第14話: グレート・ムーン・ロボテッカー(by 誇らしげなマザーより)




 MIKADOのことさえ何とか出来れば……そう思っていたのだが、どうやら事はそう単純ではないらしい。


 賢者の書曰く、『そもそも、そのうち貴女様の存在そのものが怪しまれる可能性極大ですので、それも合わせて対処しましょう』とのことで、もっと広い目で動かないと駄目と言われた。



 ──あと、MIKADOを放置するとそこらの人間を食い始めるし、仕えていた主が怪物だったというのは部下の精神にヤバいから……と、軽く叱られた。



 ちょっと腹が立ったが、実際にMIKADOをこのままには出来ないし、何時までも誤魔化し続けるのは難しいので、言われてみたらそうかもと彼女は納得した。


 老夫婦はこのままさらに年老いて寿命を迎えるが、彼女は変わらず若いまま……普通に考えて、何時までも老いない人だなんて受け入れたりはしないだろう。


 彼女から誰かを害するつもりはないが、誰かが彼女を危険視するのは仕方がない。彼女が彼ら彼女らの立場だったら、警戒心を見せていただろうから。


 というか、暢気に考えていたが、ほとんどの人は老夫婦のように彼女をありのまま受け入れたりはしないのだ。


 冷静に考えれば、たった数年で赤子から求婚される見た目まで成長する時点でおかしいし、見た目の良さによって誤魔化されているだけなのだ。


 ぶっちゃけ、あと5年経っても変わらず同じ姿だったら、『も、物の怪じゃ!!』という感じて討伐の動きが出てもおかしくない。


 何処かで対処しておかないと、いずれ放浪の身になるか女神パワーでその都度記憶を消すかぐらいしないといけなくなるのは確定である。



 ……あと、MIKADOも。



 とりあえず、このまま何もしないよりははるかにマシだろうと判断した彼女は、賢者の書からの『三つの指示』に従う事にした。




 ──まず、『彼女自身のこと、人間ではない事を教える』、である。




 これはどうかと彼女は思ったが、詳しく話を聞けば、まあ納得出来るものではあった。


 要は、どうせ隠し通せる器用な性格していないのだから、自分から白状した方がいいとのことだ。


 付け加えるなら、白状するなら極力恐怖心を抱かれないような感じで誤魔化した方がよく、あくまでもちょっと違うだけに留めておくべき……とのこと。


 つまりは……そう、昔話にある『かぐや姫』と同じく、月からやってきた月の人間という程度なら怖れられないだろう……との話であった。


 実際、それとなく間を置きながら話してみたら、怖れられなかった。


 むしろ、「そうか、薄々そうではないかと思っていた」といった具合に納得したぐらいであり、それは老夫婦に限らなかった。


 どうも、同じ人間とは思えないぐらいに美しく、不思議な力を使うので、仙女か神の寵愛を受けた巫女の類かと思っていたらしい。


 言われてみれば……女神パワーで畑を作ったりお湯を沸かしたり、色々やっていたなあ……と、彼女は納得した。




 ……いや、違うのだ。




 最初は彼女もそれなりに隠そうとしたのだ。


 賢者の書が見ていたら、『隠す気あるんですか?』とガチトーンで質問される程度の隠し具合ではあったが、隠そうとは思っていたのだ。


 老夫婦があんまりにも自然体に『そういうモノ』として受け入れてくれたから、これでもOKなんだと思ってしまったのだ。


 それに……この地に住まう人たちはみな、月に対してなにかしら思うところがあるようで、そういう意味でも、彼女の異質さは神秘性として受け止めてくれたようであった。



 ……で、二つ目は……『月から迎えが来るので帰らなければならないことを伝え、帝を通じて防衛を固めろ』、とのこと。



 これはまあ、アレだ。


 黙ったまま姿を消すのもそうだが、騒ぎを意図的に起こしてMIKADOを処分するために、彼女自身を囮にする……というものだ。


 そんな、帰るだけで騒ぎになるのかと彼女は首を傾げた。


 しかし、賢者の書より、『帝の求婚に横入りする形になるので、面子を守るためにも迎えを追い返そうとする』と断言された。


 確かに、言われてみれば、そういう形になる。


 地位のトップにある帝を軽く見る形にもなるから、武装して追い返そうとするのは当然の流れだろう。


 幸いにも、怪物MIKADOは女神パワーで身を隠せる。


 基本的にその神秘性を保つ為に、その顔を知るのは極々一部なうえに、短期間であれば姿を隠していても不審には思われにくい。


 要は、部下たちに帝への不信感、疑念を抱かせる時間を与えなければいいのだ。


 実際に横入りされているわけだし、不届き者だと判断されて待ち構えるのは不自然ではない。その時までバレなかったら良いわけだし。



 そして、最後の三つ目は……『状況に応じて柔軟かつ臨機応変に対応しろ』、とのことだった。



 ……。



 ……。



 …………なんか一番重要な部分が曖昧じゃねって彼女は思った。



 けれども、賢者の書より『説明しても、貴女様は演技が出来ますか?』と言われてしまい……無理だなと思った彼女は、素直に従うのであった。







 ──そうして、帝がMIKADOになってから7日後……いよいよ、決戦の日となった。



 賢者の書より『MIKADOを所定の位置に置いておくように』とだけは指示を受けたが……正直、どうするつもりなのかサッパリ分からない。


 そう、結局、あの後も情報らしい情報は何も教えられないまま、当日を迎えることになった。


 そろそろ帝が顔を見せないことを不思議に思う者が出始めているし、なにかしら向こうからアクションを起こしてほしいところだ。



 てなわけで、他の人達とは別の理由でドキドキしている彼女を他所に、だ。



 老夫婦たちだけでなく、帝の命令によって急遽きゅうきょ集められた兵士たちが、弓矢や刀を手に、松明で周囲一帯を明るく照らしていた。


 たった7日で集められたにしては、中々に人数も武装も揃っている……まあ、無理も無い。


 帝の求婚に横入りするということは、現在の権力構造に対して真っ向から喧嘩を吹っかけたようなものだ。


 キッカケがただの横恋慕であろうと、もはや、なあなあでは済まされない。それこそ、金銀財宝を積み上げて地面に額を擦りつけて謝罪ぐらいしないと、治まらない状況なのだ。


 そして、それが当日になっても成されていない以上は、コケにしやがって……と、怒髪天なのであった。


 まあ、さすがに猶予期間が短すぎるせいで有力貴族が抱えている兵士まではいないようだが……それでも協力してくれたようで、あちらこちらで挨拶やら何やらが行われていた。



 で、だ。



 日が暮れ、星々が空に広がり、大きな満月が夜空に浮かんだ頃……誰もが、今か今かと落ち着かない様子で待ち構えていた……その時であった。




 ──見ろ、月の彼方からこちらに向かって来るぞ! 




 兵士の一人が、声を荒げた。


 釣られて、1人、また1人と月を見上げる。彼女もまた例外ではなく、心配して屋敷の奥へと引っ張ろうとする老夫婦を尻目に、どこかなと夜空を見上げた。


 すると……居た、確かに、そこに。


 月を背にして、ナニカが向かってきている。空の彼方から接近されるという未知の存在を前に、どよめき、浮足立つ兵士たち。


 そんな、彼らを他所に、だ。



(エルシオンだ……おお、『かぐや姫』のストーリーに沿って動くつもりなんだな)



 彼女だけは、それの正体を正確に目視していた。


 と、同時に、安堵しつつも拍子抜けした。


 なんとなく『かぐや姫』と似た流れだなと思っていたが、これでもう確定だ。賢者の書は、『かぐや姫』のストーリーに沿って諸々を解決するようだ。


 確かに、『エルシオン』ならば兵士が100万人集まって一斉に矢を射かけたところで、無傷。いや、無傷以前に、99.9%の矢が届かないだろう。


 そうなると、この戦いは100%ワンサイドゲーム。


 おそらく、頃合いを見てMIKADOを登場させ、『帝が敵の手で怪物になってしまった』という形に持っていき、ドサクサに紛れて殺処分した後、うやむやのままにしてしまうのだろう……と、彼女は思った。


 それならば、色々と誤魔化せると思う。


 『かぐや姫』だって、諸々の部分は放置して月に帰っちゃったわけだ。


 育ててくれた老夫婦には悪いけど、寿命が尽きるまで援助はこっそりするつもりだし、物の怪の育て親みたいな不名誉なあだ名が付けられるよりは……ん? 



「……んん?」



 なんだろう……これは、音楽だろうか? 


 闇夜に紛れて聞こえてくるソレに、彼女は首を傾げた。


 女神的な耳を澄ませなくても聞こえるぐらいなので、集まっている兵士たちの耳にも届いている。


 ただ、誰もがそれを音楽とは思っていないようで、彼女の傍にて気付いた老夫婦も、不思議そうに首を傾げていた。


 まあ、音楽というのもいきなり新しいモノが生まれるのではなく、様々な音楽の原形が積み重なった果てに生まれるモノだから、兵士たちがそれを理解出来ないのは仕方がないことであった。



(……なんだこれ? 日曜の朝7時30分に放映されていそうなキッズ向けの歌詞っぽいが……賢者の書が考えたのか?)



 ただ、どうにも流される音楽の中身というか歌詞が、勇気を振り絞ったり愛を胸に戦えとか、そういう感じになっているのが気になるが……お? 


 全体が肉眼でかなりはっきりと確認出来るぐらいにまで接近したエルシオンより、一筋の光が地上へと放たれる。


 まるで、スポットライトのように照らし出された、その先にあったのは……指示の通り、屋敷から少し離れた場所の寂れたところに立たせておいた、MIKADOであった。




 ──あれ、いきなり最初から? 




 想定外の始まりに目を瞬かせる彼女を他所に、「なんだあの怪物は!?」と動揺する兵士たち……そんな中で、どうなるのかと誰しもがとりあえずは視線を向けていた……その時。



『──我が呪いを受けて邪悪な戦士となった帝よ……我が命に従い、その力を示すがいい!!』



 唐突に……エルシオンから、マザーの声っぽい音声が響いたかと思えば……ライトに照らされたMIKADOに、変化が現れた。


 それは……巨大化であった。


 それはもう、大きくなった。一回りとか二回りとか、そんなレベルじゃない。あっという間に、目測だが5,60m近い巨人となった。



(え、ええ────!!!!???)



 これには、さすがの女神を驚愕に目を見開いた。


 辛うじて絶叫しなかったあたり、さすが女神様といった感じだが……そんなのは、この場では何の意味もなかった。


 彼女を除いた誰もが言葉を失い、目の前の現実を受け入れることを拒絶した。中には腰が抜けたのかその場に尻餅をついて動けなくなっている者すらいた。


 そんな中で、巨大MIKADOは……なんと、火を噴いた! 


 威力こそ大したものではなく、人を殺せるものではない。しかし、人間など丸のみしてしまいそうな巨人より火を吐かれた……その恐怖は、想像を絶するほどであり。



「み、帝が怪物になったぞ!!」


「に、逃げろ、踏み潰されるぞ!!」


「駄目だ! 逃げるな!」


「お、俺は聞いたぞ、あれは帝様だ!」


「帝様が怪物になられた! もうおしまいだ!」



 1人が叫べば、まるでその恐怖が伝染していくかのように広まり……逃げるなと大将らしき男が鼓舞しても、もはや戦いの継続は不可能な有様であった。


 陣形は完全に崩壊し、兵士たちの戦意も完全に喪失してしまったようで、巨大MIKADOが少しでも攻撃すれば、我先にと逃げ出しそうな状態になっていた。




 ──ま、マジで、どうするんだコレ? 




 さすがに、こんな展開を創造していなかった彼女は迷った。


 なにを迷ったのかって、それは女神パワーで介入するか否か、である。


 いちおう、女神パワーによるバリアは既に張られている。


 なので、万が一にも巨大MIKADOの手で負傷することはないが……兵士たち自身が勝手に怪我をしてしまう部分には手が回らない。


 しかし、どうにかする事は出来ても……ちらり、と彼女は上空にて静止しているエルシオンを見上げる。


 眼前の光景が、意図的にもたらされたのは確実。つまり、コレは賢者の書の筋書き通り……それを、己の一存でぶち壊して良いものかどうかが分から……っと。



「いやはや、天照様の予想通りになってしまいましたか」



 その時であった──意味深な言葉と共に、5人の男が室内に入って来たのは。


 本来であれば女人以外が立ち入り禁止(老夫婦は例外)なのだが、その顔を見た女たちは驚きに目を見開き、パッと膝をついて頭を下げた。


 いったいどうして……それは、全員が殿上人……数ある貴族の中でも有数の大貴族の地位に就く存在であり。



「こうなれば、致し方あるまい。輝夜様の御心、その心痛のほど、お察し致しますが、我らは我らの天命を果たす時でありましょう」



 かつては……彼女に対して求婚した、あの5人でもあったからだ。



「お下がりくださいませ、輝夜様。我ら、輝夜様の命に従い、五つの神具を揃えました」


 1人は、石で出来た器……にも見える、小さな鉢が刻まれた石板を。



「そうでございます、輝夜様。貴女様は空に浮かぶ月のように、我らを優しく見守ってくださるだけでよいのです」 


 1人は、なにやらきらびやかな実を付けた黄金の枝が刻まれた石板を。



「全ては、この時のために……我らを信じ、託してくださった……その思いに応える時でございます」


 1人は、燃え盛りながらも平然としているネズミの絵が刻まれた石板を。



「地上の民を守るため、貴女様は1人地上に降り立った……その御覚悟に報いらねば、男が廃るというものよ」


 1人は、勇ましく描かれた龍と共に大きく刻まれた、五色の球の石板を。



「そう、我らは天命によって義を結んだ同士……この時のために、我らは恥を忍んで耐えたのです!」


 1人は、卵形の美しい殻ではあるが、どこか青空を思わせる絵が刻まれた……石板を。




 彼らは、一様に掲げた──次の瞬間。




 五つの石板より光が放たれたかと思えば、それらは一筋の閃光となり、その閃光は一つに集まって……夜空の彼方へと伸びたかと思えば。





 ──出でよ、天の羽衣よ! 今こそ、悪しき邪神を打ち払いたまえ!!! 





 揃った五人の掛け声と共に、天へと伸びた光がパッと弾けた──直後、弾けた光が地上に降りて──光は、形を変えた。


 それは……その姿は、鋼鉄の巨人と呼ぶにふさわしい姿であった。


 右腕に『石』、左腕に『庫』、右足に『阿』、左足に『大』、胴体に『磨』……そして、頭部には『輝夜』と刻まれた、巨大ロボットであった。



「?????」


 ──え、なにあれ? 



 状況の変化に全く付いていけない彼女は、ほとんど無意識の内に上空のエルシオンを見上げ……そこで、気付いた。


 エルシオンの船頭にて立っている女……間違いなくマザーが操っているアンドロイドだが、その女が満面の笑みと共にガッツポーズをしているということに。


 そして、そんなアンドロイドの傍で、なにやら何かを堪えるかのように、巨大な本がブルブルと総身を震わせていることに……彼女は気付いた。



(おいおい、マジですか……)



 気付いたからこそ……彼女は、かつてないほどに顔をションボリさせた。



(マザーさん……あんた、常識人枠じゃなかったんですか……)



 けれども、ションボリしている彼女を他所に、だ。


 くそダサいロボット(by彼女)と、巨大MIKADOは、まるで互いが怨敵であるかのように睨み合ったあと。



「……誰か、説明を……私にも分かるように現状の説明を……」



 ポツリと呟かれた、誰の耳にも届かなかった彼女の呟きと共に……ガッツリと、組み合ったのだった。




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