第15話 韻でも踏もうか

「これうまいな、なんだこれ? 凄く食感が良いな」


「それは殿下、スライムですが?」


「ブッ!?」


 あれから数時間後、仮眠を終えたセル達は食事についていた。下処理の後からじっくりコツコツと煮込んでいたというアーマーベアの煮込みと共にパンやハーブ水を飲みながら、優雅な朝食を楽しんでいたというのに、唐突にシャルの口から物を吹き出す音が辺りに響いた。


「お前、またやったな? あれほど変な食材の時は先に言っておけと何度言ったら...」


 シャルは怒りながら、ズボンにかかった吐き出した物を拭い取っている。吹き出すにしても下を向いて他の食事にかからない様にする、下品なのだか上品なのだか分からないが、王家たる品格さは感じられた。


「解せませんな。今食べてるアーマーベアも魔物ですぞ? 違いはありませんよ」


「全ての生き物が美味しく、かつ気持ちよく食えるわけじゃねぇ!」


 シャルの怒号が草原の風に乗って飛んでいきそうだ。その間もナーシャは黙々と肉をナイフで切っては口に運び、ラテスは元スライムをフォークで刺して持ち上げまじまじといる。


「はっ、殿下の好みなどいちいち覚えていられませんな!」


「はーそうかい、それならズボラエルフにもわかる様に指定してやる。まず虫類とその派生の魔物は禁止だ。そして魚以外の海産物と四肢のない陸上生物は全員に要相談の上での調理だ、いいな!」


「同じ物を食べてばかりで食の多様性もへったくれもありませんな。ええ良いですとも。味の分からぬ殿下には全て塩胡椒のローストで提供してあげましょうぞ」


「嫌がらせかよクソエルフ!」


「性悪の性格が抜けたついでに言葉の学も抜けましたな殿下ァ!」


 ヒートアップする2人の言葉が激しさを増す。この二人は本当に教師と生徒の間からなのだろうか、そして仲が良いのかそうでないのか、もはやセルには分からないことであった。


 数分の言葉の殴り合いの末、両者が息切れたことで辺りはハアハアと呼吸と食事の音のみとなった。そのタイミングに合わせてか、ラテスは質問を始める。


「そもそも、スライムって食べられるんですね」


「スライムは、クラゲの近縁種ですからな」


「クラゲって...海のですか!?」


 ラテスは驚きのあまり再び手に持ったフォークの先を見つめた。


「うむ。意外とみんな勘違いしているが、スライムは魔物化したヒドロ虫が上陸した生き物なのですよ。だから生態的にはクラゲに近い」


「それがどうやって進化してスライムに…?」


「空気にも魔素が含まれるように、川にも魔素は含まれている。魔物化したヒドロ虫が群体を築けば淡水でも生きられるだろうし、それらがやがて魔素を媒介に地上に出てもおかしくはないだろう。スライムのコアの部分こそ最初に作られる場所で、そこから部位ごとに分かれながら形成されるわけです。と、これは以前セル殿には説明しましたな」


 1日を共にして、キースのウンチクの幅が多岐に渡ることにセルは驚いた。エルフという種族は知識に長けるとは耳にしたことがあるが、まさに色んなことを知っているようだ。


「基本は水辺を好んで生息しているが、野生の環境はなかなか甘くはない。捕食者もいるだろう。そこでだ、街の近くにスライムはよく出ないかい?」


「まあ確かに毒スライム系以外は割と人畜無害でそこらへんにいるな」


 シャルは話が変わり気を取り直したようで、再び席へと着く。千切ったまま置いたままのパンを口にパッと放り込む。


「人もスライムも水がなければ体を保つことが出来ない。つまりは生の共通項があるのです。おまけに二酸化炭素を排出する人や畜産物とは共存関係になります。故にこちらから攻撃しなければ襲ってくることのない、町の近くにいる割と身近な魔物になった訳です。まあ通常の動物はもちろん、魔物とも生態は大きく異なりますな。魔物の中でも代表的で異端な存在ですな」


「ただそこらへんにいる訳じゃないんだな」


「人間との共存はある意味、合理的と言うわけです。その上、自身の脅威は人間にも脅威なので排除してくれますからな。まあ、たまに分裂し過ぎて問題になることはありますが。それはさておき、お出している部分は表面の皮を湯むきして中の別の部位をくり抜いて薄切りにした状態ですな」


「湯むき...トマトかよ」


 シャルのツッコミに笑い声が溢れた。意外にも王族であるシャルがそういったことを知っていたのは、やはりその幼き頃の乳母の影響なのだろうなとセルは思った。


「スライムは物を溶かして食べるため、水溶性のエネルギーを吸収します。そのため地形の毒を蓄積したりもしますが、反対に茹でると水に出ていってしまうので、常に毒素を吸収するような環境でもない限りは可食出来ます。まあ無味で食感だけが良いので、味付けして出すのが良いですな。こうしてサラダの上に乗せたりですな」


「スライム...意外と有用な生き物なのかもしれませんね」


「ラテス君の言う通りです。まあ、殿下のように人は食べ物とは認識してないみたいですがね」


 こうした会話を続けながら、食事の時間を終え、テントを片付けた一向は再び出発した。


「残念なことに馬が逃げてしまったが、次の街までは2時間も歩けば着くだろう。そして、まずは風呂と観光だな」


 シャルの言葉に全員の士気が上がる。特にナーシャは一瞬目がキランと輝いた。やはり、汗を流せることは嬉しいのだろう。


「次の街は国内でも有数の商業の街で、城下町と肩を並べるほどです。馬の調達も上手く行くでしょう。それまでの辛抱ですな」


「今のところは嫌な気配も特に感じません。問題ないでしょう」


「うむ、それじゃあみんな、参ろうか」


 そうして次の商業の街、サッチハマスへと向かったのであった。





 ...で、終わればよかったのだ。


 その出来事は突然に起こったのである。


「暇だな、韻でも踏もうか」


 歩き始めてから30分ほどが経ったある時、唐突にキースがそんなことを呟いたのである。もちろん、なんのことだか分からない他の者達は首を傾げた。


「韻、とはなんですか?」


「ふむ、昔訪れた国の言葉遊びでな。母音が同様の二つの単語を使いながら文章を作るんだ。更に文末も同じだとなお良かったりする。そうだな...殿下の天下に天罰が下ってんだ、と言ったところかな」


「なるほどな、それは私への不平不満かい?」


「いえいえ殿下、例えですから。そうくさくさせずに」


「私が変わる前でも、イライラの原因の1割は常にお前だったよ...」


「はっは!、こればかりは性格なので直りませんな!」


「セルに矯正してもらえクソエルフ! はぁ...」


 シャルのため息は大きい。不憫に感じたセルは彼に優しくあろうと改めて思ったのだった。


「というか何故、唐突にそんな遊びを?」


「なにを仰いますか殿下、昨日からちょこちょこ踏んでいるじゃないですか?」


「本当か!? どこでだ?」


「まあ、会話の度にそこそこ踏んでいたので、どことはまた言いにくいですな」


「なんてこった」


 シャルは呆れながらも、会話をしながら遊んでいた師に驚いていたようだ。


「ではみなさん、適当に話しながら踏んでいきましょうか」


 そう言ったと同時に、セルの口から思わずあくびが出た。仮眠をとったとはいえ、眠いことは事実で、起きなければと言う思いがあくびとなったのだろう。それを見ていたキースは閃いたようだ。


「ではで踏んで行こうか。本来は会話の中で韻も変わっていくのですが、今日は練習ですから、会話でもしながら同じワードでとりあえず踏んでみましょう。ささ、どんどん者は話してくれ!」


 こうして彼の馬鹿でかい声と共に韻を踏む遊びが始まった。


「まあ、こいつのなとこも、また良さなんだ。みんな付き合ってくれ」


「殿下、早速行きますなぁ。つまらぬとせずに旅の踏むようになると楽しいですぞ」


 2人はお互いを見てニヤリと笑う。既に熱が入っているようだ。その間、ナーシャは黙々と足を進め、セルはあたふたとしながら考えている。


「まあ国を離れ」


現実が常に、ながら希望を民たちは思いを咲かせ価値を知りたもうなり、けり」


 シャルの言葉を切ってそう口にしたのはラテスだった。


 その文体が凄まじく高度だったことに気づいたキースはまさかと驚嘆しやられたなと苦笑いしていたが、他の三人はこいつ何を言っているんだ?という表情で眉をひそめていた。


「やはり、君は頭の回転が回りますな。ところでさっきの言葉は確か東洋の...随分と国の言葉遣いでは?」


「ええ、王国の図書館で文献を見つけまして。最近ハマってしまいました。『大伴の見つとは言はじ照れる月夜に直に逢へりとも』。いやぁ、叙情的で良いですよねぇ!」


「ふむ、あの国は島国が故に独特の文化を育てていますからなぁ。私もまだ行ったことのない国なので、いつか共に訪れたい物ですな!」


「ぜひとも!」


 2人は固い握手を交わし熱い視線を送り合っている。


 この無駄な熱量はあれだ、昔父がこっそり連れて行ってくれた街の飲み屋で看板娘に視線を注ぐおじさんたちと同じだと、セルはその情景を思い出した。


 その後も、お題の韻を踏みながら歩くメンバーも、次第に言葉の韻を踏むことになれ、すっかり面白さを感じるほどにはなっていた。


「自分のこの能力、もっとです」


「うむ、セル君らしい前向きな韻だなね。...と、ナーシャさん、君もそろそろ一つ踏んでみては?」


「...そうですね」


 まだ一言も発さず歩き続けているナーシャに、キースは話を振った。空を見ながら考えるナーシャ。意外にもこういうのに付き合ってくれるんだなとセルは感じ、他の男共もワクワクとした眼差しを向けていた。


「全員うるさいから、しばらく?」


 それからの一時間は誰も何も発することなく、ナーシャ以外全員は黙々と地面を見ながら歩き続けたのであった。


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