第6話: 10年前の出来事が3,4年前に思えてしまうアレの女神感覚




 スローライフとは、いったい何なのだろうか? 




 人によっては、広大な自然を堪能するだとか、現代社会からの解放感だとか、色々言うだろうが……彼女は、そのどちらでもない。


 何物にも縛られない自由と、その結果を受け入れる覚悟にこそある……それが、彼女にとってのスローライフである。


 もちろん、本当の意味で縛られない生き物はいない。どんな生き物であろうと、生きている以上はナニカに縛られて生きている。


 それが生存のための食糧確保であったり、獲物として襲われないための安全の確保だったり……まあ、色々とあるだろう。



 だが、事の本質はそこではない。



 何をするにも自由だが、その結果を受け入れなければならない。言い換えれば、己の行いに吊り合う責任しか負わない。


 顔も名前も知らない誰かの為に自らの生命を費やして得た報酬を捧げる必要はない。その替わり、己の身にナニカが起こった時、誰かが捧げてくれたモノを受け取る事は出来ない。


 全てが自己完結し、全てにおいて選択し、全てにおいて結果を受け入れる。


 つまりは、弱い者が肉となり、強い者が食らい、その強い者はまた肉となる……そういう、自然の摂理の中で生きる事を覚悟すること。




 それこそが、スローライフの本質なのだと彼女は思った。




 そして、そんなスローライフ生活において……これ以上ない程に安全圏で疑似体験出来るのが、女神ボディなのだという事を……彼女はこれでもかと思い知ることになった。



 と、いうのも、だ。



 まず、女神ボディは飲食不要である。


 飲まず食わずでも死なないどころか、体調不良にならない。喉の渇きや空腹も覚えないから、油断すると食べるという行為を忘れてしまうぐらいだ。


 そして、体温保持なども必要としないうえに、あらゆる気候条件の中でも全くダメージを受けない。


 真夏の厳しい日差しの下で一日立っていても、一切肌は焼けないし汗も掻かないし、暑さだって全く感じない。


 同様に、広大な湖が凍り付いてしまうぐらいの寒波に見舞われ、頭がすっぽり隠れてしまうぐらいの豪雪の中にいても、平気だ。


 当然の如く冷たさは感じないし、身体に触れた雪も『あ~、雪が触れているな』というのが分かるだけで、身体が冷えることもない。


 また、獣などに襲われても平気だ。


 なんと言えば良いのか、その手の攻撃がなされた時だけ、皮膚の少し上ぐらいに不可視の膜が張られる……といった感じだろうか。


 その膜は、非常に強固だ。衛生面にも強いのか、獣の唾液なども一切付着しない。


 少なくとも、己の身体よりデカい獣に噛みつかれても痛みはおろか、『もしかして噛みついている?』と首を傾げるぐらいなのだから……いかに反則染みた代物なのかが想像できるだろう。



 ……で、そんなイージーモードなスローライフの中で、だ。



 女神ボディの彼女には、己の権能によってあらゆる物を生み出す(人間ソウルなので限界はある)力を有しているおかげで……とりあえず、以前とは違い暇を潰すことは出来た。



 まず、自宅を完成させるまでが、中々楽しかった。



 地上に作ると色々と面倒な事態になりそうなので、常に浮遊している自宅(というか、空飛ぶ大地?)を作ったのだが……まあ、色々と拘った。


 その拘りを語り出すと、細めの文庫本ぐらいの長さになるので省略するが……それを終えた後はまあ、趣味の時間である。



 具体的には自宅傍に作った湖にて行う魚釣りと、地上の各地にて行う芸術ドッキリという名の暇潰しだ。



 命が芽生える前は、海や湖に釣り糸を垂らしたところで魚が釣れる可能性は0%だったから、まったくヤル気にはなれなかった。


 だって、魚どころか生命体が居ないから。


 いくら釣れなくても楽しいって人でも、どう足掻いても100%釣れない場所で釣りをして楽しいやつはいないだろう。



 その時に比べたら、今の釣りは本当に楽しかった。


 なにせ、自宅傍の湖だけじゃない。



 地上に広がる海や、湖や、川を眺めていると、魚を始めとして、様々な生き物が息づいているのが確認出来るのだ。


 正直、ぼんやりと眺めているだけで無限に時間を潰せるぐらいには、夢中になれた。



 同様に、芸術関係も……釣りとは違うベクトルで超楽しかった。



 とはいえ、それは己の内に眠っていた芸術性を爆発させた……というわけではない。


 女神ボディによるアシストのおかげで、見た目だけではないプロ顔負けの作品(意味深)を次から次へと作る事が出来たから……というのも否定はしない。


 それよりも、なによりも、楽しかったのは……己が用意した作品を見付けた者たちが見せる反応を想像している時であった。



 ……いったいどういうことなのかと言えば、だ。



 要は、意味深(笑)な作品であり……いわゆる、その時代には存在しないはずの物質……オーパーツ的な作品を世界中の至る所に設置したのである。


 これがまあ、悪趣味ではあるが……超楽しかった。


 だって、作った彼女が言うのもなんだが、滅茶苦茶頑強なだけのクリスタルとか、自分の姿を模した石像とか、役に立たない道具ばかりを置いたのだ。


 それを見付けた人たちが、どう反応するのか……それを、彼女はよく想像した。


 気付かれないまま風化するのか、それとも、『古代の○○か!?』という具合で騒ぎになるのか……もうね、本当に想像するだけでめちゃ楽しかった。



 ……なんとも捻くれた陰キャの遊びかと思われそうだが、そうなってしまうぐらいには、彼女にとってショックだったのだ。



 下手に人間に関わると、やるせない気持ちになってしまう。だって、この世界はダークファンタジー……女の子がキャッキャウフフしているほんわか世界ではないのだ。


 それは、短いながらも彼女がこの世界で学んだことの一つであった。



 ……だが、しかし。



 彼女は、ボディが女神でも、ソウルは平凡な人間の男である。


 人のソウルは、孤独に耐えられるようには出来ていないのか……山奥等でズーッと独りで過ごしていると、ちょっと顔だけでも他人の存在を確認したくなってしまう。


 けれども、それはそれとして、またやるせない気持ちになるのは本当に嫌だ……その折衷案が、先述した芸術ドッキリであった。



『……ところで、女神様』



 まあ、そんな感じで、魚釣りと芸術ドッキリと昼寝を繰り返し、すっかり仙人のような暮らしを送る事が当たり前になっていた彼女だが。



『本来は口出しなどしないのですが……何時まで魚釣りと気術遊びと昼寝の無限ループで過ごすおつもりですか?』

「ん~、とりあえず、あの二人の子供が成人を迎える頃ぐらいに、ちょろっと覗きに行こうかな、とは思っているよ」

『……もしや、お気付きになっていないので?』

「ん~、なにが? あの二人が双子の兄妹という事とか? それなら女神パワーで気付いていたけど」



 これは見栄ではなく、本当だった。


 中身が人間ソウルとはいえ、身体は女神……性別を見破るぐらい、朝飯前である。



『あの時から、もう70年近く経過しておりますので……翌日には、お兄さんの方が。4日後には、妹の方が寿命を終えますよ?』

「へえ、そうなん……はい!? 70年!?」



 まあ、性別云々よりも、だ。


 さすがに、賢者の書からそう言われた時は、思わず持っていた釣竿を放り投げるぐらいには驚いたのであった。



 ……。



 ……。



 …………さて、時の流れを自覚した彼女だが……そんな彼女が最初に取った行動は、賢者の書へのやつ当たりであった。



「ちょ、え、なんで!? なんでそんな時間経っているの!?」

『ちょっと趣味に没頭したら10,20年経っていたとか、長い寿命を持つ者たち特有のあるあるってやつですよ。エルフ等に見られる特徴ですね』

「女神ボディ、そんな性質持っているのかよ!」

『ちなみに、女神様のソレはエルフの比ではないですよ。誇張抜きで、ちょっと趣味に没頭したら文明が一つ終わっていたとか、ザラですから』

「ひえぇ……感覚的には半年ぐらい経ったかなって程度だったぞ……女神ボディなのに、変なところで油断できないのが恐ろしい……!!」



 思わず絶句する彼女……だが、すぐに気持ちを切り替えた彼女は、う~ん、と考え込んだ。


 理由は、言うまでもなく……心の準備が出来ていないからである。


 いくら実際に70年近い月日が経っていたとしても、体感的には半年ぐらいなのだ。そりゃあ、腰が引けても仕方がない。


 けれども、だ。


 これが全く見知らぬ他人だったならばまだしも、理由や経緯はなんであれ、自ら手を出して助けた者たちだ。


 なんとなくだが、助けてハイお終い……というのは、無責任な気がしてならない。


 別に感謝して欲しいとかそんなつもりはないが、せめて最後ぐらいは見届けてやるべきでは……ないだろうか? 



「そこらへん、どう思う?」

『本の私に聞いても困りますよ』

「いや、ほら、エルフさんを通じて助けたはいいけど、辛い人生を送っていました……とかだったら、恨まれている可能性大じゃん?」

『ああ、それならご安心を。あの兄妹はあのエルフの下でちゃんと教育を受け、兄は国王となり、妹は聖女として大成致しましたので、気にするだけ無駄かと』



 そう思って相談してみれば、けっこう素っ気なく返された。



「──ていうか、王様と聖女ってマジかよ!? めっちゃ出世しているじゃん!!」



 まあ、そんな事を気にするよりもよほど重大な中身であったが……いや、まあ、賢者の書の言い分はもっともだとは思う。


 命の恩人とはいえ、当人たちはその事を覚えていないだろう。


 だから、顔を合わせても『誰ですか?』って返されるのがオチだろうから、気にするだけ無駄というのは納得な話であった。



 ……。



 ……。



 …………このまま、ダラダラと考えるよりも、だ。



 とりあえずは、そう……行動するべきだ。



「……看取ってやるぐらいは、するか」



 遅れないよう、急いで道具を片付けに自宅へと向かうのであった。






 ──で、その日の夜。



 パタパタと、すっかり空を飛ぶ時に出すのが癖になった翼を……癖になったのは、そちらの方が女神っぽいからという、なんともしょうもない理由からある。


 別に無くても普通に飛べるし、有ったら早く飛べるかと言えばそんな事もないのだが……こう、枕が変わると上手く寝付けないとか、その程度には染み着いてまったのだ。



 ……で、その羽を、だ。



 鳥のようにパタパタと羽ばたかせながら……彼女は、賢者の書の指示を受けて、今はもう老人になっている二人の下へと急行していた。



 ……ちなみに、その身体は光ってこそいないが、頭上に浮かぶ光輪はしっかり出ているのは、御愛嬌というか……話を戻そう。



 体感的には半年(実際は70年強)ぐらいしか経っていないと思っていた、懐かしい町へと向かった彼女だが……その町を見た瞬間、思わず目を瞬かせた。


 どうしてかって、それは……町の様子が、記憶にあるソレとは一変していたからだ。



 半日にも満たない滞在時間なのに、分かるのかって? 



 それが分かるぐらいに、町の形が変わっていたのだ。


 なにせ、そこはもう町というよりは、巨大な城を中心に広がる……城下町としか表現しようがないぐらいに様変わりしていたのだから。



(うぉぉ……マジで、70年近く時が過ぎていたんだな……)



 それを見て、ようやく彼女は強く時の流れを実感したというか、それを現実のモノとしてハッキリと認識した。


 だからこそ、だ。


 夜でも昼間のように全てを見通す事が出来る女神の目には、月日の流れと共に、形を変えては徐々に発展していったというのが一目で分かり。



(なんだろう、子供作って放置した親の気分だ)



 だからこそ……下手に顔を合わせると、文句の一つや二つは言われるかも……と、今さらながらに思ったのであった。



 ……とはいえ、だ。



 本当に知らないままだったならばまだしも、既に彼女は知ってしまっている。


 このタイミングで全てを知らなかった事にしてこの場を去る邪悪さは、良くも悪くも彼女にはない。


 なので、気が重いなあ……とはちょっと思いつつも、だ。


 同じ失敗は繰り返さぬと姿を消したまま……そーっと、音を立てないよう翼をはためかせて……城の中庭へと降り立つと、女神パワーを駆使して、城の中へと入るのであった。






 ……女神パワーの応用によって完全に姿を消した彼女の存在を捉えるのは、この世界の如何なる存在にも不可能である。


 なにせ、女神としてはアマチュア以下だとしても、この世界の管理者だ。


 中身が貧弱ソウルとはいえ、その力は絶大。それこそ、多少なりソフトがダメダメでも、有り余るハード性能でぶっちぎる事が可能なのである。



 ……なので。



 壁やら床をするりとすり抜けて、国王と聖女が安静にしている部屋に入り込むのは楽勝であり、その場にいる誰もが彼女(あと、生意気な書も)の来訪に気付けはしなかった。



 ……まあ、でも。



 仮に多少なり気配が漏れ出たとしても、この時に限りだが、誰も気に留めはしなかっただろう。



「──王よ! どうか、気を強く持ってください! まだ、私たちには貴方が必要なのです!」


「──聖女様! お願い、もっと良い子にしますから、どうかまだ逝かないで!」



 何故なら、現場は明らかに修羅場であり……どう贔屓目に考えても、彼女の存在は場違いも良いところであったからだ。



 ……いや、ま、そりゃあ、そうだろう。



 賢者の書曰く、あの日助けた片割れは、『幾つもの戦争を終結さえ、歴史に名を残す善政を続けた名君』として、誰もがその名を知っている有名な人で。


 同様に、あの日助けた片割れは、『あらゆる戦場を渡り歩き、その癒しの力を持って命を救い、時には災禍をも打ち払った』とかいう、誰もが知る有名な人だ。


 どちらも、残した業績の一つ一つが大勢の命を助けたり、発展の起源となったり、そりゃあもう様々な者たちから一目置かれている存在でもあった。


 仮に、二人が表舞台に登場せず、ひっそりと何処かで命を落としていたら。


 人々は今もなお幾つもの戦争の中で暮らし、血と悲しみに震える者が大勢居ただろう……そう、本気で信じている者がいるぐらいには、愛されている存在だ。


 だからこそ、集まっている誰も彼もが……いや、この場に居る者だけではない。この場には居ない、城下町の者たちも、同じ気持ちなのだろう。


 起こって欲しくない現実に涙を流し、少しでもいいから元気になって欲しいと願っている。そこに、老若男女の違いはなく、身分すらも関係ない。



(……すいません、なんかすいません)



 おかげで、軽い気持ちでこの場に居合わせた彼女は、この時点で精神的に死にそうであった。


 ぶっちゃけ、『看取ってやるか(暢気)』みたいな感覚でいた事に後悔した……が、来てしまった以上はちゃんと見ておかねばと改めて覚悟すると……フワッと、空を飛んで天井から二人を見下ろした。



 ……そうして確認した二人の顔は……まあ、分かりきってはいたが、シワシワの御爺ちゃんと御婆ちゃんだった。



 というか、まったく変わっていない女神ボディがおかしいのだが……まあいい。


 とにかく、シワシワのシワになっている2人は、女神である彼女の目から見ても、もう死ぬまでのカウントダウンが始まっている状態で──ん? 



「……ああ、女神様……お迎えに来てくださったのですね」



 眺めていると、兄の方である国王と目が合った気がした……いや、気がしたじゃない、本当に視線が重なっている。


 偶然だよねとちょっと身体を動かせば、それに合わせて国王の視線も動く……鈍くはなっているが、確かに己の姿を認識出来ているのだと彼女は察した。



 というか……普通に話しかけられていないか? 



 首を傾げながら、他の者たちの様子を伺う。


 国王の言葉に首を傾げる者、いよいよと思って涙を零し始める者、固く目を瞑って祈りを捧げる者……みんな違うが、共通するのは、誰一人として彼女の居る方へと視線を向けていないということだ。


 そう、違うのは2人だけ。


 視線を向けて微笑んでいるのは国王と……声を出す気力すら無くなっているが、辛うじて視線だけは向けている聖女、この2人だけであった。



 ……あれ、見えないようにしなかったっけ? 



 疑問を視線に変えて賢者の書を見やれば、『たぶん、今際の奇跡です』誰に似たのかずいぶんとあやふやな返答をされた。


 いざという時に使えないやつめ。


 そう、内心にて溜息を零した彼女は……だ。



(……幻覚を見ながら死んだって思われるのはかわいそうだし、良い事いっぱいやってきた人だし……せめて、悔いのないようにしてやるべきだろう)



 そう、諸々を呑み込むと……不可視モードを解いて、その姿を人々の目に見えるようにしたのであった。





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