第11話 魔物と魔道具
「よし、今日はここら辺にしよう。キースにナーシャ、どうだい?」
もう少しで夕刻となる時間帯、まだ日は明るいがシャルは全体に止まる合図を送り、開けた草原の近くでそう尋ねた。
「うむ、食事の準備は問題ないぞ。向こうに森もあるし、調達も問題ない」
「開けた場所なのは警備上良いですね。距離があるといっても森に囲まれているのは少し気になりますが…まあ、負の感情の察知は得意ですので対応可能でしょう」
「よし、聞いてくれ。…ここを、野宿地とする」
こうして初日の移動は終了となった。
キースが例のバックから様々なパーツを次々と引きずり出してゆく。何度見ても小さな口から出てきた物が瞬時に元の大きさに戻るのは異様である。ちなみに、中を覗き込むとバックの裏地が見えていて、空っぽに見える。そこにキースが腕を入れると口を境目に腕がなくなるのである。不思議に見ていると、キースは「魔力が詰まってるから、透明に見えるんだろうな」と解説をしてくれた。
最後に各自の荷物が出された後、キースは弓を手に取るとセルに目を合わせた。
「では、食料の調達に行ってくる。殿下とラテス君とナーシャさんは組み立て、セル殿は私と一緒に狩りの手伝いを頼みたい」
「…私は組み立て方を存じませんが」
「大丈夫だ、それの組み立ては殿下に叩き込んである」
キースがそういうと、シャルは自信を持って頷く。グッと握り拳を作り胸近くまで上げ、笑った口からは白い歯がキランと光っている。自分がしでかした事とはいえ、キャラクターがすっかり変わってしまったなと改めて感じたセルであった。
「ああ、任せてくれ。2人が戻ってくる頃には快適に過ごせるようにしておくよ」
「お願いします。今後はラテス君と交代で狩りに出かけよう。セル殿、参りますよ」
「あっ、はい」
二人は一向から離れ、街道を突き抜けるとそのまま森の茂みへと入っていく。坂のアップダウンを繰り返しつつ進んでいくと、キースから止まれの合図が送られる。
「ここからは基本、静かに行こう。これを着てくれ」
差し出されたのは透明な服だった。ペラペラで半透明なその服は、ボタンがつけられ全身をすっぽりと覆えるようになっている。頭部と腕には別パーツのが縫い付けられており、どちらももすっぽりと覆えるよう大きいサイズになっている。
雨も降っていないし、これはなんだろう…と考えるながら着るセルに対し、キースは周辺を注視しながら答える。
「これはスライムの皮膜を加工して縫い合わせた物だ」
「スライムですか!?」
セルは驚きながら、身に纏ったスライムの服をまじまじと見ている。
「ああ、スライムは核があるとか巷では言われているが、実のところヒドロ虫に近い生態を持っている」
「ヒドロ虫…虫なんですか?」
「ああ、それらの集合体がそれぞれのパーツを形成して、役割を果たすことで形を成しているんだ。本来は海にいる生物なんだが、魔素を受けた個体が陸に上がったことで魔物に変化したんだ。核と言われる部分は全体に指示を出す部位で、まぁ人間でいう脳、王国における貴族みたいなとこだな。協力できてないところは全く違うが」
「ハハッ、そうかもしれないですね」
ブラックな例えにセルは苦笑いしながらも、話を続ける。
「しかし驚きましたよ、まさかスライムとは。でもどうして?」
「うむ、狩りにおいて大事なことは人間の痕跡を消す事でね。動物は匂いに敏感でそのままなら数キロ先でも君がいることに気がつくこともある」
「なるほど、だからこれを着ることでそれが抑えられるんですね」
「そういうことだ。見ていてくれ」
キースはセルの肩にそっと手を置くと、魔力を流し込んだ。すると半透明だったスライムの服は一瞬にして透明になり、さらに全身にフィットするようにキュッと縮まったのである。顔も髪も張り付かれ、呼吸が出来ないと一瞬困ったセルであったが、普通に呼吸できることに気がついた。
「驚いただろう。これがスライムの特徴でね。彼らは二酸化炭素という、哺乳類の息の成分なんかを吸うことで生きているんだ。正確にはそれを取り込み、体内で水と魔素や太陽光と混ぜてエネルギーを確保し酸素は排出すると。その副産物で透明に透ける特徴を持っている。更には音を遮断したり、匂いも抑え込んでくれる。つまり?」
「この服は視界以外の人の特徴を暗ませられる」
「その通りだ。…その代償としてこちらの視界は割ととんでもないとこになるんだがな」
「それは一体?」
「まあそれはさて置き…スライムは普段、二酸化炭素を貯めると、川の上流に行き光合成を繰り返して生きているんだ」
「スライムってそんな不思議な生き物だったんですね。よく考えたことなかったです。身近過ぎて」
「うむ、面白い物だよ。実に研究しがいがある。…さてと、セル殿は向こうに一本の筋が見えるのがわかるかい? あれが獣道といって、野生の生き物が通る道なんだ。あそこにこれをまとめて置いてきてくれ」
渡された固形物を受け取り、セルは獣道へと足を踏み入れ1箇所にまとめて餌を置いてきた。しかし、戻ってくるとキースの姿は見られない。
「あれ、さっきここに…」
「隣にいるよ」
「うわっ!」
声がしたと思った刹那、キースはすぐ横にいて腰を下ろしていた。なにやらニヤニヤと笑みを浮かべている。
「これが、私は服はいらない理由だね。魔力を高密度にまとって存在を消すことができる。エルフの能力なんだ。どうだい、凄いだろう」
「…まさか、驚かせるためだけに僕を行かせたんですか」
この半日ほどで、セルはなんとなくキースのことを理解し始めた。様々な面にて博識ではあるが、人を驚かせるのが好きな様だ。ジトっとした目線に悪がる様子もなく、ハッハと笑っている。今後は少し気をつけようと心に誓った。
「さて、そろそろ何かしら動物も匂いに気づき始めるだろう。あれは私特製のペレットでね。草食動物なら誘発されるに間違いない成分を入れてあるから、少しすれば何か来るだろう」
三十分ほどして、変化が訪れた。突然、地面が盛り上がり、そこから何かの動物が出てきたのである。
それはセルが仕掛けたエサへと近づいていく。警戒しているのか、直ぐには食べないが、辺りを見て警戒を解くと食べ始めた。
食べ始めと同時にキースが視界に現れる。姿を隠すのを解除したようだ。背の弓を手に持ち、弓を構えて狙いを定めるとギリギリと弓が鳴り、セルも固唾を飲んで見守っている。
放った矢がもう直ぐ当たるという時、その動物は察知した様で、振り返ると共に腕を振り払い矢を弾いた。バレたかセルは思ったが、弾かれた矢は唐突に旋回し、動物の首を貫通したのであった。バタンと倒れた動物が動かなくなるのを遠目で見ていたキースは、スッと立ち上がると側へと向かっていった。
「これは…妙だな」
セルが追いついた時、キースはその動物を見ながら眉をひそめていた。
「随分と大きいウサギですね」
それは小鹿ほどの大きさのウサギであった。ただ一つ、大きく異なるのは異常に発達した爪の鋭さだった。爪というより、刃物と表現した方が近いだろう。
「これはリッパーラビットという魔物だ」
「魔物…初めて見ました。この辺りでは魔物ではなく野生動物が主に生息すると聞いたことがありますが」
「よく勉強しているね、その通り。このリッパーラビットは通常ならもっと山の奥にいる存在だ。なにせお構いなしに目の前の物を切り刻もうとするからね。交戦的だから街道周辺で出現したともなればすぐさまに討伐依頼が舞い込むのだがね...食量を求めて降りてきたのか?」
キースは考えを巡らせていたが、先に戻ることを優先したのだろう。矢を引っこ抜き、リッパーラビットに一度手を合わせると、その場で血抜きを始めた。見よう見まねでセルも手を合わせる。
「我々は日々、何かの命を奪いそれを糧に生きている。だからこそ、殺めた物を最大限に活かし、弔う気持ちが大切なんだ。狩りとはそういうものだよ。よく覚えておきなさい」
「はい」
「とにかく、今日は早めに戻ろう。そろそろ向こうも住まいが出来上がった頃だろうから、丁度良いだろう」
こうして血を抜いた動物をバックへとしまうと、帰路へと着いた。
「あの矢には私の風魔法が付属されていてね。糸のような魔力が私の指から供給されていて推進力を自由に変えられる。つまり遠隔操作できるんだ。といっても、距離は高が知れているがね」
「にしても驚きました。まさか魔法はあれほど応用が聞く物だとは」
来た道の上がり下りを繰り返し戻りながら、二人は魔法を主題にして会話が続いた。
「そうだな。実はもっと活用できる方法も多い。魔道具への応用だ。セル殿は、王城にある明かり台を知っているかい?」
「いいえ、存じません。我がミュール家では基本蝋燭を使っていますので、、、」
「うむ、成果はきっちりと上げているのにお勤め貴族というのはなかなか恵まれないな。旅を終え、王都に戻ったら王にもこっそり口添えしてあげよう」
「国王様と親密なのですか?」
「まあ、殿下の家庭教師だからな。ある程度は関わりもある。それよりも、王城の明かり台は特別な道具でね。魔素を自動で吸収して明かりを発生させる仕組みを仕込んで、夜でも明かりを灯せるようにしてあるんだ。警備の関係もあってね」
「そんなことが可能なんですか! ラテス君なら目を輝かせそうな話ですね」
「ははは、間違いないな。私の知り合いがそういった道具を作る施設に勤めていてね。生産コストがバカみたいだから、量産はまだまだだが、これからはそういったものが庶民の生活にも根付いていくだろうな。実際、王城や侯爵・辺境伯辺りは食べ物を保存する冷凍箱を持っているんじゃないかな」
「またさらっととんでもない物を教えますね。それ、相当価値があるのでは?」
「まあ、貴族の邸宅が建つくらいの値段はするだろうな。しかし、あとは定期的なメンテナンスだけで済むからな。便利さを考えれば安いものさ」
そんな話をしながら、山の麓が見え始め、草原の中央に小さい影と小屋が見えた。森に入るワクワクはあったが、やはり人の生活が見える場所に来ると安心してしまうのは不思議なものだった。
「ひぎっ、腹、腹がっ…くっくっく…」
「…ぷっ」
帰ってくるなり、それはもう酷かった。
シャルは腹を抱え、痛がりながらもまだ笑っていて、ナーシャは顔は無表情だが口から息が漏れ出ている。というか、太もも辺りをスカートごと思いっきりつねっている。ラテスに至っては笑いすぎて気絶していた。口から涎を垂らして地面に横たわっていた。
初めはなぜ笑われているのかがわからなかったが、段々と状況が飲み込めてきた。不意にキースが言った言葉が蘇ったのである。
(その代償として、こちらの視界は割ととんでもないとこになるんだがな)
セルは自分のバックから手鏡を取り出すと顔に向ける。そこには顔面の皮膚が外側に向かって引っ張られ、髪もぺたっと押しつぶされた肉団子の様な自分が写っていた。"こちらの視界"という意味がようやく理解できた。
「説明が遅くなったが、その服は魔力を流した時だけ皮膚に張り付いてしまうんだ。縮むから全身が引っ張られるのだが、スライムの作用なんだろうな。着ている本人にはあんまりその感覚がない。
「…キースさん」
「しかし、良い顔だなぁ」
その一言を吐くと同時にキースは一目散に走り始める。それと同時にセルも怒りの形相で追いかけ始めた。その姿にシャルとナーシャも同時に顔を地面に突っ伏してビクビクと震えるのであった。
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