第7話: 仮眠を取る程度の感覚だったんです
……で、姿を現したわけだが……正直、まったくのノープランだった彼女は、さてどうしたものかと内心にて首を傾げた。
とりあえず、集まっている者たちの反応を見る限り、『曲者だ! 近衛兵!!』といった感じで慌ただしくも緊張に満ちた空気にはならないのは有りがたい。
ただ……その代わりと言うのはなんだが、誰も彼もが呆気にとられた様子で立ち尽くしていた。
そう、その姿は正しく呆然自失。
今しがたまで泣き喚いていた少女も、固く唇を噛み締めて男泣きしていた者も、涙こそ流してはいないが寂しそうにしているエルフも、1人の例外もなくポカンと大口を開けていた。
まあ、そうなるのも致し方ない。
なにせ、彼女は気付いていなかった。
そう、自覚無き70年のスローライフの中、無自覚のままに出しっぱなしにしていることが多かった翼を……彼女は、放置していたのだ。
そのうえ、頭上に輝く光輪も、そのままだ。
姿を隠している時はぼんやり光る(それも、見えないけど)だけだが、姿を現した途端、その輝きは増していた。
つまり、彼女からすればただ姿を現しただけで、『やあやあ、我女神参上ゾ』みたいな状態になっているわけで。
そんな事情など知る由もない人たちからすれば、『前触れもなくいきなり神々しい光と共に姿を現した、頭上に光輪が輝く少女』……となるわけだ。
当たり前だが、そんなのが登場して平静を保てるやつなど、ほとんどいないだろう。
実際、この場ではおそらく最年長(女神を除く)であるエルフですら、言葉を失くして呆然とするしかない状態なのだ。
ましてや、高々数十年程度しか生きていない者たちが、エルフと同レベルに冷静さを保てるわけがなく……興奮のあまりパニックにならないだけ、マシなぐらいであった。
(……あれ、あのエルフって、もしかして)
で、必然的に互いが無言のままに見つめ合うという、なんとも言い表し難い緊張感の中で……ふと、彼女の視線がエルフへと向けられる。
そのエルフ……結論から述べるなら、かつて二人の子供を押し付けたのではなく、引き取って育ててもらうよう心に語りかけた、あのエルフであった。
実際の顔は見ていないので分からないが、女神的なセンサーによって、それが彼女には分かる。
さすがは、長寿なエルフというべきか。
当時は幼い子供だった二人が老人になり、寿命を迎えようとしているのに、その姿は若々しいままで。
種族的な……二人の孫と言われても、見た目に違和感は少なく……っと、そうじゃない。
(……これ、いちおう挨拶した方がいいかな? どう思う、賢者の書)
判断に迷った時は、賢者の書に聞くに限る。
責任も手も出さずに口だけ出して良い人ぶる気持ち良さを知っている彼女は、最終的な判断を丸投げした。
『……出したらいいんじゃないですかね』
(そう? そう思う?)
『せっかく来たわけですし、挨拶ぐらいはしておいても良いとは思いますよ』
(そうだよね、やっぱりそう思うよね)
『う~ん、この女神様は……中身ももう少し女神になるよう努力した方がよろしいかと思いますよ?』
(そんなん、賢者の書(笑)に言われたくないかな)
『作ったの、貴女ですけどね(笑)』
(ははは、こやつめ……!)
もちろん、そんな仄暗い下心が見破れない書物さんは、心底あきれ果てた様子で返答を出した。
そうして、おまえらお似合いのコンビだよ……と言いたくなるような汚い言葉の応酬の後で。
(……聞こえますか……エルフよ……女神です……いま、貴女の心に直接語りかけています……)
何時ぞやと同じく、エルフの心に語りかけた。
「こ、これは!?」
すると、声に気付いたエルフは一瞬ばかり周囲を見回した後で、彼女へと視線を向き直り……その場に膝をついて、頭を下げた。
……いや、そんなつもりはなかったのだけど。
そう思った彼女は、慌ててエルフに立ち上がるよう語り掛け──ようとしたのだが、どういうわけか、エルフ以外の誰もがその場に膝をついて、頭を下げた。
……。
……。
…………はて?
『……気付いていないようですが、出力を上げ過ぎです。エルフのみならず、この城に居る者たち全員に聞こえていますよ』
(……マジで?)
『とりあえず、今の調子で続けてください。それぐらいなら、この城の中ぐらいで収まりますから』
(oh……)
不思議に思って賢者の書に尋ねて(もちろん、声には出さず)みれば、『おまえ力出し過ぎ(意訳)』という注意をされた。
……。
……。
…………とはいっても、だ。
それなら普通に話しかければいいじゃんって感じだが、まあ、それはアレだ、女神らしくないと思ったから──いや、誤魔化すのは止めよう。
ぶっちゃけ、賢者の書以外の誰かとの会話が久しぶり過ぎなのと、一方的に押し付けたという負い目があったせいで、上手く言葉を出せなかったからだ。
なにせ、客観的に見れば、だ。
誇張抜きで、通り魔のように血の繋がりのない子供二人の面倒を押し付けた挙句、今際の時まで顔を見せる来ることすらしなかった鬼畜……それが、今の彼女なのだ。
……とてもではないが、出来ない。
普段の、賢者の書と雑談する時のような、『おい~っす、元気してる~?』みたいな気さくな態度なんて、そんな事できない。
というか、仮に己が逆の立場だったら塩を叩きつけているぐらい……だからこそ、彼女は心に語りかけるという形で、間に精神的なワンクッションを置いたわけである。
(……私の願いを聞き届けていただき……感謝しております……貴女たちのことを見守るだけであった……不甲斐ない私を……許して……)
とはいえ、奇しくも、だ。
声に出したくとも出せないというセルフ縛りをするしかない彼女のその対応は、実に女神っぽい雰囲気を絶妙に醸し出す結果となった。
「いえ、いえ……そのような……こちらこそ、女神様の導きに感謝しております」
おかげで、エルフは感動のあまり目尻に涙を滲ませ、声を詰まらせながら……何度も彼女に向かって感謝の言葉を述べた。
「女神様の導きがなければ、あの子たちに出会えることはなかった。別れはとても辛く、寂しいことだけれども……それでも、あの子たちとの日々は……掛け替えのない宝物になりました」
……そう言われると、彼女としてはかなり気が楽になる。
とりあえず、面倒を見ていた人が気にしておらず、むしろ感謝している事が分かった彼女は、そっと道を開けてくれた彼ら彼女らに礼を述べてから……ようやく、2人が横になっているベッドの傍へと歩み寄った。
(……聞こえますか……私の声が……聞こえますか?)
問い掛ければ……横になったままの国王は、小さな涙をポロリと零しながら……皺だらけの顔で、穏やかに笑った。
「……聞こえます。ああ、また会えた……数十年も前だというのに、まるで昨日の事のように思い出すことが出来ます」
(……私の事を……恨んでいますか?)
「ふ、ふふ、とんでもない……むしろ、母さんと同じく……女神様には感謝しかありません」
ちらり、と。
国王の視線が、隣のベッドにて横になっている聖女……妹へと向けられる。それを見て、察した彼女は……同様に、聖女の心へと語りかける。
すると、聖女は何度か返事をするかのように目を瞬かせた後で……静かに目を閉じると、スーッと軽く息を吐いてから……もう、それっきり、その胸が動くことを止めてしまった。
それを見て……国王も、静かに目を瞑った。
見守っていたエルフたちがざわめいたけれども、「……妹は、安らかに逝けたのですね」ポツリと零した国王のその言葉にハッと我に返ると、再び元の位置に戻った。
……。
……。
…………それから、時間にして……30秒となかっただろう。
「女神様……一つだけ、聞いてよろしいでしょうか?」
(……なんでしょうか?)
それが、最後の言葉になることを察した彼女は……いや、彼女だけでなく、見守っている誰も彼もが察して……室内は、各自の心臓の鼓動が聞こえるくらいに、静まり返った。
「どうして、あの日……私を、選ばれたのですか?」
そうして、問い掛けられた質問に……彼女は微笑みを浮かべたまま、内心にて困惑に首を傾げた。
……選ばれた、とは、どういう意味なのだろうか?
どうして助けたのかと聞かれたならば、言えるか言えないかは別として、『ただの、偶然です』という答えが彼女の中にはある。
もちろん、こんな場でそのまま口に出すような事はしないから、適当にそれっぽく……思い浮かぶかどうかは別として、取り繕っただろう。
しかし、選ばれた理由……と聞かれても、問い掛けの意味が分からないので、取り繕えなかった。
──くっ、視線が……この場に居る者たち全員の視線が私へ……い、痛くない胃が痛くなってしまう……!
思わず、彼女はお腹を摩ろうとした手を、もう片方の手で押さえ込む。それでもなお、素直に尋ねる度胸が彼女にはない。
だって、滅茶苦茶期待されている……女神がどう答えるのかを、一字一句聞き逃さないと言わんばかりに耳を澄ませているのが、彼女にはわかった。
おそらく、女神でなくても分かるぐらいには、真剣な眼差しだ。
なので、とてもではないが下手に誤魔化せられない。というか、こんな状況で誤魔化せたら、そりゃあもう女神じゃなくて屑畜生である。
でも、どう答えたら良いのか……それが彼女には分からない。
ゆえに、ただの時間稼ぎに過ぎず、さりとて、それは有限で、黙ったままは許されないと分かっていても、曖昧に笑うしか彼女には出来ず。
(……それが、あなたの天命でありましたから)
結局、自分でもどうかなと首を傾げるような返答しか、出来なかった。
「天命、ですか?」
(どうなるかは、私にも分かりませんでした。ただ、あなたの内に眠る輝きに……私は、託してみたくなりました)
「輝き……女神様は、私の内にソレを見たのですか?」
(光に転ぶか、闇に転ぶか……それは、天にも読めぬことではありましたね)
「闇に……女神様は、どちらに転ぶと?」
(その答えは、貴方の最後を見送ろうと集まった者たちの顔を見れば、おのずと分かるでしょう)
「……そう、ですか」
けれども、口に出してしまった以上はもう、取り返しがつかない。このまま、押し切るしかない。
重要なのは、事実ではない。
大切なのは、納得することだ。
事実でなくてもいい、納得出来る事ならば。
納得さえ出来たら、事実でなくとも人は不満を抱かないし、納得出来なかったら事実であっても人は不満を抱くのだ。
とにかく、普段から大して動かしていない頭脳に、これでもかと気力と体力と精神力と想像力を注ぎ込み続けるのだ。
目の前の男を幸福のままに終わらせるために……彼女は、引き吊りそうになる思考の中で、それでも穏やかに答え続けた。
……。
……。
…………時間すれば、それは10分程度の事だった。
「……ありがとうございます、女神様」
けれども、その10分は、国王にとっては黄金にも勝る一時であったのは……言うまでもなく。
「……確かに、辛い経験はありました。一つや二つではなく、身を切るような思いをした事もありました」
穏やかに……本当に、ウトウトと今にも眠りそうなぐらいに、穏やかな顔で微笑みながら。
「ですが……幸せでした。妹も、同じ気持ちだったと思います。貴女様が救ってくださなければ、私たちはあの場所で終わっていたでしょう」
緩やかに目を瞑り、最後に大きく息を吸うと。
「ありがとう、ございました」
その言葉を最後に……もう二度と、その胸が、唇が、動くことはなかった。
……。
……。
…………それから、彼女は引き留めようとする者たち(筆頭は、エルフ)を振り払い、自宅へと戻った。
彼女の自宅は、浮遊する大地(空飛ぶ大陸?)にポツンと建てた一軒家である。
広さは、そこまでではない。
狭すぎるのは嫌だが、広すぎても嫌という面倒臭い好みを反映したその家は、女神が住むにはあまりに小さすぎるだろう。
「あ~……なんか疲れた……」
けれども、人間ソウルである彼女からすれば、非常に満足度の高い広さであり……周囲の目が絶対に無い場所に戻ってきた事を実感した彼女は、倒れ込むようにベッドに飛び込んだ。
ぼすん、と。
大の字に寝転んだ結果、裾が捲れて中のセクシーパンツが露わになったが、彼女は何一つ気にも留めず……ポツリと、賢者の書に尋ねた。
「なあ、賢者の書よ」
『なんでしょうか?』
城の時とは違い、普通に姿を見せた賢者の書は、よっこらせと言わんばかりにベッド脇に置かれた椅子へと自らを立て掛けた。
「俺のやったこと、間違っていると思うか?」
『さあ、私にはなんとも。それを決めるのはあの人たちであり、あの人たちが恨んでいないと言うのであれば、間違っていないとは思いますが?』
「……そうか、すまん。卑怯な事をしたな」
一つ、溜め息を吐いた彼女は……目を瞑った。
……。
……。
…………。
……。
……。
…………あ、そうだ。
「歯を磨かなきゃ……」
むくりと身体を起こした彼女は、大きな欠伸を零しながらベッドから──。
『おはようございます、女神様。約2億700年ぶりのお目覚めとなります』
──身体を起こした瞬間。
ベッド脇に居る賢者の書より、そう声を掛けられた。
……。
……。
…………???
「ごめん、よく聞こえなかった。今、なんて言ったの?」
『2億700年ぶりのお目覚めですねと声をお掛けしました』
「……??? 2億? 何を言っているんだ?」
『……はて、もしやお気付きになっていない?』
「なにが?」
『貴女様は、あの後そのままお眠りになったのですよ、約2億700万年近く』
「……はい?」
『ですから、約2億年貴女様は眠りっぱなしだったのです』
ワケが分からんと首を傾げる彼女を尻目に、賢者の書は状況を理解したのか、あっさりと言ってのけた。
「……え、マジ?」
思わず、冗談でしょと彼女は思った……が、しかし。
『私、この手の冗談など言いませんよ』
キッパリと、賢者の書より断言された彼女は……その足で自宅を飛び出し、ぴゅーっと空を飛んで……浮遊大陸の端より、そっと眼下を見下ろした。
すると、そこには……広大な砂漠が広がっていた。
少し前に彼女が目にしていた緑の光景は何処にも……いや、女神的な目で見れば『世界樹』の存在は確認出来るが、それだけだ。
どこまでも、どこまでも、どこまでも……乾いた景色が広がっているばかりで、黄色い砂嵐が轟々と吹き荒れているのが確認出来た。
……。
……。
…………しばしの間、彼女は呆然とするしかなかった。
けれども、そこに寂しさみたいなモノというか、ショックを覚えはしたが、悲しみはほとんど感じなかった。
それは女神様としての感覚……というよりは、単純に付き合いが無さ過ぎて、ほとんど他人事と思えているからだ。
例えるなら、今朝方顔を合わせたほとんど初対面のような相手が、夕方頃に死んだという話を耳にしたような感覚である。
精神的な衝撃こそあるが、それよりも彼女の心に響いたのは、少し前まで広がっていた景色が一変している……という、事実であった。
……で、だ。
何時まで経っても変わらない光景に、徐々に状況を呑み込んでゆく。そうして、大きく、それはもう大きく息をゆっくり吸うと。
「展開が早過ぎて、もうワケ分からんよ!!!」
そう、心の底から戦慄しながらも、力いっぱい叫んだのであった。
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