第5話: 某エルフ「し、神託を受けたのだが?(白目)」




 ──まさか、身分証明とお金が必要になるとは思わなかった。




 そう思ったのは、それなりに高い外壁に守られた町の傍までやってきた時で。


 明らかに門番らしき兵士たちが、出入りする者たちの名前や所属を確認しているのを遠目で目撃したからであった。


 正直、町に入るだけで必要なのかと思ったが……それは日本という国で暮らしているからこその感覚である。



 少し考えれば、分かる事だ。



 現代だって、他府県に移動する際には何かしらの身分証明に当たる物を所持していくのは、暗黙の了解になっている。


 いや、暗黙の了解というよりは、何かしらの形で、結果的にそうなるようになっている……というのが正しいのだろう。


 具体的には保険証や運転免許証、パスポートや学生証などが該当するからだ。


 無くても周りが何とかしてくれる場合が多いので自覚している者は少ないが、それは周りが動いてくれているおかげなのだ。


 実際に必要な場面では、ソレの有無で相手からの対応がガラッと変わるのが当たり前だし、下手すると強制的に回れ右だ。


 そう聞けば、いかに身分証明が重要なのかが想像出来るだろう。


 ましてや、それが現代よりもはるかに厳密な対応を取られるファンタジー世界ともなれば……で、だ。



「いやぁ、女神パワーでもゴリ押しは大変だったなあ……でも、タダで通させてもらって得したな」

『良かったですね。危うく数多の世界初となる、不審者扱いされて町に入れない女神様になるところでしたから』

「女神でも、パスポートの類無くして町には入れない……世知辛い話だね」



 そんな問題を、自称女神という身分でなんとかゴリ押しすることで通してもらうことに成功した彼女は、しみじみと実感していた。



 ……ちなみに、ゴリ押しと彼女は思っているが、実際は違う。



 気絶から辛うじて意識を取り戻しはしたものの、息も絶え絶えなエルフ……から、途切れ途切れの伝言をなんとか解読した関係者より。



『絶対に拒絶するな、金は後でこっちから払う! 最上級の来客として認識しつつ、それでいて平民と同じように接しながらも丁重に、遠くから見守るだけに留めろ!!』



 という、なんとも難解かつ不明瞭な指示が現地に送られたからである。


 ちなみに、気力を振り絞って言う事を伝えたエルフは、そのまま再び気絶してしまい、今もなお治療を受けているらしいが……話を戻そう。



 なので、だ。



 彼女は町に入る許可が下りた時も兵士たちに気遣われることもなく、他の一般人たちと同じように、「悪い事はするなよ」とだけ忠告を受けて開放された後。


 こっそりと、尾行能力に長けた兵士が数名ほど平民に変装し、彼女に気付かれないよう遠くから見守り続けているのであった。



 当然、彼女は己が監視されている事に全く気付いていない。



 気付いているのは傍にて姿を消し(曰く、不可視モードだとか)ている賢者の書だが、それを彼女に伝えるような事はしなかった。


 それは、原則として賢者の書がアンサーであるのもそうだが、それだけではない。


 伝えたところで変にギクシャクさせるのもなんだし、向こうに敵意が無いのは分かっていたから、放置した方がお互いに良いと判断したからだ。


 捻くれてはいるが、色々有って疲れているだろうし……という程度には気を使うぐらいの優しさはあるのであった。



 ……もっとも、その方が愉快な展開になりそうという思惑があるというのも、理由の一つではあるが。



 まあ、そんな各々の思惑はなんであれ、だ。


 何も知らない彼女だけは、意気揚々と街中を進む。当たり前だが土地勘なんて無いので、ひたすらまっすぐ道なりに……そうして、広場に辿り着いた。



 広場は、おそらくは何かしらの目的の為に、意図的に開けられた空間だというのは一目でわかった。



 なにせ、中央にポツンと建てられた石像以外は何も無い。


 現代社会であれば、一つや二つは置いてそうなベンチや、景観のための街路樹の類も一切無い。


 待ち合わせの場所として使われてはいるのか、人通りはとても多く、誰かを待っているのか2,3人で集まって立ったままの人達も多い。


 中には、石像に向かって祈っているような者もいる。


 そこには老若男女の違いはないが……なんだろうか、彼女の見る目が偏っているだけかもしれないが、身なりがみすぼらしい者が多いように見えた。


 それは、着る物に対する無頓着さ……ではない。


 単純に、貧乏だから、なのだろう。


 新しい服を買うことが出来ないので、布の切れ端などで何度も補修した跡が見られ、当人たちの顔色から栄養状態もそこまで良いようには見えなかった。



 ……色々と、思うところはあるし、ちょっとショックだった。



 でも、とりあえず……目的があるわけでもない彼女は、そういった者たちを参考に、見よう見まねで祈りのポーズを取る。


 こういうのは、とにかく郷に従え、である。


 なにせ、ここは前世の日本ではない。管理を任された女神とはいえ、何もかもが未知の外国も同然なのだ。


 そんな場所で、なんの考えも無しに前世の感覚で動くのはよろしくない。


 少なくとも、それなりに社会人としての年月を送っていた彼女(元・男)は、その程度に周りを見る目を持っていた。



 ……で、だ。



 そうして、とりあえず祈っているわけだが……そうして静かにしていると、どうしても脳裏を過るのが……今しがた見やった、痩せている者たちの姿だ。



(う~ん……いちおう女神様だし、こうして間近で厳しい暮らしを送っている人を見ると、色々と心にクルものがあるな……)



 彼女の中にある冷静な思考は、『そんなの気にし過ぎだし、そこまで俺に責任取らせるな』と訴えている。


 けれども、彼女の中にある善の部分は、『いちおうは管理を任されたのだから……』という具合で、己を責めている。


 己が全くの無力だったらならともかく、やろうと思えば救えるからこその……まあ、うん。



 ……世界が変わっても世知辛いのは変わらないんだなあ、と彼女は内心にて溜息を零した。



 いや、だって、始まりや過程や動機はなんであれ、いちおうこの世界を作ったのは彼女……そう、女神である彼女なのだ。


 いくら、寂しさのあまり時間を無理やり早めたとしても、だ。


 せっかく生まれた世界というか、自分が管理している世界なのだ。


 どうせなら、誰も彼もがハッピーな暮らしをしてほしいと思うのは、女神でなくとも考える、人としての優しさというやつだろう。



(う~ん……でもなあ、何でもかんでも与えると堕落するってのは、前世の世界がそうだったし……この世界が例外ってわけじゃないだろうし……)

『……女神様』

(う~ん……食糧支援をするのは簡単だけど、それをすると、食料を生産している人たちの収入が大変なことになるだろうし……)

『あの、女神様』

(ていうか、食料生産に限らず、何事も技術や知識が途絶えると取り返しがつかないからなあ……家畜じゃないんだから、未来永劫面倒を見続けるってのは間違っているだろうし……)

『ふん!』

「──いたっ……くないけど、なにすんの?」



 考え事をしていると、不可視モードのまま傍にいた賢者の書より体当たりをされた。


 痛みなどは全くないが、衝撃はちょっとだけ来る。


 入り込んでいた思考の奥底より我に返った彼女は、少しばかりイラッとしながらも、賢者の書へと振り向いた。



『なにすんの、ではありません。貴女、気付いていないのですか?』

「なにが?」

『自分の背中、見てください』

「は? 背中をどうやって見るんだ……ん?」



 言われるがまま背中へ視線だけでも向けようと──して、気付いた。


 そこには、白い翼が有った。反対側より見やれば、そちらにも白い翼があった。


 つまり、左右一対の白い翼……まるで、ようやく気付いたのかと翼が訴えるかのように、ふわりと大きく翼が広がった。


 ソレは大きく、彼女の上半身を覆い隠せるぐらいには大きく……自覚は全く無かったが、感覚は有った。


 というか、目視してから、ようやく感覚を強く認識出来た。


 なんというか、眼鏡を付けているのに、眼鏡を付けていたことを忘れていたかのような……そんな感覚が近しいのかも……いや、そこではない。



『気付いたのであれば、上を見てください』

「……oh」



 続けて頭上を見やれば、そこには力強く輝く光輪が。蛍光灯のアレよりもよほど明るく、手を伸ばせば……ほんのりと温かかった。


 あと……彼女は気付いていなかったが、彼女の総身からも、ほんのりと光が放たれていた。


 それはまるで、後光が差すように。


 しかも、その光を受けた彼女の足元より……サワサワと草木が生え始めており、中には鮮やかな花を咲かせているモノもあった。


 つい先程までは、人の往来で踏み固まれていて雑草の一本も生えていなかったのに。


 そして、当然ながら……賢者の書とは違い、彼女は己を不可視の状態にはしていないので、普通に目視する事が出来る。


 つまりは、周りからめっちゃくちゃ視線が集まっているわけで、それは1人や2人とかじゃない。


 噂が噂を呼ぶように、異変に気付いた人々が次から次に広場へと向かってきているようで。


 何気なく周囲に目を向ければ、隙間が見当たらないぐらいに集まった人々の視線が……うん。



(……聞こえますか……賢者の書よ……女神です……今……あなたの心に……直接……呼びかけています……助けるのです……この状況を脱する……起死回生の一手を……)

『作られた私が言うのもなんですが、貴女はもう少し後先考えて行動しましょう、ね?』

(……辛い……自分が作った物から……優しく説教される……いちおう……女神なのに……)

『とりあえず、姿を消して上空に逃げれば良いでしょう。貴女様が本気になって姿を消せば、まず見破れませんから』

(うん……頑張る……でも、どうやって姿を消せば?)

『当たり前のように声に出さないまま私に語りかけているのと同じく、念じればすぐに出来ますから』



 そう言われた彼女は、そのように己に念じる。


 すると、途端に周囲の人々から『き、消えたぞ!?』そんな言葉が出始めた……のを確認した彼女は、ふわりと、翼を羽ばたかせて上空へと浮いた。



 その際、一つ、二つ、三つと、羽が落ちたが……彼女は気付いていなかった。



 どうしてかって、それは彼女が無意識のうちに、『その方がなんか格好良くない?』と思っているからであり……まあ、男なら誰しも持っている厨2病(暗黒の思い出)の発露である。


 そう、厨2病だから無意識に目を背けてしまうのは当然で、自身の翼から羽が落ちているのに彼女が気付けないのも……仕方がないことであった。






 ……。



 ……。



 …………そうして、だ。



 なんだか騒ぎになっている中心部から遠く離れた、町の外れ。


 なんだか他とは比べて寂れているというか、ボロッちい建物ばかりが点在している場所へとこっそり降り立った彼女は……深々とため息を吐いた。


 周囲に、人影は無い。


 偶然なのか、それともこの時間は人通りが薄い場所なのかは不明だが、念のため、不可視モードを解かないまま……トボトボと歩き出す。


 その顔は、まるで20連勤してようやく休みを貰えたかと思ったら会社命令で出勤が決まった者のように、苦悶に満ちていた。



「……賢者の書よ、どうして私の身体は光ったのだろうか?」

『そんなの、祈ったからでしょうね』

「祈るだけで光るのか、この女神ボディは!?」



 思わず傍の賢者の書へ振り返ったが、『普通は光りませんけど、そう貴女様がイメージしたからでしょうね』返されたのは無慈悲な答えであった。



「いや、そんなイメージなんて……」

『その方が、格好良いとか考えたりしていませんか? もしくは、そうなった自分を想像したりしませんでしたか?』

「…………」

『無言は肯定とみなしますが、実際のところはどうなんですか?』

「……ちょ、ちょっと、格好いいって思ったかもしれません」

『それが、答えです』



 その言葉に、彼女は……再び巨大な溜息を零して、しょぼしょぼに表情をしょぼくれさせた。



 ……いや、だって、仕方ないじゃんと彼女は思った。



 常識的に考えて、なんかちょっと心が擽られると思わんかと彼女は思った。


 人知れず地上に降りた女神様が、何気ない行動を切っ掛けに女神バレするとか……こう、少年の心的なアレにダイレクトヒットしないかと彼女は思った。


 ぶっちゃけ、ダイレクトヒットしちゃったよねと彼女は思った。


 だから……バレたのは仕方ないし、いずれバレたのだから、遅いか早いかの違いかなと……己に対して言い訳を済ませた彼女は、しょぼくれた顔を上げた。



「……ん?」



 そうして、気付いた。


 視線の、先。整備もろくにされていない、道の端っこ。雑草の中に紛れるようにして飛び出している、小さな手。


 寂れてボロッちい建物が連なる風景の中に、ぐったりと力無く倒れている……遠目にも分かるぐらいに痩せ細った二人の子供の姿に。



 ──や、やべーじゃん! 



 これはイカンぞと、慌てて子供の下へと駆け寄った彼女は……己の権能にて、子供の状態を確認した彼女は……またもや、やるせない気持ちになった。


 なぜかって、それは子供の状態が……いわゆる、栄養失調から来る餓死寸前の状態だったからだ。


 ……そして。


 そこまで状態が悪くなっているというのに、誰からの援助も受けられないまま……こうして、死を迎えようとしているという事に気付いたからだ。


 親からの虐待とか、そんな話じゃない。


 子供の状態からして、たった今こうなったわけではないのは明白だ。着ているモノはボロく、長らく洗濯すらしていないようで、うっすら臭う。


 ゆっくりと、騙し騙しで生き長らえてきたが、同時に、時間を掛けて衰弱していったのが彼女にもすぐに分かった。


 と、同時に。


 子供が2人も酷い有様になっているというのに、誰も気にも留めていない……それが、どうにも辛かった。



 ──だから、彼女は……目の前の子どもを助けようと思った。



 たまたま……そう、たまたま目の前にいたから、助ける。ただ、それだけのことだ。


 女神ボディでも、中身は平凡な人間な男……ここで死なせるのが慈悲なのか、それとも生き長らえさせるのが慈悲なのか……それは、彼女には分からない。


 分からないけれども、何も知らないまま、何も分からないまま、幼いままに死ぬのはあまりに悲しいと……そう、彼女は思ったわけである。



「……聞こえますか……貴方の心に……直接呼びかけています……」



 けれども、だ。


 とりあえず、女神の権能を使って子供の身体から痛みや苦しみを消した後……彼女はそのまま……眠っている子供の心に問い掛ける。



 問い掛ける内容は、只一つ……まだ、生きていたいのか、である。



 ……子供は無知ではあるが、馬鹿ではない。ちゃんと、子供なりに色々と考えている。


 彼女は、彼女なりに、子供に選択肢を与えようと思った。


 生きるのが辛いと思って、このまま死を望むのであれば、痛みも苦しみもなく安らぎの中で終わらせてやろうと思った。


 けれども、生きたいと望むのであれば……そう思って、彼女は問い掛けた……すると。



(──そう、生きたいのか)



 生きたい、そう心の声が返されたのを確かに聞いた彼女は……女神の権能を使い、身に負っている傷を治してゆく。


 と、同時に、この二人の子供が自力で生きていけるように……『力』を少しばかり授ける。


 与えた力を有効に使い、自らの良心に従ってより多くの人を助けてもらえたら……胸を張って生きてもらったら嬉しいと……強く、願いながら。



(……なんか疲れた、ちょっと1人になろう)



 そして、子供の身体から傷が完全に消えたのを確認した彼女は……ふわりと、翼を羽ばたかせて空へと飛ぶ。


 なんと言えば良いのか……人に会いたかったのは事実だけど、こんな殺伐とした要素は見たくなかったなと彼女は思った。


 もちろん、予感しなかったわけではない。


 でも、見たくはなかったし、ショックだった。


 もっと、こう……あったかほんわかなファンタジーというか、もっと夢が溢れる剣と魔法の冒険ファンタジーというか。


 日曜の朝7時30ぐらいにやっていそうな優しい世界的ファンタジーを想像していたら、深夜1時とかにやっていそうなダークファンタジーだった……的な、アレだ。


 彼女は人間(男)だった時から、シリアスな話よりも、ほのぼのとした話の方が好きなのだ。


 町に来てから3時間と経っていないのに……勿体無い気持ちはあったが、これ以上、やるせない部分を見るのは辛いと思うのも、無理はないことであった。



(……あ、そうだ、いちおう念には念を入れておくか)



 なので、しばらくスローライフ的に自然の中で心を癒そうと思った彼女だが……その前に、だ。



「賢者の書、この町で私の声をちゃんと聞いてくれて、あの二人を助けてくれるって人はいる?」

『──該当する人物が1名、エルフという種族の女性ですね。彼女ならば、貴女様の声をちゃんと聞いてくれるでしょう』

「その人って、あの子たちの面倒を頼んでも大丈夫そう?」

『大丈夫です。金銭的な意味でも、権力的な意味でも、種族的な意味でも、子供二人を育てるぐらいは楽勝かと』

「精神的な負担とか、そういうのも大丈夫そう?」

『それも、大丈夫です。あのエルフ、見た目こそ若々しいままですけど、これまで何人か見どころのある孤児を引き取って育てたようですから』

「あ、それならまあ、安心か……せっかく助けたのだし、せめて大人になるまでは無事に生きていてほしいよね」



 勝手なお願いだとは思ったが、せめてあの二人が成人するまでは面倒を見てくれる相手がいてくれたらと思った彼女は、賢者の書のおススメに従って。




 …………聞こえますか……私はしがない女神……貴女に、お願いがあって……貴女の心に直接語りかけています……。




 そう、この町にいるエルフの心へ、語りかけるのであった。






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