第19話 襲撃
突然、セルとラテスの部屋に爆音が鳴り響いた。
真夜中のため視界は真っ暗であったが、代わりに木材をへし折った時のようなバリバリという音と共に何かをぶつけたような音だった。
「な、なんだ…ギャアアーー!」
セルは眠気まなこのまま、音の原因を探ろうと手探りで横のデーブルを触る。キースから借りた発光する器具があったのである。
そして捻りを回した瞬間、光が部屋を灯したと同時に、目の前に現れたのは、壁から生えた人の生首だった。
既に失神しているらしく、白目を剥いて口をあんぐりと開けている。光の陰影でより恐怖感の増したその顔を目の前に、セルは思わず叫んだのであった。
「あああぁっ…ああーーーっ!」
「セル様、落ち着いてください。この人はまだ死んでません!」
ラテスはこんな時でも冷静で、錯乱するセルを宥めていたが、その刹那に次々と登場する生首にはさすがの恐怖を覚え血の気が引いたのであった。
「まったく、ゴキブリというのはサイズが変わったとこでどうしようもなく不快なのは変わりありませんね」
しかし、それ以上に引いたのはドアから堂々と登場したナーシャの姿だった。その手にはローブごと頭を掴まれズルズルと引きづられる男の姿があった。
見間違えるわけもない、それは昼間に狂人を倒したローブの男だった。
「ナーシャさん、お怪我はないんですか?」
「そうですね。なにか魔法は放とうとしてましたけど、照準とタイミングを失ったら無意味ですからね」
どさりと床に男を捨てたナーシャ、サッサッと服についた埃を払い落としている。その強者たる姿に、セルとラテスはローブの男以上に恐怖を覚えたのであった。
「というか、この人たち…」
「こいつの部下でしょう。金で雇われたごろつき程度のもんでしょうけど」
「いえ、そうじゃなくてですね…」
「ん?…ああ、壁も薄かったですし、死んではいないと思いますよ。たぶん」
「なるほど…」
あの男を以ってしても、この人の足元にも及ばないのか。一体、この人の実力はどれほどのもので、どうやって手に入れた力なのだろう。セルは、強さの秘密よりもナーシャの遍歴が気になった。
「とりあえず、こいつが目を覚ましたら色々聞き出しましょう。十分もあれば洗いざらい話してくれるでしょうし」
それを聞いて、何故か下半身がひゅっとして固まる感覚になったセルとラテスだった。
「大変だ!」
そう叫びながら現れたのはシャルだった。珍しく焦った口ぶりで部屋に入ってくる。
「キースが誘拐された!」
「…は?」
「もう一回言ってもいいですか。…は?」
「いや、だからキースが誘拐されたと…」
「普通あなたでしょう、誘拐されて然るべきなのは。なんであのバカエルフが攫われてるんですか」
(あ、バカエルフってのはもう認定されてるんだ…)
あの襲撃から三十分ほど経った。状況はというと実にあべこべであった。
シャルではなくキースが誘拐され、追及されるはずのナーシャがシャルを詰め、ローブの男は裸一貫で手首を縄で縛られてシャルの隣に吊るされている。
「いや、キースは周辺を警戒してくるって言って外に出たんだ。そのままロープに巻かれて運ばれてくる姿が窓から見えて…」
「自ら安全な私がいる圏内から離れて、攫われるって何を考えているんですか」
「知らん! 私が知りたいわ!」
「んん…」
不毛なやり取りが応酬するなか、吊るされた男がようやく目を覚ます。さあ詰問開始と言わんばかりにナーシャはポキポキと手の骨を鳴らしていたが、そのやる気は無駄骨と終わった。
「あんたたちは…俺は…誰だ」
男は記憶を失っていた。調べると、ロープのポケットから液体の入っていた瓶が見つかった。セルが手で仰ぎながら確認すると甘い匂いが漂った。
薬はあの時と同じ、トキシラズだった。
「まあ、確かに失敗したとなれば命も狙われるからな。記憶を消せば逆に情報が漏れることもないんだし、口封じも必要なくなるわけだ。かつての私もそうしていた。遺体が出ることが一番面倒だからね」
シャルは男の行動を理解して妙に納得していた。
「とりあえず、明日になったらこいつを衛兵に引き渡して、キースの捜索だ。あいつのバックの中に全て入っている訳で、旅どころじゃないからな」
「あの人は面倒事しか起こしませんね。ちょっとお灸を据えないといけませんね」
ナーシャは相当ご立腹のようだ。表情は変わらずとも怒っているのがひしひしと伝わってくる。
「もう一度寝よう、と言いたいところだが…」
シャルは面倒だという表情で入り口を見る。そこには店主が穴から生える生首を見て腰を抜かしている。大騒ぎしていて怒鳴りに来たのだろうが、予想を超えた状況にすっかり驚いてしまったようだった。
「これは、弁償の手続きを明日町役場に行かねばならんか…城に帰ったら財務部からなんと言われるやら…」
行きも帰りも地獄行きの状況に、シャルからは大量のため息が漏れるのであった。
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