第18話 違和感と路地裏

「さて、それでは各自報告と行こうか」


現在は夕刻を過ぎ、宿『魚狂いの猫』に再集合したシャル達は、夕食を済ませ、部屋へと集まった。


キースはバックの中からイスとテーブルと出し、その上に並べたチーズやワイン、果実水などをつまみながら報告会が始まった。


「二人は街をもう一度見に行ったのだろう、なにか気になることはあったかい?」


「…ひとつ、重大な件があります」


「セルのその表情、喜ばしいことではないね」


何かを察したシャルは真剣な眼差しでセルを見た。


「ええ。端的に言えば、何かが怪しいものが出回っています。実は---」



―数時間前―


「…迷ったね」


「…迷いましたね」


昼食を堪能し腹ごなしに街を歩き始めたセルとラテスは、しばらくして途方に暮れていた。


初めは市場を歩き始めたが、街のことでシャルに報告できることがあればと大通りから離れて住宅の並ぶエリアへと足を踏み入れてみたのだ。


無論、土地勘などなく自由気ままに歩いていたが、二人にはある共通点があった。


共に、極度の方向音痴である。


先の集合場所も、何度も同じ場所を通過して困り果てる二人を見兼ねた地元の方が近くまで案内をしてくれたからこそ、辿り着いたのである。人通りが少ない今、すがる藁もない状態であった。


幸い、集合場所の宿は高台にある。更に目につく教会の隣だということで広いところに行けば目印はあるのでなんとなくその方向に向かうことはできる。


しかし、入り組んだ街の中に入ると建物に阻まれ視界も途切れる。結果、二人は完全に迷子になっていた。


「とりあえず、人に聞けばなんとかなるかな?」


「そうですね、地元の方にお聞きしましょう」


ラテスは切れ物ではあった。しかし、得意不得意はある。


その苦手な一つが地理の把握だった。計算、作戦、咄嗟の判断と上手いラテスも、迷路のようになった街の中を行ったり来たりしてしまうのである。


まずは人探しをしようと決まり、適当に歩きながら辺りを見回していると、歩く人が路地の向こうに消える姿を捉えた。


「あっちに人がいた。大通りに出られる道を聞こう!」


二人に一縷の望みが生まれ、後を追いかけようとしたその時だった。


「値上げだと、ふざけた真似してんじゃねぇぞ」


辺りに怒号が響き渡ったのである。


状況の変化に二人は歩みをすぐに止め、物陰に隠れながらその方角をそっと覗き込む。


そこには先ほどのローブを着て姿を隠した男と、もう一人男が立っていた。


随分と殺気立っているようだ。ローブの男を睨みつけながら、がなり声で荒げている。


「こっちだって商売だ。仕方ないんだよ。ここ最近、供給元からの数が減っちまって、今までの額だと採算が合わなくなってるんだ」


「だからって急に足元を見やがって、今すぐ渡せよ。命ほど大事なのはものはねぇだろ?」


フー、フーと息を吐きながら、男は手元にナイフを構えた。その目つきは視点があっておらず、正気でないことがすぐにわかった。


「オーバードーズか、もうこいつは金にはならんな。用済みだ」


その瞬間、男は奇天烈な言葉を叫びながら、ナイフを振り乱してローブの男に襲いかかった。


たじろぐことなく微動だにしないローブの男、やられるかと思われたが、何かをしたのだろう。


「うぎ、がが…」


カランとナイフが地面に落下したと同時に、男は白目を剥き、やがて泡を吹いて倒れた。


この男は、恐ろしい。


セルとラテスは直感から、反対側へと全力で踵を返していた。


どれだけ走ったのか分からないが、限界となり足が止まった頃には二人は大通りへと戻っていた。


青ざめた二人の顔には油汗が吹き出し、ハァハァと息だけが漏れる。


あの男は、明らかに何かの異常をきたしていた。言動、表情、人を殺める躊躇の無さ、どれもが常軌を逸している。


二人にとって初めて感じた恐怖だった。町民出身のラテスでさえ、王城のお膝元という安全な町で過ごしてきたからこそ、あの様な人間は見たことがなかった。





「ふむ、おそらくは何らかの薬物だろうな」


事の経緯を聞いたシャルは考えを巡らせる。


「その男の様子を聞く限りは、薬物は依存度の強い傾向にある効果がありそうだな。他国から持ち込まれたか?」


「監査をすり抜けて持ち込まれた可能性はあるでしょうな」


キースはチーズを頬張りながら、ワインで流し込む。


「気分の高揚、快楽といった効力が強いほど効力が切れた時の波も強いでしょうな。そういった力を持つ草も私は知っておるのですが、殿下、これは少々厄介ですぞ」


「ローブの売人が既に街中に流通させていると考えれば、早々に手を打たなければならないな」


「アズキ」


黙って話を聞いていたナーシャが突然つぶやく。


「アズキ? なんだそれは」


シャルが尋ねるとナーシャは話を続ける。


「王子が港でヨルドさんを助けた時、例の貴族の部下が奥で帳簿を持っていたのを見かけたので一通り中身を拝見させてもらいました」


「いつの間にだ!? 全く気づかなかったぞ?」


「気づかれないことが、盗賊ギルドの仕事には必須ですから。帳簿には普通の貨物ばかりでしたが、その中にアズキと呼ばれるものが入っていました。それも、かなりの積載量です」


「アズキ…とは知っているか? キース」


「ええ、もちろんです。ここから遠方にあたる東方の地域で食べられている豆ですな」


「食材なのか」


「そうです。縁起物や甘味に使われたりしますな。とはいえ、この国では滅多にお目にかかるものではありません。仮に輸入したとしてもこの国ではマイナー過ぎて買う人なぞ数える程度にしかいませんぞ」


「それを山ほど持ってきたのか? …きな臭いな」


「おそらくですが、その中に先程から話題になっている薬を混入させて運び入れているのではないでしょうか?」


ナーシャの表情は変わらない。しかし、思い出したように前を見た。


「看守とやり取りの後、街に入った際に遠目から誰かの視線を感じました。もしかしたら、そのローブの男と関係があるかもしれません」


「既に、我々の存在を察知した者達がいるかもしれないな。ナーシャ、済まないが今夜は警戒を強めておいてくれ。キースは何かあった時の対策を取れるだけとってくれ」


「「承知しました」」


二人は了解し、部屋を出て行った。


「一応、二人にも話しておこう。私たちはあの後、街の役場に向かったのだが---」





「大変にお待たせいたしました。ささ、こちらへ」


背の小さな男性がいそいそと奥からやってきて、シャルたちを向かい入れる。


王族の御前にて緊張しているのだろう。ハンカチで額の汗をさっと拭き、秘書から渡された水を一気に飲み干す。


「シャル様、この度はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」


「うむ、内密に動いている故、この場所での会話は他言無用とさせてもらう。秘書の方、少しの間席を外してもらえますか?」


一礼して部屋を出たことを確認すると、シャルは改めて今回の公務を町長に説明した。


「とりあえず、あの船の責任者はよく見といてくれ。おそらく今後もああいう輩は後を立たないだろうからな。敵発例を見せた方がいい」


「かしこまりました」


「近頃の街と民はどうだ、なにか問題なく過ごせているか?」


シャルがそう言った瞬間、町長は一瞬目線を外す。シャルにはそれがどうにも違和感を感じた。


「今なら私がいる。大きく問題になる前に王家が対応したとなれば咎められることもあるまい。違うか?」


「…さすがは第三王子でいらっしゃいます。実は、このところ病院に妙な患者が運ばれております」


「妙な患者?」


「精神を乱して暴れる患者、何も考えずに無言で虚空を見つめる患者、幻覚を見る患者…人によって症状が異なるもののいずれも精神に関わる症状が見られます。現在は原因を調査中です」


「それは由々しき事態だな…わかった、王家としても調査に入ろう。サッチハマスはこの国にとっても経済の要の一つだ。良からん評判はつかないようにしたい」


「はっ、我々も早急にお調べいたします。何か分かりましたら即座にお知らせをお送りいたします」





「という話を町長から聞いた。十中八九、原因はセル達が見た薬物で間違い無いだろうな」


「その商人が契約した国から持ち込んだのでしょうか?」


「セル、物事は多方面から考えておいた方がいいんだ。その国とはまだ断定できない以上は仮定にしておこう」


「わかりました」


「ちなみに、私も一つ違和感を覚えている。ラテス、君は今回問題を起こした商人が初めて入港をしたと思うかい?」


「いいえ、少なくとも数回は経験があると思います。初めての時に殿下に止められればその様に強くは出られないでしょう。押し通せる自信があったと考えられます」


「だろうな。そこで、私は帰る前に町役場の書類倉庫に足を踏み入れた。ここ数ヶ月の記録を漁ってみたのだが…ないのだよ」


「入港記録、ですか?」


セルの回答に、シャルは頷いた。


「ああ。例の商店の入港記録が一切見当たらないんだ。もちろん初めてだといえば違和感はないが、先にラテスも申したようにそれはないと踏んでいる。ということは」


「記録が何者かにより、消去されている」


「その通りだラテス。点が繋がってきそうだろう。誰かが裏で糸を引いていそうだ」


そんな話をしている間に、キースとナーシャが戻ってきた。明日は調査が始まるということで、今日はお開きにして明日に備えることになった。


そして深夜、事件は幕を開けたのであった。

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