第4話: 私ぐらいになると、姿を消すぐらい朝飯前(by賢者の書)
──結論から言おう、なんとかなった。
名状しがたいナニカだが、こう、女神的なアレな感じを気合に込めてパンチすると、三発目で爆発四散した後、今度こそ復活することなく、そのまま塵となって消えてしまった。
さすがは女神パワーというべきか。
一発目の手応えからして、これは半端な女神パワーでは復活してしまうと思って更なる女神パワーを込めたのは、英断であった。
実際、復活しようとしていたし。
とはいえ、二発目の左フックでほとんど致命傷レベルのダメージだったし、三発目は駄目押しにもう一回ぐらいの気持ちだったので、賢者の書の言う通り、本当になんとかなかった。
……。
……。
…………まあ、それよりも、だ。
ちらり、と。
周囲を見回した彼女は……焼け野原とまではいかなくとも、見るも無残な光景になっていることに……どうしたものかと頭を書いた。
そう、女神パワーは確かに強力無比であり、名状しがたいナニカを瞬殺するだけのパワーを有しているが……それは、もろ刃の剣。
たかがパンチ、されどパンチ、女神パンチの衝撃波は、まともに受けると常人なら例外なく即死の威力であった。
そして、そんな衝撃波を受けて……周囲が無事かと言えば、そんなこともなく。
一発目のパンチによって、周囲の木々より伸びている枝葉がしなっては折れて、バラバラに飛び散っていく。
二発目のパンチによって、なんとか耐えていた周囲の樹木の表面が剥がれていき、一部は根っ子ごと地面から浮いてしまう。
そして、三発目のパンチによる衝撃波に至っては、大半の樹木の幹がへし折れ、地面が砕け飛び……まあ、うん。
まるで、隕石が何発も落ちてきたかのような……彼女の周囲は、まさにそんな光景が広がっていた。
『──いえ、実際のところ、貴女様が落ちてきた際の衝撃波もありますよ?』
……そんな光景が、広がっていた。
正直、かなり気まずい。罪悪感もあるし、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。誰かに見られていたら速攻で逃げているところだ。
……だって、実際に悪いのは彼女だし。
あの名状しがたいナニカは放って置いたらもっと大変な事態を招いただろうが、元々が、己が仕出かした事が原因でアレが生まれたので……うん。
とりあえず、女神パワーでなんとかしよう。
さすがに女神とはいえ、時間を巻き戻すことは出来ない。いや、出来ることは出来るが、それはあまりに代償がデカすぎて、下手すると世界の根幹を揺るがしかねないので駄目。
「『生まれ出でよ、咲き乱れよ、大地と共に、力強き姿を示せ』」
なので……彼女は、願う。
そして、彼女が願えばだいたい叶う。ただ、女神である彼女の“だいたい”というのは、かなり幅が広かった。
捲り上がって剥き出しになった地面よりポツポツと姿を見せ始める、様々な若葉。それは瞬く間に天へと伸びて、樹木へと姿を変えてゆく。
合わせて、地面もまた同様に……飛び散っていた土は見る間に元の場所へと戻れば、その上を大小様々な雑草が緩やかに広がり……痕跡を消してゆく。
そうして、5分もすれば、だ。
爆心地としか表現しようがなかったクレーターは跡形も無くなり、焼けたり折れたり千切れたりしていた樹木も、その下から育った真新しい樹木によって覆い隠され。
もはや、誰が見ても、つい30分ほど前は酷い光景になっていたとは想像すら出来ないような……元の自然の景色が広がっていた。
『いわゆる、隠ぺい工作ってやつですね』
「うるさいよ」
なにやら細かい事にうるさい書物は放って置いて、ひとまず、周囲の大惨事を他所に……ふわふわと、ゆっくり空へと飛んだ彼女は、景色を見回す。
……とりあえず、目に見える範囲に街や村といったモノは見当たらない。
もっと高度を上げたら見えるのかもしれないが、地面LOVEに目覚めて日が浅い彼女にはそんなつもりはなく……降り立った彼女は、率直に尋ねた。
「この近くに人……遠くでもいいけど、とにかくちゃんと意思疎通が取れる村と町ってある?」
『徒歩で4日の場所にあります。ですが、向かうのはおススメしません』
すると、有ると答えてはくれたが、なにやら難色を示された。
『まず、この世界では既に『人間』と呼ばれる生物が存在しており、それに近しい性質を持った個体も数多く確認されています』
「……つまり?」
『貴女様の人間だった時の記憶にある言葉の中でも、一番近しく想像しやすいのは……エルフやドワーフや魔物と呼ばれる種族などが存在する、剣と魔法のファンタジー的なアレだと思ってください』
「なんか君、作った私が言うのもなんだけど、ちょいちょい雑な言い回しするね?」
『でも、この方が理解も早くイメージしやすいでしょう?』
「むむむ!」
欠片も否定出来ず、彼女は唸った。
『……で、話を戻しますが、まだこの世界の文明レベルは未熟。剣と魔法なアレが主流なぐらいですから、いわゆる迷信だとかが当たり前のように信じられております』
「それで?」
『獣が跋扈する森の中から手を振って出て来る、妙齢の裸の女……私が言うのもなんですけど、この世ならざる者だと疑われて攻撃されませんか?』
「……どうしよう、これも全く否定出来ない」
あまりにもその光景がありありと想像してしまう話に、彼女はぐうの音も出なかった。
確かに……チラリと、未だ素っ裸なままの己の裸体を見下ろした彼女は、納得に頷いた。
常識的に考えて、怪しいなんてモノじゃない。
いや、この世界の常識と、彼女自身に身についている常識が必ずしも一致するわけではないが……それでもまあ、怪しまれて当然だろう。
この世界がまだ原始時代ならともかく、賢者の書の言う通りに『ファンタジー的なアレ』であるならば、その程度には文明が発達しているはず。
つまり、服を着て生活するのが当たり前。
それを踏まえたうえで考えるならば、だ。
ぶっちゃけ、己が逆の立場だったらな、怪し過ぎて応援を呼ぶぐらいには警戒心を働かせるだろうなと彼女は思った。
けれども、そう考えるならば、だ。
では、いったいどうしろというのだろうか?
彼女自身、好きで裸のままうろついているわけではないのだ。
服を着ようにも、作り出す服はどれもこれもサイズが小さい。意図的に大きくしようとしても作り出せず、仕方なく裸のままうろついているだけなのだ。
これはもう、いっそのこと包帯でも身体に巻き付けておけということなのだろうか?
『……身体を縮めれば良いのでは?』
どうしたものかとウンウン唸った後で、ふと、賢者の書に尋ねてみた。
『というよりも、どうして何時までもその状態なのですか? 別に悪いというわけではありませんが、敏感なモノが怯えてしまいますよ』
すると、そんな答えが返って……ん、待て。
身体を縮めるって、いったいどういう事なのか……尋ねてみればまあ、その過程で体形に合った服を作れない理由が判明した。
はっきり言うと、今の彼女は……いわゆる『フルパワー状態』というやつで、それが原因だったのだ。
例えるなら、普段は痩せ形の体形な男が、フルパワー状態だとボディビルダー真っ青な筋肉ムキムキのマッチョボディ……と言えば、分かりやすいだろうか。
現在の彼女も、筋肉隆々というわけではないが、同様の状態である。
そして、権能による服の創造は正常に働いていたのだ。ちゃんと、本来の彼女の体形に合わせた服が作り出されていたのだ。
なので、サイズが小さかったのではない。
ちゃんとサイズが合っているのに、無意識のまま全身に力を入れてパンプアップしているせいで、無理やりサイズを外しているような状態だった……というわけなのだ。
それを今頃になって理解した彼女は、思わず賢者の書に文句を……言おうとして止める。
短い付き合い(ガチ)とはいえ、この書物の性格(?)というのは嫌でも思い知ったし、口で勝てるとは到底思えない。
まったく、いったい誰が作ったのかと腹を立てつつも、彼女は心を落ち着かせた後で、本来の姿に戻る方法を尋ねた。
『それならば、深呼吸をして身体の力を抜くようにイメージしてください。自然と、戻りますから』
想像していたよりも簡単であった。
言われるがまま、身体の力を抜く。その際目を瞑り、とにかく身体から余計な力が抜けるのをイメージする
そうすると、ふとしたタイミングで、プシューっと身体の中から何かが抜けた感覚を覚えた。
ハッと我に返った彼女は……姿見を作り出して確認し……思わず、おおっと目を瞬かせた。
簡潔に述べるなら、先ほどまでは大人ボディの女神だったのだが、今は少女ボディの女神という具合に小さくなっていた。
なるほど……確かに、この状態がデフォルトなのは間違いないようだ。
実際、試しに下着とかシャツとか作り出してみれば、体形にピッタリ合致した。これまでの苦労がなんだったのかと思うぐらいに、ピッタリであった。
……が、しかし。
不思議なことに、服は徐々に……まるでソレだけ時の流れが加速しているかのようにボロボロに崩れると、5分ほどで跡形もなくなってしまった。
『ふむ、どうやら貴女様の身体に触れたことで、貴女様に吸収されてしまったようですね』
理由を聞けば、なんとも怖い事を言われた。
え、女神ボディって皮膚から食事をするのかと恐る恐る尋ねれば、『いえいえ、要は水と水が混ざったようなものですよ』そういうことではないと賢者の書より否定された。
──曰く、女神が作り出したモノは原則として女神の一部であるから、本体に戻ろうとする……らしい。
もちろん、ちょっとやそっとでは、そんな事にはならないし、事実として、彼女が生み出した樹木や大地に触れていても、欠片も消えていないのがその証拠。
今回は、彼女へ常に密着し続ける衣服である事と、衣服なので薄かったこと、そして、着れるモノならなんでもいいやって雑に考えていたのが原因である……との事だった。
……では、そこらの葉っぱを使って隠すしかないのだろうか?
そんな予感を覚えつつ、改めて賢者の書に尋ねれば……単純に、彼女自身に吸収されないような凄いやつを想像して作れば良いと教えてくれた。
なるほど、なるほど。
納得した彼女は、再び衣服を作る。
とはいえ、女性用の下着なんてふわふわっとした知識とイメージしかないので、集中しても曖昧な感じは否めないままだが……それでも、目的のモノはすぐに完成した。
「……なあ、賢者の書よ」
『皆まで言わずとも分かっておりますが、あえて聞きましょう』
だが、しかし。
完成した衣服の中で……その中でも、ある意味では一番目立っているうえに、中々に使い所の難しいソレらを手に取った彼女は……首を傾げた。
「なんで、こんなスケスケで素人目にも分かるぐらいにランジェリーな感じで、お高そうなアダルティisブラ&パンツになったのだろうか?」
『それは貴女様のイメージする凄い下着というのが、お値段が張る類の下着だっただけで、それを踏まえたうえで女性用と無意識に考えた結果、そういう形になっただけです』
「えぇ……そんな雑な感じに出来上がるの?」
『本来はそうなりませんけど、中身が人間の魂ですから……それに、雑ではありませんよ、貴女様がふわふわなままに使った力の結果がふわふわになっているだけです』
「う~ん、悔しいけど言い返せないから余計に悔しい」
ひとまず納得した彼女は、改めてアダルティな下着を見やる。何処から見ても、これから勝負しますよみたいなソレを……すちゃっと装着した。
下はともかく上は勝手が分からないので、少々手こずったが、賢者の書より正しい付け方を教えてもらったので、壊して作り直すようなことはなかった。
ちなみに、恥ずかしいとか、そういうのは無い。
さすがにスッポンポンのまま移動するのは色々な意味でアウトだし、裸のままでいるよりは……という、嫌な意味での慣れもあった。
「……これ、女性用に見える?」
『さあ、私にはなんとも。不安ならば、無難なやつで良いと思いますが?』
「そう?」
『自覚ないようですが、服とは本来高級品です』
「ふ~ん、じゃあこんなので良いのね」
そうして、最後に……膝の辺りまでスッポリ隠れるサイズのロングワンピースを着て、『何処に出しても恥ずかしくない普通の女の子』になった彼女は。
「歩いて行こう!」
意気揚々と、歩き出したのであった。
『……飛ばないのですか?』
「今はまだ大地の温もりから極力足を離したくない」
『そうですか……』
賢者の書から、呆れを多分に含んだ視線(目なんて無いけど)を背に受けながら。
王都からそれなりに離れた場所にあり、『ユーの大森林』と呼ばれる森の近くにあるその町は、『ユーゲライフ』という名が付けられている。
どうしてそんな場所に町があるのかって、それは『ユーの大森林』に生息している魔物を始めとした獣たちの存在だ。
はっきり言うと、食えるのだ。食えない個体もいるが、そういうのは薬品の原料として使えるし、全体を見れば大半は食える。
そのうえ、有用な薬草もけっこう生えている。極端に強い魔物も居ない。土地的な意味で、移動が困難なわけでもない。
そんな、様々な条件が重なったこともあって、その町は大勢の人達が生活しており、平均レベルを超えるぐらいには発展していた。
そして、それ以外にも人が集まり定着する理由……『ダンジョン』と呼ばれる場所が関係しているのだが……まあ、今はいい。
商人のみならず、その土地を治める領主から見ても、かなり有益な場所だと思われているおかげで、街全体から中々に景気の良い雰囲気が滲み出ていた。
……で、だ。
そんな町の中にあって、酒も提供するし、荒事への対処も行うし、兵士たちとも共同作業をすることもある……『ギルド』と呼ばれる組織が管理している建物がある。
ぶっちゃけると荒事も対応する特殊な仕事の斡旋所なのだが、その建物の奥、いわゆる関係者しか入れない一室に、ローブを身に纏った1人の女が居た。
その女は、誰もが思わず二度見する程の美貌であった。
黄金を溶かして作ったかのように鮮やかな金髪に、細工師が丹精込めて作ったかのような整った顔立ち。
ゆったりとした服装ながらも、いや、だからこそ、それでもなお確認出来るスタイルの良さ。
彼女は、ダンジョンの最寄りの町である『ユーゲライフ』にしばし滞在している……いわゆる、エルフの女であった。
……『エルフ』。
種族としての正式な名はとても長く、今ではエルフ自身も略称である『エルフ』という名で自称している。
別名、『森の狩人』、あるいは『耳長族』。
人間よりも鋭く伸びる長い耳を持ち、人間よりも長い寿命を持ち、人間よりも美しい容姿を持ち、人間よりも数多の魔法を駆使するという……森と共に生きる者たちだ。
エルフは、あまり表に出てこない。
理由は色々あるが、最も大きな理由は……なんといっても、その美貌だ。
今でこそエルフ側が自衛するようになったので、そういう事件を見聞きする事はほとんど無くなったが……とおい昔では、世間知らずなエルフが騙されて捕まる……なんて話は多かった。
それに、エルフが外に出ない理由は、エルフ自身がトラブルをよく起こすからだ。
どういうことかって、他種族よりも老化が遅く、長い寿命を持っているせいで……とおい昔の話を、まるでつい先日の出来事のように持ち出してくるのだ。
これが恩であるならば問題にならないだろうが、エルフによる復讐の類になると、そりゃあもう、大変な事態になる。
他種族からすれば、『曾々お爺さんの頃の話を今頃!?』って感覚でも、エルフからすれば『てめえ、この前はよくもやってくれたな!』という感覚なのだ。
つまり、50年前や100年前に起こったいざこざの責任を取れと当たり前のように求めてきたり、100年前に受けた傷を忘れんぞと復讐に動いたりするのだ。
こんなの、トラブルを引き起こして当たり前である。
下手すると、上の上の上の世代のいざこざによって、一方的に殺されてしまった……という事だって起こりえるし、実際に起こった事もある。
しかも、当のエルフ側が『こいつら、すぐに死んで無かったことになるから……』と、相手をするだけ無駄という感覚になっているおかげで、余計に表に出て来ないのであった。
「フレア、わざわざ人払いまでしたのだ。朝からずいぶんと気難しい顔をしているようだが、なにかあったのか?」
とはいえ、何事も例外はあるようで……その例外である、フレアと呼ばれた金髪のエルフは……チラリと、テーブル越しに席に腰を下ろしている、ギルドマスターに視線を向けた。
ギルドマスター……『ユーゲライフ』のギルドのトップであり、見た目は渋い雰囲気の50代ぐらいの男性……話を戻そう。
「別に、悩んでいるわけじゃない」
「それなら、そんな額にシワを寄せているようなしかめっ面は止めてくれ。こちらとしても、無用に勘ぐってしまうからな」
言われて、フレアは思わず額を摩り……一つため息を零すと、空になったカップをソーサーに置いた。
「先日から、精霊が騒いでいるのよ」
「精霊が?」
「……今は目を凝らしても見えないと思うわよ、あんたが私を呼び付けたその時にはもう隠れちゃったから」
「……そのようだな。以前は見えたんだけどな」
「それは見えたというより、無理やり覗いただけでしょう……そんな事ばかりしていたから、姿を隠されちゃうのよ」
チラリと、ギルドマスターの視線が室内の至る所へ向いていることに気付いたフレアはそう苦笑し……ふと、真顔になった。
「──どうも、かなり高位の存在がこの地に姿を現したっぽいのよ。人間の感覚で、つい最近の事だわ」
それを聞いて、ギルドマスターも居住まいを正した。
「高位の存在というと、精霊王の類か? それとも『神』か? あるいは大穴で、『魔王』か?」
「さあ、皆目見当もつかないわ」
「おい」
「仕方ないじゃない、いくら聞いても『すごく尊き御方』って感じの言い回ししかしないんだから……たぶん、精霊王より格上の存在だとは思うのだけれどもね」
「……ずいぶんと曖昧な言い回しだな」
「私も同意見だけど、肝心の精霊たちが、ず~っと浮足立っているせいで要領を得ないのよ」
大きなため息を零したフレアを前に、ギルドマスターも心からのため息を零し──っと、その時であった。
──失礼します、ギルドマスター。緊急用件です。
ノックと共に、扉の向こうより掛けられた報告に、ギルドマスターはピクリと目尻をケイレンさせた。
入るように指示を出せば、挨拶と共に職員が中へと入り……すぐに、報告を行った。
──それは、『身分証明も金銭も一切持たない不審な少女が、門番兵たちによって止められている』というものだ。
それだけならばギルドマスターにまで連絡は行かないのだが……現地の兵たちが判断に迷った理由は、その少女の身なりにあった。
具体的には、女の恰好が、まるで寝間着のような軽装であり、護身用の武器を何一つ所持していなかったのだ。
そのうえ、森から来たというのに、つい先程入浴を済ませたかのように身綺麗であり、衣服や身体に汚れ一つ無い。
かといって、ワケ有りな令嬢にしては所作が拙いというか、貴族特有の仕草が全く見られず、どう扱えば良いのか困っている……という報告であった。
「……現地の門番長の判断は?」
「無下に追い返したのがワケ有りな貴族の令嬢だとシャレにならないが、頭が弱い丸腰の少女を入れて後で問題を起こされても困る……とのことです」
「まあ、そうなるか……で、当の女はなんて言っているんだ?」
「それが……」
尋ねれば、職員は困ったように視線をさ迷わせた後……恐る恐るといった様子で話を続けた。
「どうも、『ちょっと人の暮らしを覗きに来た女神なので、何も悪い事はしませんよ』……とのことらしく……」
「……そりゃあ、不安を覚えるわな」
頭が痛い……そう言わんばかりに苦笑を零すギルドマスター。
現地の、それはもう対応に頭を抱えている者たちを想像したのだろう。気の毒に思うと同時に、さて、どうしたものかと思考を巡らせ始めた。
(……もしかして、精霊たちが口にしていた高位の存在?)
……で、そんなギルドマスターを尻目に、エルフのフレアは……まさかとは思いつつも、念の為に、精霊へとお願いする。
そのお願いとは、精霊の目を借りるというもの。
というのも、精霊は生きとし生ける生物とは別の理に生きる者。
実体化しなければ、その姿は陽炎のように揺らいでいる。
だが、そのおかげで、精霊は遠く離れた場所へ瞬時に移動する事が出来る。
つまり、精霊の目を借りるというのは、その精霊にお願いして任意の場所におもむいてもらい、その精霊越しに現地の光景を見る……という行為なのだ。
もちろん、誰でもそんな事が出来るわけではなく、魔法に長けたエルフですらも、信頼関係を築いた精霊にのみと限定されてはいるが……さて、だ。
(──いいよ、貸してあげる)
(ありがとう、そのうち、お供えするわね)
(──いらない、今はすごく気分が良いから)
幸いにも、精霊はフレアのお願いを快く了承した。
そのうえ、元々見に行くつもりだったのか、何時もなら必要となる対価もいらないと拒否した。
これは……いよいよ本命なのかもしれない。
精霊の反応から察したフレアは、いちおうは向こうに気付かれないよう魔法による防壁と隠ぺいを掛け……そして、改めて精霊へと感覚を繋ぎ……その視界を共有した。
(はぇ?)
瞬間──フレアは。
(……なに、あれ?)
とてもではないが、言葉では言い表せられない光景……いや、波動……いや、後光……なんでもいい。
とにかく、数百年を生きて培った語彙でもなお、説明出来ない……少女の形をした膨大なナニカを前にして。
(──女神さま。この世界を見守る女神さま、お美しい)
なんとか気力を振り絞り、視界を共有している精霊の呟きの、それだけの言葉を認識……した直後、ふぅっとフレアの意識は暗転したのであった。
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