第8話: 女神ぱねぇ(by 女神)




 ──結論から述べよう。




 賢者の書曰く『この星において人類という種は、普通に寿命を迎えて滅亡した』とのことだった。


 種としての寿命とは何なのか。


 続けて尋ねれば、それは『種族が持つ寿命なようなもの』だと答えた。



 ……そのまま、説明を聞いて……さて、賢者の書の説明をまとめると、だ。



 例えるなら、一つの種族を一つの生命体として考えたら、分かりやすいだろうか。


 若いうちは子を作り数を増やし、より多くを手に入れようとその身体を適応させ、積極的に活動を行う……が、それが老体まで続く生き物はいない。


 子を作る機能が衰え、回復力が衰え、行動力が衰え、適応力が衰え、徐々に変化ではなく安定……昨日と同じ今日が続くことを考えるようになるのと、同じ事。


 種族として老体に達したら、自然と子供が出来なくなる。


 それは遺伝子的な病気ではなく、種族としての自然な老化現象であり、相当強引な手法か、種族として全く別物なぐらいにまで変化しないと逃れられない定め……で、あるらしい。



 つまりは、だ。



 サイクルが人間の基準では長すぎるのと、だいたいそこに至る前に様々な要因で絶滅してしまうので、ほとんど実感することはない。


 それは、突然死が多発するとかではなく、寿命の長さは種族によってマチマチだが、どの種族にも定められたモノである……賢者の書の話であった。



「……ということは、この星の生き物たちは、人間たちは、種族として寿命を迎えた、と?」

『個体差はありますし、中には環境の激変で絶滅したモノもいますが、この星の人間は種族として寿命を迎えただけです』

「それ、最後はどんな感じになるの?」

『人間の場合は、初潮と精通を迎えた男女のペアが繁殖行動を適切回数行い続けても、一生の内に子供が生まれる割合が、おおよそ100組に1人ぐらいでした』

「……それ、肉体的な問題が生じていたとかじゃなくて?」

『種族として老体を迎えておりますので、肉体的な問題ではあります。しかし、10万年前のデータと見比べないと分からないぐらいには微々たる変化が続いた結果ですので……』

「あ~……うん、そりゃあ滅びるわ」



 賢者の書より語られる無慈悲な事実に、彼女はやるせなさに溜息を零した。


 そういう方面の知識が一般人程度である彼女の目から見ても、『そりゃあ滅びるわ』とあっさり納得出来るぐらいには分かりやすい無慈悲であった。



「……ん?」



 まあ、それはそれとして。



「人間は滅びた……ってことは、滅びていないやつらもいるのか?」



 先程の賢者の書の発言にうっすら覚えた違和感の正体に気付いた彼女は、なんとなく尋ねてみれば。



『もちろん、いらっしゃいますよ』



 特に隠す事もなく、さらっと教えてくれた。直後、彼女の視線が眼前の書物から、砂漠だらけの地上の歩へと向けられた。



「あそこに?」

『はい、とはいえ、貴女様が想像するような知的生命体はおりません』

「……と、言いますと?」

『具体的には、羽虫や昆虫です。その中でも、ゴキブリと呼ばれていた部類は今もなお生存しており、現在の地上の食物連鎖の頂点であります』

「oh……さすがは、Gと呼ばれて怖れられていただけのことはあるな」

『まあ、そのゴキブリも、後10年と経たずに絶滅するんですけどね、ははははは』

「いきなり平坦に笑うなよ、ガチで怖い……っていうか、おまえの笑いどころが分からんのだが」



 ちなみに、ゴキブリすらも絶滅する理由は、太陽の膨張による影響によって、ゴキブリすら生存が難しい時間帯が長くなるから、とのことだ。


 太陽の膨張……というのは、サブカルチャーに限らずうっすらと知っている彼女だが、そこで、彼女は首を傾げた。


 記憶が確かなら、太陽が赤色巨星に至るには数十億年ぐらい必要だったはず。



 2億年という月日は確かに、気の遠くなるような長さだ。


 だが、宇宙の基準で考えるならば、2億年というのはそこまで大した月日ではない。



 多少なり誤差があるにせよ、数十億年掛かるとされている赤色化が、たった2億年で起こるのはおかしいのではないだろうか。


 それに、赤色巨星は大きいが温度そのものは低く、地表へと降り注ぐ熱量も下がるから、砂漠化はしないのではないか? 


 気になった彼女は、賢者の書に尋ねた。



 そうして詳しく聞けば、だ。



 どうやら、星にて得られる資源がほぼほぼ枯渇した結果、当時の食物連鎖の頂点に位置していた知的生命体が、半永久的なエネルギーを得ようとして太陽に手を出したのが原因らしい。


 確かに、太陽から放たれるエネルギーは膨大だ。


 なにせ、化学が発展していた、彼女が生きていた前世ですら、太陽から放たれるエネルギーの1%も活用出来ていないとされていた。


 どうしてか……それは、太陽が持つエネルギーを人類は全く制御出来ないからだ。



 単純に、膨大過ぎるのだ。



 距離にして約1億5000万kmと、地球が持つ磁場と大気によって大幅に軽減されることでようやく活用出来るのが、太陽の力である。


 仮に、彼女が生きていた前世にて、本当に太陽よりエネルギーを100%活用出来たならば、だ。


 エネルギー問題が解決するばかりか、余剰のエネルギーを使って更なる発展が約束されるぐらいには膨大な力……それが、太陽の力である。



「……いちおう聞くけど、それって成功したの?」

『ご想像のとおり、失敗しました。その結果、太陽の核融合化が加速し、比例するように増大した熱量によって地表がゆっくりと焼かれ……まあ、ご覧の有様というやつです』

「う~ん、スケールが大き過ぎて実感出来ねえ」

『もちろん、他にも細やかな原因はあります。色々と、ありました。ただ、致命的な原因は、それです。それさえ無ければ、まだ地上には多種多様な昆虫が生きていたでしょう』

「どっちにしろ、生き残れるのは昆虫ぐらいなのか……」

『虫やバクテリアなんかも生存出来ていたでしょうね』

「そういう話じゃねえよ!」



 とはいえ、それは、無事に活用出来たならば……の話ではあるけれども。


 とりあえず、眠っている間に起こっていた事はだいたい分かった。


 色々とフワッとした言い回しだったが、どうせ資源の奪い合いによる争いに関する事だし、既に過去の事だから聞いても致し方ない。



 それよりも、気になるのは……だ。



 こうなる前に、宇宙に脱出出来た者たちはいるのか。


 宇宙へ旅立った者たちは今もなお生存しているのか。


 そして、無事に新しい移住地を見付ける事が出来たのか。



 それを、彼女は賢者の書に尋ねた。



 普通に考えればそんなの分かるわけがない話だが、賢者の書は違う。


 彼女が知らなくとも、賢者の書は事実を教えてくれる。


 たとえ、この場所から数千光年離れた場所、銀河の彼方で起こる事でも、尋ねるならば教えてくれるのだ。



『脱出出来た者たちはいましたが、全滅しました』



 ただし、教えてくれるけれども、その中身が如何に無慈悲なモノであったとしても、一切こちらの心情を汲んではくれないが。



「……そうか、全滅したか」

『はい、4割が船内物資の不足によって航行不能に陥り、5割が不測の事故によって宇宙船諸共粉々になりました』

「……残りの1割は?」

『無事に移住地を見付けることに成功しました──が、その惑星での生存競争に負けてしまいました』

「え、負けたの?」

『脱出してすぐの、物資や残存エネルギーが万全な状態ならばまだしも、何百年と漂流を続けてようやくですので……短い間とはいえ、戦えただけでも上出来でしょう』

「そうか……うん、そうか……」



 愛着とかそういうのは無いが、ちょっとショックではあった。


 そりゃあ、人類だって未来永劫繁栄しているのかと聞かれたら、いやあ絶滅しているんじゃないっすかねとは思っていた。


 ただし実際に、絶滅しましたよと言われて何も思わないほどには薄情ではなく……かといって、全ては過去の出来事なので、いまさら彼女に出来ることは何もなく。



「……なにか遺言とか、遺品とか、そういうのは残っていたりする?」



 せめて、自分だけでも覚えておいたら……そんな、哀愁にも似た思いと共に、駄目元で尋ねた。



『遺品に当たるかどうかはともかく、約92%原形を保ったままの宇宙船が漂流を続けております』

「え、マジで? なんで?」

『純粋に、推進剤を始めとしてその他諸々の物資が底を尽いてしまった結果、漂流を続けているというわけです』



 すると、賢者の書は答えて……いや、待て。



「漂流を続けているって、それって……?」

『……聞きたいですか?』



 その問い掛けに、彼女は顔をしかめたまま首を横に振り……次いで、その宇宙船はどこにあるのかを尋ねた。



『この場所より、約4790光年ほど離れた場所になります』

「光の速さで4790年……女神パワーでワープとか出来る?」

『可能ではありますが、広大な砂漠の中にある砂粒の一つに向かって、目隠しした状態でパラシュートを使って正確に着地するぐらいの精度が要求されますので、貴女様の想像しているやり方は推奨しません』

「じゃあ、どうすればいいの?」

『簡単です、私の言葉を聞いて、そのままに想像してください。まずは、この世界全体……ぼんやりとしたイメージで良いので、宇宙やその他諸々全部をひっくるめた、一つの球体をイメージしてください』



 言われるがまま、彼女は頭の中で想像を膨らませる。


 正確にイメージしろと言われたら困るが、曖昧でもいいからと言われたら、そりゃあもう気を楽にしてフンフンと頷きながらイメージした。



『イメージ出来ましたら、自身の身体が大きく……そうですね、イメージした球体を抱え込んでいる、自分の姿を強くイメージしてください』



 それも、強くイメージする。




 指示が具体的なので、特にイメージに苦労することは……ん? 




 なにやら、空気というか気配が変わったような感覚を覚えた彼女は。


 ふと、視線を右に向け……そこで、こちらに向かって手を振っている、他の世界を管理しているはずの女神様と目が合った。



 いや、右だけじゃない。



 左に向ければ、反対側と同じく手を振ってくれている、別の女神様がいて。


 前を向けば、振り返って手を振ってくれる女神様がいて……振り返れば、また手を振ってくれて。



 ていうか、女神様がいっぱい居る。



 女神ボディにインストールされる前に見た女神様がいっぱい居る。中には見覚えの無い女神様もいるが、見渡す限り数えきれないぐらいの女神様がいた。



 ……。



 ……。



 …………!?!?!?!? 



「はっ!? えぇ!?」



 思わず、ビクンと総身を震わせた彼女は悪くない。


 だって、女神様だけではない。つい先程己が居た場所ではなく……こう、なんと言い表せば良いのか。


 そう、白い空間だ。眩しくはないが、全てが白いと思える空間に居る。


 空間はどこまでも広がっており、彼女の視界の範囲には、行き止まりらしきものはなく……はるか彼方にいる女神様の姿が確認出来た。



「ちょ、賢者の書! どういうこと!? 何が起こった!?」



 怒鳴りつけなかったのは、他の女神様の目が……傍でフワフワと浮いている賢者の書に尋ねれば。



『いえ、普通に世界の外側に移動しただけですよ』

「意味わからんけど!? え、世界の外側って、どういうこと?」

『貴女様に理解しやすく例えますと、世界全体のワールドマップを見ているようなものです』

「うん?」

『ほら、今までの尺度は、その国の地図を見ていたようなもので、今は地球儀を外から眺めているような状態です』

「んん、ん~……」

『世界の中をそのまま移動すると手間暇が掛かりすぎますので、距離が遠い場合はこっちの方が早いのです。覚えておいて、損はないですよ』

「……なんとなく想像出来たけど、改めて思う。女神の尺度って、マジで宇宙とかそんなレベルじゃないんだな」

『おや、今さらその事に気付いたのですか……っと、ほら、貴方が管理している世界を見てください。一つ、点滅しているのがあるでしょう?』

「あ~……これ?」



 眼前の球体……女神としての感覚が、訴えている。


 この、立体映像のような半透明の球体……にわかには信じ難いけれども、これが、今しがた己が居た場所の全てなのだということを。


 そして、その世界と己との間には確かに繋がりがあって……そして、他の女神様もまた、各自が管理している世界と繋がっていることを……彼女は、誰に言われずとも感覚で理解した。



『その場所へ己が向かうよう、強くイメージしてください』



 だからこそ、その感覚を理解した後は特に疑問を覚えることもなく……指示のまま、その場所へと己が居る姿をイメージ──っと。




 ──ハッと、我に返った瞬間、彼女は……白い空間から、広大な宇宙空間の中にいた。




 その眼前には……巨大な、そう、前世にて見て来たあらゆる乗り物の全てが玩具に見えてしまうぐらいの、巨大な物体が音も無く宇宙を漂っていた。




 ……あれが、宇宙船? 




 記憶にある宇宙船とは形も大きさも違うから、最初は分からなかったが……状況的に考えれば、そうだろうと思った。


 ……当たり前のように、移動し続けている宇宙船と平行に己も移動していることに、彼女は気付いていなかったが……まあ、いい。



「どうやって入ればいい?」

『普通に、自分があの船の中に居る姿を想像してください』

「う~ん、ワープみたいな──うぉ!?」



 気付けば、宇宙船の内部に居た。


 女神ボディは相変わらず加減が利かないというか、これはもう本当にちゃんと練習しなければならんと……いや、それよりも、だ。



 こう、アレだ。



 いわゆる、操縦席に当たる場所なのか……かなり広い室内には、大きなモニターとキーボードが一体化した装置が幾つも設置されており、合わせて座席もある。


 ただし、どのモニターも光は付いていない。というか、照明が一つも点いていないので、誇張抜きで真っ暗だ。


 これが地上の船なり乗り物であるならば、外の光を取り込めるようになっているだろうが、この船は宇宙船なので、そういったモノは全く無い。


 磁場や大気による軽減がない太陽光(恒星の光)など、百害あって一利無し、直視すれば失明し、肌は焼けて火傷を負うぐらいなのだから、それも致し方ないのだろう。



 なので、室内は真っ暗闇だ。



 女神ボディでなければ、手元はおろか1mm先の光景すら確認出来ないぐらいの中で。


 彼女は、試しにポチポチとキーボードを叩いたり、スイッチを押したりしたが……何も起こらなかった。



 まあ、それは想像出来ていた。



 だって、動かせるならとっくに当時の生存者たちが動かしていただろうし、そもそも……ふわふわと、空を漂っているゴミやら何やらが、全てを物語っていた。



「う~ん、入ったはいいけど、こっからどうしよう……ん?」



 そんな、何もかもが終わりを迎えている中で……ふと、ひと際大きい物体が近づいてきたのを見やった彼女は、何気なくソレを受け止め、くるりと裏返し。



「…………」



 しばしの間、絶句して……そっと、ソレを再び放流すると。



「──初手、ミイラ化した子供は心に悪いって……!!!」



 力の限り……湧いてくる憤りに唸るのであった。




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