転生TS女神の神話(非公式)

葛城2号

プロローグ




 生きとし生ける者たちは、知らない。


 この世界には、星の数ほど……いや、それ以上の数の『世界』が存在するということに。



 生きとし生ける者たちは、知らない。


 それらの『世界』を管理する『創造神』と呼ばれる存在と。


 その、創造神を補佐する役割である『女神』たちの存在によって。


 世界は過不足なく均衡が保たれ、原則的には増える事も減る事もせずに全体が護られているということに。



 生きとし生ける者たちは、知らない。


 そうだ、知らないからこそ……誰も気付いてはいなかったし、気付くことなど不可能であった。


 その、膨大ではあるが正確に管理されていた『世界』に……一つだけ、余分な世界が生まれたということに。



 ……余分な世界は、非常に稀なことではあるが、これまでにも何度か生まれてはいた。



 だが、生まれるはずがなかった余分な世界は不安定であり、これまでは一度として安定することなく、そのまま消滅してしまった。


 まあ、それも当然だ。


 世界の数は膨大ではあるが、その数は常に一定。


 システムとして定められており、瞬間的に増減することはあっても、最終的には常に同じ数に戻るようになっている。



 つまり、一つの世界が壊れたりして消滅すれば、新たに一つの世界が生まれて。


 一つの世界が生まれるならば、その前には必ず、一つの世界が消滅しているというわけで。



 その余分な世界も、本来ならば……そのまま自然消滅するものと、創造神や女神も思っていた。




 ──だが、その余分な世界は、消滅しなかった。




 本来ならば消え去るはずだったのに、消滅することなく安定し、一つの世界として固着してしまったのだ。


 それは、けして起こる事がないイレギュラーであった。


 それこそ、これまで無限にも等しい数の、世界が生まれては消えるというサイクルが繰り返されてきた中での、初めてのイレギュラーであった。




 そして、その異常に気付いた創造神と女神たちは……とても困り果ててしまった。




 というのも、事は世界の数がただ増えたという話ではない。


 言うなれば、10個の鉄球がピッタリ入るガラス瓶に、無理やり11個目の鉄球を押し込もうとしているようなものだ。


 入りきらず、ガラス瓶から零れ落ちるだけに終わってくれるならば、万々歳。そのまま、余分な世界だけが消滅するだけに留まるならば、誰も困らない。


 最悪なのは、瓶が崩壊して中身が全て転がり落ちてしまうこと。


 それこそ、無関係な世界を幾つも巻き込んで消滅するか、致命的な損傷を受けて大規模に崩壊してしまう可能性があったからだ。



 だからこそ、なんとかしようと創造神も女神も思ったわけだが……そこで、問題が一つ生じた。



 それは、創造神や女神の『力』が強過ぎて、その余分な世界をどうにかしようとすると……間違いなく、他の世界にまで悪影響を与えてしまうということ。



 ゆえに、創造神と女神は考え……一つの方法を思いついた。



 それは、自分たちがどうにかするのではなく、自分たちの『力』を与えて、『擬似的な神』を作り、その神に、余分に生まれてしまった世界を管理させよう……というものであった。


 とはいえ、事はそう簡単には運ばなかった。


 なにせ、星の数よりも多い世界を管理している創造神と女神が、擬似的とはいえ新たに生み出すことになる神なのだ。


 単純に、その世界で生きるモノを生み出すのではない。


 その世界を管理する存在ともなれば……難しいのだ。


 なにがって、加減が、である。


 必要なのは、その世界だけを管理する神。


 下手に他の世界も管理できるだけの『力』を持つ神を作り出せば、それを切っ掛けにまたイレギュラーな世界が誕生してしまう危険性がある。



 ……とはいえ、分かっていても、難しいモノは難しいのだ。



 創造神や女神にだって、そういうのは有る。でも、投げ出すわけにはいかないので、一生懸命あ~でもない、こ~でもないと、頭を捻って考え……そして、思いついた。



 ──そうだ、数多の世界の中で最も力の器が大きいモノを神にして、管理させよう……と。



 この場合における『器』とは、神としての『力』をどれぐらい溜め込み、発揮できるか……つまりは、神としての素質を持つモノを差す。


 この『器』は、目に見える物ではない。『器』が大きいからといって、ナニカが優れているわけでもない。


 見方を変えれば、指紋のように同じのが一つとしてない……まあ、お尻の痣みたいに有っても無くても問題ない類の素質だ。


 それこそ、ソレが小さかろうが大きかろうが神様以外には何一つ意味も役割も持たないから、数多の世界の者たち誰一人として器という素質には気付いていなかった。


 まあ、気付いたところで得する事も損することもないのだけど……で、だ。


 数多の世界を隅から隅まで探し終えた創造神と女神は……ある、1人の人間の男を選んだ。




 その男は、平凡な人間だった。




 創造神や女神からすれば違いなんてよく分からないが、男が生きてきた世界においては、平凡な男であった。


 いや、どちらかといえば、不器用で……出来は良くない人間であり、人間という名の生物としての能力は、平均より低い方であった。


 けれども、創造神も女神も、そんな事は何一つ問題にしなかった。



 そう、強いとか弱いとか、関係ない。



 ただ、神としての素質……『器』が一番大きかったからという理由が一番重要であり、ほくろの数が一つ二つ多い程度の違いなんて、考える必要性すら覚えなかった。


 なので……さっそく、創造神と女神はその男の魂を世界より引っ張り出して、あらかじめ用意していた『女神の身体』に押し込んだ。


 もちろん、その身体は普通の女神のソレではない。


 創造神たちとは3ランクも4ランクも下回る、低品質。ソシャゲで例えるなら、URキャラとNキャラぐらいには性能が異なるボディである。


 どうしてそのようにしたのかって、それはまあ、魂と身体がなんとか吊り合いを保てる範囲で一番良いのを求めた結果、そうなっただけ。


 言うなれば、原付のエンジンでダンプを動かそうとするようなもの……いや、逆で、ロケットエンジンを使って自転車をぶっ飛ばそうと……まあ、どっちでもいい。


 重要なのは、役割を果たせるかどうか、それに尽きる。


 ゆえに、魂と身体との間に拒絶反応が起きることなく定着したのを確認した後は、件の世界が他の世界へ悪影響を与えないよう色々とやり終えてから……ポイッと、投げ入れた。



 ……。



 ……。



 …………それが、人間の男、『黒端透くろばた・とおる』がまだ人間だった時の……最後の記憶というか、最後の出来事であり。



「…………へ?」



 遠ざかっていた意識がフッと浮上し、ハッと我に返った時にはもう、黒端透は人ではなく……神が作り出した女神として、存在していて。


 目の前に広がるのは、己がつい先程まで暮らしていたビルやらアスファルトやら文明の利器に囲まれた都会の一角……ではなく。


 どこまでも……それはもうどこまでも広大に広がる、自然という言葉がこれでもかと具体化された景色。


 文明の利器おろか……その文明すら全く見られない、景色を……崖の上から見下ろす、そんな場所に黒端透は立っていた。



 己に何が起こったのか、己はどうなってしまったのか。



 誰に言われずとも、黒端透は理解していた。どういうわけか、『ああ、そうだった』という感覚で理解していた。



 己がもう、人間ではないことを。


 己がもう、女神という存在であることを。


 己はもう、どうにもならないのだということを。



 黒端透は、分かってしまっていた。



 その証拠に……無言のままに、視線を下ろした黒端透は……視界を遮る二つの膨らみを、思わず左手で片方を掴む。



 ……欲情とか、そういった感覚は全く無い。



 ただ、見慣れた己の胸を掴んでいるだけ。でけぇなあ……とは思うけど、それ以上の認識は全くない。


 というか、今の己は全裸になっているというのに、その事に無頓着であることに……いや、そもそも、だ。



 ──あ、やっぱり無い。



 感覚的に、無くなっているのは分かっていた。


 けれども、僅かな望みに掛けて手を伸ばし……そこにあったブツではなく、粘膜と思わしき亀裂に左手の指先が触れたのを感じ取った黒端透は……もはや、受け入れるしかなかった。



 しかし、それでも考えてしまう。


 分かっている事を分かっているのに、考えてしまう。


 つまりは、現実逃避でしかない……のだが。



 4回ほど繰り返した後で、ようやく己の右手が握り締めていた紙に気付いた黒端……いや、彼女は。


 その中に記された『これまでの経緯』を、一字とて読み間違えないよう真剣な眼差しで何度も読み返した……後。



「……『木よ、甘い果実よ、実れ』」



 ふと、そう唱えて、己の内より湧き出続ける『力』を使って、己に備わった権能を発動する。


 途端──彼女のすぐ傍の地面より、ぽこんと若草が飛び出した。


 それは、瞬く間に彼女の膝ぐらいへと伸び、腰の位置を超えて、頭上へと……あっという間に、樹齢50年はありそうな樹木へと成長した。


 合わせて、プクッと赤い粒が膨れたかと思えば、それもグングンと大きくなり……あっという間に、リンゴに似た果実を付けた。


 しかも、一つだけではない。パッと見た限り、数十個は実を付けている。


 どうしてそんなに実ったのかって、それは権能を発動する直前、なんの考えもなく沢山の実を付けたリンゴの木をイメージしたからだ。



「……あ、リンゴだ、めっちゃ甘い」



 とりあえず、実っているリンゴを一つむしり取り、一かじり。


 その際、当たり前のようにフワッと空中浮遊した事に気付いたのは、リンゴをかじった直後で……その事に違和感を全く覚えていないことに、彼女は軽く目を瞬かせ。



「……『水よ、清らかな水よ、出でよ』」



 次いで、リンゴの木を生み出した時と同じく、己の内より湧き出る『力』を使い、念じる。


 すると、リンゴの木の隣で、ボコッと地面が盛り上がった。


 それは、一度では止まらず、何度もボコボコっと下から湧き起こるように噴き上がると……数十秒後には、公園の水飲み場のアレが出来上がっていた。


 これまた、どうしてその形になったのか……まあ、言うまでも無く、直前に彼女が想像したのが公園のアレだったから。



「……普通の水道水だ」



 とりあえず、ご丁寧に蛇口まで設置されているので捻ってみれば、普通に水が出た。しかも、透明で無味無臭。


 当たり前だが、水道なんて通ってはいなさそうなのに……え、どうやって? 


 本当に、いったいどうやって、どこから水をくみ出しているのだろうか。


 意味は分かるけれども、まるで意味の分からない状況に彼女は……どうして良いのか分からず、何度も何度もリンゴの木と水飲み場を交互に見比べ……そして。



「……ぬぉぉあああ、ぁぁぁあああ……!!!」



 あまりにも唐突というか、理不尽過ぎる己の現状を完全に理解し……しばしの間、その場に蹲って唸り続けることしか出来なかった。



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