第17話 観光!…観光?
「うまぁーー!」
テーブルに届いた皿に早速手を伸ばすラテスとセルは、早速ホカホカの湯気と共に料理を口へと運んだ。味わう度に2人は目を輝かせる。ラテスは感嘆の声を挙げ、セルは無言のまま目を閉じて旨味を堪能している。美味しさの感じ方も人それぞれだ。
その様子を厨房の奥から一瞥するお爺さんは口元をふっと緩め、またすぐに引き締まった表情に戻ると再びまな板へと目線を戻した。
トントンと素材が刻まれる音、ぐつぐつと鍋の中で奏でられる煮る音。その傍らでフライパンの中で弾ける焼く音。まるでそれぞれが楽器の様に重なり、重奏の様に曲を奏でている様だった。
そんな音には耳もくれず、ただひたすらに食事をしているのが現在の五人だった。
「うん、どれも絶品だな。香辛料と香草の香りが絶妙なバランスを保っている」
「それだけではありませんぞ。この海鮮たちもそれぞれの調理法に合わせて新鮮から熟成を経ている物まで、使い分けております」
シャルとキースも料理の構造を分析しながら料理を堪能している。ナーシャに至ってはもはや黙々と料理を食べているが、そのペースが誰よりも早い。女性でよくあれほど胃に入るものだ。
シャル達のテーブルは料理と飲み物で埋まり置き場がない状態であった。
メニューはなく、基本金額合わせのお任せだと言うことで、事前に金を払うと、お爺さんは「…どんどん出すぜ?」と前掛けや手拭いを頭にキュッと巻く。
メインは魚を使った魚介の料理である。煮付け、焼き、揚げと様々出てくるが、どれもが際どいバランスの香辛料や香草で香り付けされ、一口食べればその美味さたるや、驚きの味であった。また付け合わせを料理に添えることで味と香りに変化が起こり、得も言われぬ感動を生み出していた。
意外にも、店の中は予想と異なり清潔な見た目だった。カウンターは十席あり、テーブルが四台ほど並んでいる。階段を登ると更にニ階もある様だ。
そんな席には常連そうな年老いた人達が数人座り、シャル達の食べっぷりとリアクションにニヤニヤと笑みを浮かべている。
「お、いたいた兄ちゃん達。どうだ、俺の取った魚は最高だろ?」
全員が真剣に食事に向かっていると、声が掛かる。そこには一人の中年男性が立っていた。
「どうも、教えていただいてありがとうございました。まさかこんな絶品にありつけると思いませんでした」
「店の外観と店主以外は最高だからな、ここは」
「うるせぇぞ、ヨルド。いきなり大量の客寄せてきやがって」
厨房からもお爺さんが出て来ると、ニコニコと微笑む中年男性を見てヤレヤレと苦笑いし、言葉を飲み込むと再び厨房へと戻っていった。
「あれ、俺の親父。ホクオって言うんだ」
「お父上でしたか。通りで美味しい海鮮があるわけですね」
「ルー様、お知り合いなのですか?」
セルの疑問に、シャルは頷く。
「さっき出会ったばかりなんだけどな。ちょっと困ってたところを助けたんだよ。そうしたら、この店を紹介してくれたんだ」
「そういうこった。いやぁ、さっきはまじで助かったぜ。あいつらの馬鹿でかい荷物なんか割り込みなんてされたら獲った
「たぶん、初めてこの街に来たんだろうな。郷に行っては郷に従え、この街のルールには従って然るべきだよ」
二人の話をまとめると、シャルはまずこの街の経済の要である港に向かったそうだ。
ここの港には、海から来るものを町へ入れる前に監査と記録をしている。受け口は他国からの商船を受け付ける国外向けと、地元の漁船や商人を対象とした国民向けの二つがある。
基本的にはそれぞれは分かれているのだが、ただ稀に、虚を衝いた入国方法が存在する。
それは街の商人を買収して、そちらから入るという方法だった。他国からの入国手続きは船の物量も多く確認作業にそれなり時間が掛かる。回数を重ね実績を積めば手続きも省略されるが、新しい船がなんてことになれば、下手をすれば半日から数日の待機もあり得る。
だからこそ、地元の商人の物とした上で、入国後に通常価格の数倍高い法外な金額でやり取りを行うのである。
ヨルドは漁を終え、港に戻ると、運悪くその商人達と鉢合わせしてしまったのだった。しがない漁師と大量の荷物を抱えた買収商人、先に着いたとはいえ、その力には勝てず今日の収入は諦めかけたその時だった。
「残念だが、その漁師の方が手続きが早かった。君たちは後だ」
シャルと出会ったのはそんな最中だった。
「では、待っている間に荷物が傷んでしまったら賠償して来るわけだね。あいにくこちらにはそんな荷物が多くあるんだ」
雇われ商人は嫌味な笑みを浮かべながら、無駄に生やした顎鬚を撫でる。
「ならばその帳簿を見せてもらおうか。その前に、お前はどこから来て何を買ったか今ここで洗いざらい言ってもらおうか」
「そ、そんなこと言ってなんの証拠になる」
商人の口が急に辿々しくなる。これはあと一歩と踏んだシャルは、大袈裟に手を左右に広げため息をつく。
「あ〜〜、君の店のことを町長にそっと告げ口でもしておこうかな? 心配だなぁ、きっと過去のやりとりが洗いざらい出て来るだろうなぁ。じゃあ、僕たちは町長のところに向かおうか」
「…在庫の確認を忘れていた。その間だけ待ってやる」
こうして、助けてもらったお礼に美味しい料理屋の情報をヨルドから教えてもらったのであった。ちなみに、商人は言うまでもなく町長に報告する予定で、今後の調査によっては大量の罰金を払うことになるだろう。
「と、まあこんなところだ。その後も街の主要な場所を見て回って、今ここだ」
「…観光しなかったんですか? すみません、僕たち普通に市場とか大通りとか見て回ってしまって」
反省するセルにシャルは笑って返した。
「いや、本来はそれが正解だよ。どうだった、この街は」
「とても活気がありました。新鮮な食材を見て回るのでも面白かったです。知らない種類の食材も沢山ありましたし、屋台とかも多くて誘惑が多かったですけど…ねぇラテス君」
「そうですね、セル様。他にも装飾品や調度品も、使いやすそうな物がたくさんありましたね。加えて街のみなさんも食事処を丁寧に教えてくださいましたし、なんかこう、温かみを感じました」
「そうそう、宿も幾つか教えて頂きましたよ。おすすめの宿はデザートが評判とか」
「そこにしましょう」
即決して言い放ったのは、ナーシャだった。まだ口に物を入れていてもごもごと聞き取りにくかったが、目の爛々とした輝きを見る限り、意味はなんとなくわかった。
「あともう一つ、街の観光案内所にも行ってきました。その隣に仕事の斡旋所もあって、興味本位で行ってはみたのですが…」
「断られましたか、この国では仕事の斡旋は十八歳以上と決められていますからな」
キースは熱い茶を啜る。見た目は若いが、持ち方や飲む所作は老年の様であった。
「ええ、まあそれは当たり前なのですが、ラテス君がなんか違和感があったみたいで…」
「ん、そうなのかラテス?」
シャルの声かけに、ラテスは少し考えながら、口を開く。
「それがですね…斡旋所の受付の方は若い男性だったのですが、その方がどうにも並の冒険者より強い気がするんですよ」
「それは…妙だな」
「ええ、体幹を鍛えた人の姿勢でしたし、服に隠れても筋肉が発達していました。そして目つきや言動も冷静でした。元冒険者…? にしても、相当に実践経験のありそうな方でした」
「…そんな奴が受け付けやってんのか? 普通に冒険者をした方が良いのでは…」
「だから僕も違和感を感じたんです。まあ、普通に僕の勘違いってこともあるかもしれませんが」
「ふむ。まぁとにかく、街の情報は集まったから、この後は町役場の町長に会ってくる。二人は引き続き、街を散策でもするといい。場所はそのデザートが美味い宿にでもするか。そこで夕方に落ち合おう。二人部屋と三人部屋を取っておいてくれ」
「了解しました」
この後の行動が決まる中、ナーシャは厨房に向かってデザートを要求した。あるわけねぇだろと言ったシャルの考えは裏切られ、お爺さんが作ったとは思えないフルーツたっぷりの映えるパフェが出てきたのだった。
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