第9話: 迷子の女神様



 ──しかし、どうして子どもの遺体がこんな場所にあるのだろうか? 




 気になって賢者の書に尋ねれば、答えはすぐに返された。


 曰く『電源消失によって閉じ込められる場合が、あらかじめこの船には想定されており、現在は全ての隔壁が開放された状態にある』とのことらしい。


 つまり、船の燃料が底を尽き、いよいよ後は慣性の法則に従って等速直線運動を続けるだけとなる直前、全てのフロアを自由に行き来が出来るようになっていた。


 こうなると、宇宙船内の物質(遺体に限らず)は、いわば跳ねるボール球みたいなものだ。


 静止しているならばともかく、外部より何かしらの衝撃を受けて移動を開始してしまえばもう、自力で止まることはほぼ無い。



 ……ほぼと言ったのは、この広い宇宙において、外部から力を受けない場所は存在しないからだ。



 どれだけ微々たるモノであろうとも、数多に存在する天体の重力は作用しているし、なんなら船内に残された空気の抵抗を受けて少しずつ減速は起こるだろう。


 ただ、どちらも人間の尺度で見れば、まず感知できないほどに微弱な力であり、それぐらいならばいちいち考慮しなくとも……うん、話を戻そう。



 そう、全ての隔壁が開放されている、という話だ。



 それはそれで、安全面の問題はないのかと思うところではあるが……まあ、アレだ。


 地上の扉とは違い、宇宙船内部に組み込まれている扉(それに準ずるモノを含め)というのは、ほぼほぼ隔壁も兼ねている。


 理由は、真空になっている宇宙空間において、不必要に空気が外部に漏れることだけは絶対にあってはならないからだ。


 なので、宇宙船内の扉というのは、閉まってしまったら隙間なんてモノは全く無くなってしまう。


 加えて、扉自体も相当に強固に作られており、人力での破壊はほぼ不可能といっても過言ではないし、開放するのも限りなく困難である



 ……とはいえ、だ。



 船の燃料や物資が完全に底を尽く状況で、扉が閉まったまま電源が消失してしまえば、そのまま窒息死するのが確定してしまう。


 なので、安全面の問題はあっても、火災等により閉じなければ直ちに危険であるという状況を除いて、開放のまま停止するのは当然の対応だとされている。


 言い換えれば、全開放の状態で放置されている時点で、それ以上の大問題がこの船で起こったのかを如実に物語っているわけであった。


 まあそれは、最初に書いた通り、燃料が底を尽いて電源が消失してしまうという致命的な問題なわけなのだが。



 ……ちなみに、襲われる危険性がどうとか思う者もいるだろうが、心配は御無用。



 なにせ、動力炉が停止してしまう時点で、船内の光源は99.9%失われる。


 残るのは、通路や階段など、避難のための非常灯ぐらいなもので……当たり前だが、これだって長く続かない。


 ゆえに、仮にそんな状況になれば、危険なのは襲撃の為に必要となる光源を持っている者だ。


 なにせ、光源がどこにあるかはかなり遠方から確認出来ても、光源より目視にて確認出来る範囲はかなり狭いから、である。


 結果、電源消失時に生きていた者たちは、1人の例外もなく暗闇の中でさ迷い、あるいは自室に閉じこもり。


 最終的には暗闇の中で、誰も彼もがとても静かにその命を終えたのだと、賢者の書は説明を終えた。



『──この船には約6000人弱の遺体が存在します。その全員が宇宙服を装着していた影響から、そのままミイラ化しております』

「……腐らなかったの? ミイラとかじゃなくて、腐乱死体な感じでさ」

『宇宙船等の密室において、警戒しなければならないのは伝染病です。この船に乗り込んだ者たちは定期的に体内クリーニングを行っていましたので、条件さえ揃えばミイラ化するのも不自然ではありません』

「ふ~ん……」

『また、この船に搭載されていた宇宙服は防護服の役割も果たしています。それもまた、ミイラ化に至る要因の一つです』

「それじゃあ、下手に弄繰り回すとダメって感じか? あまり長居しない方が良いのか?」

『貴女様の身の安全という意味での質問ならば、なんの問題もありません。この世界に貴女様を傷付けるモノは存在しませんので……ですが、判断に迷うのでしたら、この船のAIに尋ねればよろしいかと』

「AI?」



 首を傾げながら尋ねれば、だ。


 この船を修復し、搭載されているメインコンピュータのAIに聞けば良いのではと、詳細を教えてくれた。


 また、その前に、船が機能停止したのは燃料が底を尽き、電源が消失したからだが……動力を稼働させる前に、破損している個所を修復した方が良いとのことだ。


 どういう事かと尋ねれば、どうやら完全に宇宙の漂流船となった後で、何度か飛来物が直撃して船体が破損している個所があるらしい。



 女神である彼女自身は、そこから宇宙空間に投げ出されても平気だが……宇宙船は違う。



 ほとんどの飛来物は表層で止まっているので大丈夫だが、そのうちの一つは動力炉に近い場所に食い込んでいる。


 下手に強引に稼働させると、そのショックで爆発してしまうので、動かすのは異物を取り除いてからの方が良い……というのが、賢者の書の意見であった。



 それならば、そうした方が良い。



 そう判断した彼女は、早速女神の権能を使い、破損した個所を修復しつつ、食い込んだ飛来物を除去し……ついでに、電気的な故障も全て直してゆく。



 こういう時、女神パワーによる権能はとても便利だ。



 変にイメージすると想像していたのとは違う結果になるが、新品になれと祈ればだいたいその通りになる。


 そう、なんとかなれ~、こう唱えるだけで本当になんとか成ってしまうのが、女神パワーの恐ろしいところでもあり。




 ──状況説明を求めます、見知らぬ侵入者。場合によっては治安ロボットを派遣させます。


「おお、いきなり喋る──明るい! 電気が付いたっていうか、一斉にディスプレイに文字がヌルヌルスクロールされてゆくの、ちょっと怖いんだけど」


 ──本来、関係者以外の立ち入りが厳密に禁じられているここに部外者の貴方が居る理由が分かりません。説明を求めます。


「おお、これはまさかの立体映像!? すげえ、3Dがヌルヌル立体に動いている……すげー、明かりが点いたらここも完全にSFじゃん!」


『存在そのものがSFみたいな貴女にそこまで驚かれるなら、この船のAIであるグランドマザーも大喜びでしょうね』


「よせやい、照れるぜ……」


『褒めてはいませんよ』


 ──あの、答えてくれませんか? 




 実際、なんとかなった。反応も、劇的であった。


 まず、照明が一斉に点いた。


 直後、停止していたディスプレイその他諸々の機械より可動音が聞こえたかと思えば、どうにも機械チックな声がスピーカーより彼女に掛けられた。



 その声の主は、『グランドマザー』。



 彼女が乗っている船、『エルシオン』の総合管理の役割を与えられているAIとのことだ。


 生きる為に旅立つ箱舟の名前が、死後の楽園という意味の言葉とはなんとも皮肉……いや、止めよう。


 とにかく、目覚めたマザーは、あらゆるデータベースに登録されていない人物が、入ってはならない場所に居るという現実を注視し……そして、困惑した。


 どうしてかって、それは操舵室ブリッジに不審者がいる危険性……だけが理由ではない。


 高度なAIであるマザーは、自らが管理を任されているこの船に重大な問題が起きている……いや、起こったということは既に理解していた。


 まず、常に最低30名のスタッフが確保されていなければならないブリッジに、登録されている者が1人も居ない時点で……いや、それ以前に、だ。



『エルシオン』の至る所に設置されているセンサーやカメラだけではない。



 可動している非常用の宇宙服より発せられる信号をキャッチしたマザーは……現在、この船に生存している者が1人もいないことを把握していた。


 そして、その原因を……マザーは、己が機能停止する前に得ていた情報を基にして、おおよそ導き出していた。



 だからこそ、マザーは状況が分からなかった。


 説明出来ない部分があまりに多過ぎて、混乱してしまった。



 この少女(?)が何らかの方法で燃料を補給し、船体を修理……いや、それも不自然だ、修理の域を超えている。


 まるで、AIユニットをそのまま新品の船に移したかのように、船体のどこにも経年劣化の跡が見られない。



 ここが、宇宙港などであれば、マザーは納得しただろう。



 しかし、彼方より観測出来る熱線(恒星などから放たれる放射線など)のパターンも、『エルシオン』に登録されているパターンのどれにも該当しない。


 言い換えるならば、観測出来る範囲に、現在地を割り出せる目印が何一つ見つかっていないので、現在地を割り出すことが全く出来ないのだ。


 つまり、現時点でマザーが分かっているのは、だ。


 データベースにも登録されていない未知の領域……宇宙の未開拓領域に居ることを意味しており、しかも等速運動を続けたままの状態にある、ということだ。



 ……まるで、意味が分からない。状況が、まったく分からない。



 荒唐無稽ではあるものの、理屈で考えるならば、だ。


 漂流していた『エルシオン』を宇宙港などに停留させた後で、AIユニットを『新品のエルシオン』に移し替える。


 その際、船内にある乗組員たちの遺体も全員移動させ、そのうえで船を停止状態のまま宇宙に漂流させ……そして、頃合いを見て起動させた……ということになる。



 ……まるで意味が分からない、そうマザーが判断するのも、致し方ない話だろう。



 けれども、それを知りたくとも、確かめる手段やヒントがマザーには無い。というか、どう確かめれば良いのか……それすら、マザーは見つけ出せていない。



 ──お願いします、教えてください。いったい、何が起こったのですか? 



 ゆえに、マザーは尋ねた。


 なにせ、情報を持っているのが眼前の少女だけ。


 治安ロボットの存在を仄めかしたのは、ある種の脅しだ。正直、実際にソレを派遣するつもりはマザーには無かった。


 というか、今の状況から見て、船を拿捕しようとしているわけではないのは明白……それどころか、目的は不明だがこちらに利益しか与えていない。


 そんな相手に対して、一方的に鎮圧行動に出るというのは、マザーがこれまで培ってきた道徳的な倫理観から見ても、忌避感を覚える行為であった。



「なにがって……う~ん、なにから説明すれば良いのか……とりあえず、船を直して燃料も補給させた人って程度に思っていてください」


 ──では、貴女は何者なのでしょうか? どうして、この船に? 



 けれども、だ。



「何者かって、そりゃあ女神です。まあ、女神って言っても半人前以下なんすけどね」


 ──は? 



「あと、そこで不可視モードで見えないようになっていますけど、いちいち茶化してくる生意気な書物も居ます」


 ──は? 



「それと、船に居る理由は……なんか遺品とかそういうの無いかなって思っていただけで、そこまで深い意味はないです」


 ──は? 



「あ、そうそう、この船に乗っている人たちの遺体ってどうします? やっぱ、火葬とかした方が良いのかな?」


 ──は? 



 AIとはいえ、真面目に聞いているのに冗談で返されたマザーは……初めて、苛立ちという感覚を認識したのであった。







 ……。



 ……。



 …………それから、まあ色々と対談(という名のマザーの我慢大会)を行った結果、無事に意思疎通がちゃんと図れた後。



「──まさか、本当にあれだけの遺体を瞬時に処理するとは」

「まあ、女神様だし? でも、本当に良かったの? 私がパパッと全部燃やしちゃって」



 とりあえず、船内にあった遺体を女神パワーで灰に至るまで焼却した後、それらを幾つかのケースに入れて、専用の部屋に安置することにした。


 どうやら、最初の内から死者が出るのは想定されていたようで、その為の場所が最初からあったおかげで、安置場所に悩む必要はなかった。



「かまいません、ここは未開拓領域。下手に宇宙葬を行えば、どこと問題が生じるか分かりませんので……そういう場合は、遺品を一つ残して遺体を火葬処理するべしと宇宙法に定められておりましたので」

「ふ~ん、そういうものか」



 金髪碧眼の美女アンドロイドとなったマザーの称賛を受けた彼女は、そういうものなのかなと納得した。



 ……さて、疑問に思う者だらけだろうから、答えよう。



 まず、唐突に登場した美女アンドロイドだが、これの中身はマザーである。


 いや、正確には、マザーの手足となっているリモコンロボットである。


 なにゆえそんなモノがあるのかって、それは乗組員たちの精神安定の意味合いが大きい。


 マザー曰く、無機質なロボットから掛けられる言葉と、見た目だけでも人間なロボットより掛けられる言葉では、受け取る者の印象がガラッと変わる、とのこと。


 実際、補給の可能性が絶望的であると予測が立てられるまでは、この美女アンドロイドを使って、人々の精神的なケアも担っていたのだとか。



 まあ、女神ボディとなった彼女もけっこうその意見には納得した。



 やっぱり、船内スピーカーからいきなり話しかけられるよりは、見た目だけでも人間のロボットに話しかけられる方が、ビックリ度合が小さい。


 最強無敵な女神ボディでも、中身は小心な人間ソウル……急な声掛けは心臓(有るかどうかは不明)に悪いのだ。



 ……で、話を戻そう。



 いちおう、この船には遺体などを焼却処理するための装置が搭載されているらしく、故郷を脱出した当初は何度か使用されていたとのこと。


 構造自体は単純に加え、メンテナンスも行っていたので使用すること事態は(燃料もあるので)問題ない……が、だ。


 さすがにキャパシティオーバーというやつで、かなりの時間を要すると言われた結果、女神による指パッチンまとめて火葬となった。



 ……。



 ……。



 …………で、だ。



「これから、どうしますか?」

「どうしますって言ってもなあ……」



 全ての作業を終えて、ガランとなったブリッジにて……マザーより尋ねられた彼女は、どうしたものかと頭を掻いた。


 ぶっちゃけると、目的は既に完了している。


 この船そのものが人類の遺品みたいなものだから、これの無事が確認出来ただけで、彼女としてはミッションコンプリートである。


 なので、彼女としては、もう満足したので、あとはマザーさんの好きなようにしていいよ……といった感じなのだが。



「それでしたら、私の所有者マスターになってください」



 まさかの、貴女様の所有物にしてくださいというSM案件になるとは、さすがの彼女も想定していなかった。



 ……いや、まあ、ちゃんと話を聞けば、だ。



 どうも、AIであるマザーは誰かに所有されている状態がデフォルトであり、誰の所有物にもなっていない時間が長く続くと、思考機能になにかしらの不具合が生じるようになるらしい。


 なんじゃそりゃあ、といった話だが、そのように作られた存在であるのだから、特に思うところはない、とのこと。


 本来ならば、有事の際は船長を始めとして、上級管理職の者に、必要に応じて順々に命令権が譲渡されるようになっているが……残念ながら、候補が居ない。


 上級管理職はおろか、船に乗っていた人たち全員死んでいるのだ。加えて、この船は故郷を離れた移民船……この船に居た者たち以外からの命令権は消失してしまっている。


 なので、替わりというのも変な話だが、この船を修理したうえに燃料まで補給し、航行可能にまでしてくれた時点で、命令権を与えるには打倒……というのが、マザーの判断であった。



「その説明だと、私に与えられるのは命令権だけでは?」



 疑問をそのままに尋ねれば、「宇宙リサイクル法の一種です」という答えが返ってきた。



 どういうことかって、それは宇宙を漂流する事になった宇宙船なり何なりの処遇について。



 端的にまとめると、宇宙にて航行不能になったり使用不可能になったりしたモノは、一度でも所有者の手元から離れると所有権を失うというものだ。


 なんとも乱暴な話だが、理由は当然ある。


 こうでもしないと宇宙を漂うデブリを処理出来ないうえに、修理を終えて使えるようにしたぞという段階で、一方的に所有権を主張して横取りしようとする者が後を絶たなかったからだ。


 それこそ、わざと壊れかけの船を放流させ、それを回収した者が資源として再加工した段階で法に訴え出て、新品を弁償させるという者が出てきた事もあった……らしい。



 なので、この場合においては、だ。



 船員(避難民含めて)は全員死亡、燃料も底を尽いて漂流した時点で、『エルシオン』は法的には誰の所有物でもないゴミとなった。


 それを見つけ、修理し、燃料を補給し、再稼働した時点で所有者は彼女になった。


 これは法的にも認められているので、なんら憚る事ではない……というのが、マザーの言い分であった。



「えぇ……でも、こんなデカいモノを貰ってもなあ」

『──良いではありませんか』



 と、その時であった。


 正直、貰っても困るぞと内心唸っていた彼女に、貰えるモノは貰ってしまえと、賢者の書が声を掛けたのは。


 ちなみに、賢者の書とマザーとの間では既に自己紹介が成されているし、姿も見せているので特に驚かれることはなく……話を戻そう。



『どうせ、やりたい事もないのでしょう? 宇宙をフワフワ漂いながら当てのない旅をするよりも、この船のベッドでぐうたらに過ごした方がマシでは?』

「おまえ、中々言うね」

『それに、この船には貴女様がまだ見ていない様々な……そうですね、操縦してみたいと思いませんか……巨大ロボットみたいなやつを』

「おまえ……!!」

『他にも、SF的な装置やら何やらがいっぱいですよ、この船にはね。あらゆる状況を想定した移民船は伊達ではありませんよ』

「おまえのこと、誤解していたよ……男心のなんたるかを分かっているやつだったんだな……!!」



 でもまあ、色々と誘惑される部分は別とにして、賢者の書の言い分はもっともである。


 実際、この後に何かをしようという考えが彼女にはない。


 あの場所に戻っても居るのはゴキブリを始めとした昆虫ぐらいで、それらですら10年後には絶滅しているだろう。


 さすがに、絶滅してゆくゴキブリを10年間も眺める気持ちにはなれない彼女は……ふむ、と考えを改めた。



「ん~、じゃあ、所有者になろうかな」

「承諾いただけるでしたら、こちらの電子契約書にサインを」

「女神になってもまだ契約書から逃れられないのか……えっと、これでいい?」

「……?」

「あ、女神って書いたの駄目だった?」

「いえ、そうではなく……これは女神様の言語ですか? 不思議ですね、書いている文字は私たちが使用していたどの言語とも異なるのに、どういうわけか、読むことが出来ますので」

「たぶん、女神的なパワーのおかげだと思う。深く考えると頭オカシクなるだろうから、ありのままを受け入れた方が楽だと思うぞ」



 冗談ではなく本気で忠告した彼女は、さて……と、大きく伸びをして気持ちを切り替え……ふと、マザーに尋ねた。



「ところで、この船ってどこへ向かおうとしていたの?」

「予定行路よりズレていなければ、移住候補惑星のΩ―104だと思われます」

「なにそれ?」

「かつての母星と非常によく似た環境で構成された惑星……と観測された星です。私たちはその星へと移動していましたが、一縷いちるの望みにも等しい賭けでした」

「なんで?」



 聞けば、「純粋に距離が有りすぎる」とのこと。


 身体が耐えられるギリギリまで冷凍睡眠を行い、その後は補給が可能な惑星を見つけては補給を繰り返し、なんとか騙し騙しにやっていたが……結果は、失敗したとのこと。


 宇宙の漂流物から資源を精製したり、使えそうなモノは片っ端から収容して流用したりしていたが……やはり、無理は長く続かない。


 そういう事を繰り返すと、どこかしらに不具合が生じ始めるのは、この船とて例外ではなかったようで……装置が故障したのを切っ掛けに、一気にあちこちが機能不全に陥った、とのことだった。



「それって、今から向かうとどれぐらい掛かるの?」

「お答えしたいのですが、現在地が分からない以上はなんとも……」

「現在地? それなら賢者の書に聞けばいいよ、教えてくれるから……カモン、賢者の書!」

『本使いの荒い女神様ですね……そうですね、現在の『エルシオン』の位置は、マザー殿が理解しやすい言葉で言い表すのであれば、ヘクター星雲のP-ss1919より──km、目標惑星からの距離は──kmのあたりです』

「うわあ、数字が天文学的……」



 あまりに桁が大き過ぎて、宇宙的には遠いのか近いのかよく分からなくなった……彼女を尻目に。



「なんと……想定していたよりも、航路から外れていませんね!」



 なにやら、人間のように喜んでいるマザー(アンドロイド)の姿があった。




 ……で、まあ。




 賢者の書と、マザーとの間で、あーでもない、こーでもないと、新たな航路を計画しているのを……尻目に。



(う~ん、しかし、よく似た星か……そう言われても、星のなんてハッキリ見ていないしなあ)



 なんとなく、青い星だったなあ……という程度の感覚で、彼女は話し合いが終わるのをボケーッと待っていた。


 いや、まあ、仕方がないのだ。


 女神パワーでなんとかせいと言われたら張り切るところだが、航路がどうとか速度がどうとか燃料がどうとか、そこらへんは話されてもさっぱり分からないのだ。


 なので、話が終わるまで何もすることがない女神様が爆誕してしまうわけだが……正直、手持無沙汰であった。



(……実際、どれぐらい掛かるんだろうか……女神パワーでちょちょいっとワープ出来たりしないかな?)



 かといって、勝手に船の中をうろついて問題が起きたら嫌だし……そんな思いから、彼女はΩ―104とやらはどちらの先にあるのかなと何気なく顔を上げ──。



「──は?」



 た、瞬間。



 気付けば、彼女の周囲は激変していた。


 眼前……いや、視界いっぱいに広がる自然と、草木の臭いと、土の香りに、虫の鳴き声。


 思わずたたらを踏んで後ずさるが、ガサガサッと踏みしめた落ち葉と地面の感触に、彼女はギクリと肩を震わせると。



「もしや、これは……」



 ──まさかの、女神ワープ? 


 ──ここってどこ?


 ──Ω―104……なのか? 



 それら言葉を、彼女はギリギリのところで呑み込みながら……己の女神パワーのあまりの敏感さに。



「……ワープ出来るかなって思っただけでワープとか、マジで女神ボディは加減を知らんのか……!!」



 深々と、溜め息を吐く事しか出来なかった。


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