第16話: マザー、おまえもか……
時は流れ、約1000年後。
気持ち良く長年の眠りから目覚め、その間にマザーの手で栽培&品種改良の末に作ったという激ウマなコーヒーを出され、「マジで美味いやん……!」と感動していた女神。
これには、栽培&品種改良を行っていたマザーもニッコリ。アンドロイドとは思えぬ朗らかな笑みで、ピースサインを女神に送りました。
良いですね、平和ですね。
そんな女神の下に、『うえへへ、御機嫌麗しゅう、女神様』といった感じで何やら低姿勢な態度でやって来た邪悪な本(いちおう、賢者である)。
邪悪な本……改め、賢者の書は言いました。
『実は、貴女様が目覚めた時を考え、貴女様が自由に出歩けるよう色々と手を回しておきました』
これに対して、女神は非常に胡散臭いモノを前にしたかのように賢者の書を見つめました。
「本題を言え」
さすがは女神、前置きなど不要と全能感を見せ付けるスタイル。これには賢者の書、『助かる~』何故かいきなり態度を崩して馴れ馴れしくなる。
『実は私共、宗教的なモノを作りまして。マザーの協力もあって、それを利用して色々とお金を稼ぎました』
「へえ? なんで?」
『物々交換が主流だった時とは違い、今は通貨が出回っておりますから。金が無ければ誰も相手にしてくれませんからね』
「ふ~ん、でもどうして宗教?」
『マザーの持つ科学力で金ならいくらでも稼げますが、隠れ蓑は大事です。大っぴらにやれば、色々と問題でして……』
「なるほど……いちおう聞くけど、悪事じゃないよね?」
『もちろんでございます、賢者の名を与えられた、この私が……そのような事をするわけがございません』
「そう……で?」
『運営自体は問題もなく、つい先日まで何事も無かったのですが……実は、『とても重大な問題』が二つ、発生していることが分かりまして』
「え?」
『その関係から、敵対組織に襲撃され、壊滅してしまいました』
「は? なんて?」
『あ、言葉足らずでした。敵対組織というのは少し違い、正確には、二つの組織から襲撃を受けまして。いちおう、そうなった理由はあるのですが……』
「いや、聞き返したのはそこじゃないからね。ていうか、念の為に聞くけど、本当に君らの所業が原因じゃないんだよね?」
『もちろんでございます、この私のつぶらで無垢で純心な瞳を信じてくださいませ!』
「おまえ、目玉何処にあんの?」
『本ですからね、あるわけないじゃないですか』
「……あ、うん」
『とにかく、説明すると長くなりますが、この私でもどこから説明を行えば良いのか、些か判断が難しいところでして』
「賢者の書なのに?」
『作ったのが貴女様ですからね、こんなものですよ』
「HAHAHA、ぬかしおる」
馴れ馴れしいうえに息を吐くように煽りまくる賢者の書を前に、女神も慣れたもの……額に青筋を浮かべながら、コーヒーで怒りを呑み込む。
『とにかく、説明しても貴女様は一度では覚えきれないでしょう。なので、現在生じている重要かつ早急に対処する必要がありそうな重大問題を二つ、お伝えします』
「きみ、私が人間ソウルでも皮は女神だってこと忘れてない?」
『畏まって畏怖の念を込めて接した方がよろしいのですか?』
「おまえ、分かっていて言っているだろ」
──いや、そもそも敵対組織って、なにやったの?
思わず口を挟み掛けた女神だが、「女神様、クッキーが焼けました」その前にマザーがコーヒーのおかわりと茶菓子を持ってきてくれたので、出来なかった。
まあ……マザーも賢者の書も、こうして平然としているのだ。
襲撃という非常に物騒なワードが出た事は気掛かりだが、そこまで気にするような問題ではないのだろうと、女神はひとまず疑問を脇に──。
『とりあえず、一つ目は、この星の人間はあと10年と経たないうちに絶滅するというもの』
「──ぶふぅ!?」
──置こうとしたが、駄目であった。
あまりに想定外、死角より放たれた爆弾をまともに受けてしまい、香り高い黒色の霧を口から噴いた女神は……そろそろ戻そう。
女神ボディを持つ中身が人間ソウル(男)である彼女は、げっほげっほと咽る。
それを見て、速やかにタオルを用意してくれたマザーになんとかお礼を述べた彼女は……眼前の賢者の書を見やった。
「……聞き間違っていたらごめん。今さ、人類が絶滅するとか言わなかった? まさか、隕石が落ちるとか?」
『言いましたし、隕石ではありません。とある存在によって根こそぎ死んでしまいますので、結果的に絶滅するという話です』
「目覚めて早々、頭痛くなってきた……」
思わず、彼女は頭を抱えた。誰だってそうなる、女神だって、そうなる。
何が悲しくて、目覚めて早々人類は絶滅すると言われなくてはならないのか。
眠る直前は、そりゃあけっこうワクワクしていた。表向きは疲れ切った労働者だったが、その内心は遠足前の小学生みたいな気持ちだった。
だって、前世の時とは違い、今は女神……前世では様々な理由で諦めていた娯楽を、これでもかと楽しめるのだ。
悪くは無かったが、さすがに蝶々の動きがどうのこうので雅でおじゃるとか、相撲がどうとかいう生活は、退屈過ぎた。
1000年も経てば娯楽も増えて色々と楽しめるやん?
女神だし、ちょっとぐらい豪遊したって罰も当たらんやん?
……そう思ってしまったのが悪かったのか……いや、そうじゃない。
逆に考えるのだ……女神だからこそ、この問題に気付けたのだと。
ちょっとここらで女神らしいことをするべきだという、創造神からの忠告に違いない。
だって、タイミングよく賢者の書が宗教を作ったのだ。
これはもう、華麗に女神ムーブして『さすがです、女神様!』される流れなのでは……そう、彼女は気持ちを切り替えると、「それで、二つ目は?」賢者の書へ続きを促した。
『二つ目は、貴女様のために宗教を作り、信者も増え、資金も集まったのですが』
「ですが?」
『どういうわけか、女神様……邪神認定され、ガチめに世界の敵認定されました』
「なんて?」
──これは、創造神からの二度寝しろという神託なのだろうか?
もはや何処から突っ込んで良いのか分からない話を前に、彼女は……皮肉にも誇張抜きで美味いコーヒーを、緑茶のように啜るのであった。
──
なんでも、この世界……いや、正確には、この星での、全ての生命体(と、呼ぶのか正しいのかは判断に迷う)の頂点に、そう呼ばれている存在がいるらしい。
その存在は古くから伝承等に残されており、壁画という形で、世界中に記録が残されているが……現在でも、誰もその姿を見た事がない。
なので、何も知らない一般人や力を持たない学者からは、妖怪やその類……災害の象徴であり作り話だと思われている。
これはまあ、世界的によくある事らしく、代表的なのが日本の妖怪である天狗だ。
いちおう、有力視されているのは山で修行する山伏に、ワシやタカなどの猛禽類の印象が重なった結果生まれたというもの。
ただ、明確な証拠はないが、天狗はその特徴から、日本に入って来て住み着いた外国人という説がある。
つまりは、伝承の真実を確かめるには、それこそ過去へタイムスリップするぐらいしか方法がないわけであり、それは全ての事柄に当てはまる話であった。
……しかし、超神の場合は違う。
どうしてかって、それは……表向きには分からないが、超神の一部と思われる化石や遺物が、世界中のいたるところで見付かっているからだ。
では、どうしてソレが超神のモノだと分かったのか?
それは、超神の化石や遺物に『とてつもなく強大な力』が残されていたからだ。
そう、何千年前なのかすら分からない、下手すれば何百万、何千万も前のモノなのに、それでもなお『とてつもない』と判断されるぐらいに力が残っているのである。
この、『力』。言うなれば、目に見えない不思議パワーみたいなものだ。
賢者の書曰く、それ自体は、誰しもが持っている力らしい……そして、そういう力を感知できる人間が見れば、一目で分かる。
小さな破片ですら、そういう者たちが所持している家宝を一万個集めてもなお届かないほどの、膨大な……比べることすらおこがましいと思えるほどの力だ。
それこそ、神々ですらどうしようも出来ないのではないか……そう思わせてしまうぐらいの、圧倒的な力。
ゆえに、超神。
神をも越えた存在……神すらも恐れて隠れてしまう、全てを超越した存在……そのように古来より呼ばれているわけであった。
……ちなみに、だ。
賢者の書曰く、『超神はある種のエネルギー生命体であり、決まった形を持っておらず、活動直前になれば生物に寄生し、乗っ取って活動を始める』らしい。
いまいち分かり難いが、もうちょっと詳しく聞いたうえで、どういうことかと言うと。
超神は、十数年の活動期と数千年休眠期がキッチリ別れている。
休眠期は害が無いのだが、活動期に入る直前、その時に応じて生物に寄生し、準備が整ったら、膨大なエネルギーを使って寄生した肉体を変化させて捕食を始めるのだという。
寄生されている生き物は、己が寄生されている事に気付けない。超神が活動を始めるその時まで、他の生物と同じく普通に活動する。
しかし、ひとたび超神が活動を始めれば、だ。
その瞬間、宿主の自我は失われる。膨大なエネルギーによって肉体は原形が分からないぐらいに変形し、あらゆる生き物を捕食するだけの、邪悪極まりない存在に成るのだ。
この超神を事前に見つける方法は、事実上不可能らしい。
というのも、だ。
超神の存在を感知出来るのは、完全に目覚めた後の活動中か、活動期に入る直前の……それこそ、1,2年の間にて、極々僅かに漏れ出ている気配を探知するか……それしかない。
当然ながら、この星に生息している生き物全ての中の、たった一つの正解を1,2年で引き当てるなんてのは不可能である。
「う~ん……とりあえず、超神という、放置するとヤバい怪物が居るというのはわかった」
という話を、だ。
賢者の書より一通り聞いた彼女は……はてな、と首を傾げた。
「それが、迫る二つの問題となんの関係が?」
『ぶっちゃけると、私共が立ち上げて運営していた宗教組織、その超神に連なるナニカを知っている組織と誤解されてしまいまして……』
「え、なんでそうなったの?」
話を聞く限り、誤解される要素がないけど……そう言わんばかりに眼前の本を軽く睨めば、まあ、理由は単純明快。
教祖として表の顔を務めていたマザーが、何百年経っても一切老いていないのがバレてしまい、そこから掛けられた疑惑が積もり積もって……という感じらしい。
どうも、この星には妖怪やら何やらの人外が居る……知っていたが、そういう者たちですら、やっぱり年老いて容姿が変わるらしい。
それは、何百年近く生きる長寿の妖怪とて変わらない。人間より容姿の変化が遅いやつでも、200年300年も経てばハッキリ分かるぐらいに年老いるらしい。
そう考えれば、だ。
長生きな妖怪ですら年老いる年月を経てもなお、まったく見た目が変わらず歳を取っていないように見える人間(?)が居ると分かったら、そりゃあ気味悪く思うよなあと納得した。
『普段から顔を見せないようにしていましたし、そこまで大々的に動いていたわけでもないので、バレないだろうと油断していたのが原因でしょう』
「ふ~ん……で、そこからなにがあって私が邪神認定されたん?」
『マザーが、『ダークムーン・グレートヘル』という名の邪神ロボットで、敵対組織を返り討ちにしていた時期がありまして、そこから……』
「……マザー?」
ちらりと、マザーを見や……いつの間にか姿が見えなくなっていることに気付き、彼女は深々とため息を零した。
とりあえず、事情は分かった。
色々となんとかしない事はあるが、とにかく、超神とやらを最優先でなんとかしないと……そう、なんとかしないと、駄目なのだと言うことは分かった。
では、いったいどうするのか……率直に、彼女は賢者の書に尋ねた。
『あ~……その事なんですが』
すると、妙に歯切れの悪い返答……もしや、倒すのが非常に困難なのかと続きを促せば。
『その……超神なのですが、実は、既に倒されているのです』
「は?」
『先ほどお話致しました、邪神ロボの最終機『ダークムーン・ヘルカイザー』によって、実は既に倒されているのです』
「──マザー? 聞こえますね、マザー? いま、貴女の心に語りかけていますし、直接語りかけているけど、聞こえているよな、マザー?」
どういうわけか、いくら呼んでもマザーが姿を見せない。
マザーは『エルシオン』のAIなので、どこで呟こうが聞こえているはずなのだが(すっ呆け)。
『その際、テンションの上がったマザーが、撮れ高とかいうモノのために、超神を道連れにする形にするため、邪神ロボと刺し違えまして』
「撮れ高ってなにやっとんの? いや、本当になにやっとんの?」
『戦った場所が悪くて、邪神ロボが太平洋と呼ばれている海底の奥深くに沈んでしまいました。その際、装置の故障で外部からのコントロールが一切効かなくなってしまいまして』
「……それで?」
『運の悪いことに、邪神ロボは機密保持の為に、コントロール信号が長時間受信されないままだと自動的に自壊するよう設計されておりまして』
「…………それで?」
『なんとか頑張ったらしいのですが、そのせいで機体のAIが自爆コードを作動させたらしくて……まあ、エネルギー切れ寸前だったらしいので、すぐには爆発しないらしいのですが』
「……マザー? 聞こえていますよね、マザー? あんたなんて事しくさったんですか? 人類滅びる要因、こっちじゃないっすか」
『それも、機体に搭載された自己発電機能により、だいたい10年後ぐらいには自爆可能なまでにエネルギーが回復するらしく……計算の結果、この星の生命体の約99.5%が死滅するほどの被害になるだろうという結果が……』
「そろそろ謝りに来ないと、こっちから出向くし女神的なお仕置き不可避ですけど、覚悟出来ているんだよね、マザー?」
──約57秒後。
アンドロイドなのに、遠目にも分かるぐらいに全身が震えていたマザーの尻を、彼女は蹴り上げたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます