった。
まあ、さすがに、怪物一体だけならともかく、二体の怪物のぶつかり合いの最中となれば、その危険性は桁違いであり……つまりは、上官たちも死にたくなかったわけである。
……で、だ。
二体の巨人の戦いは、パッと見た限りでは互角に思えた。
そういう知識を含めて素人な彼女には分からなかったが、屋敷の庭先にまで避難してきた兵士たちの会話を盗み聞く限り、間違ってはいないようだ。
(……あれ、これ、負けない?)
しかし……その中で、女神である彼女だけがくそダサロボットの内情というか、状態を把握出来ていた。
(気のせいじゃなければいいけど……なんか、エネルギーみたいなの、どんどん減っていっていないか?)
具体的には、ロボットの方から感じ取れるエネルギーが露骨なぐらいに減っているのだ。
エネルギーってなんやねん……みたいな話だが、女神的なセンサーで感知出来るので、とにかく、そうなのだ。
車で例えるなら、残りの燃料メーターバーが一本だけ表示され……あるいは、あとちょっとでガソリンマークに針が触れるぞといった感じだ。
まさか、このロボットがやられるのを前提にしているとは考えにくいが、このまま傍観したままなのが正しいのかも分からない。
──というか、いいかげんに誰か説明してほしい。
ちらり、と。
戦っている巨人たちから、傍の5人の貴族へと視線を向ける。気付いた誰かが説明してくれるかなと期待したが……駄目だった。
「ぐ、くう、さすがは天の羽衣……これほどの負荷が掛かるとは!!」
「ふふふ、その程度でおじゃるか? まだ、こちらには余裕があるでおじゃる」
「ふん! 大納言の名は伊達ではないことを、貴方達にも教えてしんぜよう!」
「おい、あまり無駄話をするな、手元が狂うぞ!」
「手元が多少狂ったところで負けはせぬ! 我ら貴族の意地を見せ付けてやりましょうぞ!」
何故かは知らんけど、5人の貴族……やいのやいの言い合いながらも、石板を手にしたまま苦しそうに顔をしかめているからだ。
いったいなにが……まあ、説明する必要はないだろうが、あえて説明するならば、5人の生命力みたいなナニカによって、あのロボットは……いや、違うか。
動力源こそ別だが、どうやらあのロボットを制御するためのエネルギーに、この5人の力が必要なようだ。
なんでそんな無駄な事をしているのかと思ったが……マザーの満面の笑みを思い浮かべた彼女は、必要なことなのだろうと諦め……静かに、溜め息を零した。
(……おじゃる言葉、初めて生で聞いたな)
──前に会った時、そんな口癖じゃなかったよね。
その言葉を、彼女は喉元の辺りで留めておく。とてもではないが、今の彼らに声を掛ける勇気が彼女にはなかった。
と、同時に、だ。
賢者の書(たぶん、マザーも)の手引きでこうなっているのは分かるが、何をどう考えたら、こんな流れになるのか……正直、女神にも荷が重いぞと思った。
……もう、戦いが終わるまで昼寝でもしようか。
そう思った彼女は、女神の権能にて『一時間後に必ず女神の目を覚ます目覚まし時計』を作り出す。次いで、押入れから布団を出そうと……した、その時であった。
どすん、と。
ひと際大きな火花と共に、ロボットの方が倒れた。
ビリビリと、痺れにも似た地響きが彼女の下にも届き、わああと悲鳴を上げて尻餅をついてしまう者が続出した。
「ぐ、ぐぁああああ!!!」
「いや、なんでアンタらまで火花が出るの? え、まさかのフィードバック?」
その中で、どういうわけか5人の貴族たちもまた、パーンと火花を飛び散らせて悶絶していた。というか、いちいち反応が大げさすぎるだろうと思った。
さすがの彼女も、我慢出来ずにツッコミを入れてしまう。
しかし、彼女のツッコミへの反応が返されることもなく、5人はふらつきながらも、目に熱気を宿しながら立ち上がった。
──ぎゃおぁあああ!!!
それを見て……勝ちを確信したのか、MIKADOがブルンブルンと身震いして吠えていた。なんだろう、これも見覚えがある気がしてならない。
(あ~……そうだよな、ロボット倒れた時って、どういうわけか相手側は追い打ちしてこないよな)
本当に、見覚えがあるなあ……と、思いつつも、これはさすがに手助けが必要かなと、女神パワーを発揮しようと気合を入れ──たのだが。
「──今です! 輝夜様!! 貴女様も御力を! グレート・ムーン・ロボテッカー……超神合体!」
その前に、どういうわけか貴族たちが持っている石板を掲げ、非常に聞き捨てならない言葉と共に呪文を唱えた。
「え、待って、なにそれ聞いてな──」
最後まで、彼女は何も言えなかった。
何故かって、身体を起こしたロボットより伸びる一筋の光……それが、まるでスポットライトのように彼女へと放たれたかと思えば……次の瞬間にはもう、彼女はその場にはいなかったからだ。
そう、気付けば、彼女は機械に囲まれた密室の中に居た。
目の前には、縦横数メートルはありそうな大きなディスプレイ。彼女の眼前には光輝くクリスタルが設置された台が、ポツンと置かれていた。
……は、え、なに?
状況が分からずに目を瞬かせる彼女を他所に、ディスプレイに映し出された外の景色……そこには、こちらに向かって威嚇をするMIKADOの姿があった……と。
──ズガガン! ズガガン! ムーン! ムーン!
「は? え、なに?」
唐突に流れ始める音声。聞き覚えのある声色に、彼女はその音声の持ち主がマザーであることに気付いた……直後。
──ズガガン! ズガガン! グゥ~レェ~トォ! ロ(↓) ボ(↑) !!
「ちょ、これ、もしかして主題歌!? あれ、私ってばこの流れに覚えがあるんだけど!? ここ、もしかしてコックピットか!?」
流れ始めたコレが、マザーの生声によるこのロボットの歌である事に気付いた。
だが、気付いたところで、BGMは止まらなかった。
なにせ、BGMを歌っているマザー、超ノリノリである。
スピーカー越しとはいえ、小指を立ててマイクを握っているのがこれでもかと想像出来てしまうぐらいに、声に力がこもっていた。
「は!? 待って!? ちょ、すっごい恥ずかしいんだけど!? マジで恥ずかしいんだけど!?」
──燃~える、太陽! 背~に受けた、お月様! 正義の心を一つに合わせて~!!
「止められ──あ~、これ止めると泣いちゃうと思うと止める手が……私にどうしろと!?」
──魅せろ! 魅せろ! ムーンパワー! 必殺! 必殺! ムーンパワー!!
「ていうか、本当にどうしろと!? ここから私にどうしろと!? 何をしろと言うのか!?」
もう、この際BGMはいい。楽しそうにマザーが歌っているのは、よく分かった。
とりあえず、どうすれば良いのか。己は、今ここで何をすれば良いのかが彼女は分からなかった。
なにせ、こんなロボが有るだなんて知らなかったし、そもそも、どのように動けとかそういう指示はされていないから、余計に動くに動けないのであった。
「ご安心めされい! 輝夜様! 我らも共にまいりましょうぞ!」
「おお、それはありが──いや、なんでお前らまでいるんじゃい!!」
「さあ、心を揃えて! 今こそ、ロボテッカーの真価を発揮する時ですぞ!!」
「聞けよ! 女神の話をよ!!」
だから、極々当たり前のように背後に居た5人に、思わず彼女は素のままに怒鳴りつけた。
けれども、この5人ときたら、まるで彼女の話を聞かない。それはもう、お手本のようなスルー力だ。
5人は、手にしていた石板を……いつの間にか増えている人数分の台の窪みにはめ込むと、一斉に彼女へと顔を向けた。
「さあ、輝夜様! 今こそ、神剣『ムーンソード』を!」
「は、ムーン……え、これ? これに手をかざせってこと?」
暖簾になんとやら……苛立ちをひとまず横に置いた彼女は、促されるがまま、眼前のクリスタルへと手を伸ばした──瞬間。
クリスタルは瞬く間に形を変え……なんだろう、妙にゴテゴテとした、素人目からでも実用性皆無なのが丸分かりな剣へと……あ、これ、アレだ。
「まいりましょう! 輝夜超神一刀切り!!」
その言葉と共に、ガシッと肩を掴まれた。
振り返れば、5人は上から見ればVの字になるよう並んで前の者の肩に手を置いており、彼女は……ちょうど、先頭に立つ形となった。
「これ、完全に必殺技じゃん……」
ご丁寧に、こう動かせと言わんばかりに3Dホログラムで見本が表示される中で、彼女は……ションボリした顔で、それに従い。
「──邪神よ、眠れ!」
合わせて、5人が同時にキメ台詞を唱えれば。
「きみら、事前に練習してた?」
堪らず、彼女はそれにツッコミを入れた。
まあ、案の定誰の耳にも届かず……動きに合わせてロボットも動き、放たれた光の斬撃(知らぬ間に、武器を携帯していたようだ)が──すぱん、とMIKADOの身体を切り裂けば。
──ぐあああああ!!! やられた──!!!
それはもう、見事と思えるぐらいに分かりやすい断末魔と共にMIKADOは倒れ──一拍後、特大の火花を辺りに飛び散らせながら、爆散したのであった。
「……なにこれ?」
それに対する、彼女の感想はソレであった。
……。
……。
…………それから。
MIKADOという特大事件が解決した反動からか、あるいはそういう目的だったのかは不明だが、何時の間にか兵士たちの下に酒が届けられた。
いったい誰が、どうやって……不思議に思った者はいたが、ほとんどは気にしなかった。
だって、つい一時間ほど前にはMIKADOの手で死にかけたのだ。
己が生き延びたという実感の中で、滅多に飲めない酒が与えられた……そりゃあもう、すぐさま宴会が始まるのは必然であった。
そこに、誰が用意したのか出回り始める大量の炊き出し。
用意したり配膳してたりしている女たちは『見知らぬ人から……』と口を揃え、結局何処から持ち込まれたのか誰も知らなかった。
でも、誰も気にしなかった。
その程度のことをいちいち気にしていたら、あっという間に餓死していますのが今の世界だ。
とりあえず、腐ってさえいなければ大丈夫、天が施してくれたのだと誰もが思い、おかわり、おかわりと、炊き出しの列へ並ぶのであった。
……。
……。
…………そんな、喧騒の最中。
「さようなら、お爺さん、お婆さん」
「ああ、輝夜……行かないでおくれ」
「ご安心めされい、輝夜様。我らが責任を持って、お二人の面倒を見ましょう。それが、この地を救ってくださった貴女様への、せめてもの恩返しにございます」
「あ、うん、ありがとう……そ、それじゃあ、お元気で」
「貴女様が残してくださったグレート・ムーン・ロボテッカーは、この地の守り神として代々祀っていきますゆえ、ご安心を!」
「あ、うん、そういうふうに話が通っているなら、そのようにしてね……」
屋敷の裏手にて、ひっそりと行われた『かぐや姫』とのお別れに気付く者は……誰もいなかった。
彼女が、誰にも知らせないようにお願いしたからで……下手に騒ぎになるよりは、親しい者たちに見送られる方がいいとお願いしたからであった。
……まあ、実際のところは色々と精神的な負担が大き過ぎて、もう色々と面倒臭くなっただけなのだけれども。
けれども、そんな内心をおくびにも出さず、あくまでも切ない別れとして……彼女は、老夫婦に手を振った後、ふわりと……夜空の向こうへと飛んで行ったのであった。
……。
……。
…………そうして、宇宙船『エルシオン』へと戻った彼女は。
「何か、言い残すことはないか?」
『何もありませんが、燃やす時にそれはそれは苦しみ悶える悲鳴と共に恨み言を言い続けますので、ご容赦を』
「静かに、出来ない?」
『申し訳ありません、それはちょっと……』
「……まあ、何だかんだ言いつつも要望には応えてくれたから、いいけど」
とりあえず、賢者の書を燃やすのは一旦保留にした後で。
「女神様、楽しんでいただけましたか?」
「え、あ、うん、マザーも色々と考えてくれたの?」
「はい! 我がエルシオンに搭載されたライブラリの中で、特に人気の高かったサブカルチャーを参考に致しました」
「……マザー、あんな感じの好きなの?」
「はい、とても好ましいと認識しております。次の機会があるようでしたら、よりいっそうレベルの高い作戦が立てられるでしょう」
「あ、うん、その時は、よろしくね」
「はい、お待ちしております」
そわそわと、『またやりたい』と暗に訴えてくるマザーに手を振って別れた後は……自室として用意された部屋の、キングサイズのベッドへと飛び込んだ。
……なんかもう、疲れた。
それは、正直な彼女の本音である。
たった数時間の出来事ながら、まるで三日間働き詰めだったかのような感覚を覚えていた彼女は……テレパシーにて、賢者の書へと伝える。
(賢者の書……なんかこう、私の前世の、あの現代社会ぐらいにまで文明が発展するのって、どれぐらい先になるかな?)
返事は、すぐに来た。
(『そうですね……約1100年前後といったところでしょうか』)
それなら……彼女は、何時もの目覚ましを作ると、それを枕元に置いた。
(じゃあ、ちょっと早めに1000年後に起きるよう目覚ましをセットしておくから、起きなかったら起こしてね)
(『おや、そんなに長く眠るのですか? 私はてっきり、100年かそこらぐらいだと思っておりましたが……』)
(100年だと伝承として残っているかもしれないし……それに、娯楽が全然無かったからかなり退屈だったし、100年ぐらいじゃ私が求める娯楽は生まれないだろうし……)
(『なるほど、娯楽は確かに大事です』)
(うん、マザーとおまえは、とりあえず変なことさえしなければ自由にしていいから……あと、なにかトラブルが起こって判断に迷う時は起こしてもいいから)
(『了解致しました、それでは、お休みなさいませ』)
(うん、お休み……女神パワーで、この船は燃料切れとかその他諸々起きないようにしておく……から……)
そのテレパシーを最後に、彼女は大きく深呼吸をすると……すやあ、と寝息を立てるのであった。
『……マザー、女神様が目覚めるまでに、一つ提案があるのですが』
「はい、なんですか?」
『起きるまでやる事がないですし……とりあえず、女神様が地上で自由に活動出来るよう下地を作っておきませんか?』
「それは、良い判断かと思われます」
それゆえに、彼女は気付けなかった。
『そうですね、女神様ですので、女神教というのを広げましょうか。女神様が、いちいち人目を気にして歩かれるのは可哀想だとは思いませんか?』
「確かに、その提案に賛成致します。では、グレート・ムーン・ロボテッカーの次世代機の製造に着手致します」
『え?』
「え?」
片方が善意100%、もう片方が善意の皮を被ったナニカ100%、この二つが融合した際に生まれるモノに。
……すやぁ……すやぁ……。
眠っている彼女は……目覚めるその時まで、気付けなかった。
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