第2幕 蔓延る薬

第16話 暗躍

「ボス、変な奴らが街に入ったって連絡が入ってますよ」


太陽が傾き始め、虹色の空は全てが混ざり黒く染まり始めた頃、一人の男がそっと告げた。


部屋の中にはベットと椅子だけと殺風景で、気だるそうに横になっていた男が腰を上げる。


「仕事も終わって一息ついてたってのに…そいつら本当に利益になるんだな? どうでもいい情報だったら報告した奴を一発どついてやる」


いかにも恨めしそうに言いながら、男はその声の方に視線を向ける。


「んで、変な奴らってのは?」


「五人組の旅の人間なんですが、妙にガックリと頭を下げて街に入って来たようです。看守に止められたようですが、何かを耳打ちされるとその看守、顔が青ざめてすぐ退いたようなんですよ」


「んなもん、どっかの貴族かなんかだろ。看守が新人で知らなかっただけじゃねぇか?」


「私もそう思いましたがね、ちょっと様子だけ見てきたんですよ。ただ、明らかにおかしい奴が2人いまして」


「…お前が妙と感じたのか、どんな様子だ?」


「一人は付き人の女です。メイド服を身にまとっていますがね。遠目からちらっと視線を向けただけだってのに一瞬で睨み返してきた。あれは並大抵の実力じゃない。相当な手練ですよ」


「…この町で実力が五本指に入るお前がそう感じるのか。確かに違和感があるな。もう一人は?」


「それが、二手に分かれたんで部下につけさせていたんですがね、見たって言うんですよ」


「何を?」


「耳を」


「おいおい、耳なんざ誰でも生えてるだろ。そこらのウサギでもネズミでもあんじゃねぇかよ」


「それが、尖ってたって言うんですよ」


「…エルフだと言いたいのか?」


その瞬間、男の動きが止まる。眼光は鋭くなり、声のトーンが急に落ちた。


「おそらくは。私が直接視認した訳ではないんで確証はありませんが、そのメイドとエルフが守る一向、きな臭く思いませんか?」


「あぁ、プンプンと臭って来たぜ。おい、そいつら今はどこにいんだ?」


「現在は再び合流して宿屋にいるようです。南ブロックの通りにある"魚狂いの猫"に泊まってますよ」


「…善は急げってな。おい、緊急だがあいつらを呼んできてくれ。報酬は多めに出すって言えば飛んでくるだろ」


「承知でボス」


そう返すと共に暗がりの気配が消える。相変わらず仕事も情報も早い男だ。


「やっと見つけたぜ、エルフ。俺とお前の命に代えても、悲願を果たさせてもらう」


男は先程とは打って変わって、勢いよく立ち上がると、別との横に立てかけてあった剣を手に取り、肩慣らしに素振りを一度すると、腰の鞘に納め、いそいそとその部屋を後にしたのだった。





「それにしてもあの看守、勢いよく止めた上に強い態度とっちゃったもんだから紋章を見た時は焦ってましたなぁ!」


「…性悪クソエルフが」


「はっはー! あなたに何を言われても全てブーメランですからな、痛くも痒くもありませんわ!」


「…頼むからもう少しだけ、凹んでいてほしいのだが」


シャルとキースの無駄なやり取りの攻防が繰り広げられる中、一向は最初の街、サッチハマスへと足を踏み入れた。


ナーシャから容赦ないパンチラインを叩き込まれ、黙々と歩き続けたセル達は誰が見ても怪しいのだから、もちろん怪しいと看守に止められ、詰問された訳だが、こっそりと王族の紋章をちらつかせると反対に看守が泡を吹いて倒れたのであった。


土下座に加え、自害の代わりに家族は勘弁をと許しを乞いながら首元にナイフを運ぶ看守の隊長を必死に引き留め、口止めで全て不問にするという約束を取り付けるまでしばらくかかり、街に入る頃には更にげっそりした一団であったが、なぜかナーシャは涼しい顔を崩さず、そしてなぜか人の不幸を吸って元気になったキースは復活を果たしていたのだった。


「やはり、お前もセルに頼んでそのねじ曲がった性格を治した方がいいんじゃないか?」


「…果たしてこの膨大な時を得て形成された私に効きますかな?」


「もう効かなくて良いから、黙っててくれ…」


ここまでにした口喧嘩バトル、第20回目を制したのはキースのようだった。全員のめんどくさい男だなという視線は無視して、キースは街を眺めながら楽しそうに口を開いた。


「まあそれはさておき、みなさんはサッチハマスのことはご存知ですかな?」


「オスラ王国の中でも有数の商業の街ですよね。金銭の動きに関しては王都に並ぶのでは?」


「その通りだラテス君。では、その中でも経済を回しているのは何かね?」


「船による同盟国との貿易ですか」


「その通りだセル殿。現在オスラ王国は隣国と海を隔てた国を含め、5つの国と貿易同盟を結んでいる。その結果、他国から新鮮なスパイスが手に入る利点から、この街の料理はスパイスを多用した複雑な香りと味わいの料理が多い。王城の格式ばった広がりのない料理とは異なり、隣町にありながら料理の幅は驚きの連続でしょう。まずは料理を楽しみながら、街を知ることとしましょう」


「そろそろ昼飯時だし、二手に分かれて美味い料理家の情報収集といこうか。町長に会う前に色々と民の声も聞いておきたい」


シャルの提案で、シャルと護衛役のナーシャ・キースの班、セルとラテスの班にそれぞれ分かれ、街の散策をすることとなった。


そうして一時間後、再び同じ場所に集まった一同は地元民おすすめの穴場料理屋へと向かったのだった。


「これは…料理屋ですよね? というか、入って大丈夫なんですよね?」


ラテスは店の外観を見ながらジリジリと足を後ろに運ぶ。どうみても怖じけているようだ。


「まあ、そう言われるのも無理ないよな」


シャルは困った様子でラテスから外観へと顔を向ける。


目の前にひっそりと佇んでいる建物は、壁中を植物の蔓が覆い、築年数も随分と経っているようなボロボロ状態だった。尚且つ、ドア一つがあり、食事所と思わせる物は一切ない。


本当に店なのだろうかと疑う余地のない見た目なのだった。


「うーん、地元の者が美味いものを食いたいならと教えてくれたんだ」


「騙されてません? むしろ何かの取引に使われてそうな…」


ラテスは眉間に皺を寄せながら、入店反対の声を挙げる。無理もない、誰もが進んでいこうとは思わない外見なのだから。


「なんだ、お前たち。突っ立ってるなよ」


不意に後ろから声が掛かる。振り向いた先には渋い面立ちのお爺さんが立っていた。


「ここはお前らが入るような場所じゃねぇ、帰りな」


「ここは食事所なのだろう? 頼む、腹が減っているんだ。街であった漁師がここが絶品だと教えてくれたんだよ」


その話を聞いたお爺さんは考えていたのか無言だったが、やがて「付いてきな」と一言つぶやいて歩き出した。


そうして、一向は店へと入っていったのであった。

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