第1話: やだ……神様の時間の感覚、長過ぎ……!?



 くしゃみをしたとて、独り。


 蹲っていたところで、独り。


 現実逃避したととて、結局は独りぼっち。



 熱くも冷たくもない風がびゅうびゅうと身体を撫でてゆく。


 いや、それは撫でるというよりは、叩きつけられるという言葉が正しいのかもしれない。


 なにせ、崖の上だ。遮る物なんて何もなく、他よりも高い位置にあるだけあって、風の勢いが強くなっているのだろう。


 常人ならば、思わず体勢を崩すぐらいの強風だ。


 けれども、さすがは女神ボディというべきか、それとも女神の権能のおかげか、彼女は己に叩きつけられる風を、そよ風程度にしか感じていなかった。


 というか、感覚的に分かる。


 風に限らず、頭上より降り注いでいる日差しや、この身に降りかかる重力すらも、己に対して作用する直前に調整されている。


 ほとんど、無意識の操作。いや、それはもはや、無意識以前の事なのかもしれない。


 生き物が意識せずとも息を吸って吐くように、身体を動かせば体温が上がるように、女神の身体はソレが出来るようになっているのだろう。


 その事実と現状を嫌でも理解した(させられた?)彼女は。



(……うう、やるしかないのか)



 最後にひと際大きくため息を零すと、ようやく身体を起こし……改めて、己の状況を整理する……っと、その前に。



 とりあえず、権能で生み出したモノを処分してから、場所を移動することにした。



 彼女自身は雨風日差しなんて気に留める必要が全くない(気分の問題は別として)が、己以外はそうではない。


 現に、権能で生み出したリンゴの木はバッサバッサ揺れて騒がしいぐらいだし、水道の水も風に吹かれてバチャバチャと飛沫が飛び散っている。


 放置しても良いのだが、こんな場所に放置して誰かの迷惑になったら大変だ。


 万が一にも面倒事に発展すれば……頼れる相手がいない以上は、トラブル防止に動く必要があると彼女は思ったわけである。



(う~ん……大して思うところはないけど、初めて作った物を自分の手で壊すのはなんだか複雑な気分……)



 でも、処分する。だって、己の安全には替えられないから。


 幸いにも、己の手で作り出したモノは、壊すのも容易なようで……まるでそこだけ時間が何百倍も加速しているかのように、リンゴの木はあっという間に枯れ落ちてバラバラに砕け、水飲み場も同様に風化して砕け、そこらの土埃に紛れて……分からなくなった。



(……なんだろう、他人の自転車に乗っている感覚? 慣れるまで、ちょっと時間が掛かりそう)



 そうしてから……フワフワと空を飛んで、安全そうな場所を探す。女神としての特性なのかは不明だが、高所による恐怖感は全く感じない。


 というか、当たり前のように空を飛べているうえに、飛ぶことに何一つ疑問を抱いていない己に対して少し不思議に思うが、思うだけだ。


 嬉しい事に、崖を下って少し進んだ辺りで、すぐに小さな湖が見つかった。


 湖は静かで、野生動物の姿は無い。念のためにちょっと周囲を見回ってみたが、やはりそれらしい姿は見られない。


 降り立って近場より見やれば、溜まっている水そのものが、ほとんど透明なのがよく分かる。


 魚やら何やらは見当たらない……どうやら、何かしらの要因によって突発的に出来た湖のようだ。


 水脈の変化で湧き出た地下水か、それとも豪雨によって出来た水溜りか、それは分からな……あ、いや、なんか地下水っぽいのが権能で分かったので、ひとまず。



「『映し鏡よ、出でよ』」



 鏡を念じて『力』を込めれば、あっという間に光輝く……なんだろう、妙に豪奢というか、アンティークっぽい感じの姿見が眼前に現れた。


 ……とりあえず、考えたところでキリがないので……そう己を納得させた彼女は、改めて己の姿を見て……深々とため息を零した。




 ……まずは、だ。




 鏡に映った己を見て、彼女は改めて今の己がもう人間ではないことを思い知らされる。


 なんていったって、身体がちょっと光っている。眩しいとかそういうのではなく、まるで陽炎のように光が揺らゆらと立ち昇っているような感じだ。


 ただ、見た目の基本は人間の女性のようだ。


 魂(だと、思われる)こそ人間のソレだが、身体は間違いなく超常的。でも、魂が人間のおかげか、身体は人間の女性をベースに構成されているらしい。



 けれども、そんな事よりも気になるのは……女神ボディの信じ難いレベルの美しさとエロスであった。



 なにせ、顔が良い。


 どう表現したら良いのか、彼女(つまり、黒端透)の貧相な語彙(ごい)では語る事が出来ないが……とにかく、良いのだ。


 モデルとして見るなら、あまりの美しさにおおっと立ち止まってしまうぐらいに。


 邪な意味で見るなら、思わず前かがみになってしまいそうな……そんなあやしさを覚えるぐらいに。


 とにかく、顔が良過ぎるあまり、「これが……私、だと?」漫画とかでありそうなセリフを思わず呟いたぐらいであった。



 ……で、顔と同じく、首から下も大概ヤバい。



 手足は細いが、細過ぎるわけでもなく。


 大柄というわけではないが、小柄というわけでもない。


 ただ、とても女性的で好ましいとされている部位が豊満に肉付けされているのに、好ましくないとされている部位はスッキリと捕捉なっている。


 具体的には、胸がデッカイ。尻も、デッカイ。


 誇張抜きで、普通にデッカイ。


 なのに、腰回りは細いし、全体的には痩せて見える。


 今の彼女の小さな手では両手を使ってようやく片方を隠せる(それでも、かなりはみ出る)サイズだ。


 しかも、形も良いように思える。全体的なサイズだけでなく、その頂点に当たる部位も同様に整っているように見える。


 まあそれは、男だった時の感覚で見た感想でしかないが……それはそれ、これはこれ。


 少なくとも、黒端透としての視点で見れば、無言のままに花丸100点をあげたくなるとだけ言っておく。



「……よし」



 そうして、一通り己の身体を確認し終えた彼女は、おもむろに手を上げると。



「『服よ、出でよ』」



 己の裸体を覆い隠す服を作り出したのであった。



 ……。



 ……。



 …………うん、まあ、アレだ。



 女神気分というわけではないが、どうやら無自覚に混乱していたというか、平静になっていなかったようで。


 今頃になって己が裸体のまま動き回っていたことに気付いた彼女は、すぐに衣服を作り出したのであった。



「──うん?」



 ……が、しかし、そこで問題が一つ。



「あれ、なんか……なにこれ、ちっさくない?」



 どういうわけか、作り出した衣服は体格に比べて明らかに小さく、窮屈過ぎて着る事すら困難なサイズであった。



 ──もしかして、イメージしたサイズが小さ過ぎたのだろうか? 



 原因が分からず、彼女は首を傾げる。


 と、いうのも、あくまでもこの『力』は、始めから覚えさせられているモノ。


 例えるなら、車は運転出来てもエンジン内部の構造を正確に理解していないのと似たようなものだ。


 そういうモノだから、そう出来る。


 それに当てはまらない問題は全て、彼女にとっては皆目見当もつかない問題であり……ぶっちゃけ、解決手段なんて1%も思いつかなか──ん? 



『こんにちは、見えておりますか?』


「うぉわ!? びっくりした!!」



 それは、唐突であった。


 唐突に、彼女の目の前に半透明のディスプレイ……目の前に投影されているかのようなリアルな画面が現れると、彼女に向かって文章で話しかけてきた。


 これには、彼女も思わずビックリである。


 なにせ、予兆なんて全く無い。周囲に人の気配はおろか獣の気配すら感じていなかったからこそ、余計に驚いたのであった。



『驚かせてすみません、私は創造神です』



 けれども、どうやら画面の向こうは彼女の動揺に対してあまり気に留めていない……って、創造神? 



「え、あの、創造神様? よく分からないけど、なんか今の私を作ったっぽい創造神さんですか?」

『はい、創造神です』

「あの、文字しか出ていないんですけど、映像とかないんですか?」

『間接的だとしても下手に直視しちゃうと、あなたの魂が耐え切れずに潰れてしまいますので文字だけでご了承ください』

「あ、はい」

『何もかも初めて尽くし、そんなあなたの緊張を和らげるためにも小粋なジョークでも挟みたいところですが、私にはそういうのはよく分からないので、すみません』

「あ、はい、気にしなくていいですよ、はい」



 ──なんか、創造神様って微妙にノリが軽くない? 



 そう思った彼女だが、声にも態度にも絶対に出さない。


 画面越しの文字越しとはいえ、分かる。女神としての本能(有るのか不明)が、これでもかと教えてくれている。



 ──この御方にだけは絶対に逆らってはならない、と。



 と、同時に、女神としての本能が教えてくれる。


 創造神も女神(本家)は『世界』を守るために無慈悲な行動を取るが、だからといって、好きでやっているわけではないことも。


 そうするしかなかったから、したのだ。


 恨む恨まない以前に、それ以外の選択肢が無かった。


 そうしなければ、数多の『世界』を巻き込んで崩壊していたから、それを防ぐ為にやった。


 その中で彼女が選ばれたのは、ただの偶然だ。


 たまたま、選ばれる理由があったから……ただ、それだけ。


 強いて挙げるならば、運が悪かった……それが全てである。


 もちろん、それで全てを受け入れて納得したのかと問われたら、そんなことはないと断言するだろう。


 だが、納得しなかったら状況は変わっていたのかと考えれば、何一つ変わらなかっただろうなと容易に想像出来る。


 だからもう、彼女は創造神たちの行いに対して何かを言うつもりは全くなかった。


 けれども、せめて事前の説明と、短くとも心の整理を付けられる猶予ぐらい与えてほしかったな……とは思った。



『あまり長く時間を掛けていられないので、単刀直入に言うね。既に分かっているけど、あなたは、その世界の管理する女神である』


「は、はい、それは分かっております」


『あまり緊張しなくても大丈夫。基本的にはあなたが、あなたの世界にいるだけで、世界が安定してくれますから』


「え、そうなんですか?」


『うん、そういうふうに出来る、ちょうどいいのが見つからなくて難儀したけど、今のところは上手くいっているみたいだね』


「居るだけで……ちょっと、気が楽になりました」



 ただ、居るだけでいい……そんなので解決するなんて、なんとも楽な話だ。



『そう言ってくれると、気が楽になるよ。とりあえず、500兆年ぐらい経てばあなたが離れても大丈夫なようになるから、それまで頑張ってね』


「はい、わかり──待って、いまなんと?」


『じゃあ、500兆年後に。10兆年ぐらい経った頃に、また連絡するから』


「ちょ、待って、いくらなんでも長すぎでは──ああ、切れた!?」



 いや、訂正しよう……全く楽な話ではなかった。


 相手がどういう存在なのかも頭から吹っ飛んでしまった彼女は、慌てて問い質そうとしたが……遅かった。


 現れた時が突然なら、消える時も突然で……権能を使って回線を繋ごうとしても、手応えが無さ過ぎでどうにも出来なかった。


 ……いや、遅いというよりは、始めから向こうに聞く気がなかったのか……まあ、どちらでもいい。



「……じゅ、10兆年、だと……?」



 とにかく、後に残されたのは。



「……どうしよう、どうやって時間潰そう……女神だし、寝ようと思ったら10兆年ぐらい眠れるかな?」



 目の前に姿を見せた、膨大な時間という難敵を前に……途方に暮れる、女神の姿であった。



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