第10話 魔法と適正

「よし、大丈夫だ、みんな上がってきてくれ」


街道から少し離れた位置にある、古びた木こりの小屋の薪置き場、その奥側の床が開かれると共にシャルの目が現れる。キョロキョロと周囲を入念に見回し、人気がないことを確認すると下に向かってそう言った。


全員が上がってくると床を元に戻し、服の汚れを軽く叩いて取る。


あれから随分と右に左にと曲がり歩き続け、街を出るまでに通常よりも倍の時間がかかってしまった。なんでもトラップも仕掛けてあるそうで、このルートを熟知しているのは王家の者とさっきの研師の男らしい。彼は兼業でこの地下道のメンテナンスも行なっているそうだ。


「反対側の丘に馬小屋があってな、そこに馬が繋いである。乗っていけば隣のサッチハマスの街まで夕方には着けるのだが、まあ今日は初日だ。急ぐこともないし、安全な場所で野営でもしよう」


それぞれの自己紹介を終え、シャル達は反対の丘へ向いそれぞれ馬に乗った。乗馬経験があるのは三人、そこでセルの後ろにナーシャ、キースの後ろにラテス、シャルは一人でというグループとなった。


「しかし、驚きました。まさか荷物がないだけでこんなに楽だなんて」


ラテスは馬に揺られながら、目の前のキースに声をかける。


「全くですな。まあ、これは特殊な例なので他の者が同様とはいきませんが」


そう言いながら、キースは肩から斜めにかけたバックをポンと叩く。城前から移動する時、彼は任意で荷物を一手に引き受けたのである。


重量もあるパンパンの荷物をどうやったのか。


それはシンプルで、バックに入れたのである。


その光景は衝撃で、まさに蛇が動物を飲み込むかの如く、小さな口から吸い付いてゴクンと飲み込むのである。あまり他人に見られるのは良くないとのことで草陰で行ったが、異様な光景なのは変わりなかった。


「しかし、どうなってるんですかね、そのバックの中。ジャンルとしては特殊魔法によるものでしょけど、ということは、キースさんの能力?」


「君はなかなか利口だね、ラテス君。では解説してあげよう」


キースは前を向きながらも会話を続ける。


「これは私の能力ではないんだ。バックに魔法の力を付与したというのが正しいかな。そして魔力を常に空気中から吸収しているから、魔力切れもない。仮にない場所でも貯めた魔力が受動供給される。優れものだろう?」


「なるほど、かなり複雑な術式が組み込まれていそうですね。でもどうやって…」


手で口を塞ぎ、ラテスは思考を巡らせている。頭の良い彼のことだ、仕組みを解明したいのだろう。


「といっても、私もよくわからない」


キースの衝撃発言にラテスは目を向いて驚いていた。


「これはロストアイテムと言ってね。いつの時代に作られたかは不明なのだが、私は見つけて使い方を知っただけでね。といっても魔法構築の方向性の検討はついているんだ、あくまで憶測の域だがね」


「ぜひ、聞かせてください」


ラテスの目の輝きが止まらない。知識欲が多いのだなとセルは感じながら、共に説明を聞く。


「簡単なところで例えるならば、圧縮と広がりが関係していると思われる」


「圧縮、ですか?」


「うむ、おそらくこのバックに入れた物は圧縮を受け、大きさを失うのだと思う。つまりはサイズを変更できるということだ。ならばバックに入れば限りなく小さくなり、出す時には元の体積を得られる、つまりは増幅できると言うことだ。本来その物を保つためのエネルギーが限りなく小さくなる上にバックの中は真空状態を保つことが出来るようだ。詰まるところ、バックにしまった時に一番近い状態がキープされるということ。よってだ。ほいっ」


「へっ? あっ、はい! …って、なんですか!?」


バックに手を突っ込んだキースは何かをセルに向かって投げた。なんとかそれを受け取ったものの、確認した瞬間に一瞬にして茹ダコのように赤面したのだった。


「ちょ、な、何ですか!」


セルは声を荒あげながら手に持った物をそのままキースに投げ返した。


それは女性物の下着、いわゆるショーツだった。


「すまん、間違えたな。なかなかに操作が難しくてな…これだ」


改めて投げられた物、それは液体の入った筒だった。しかも、それはキンキンに冷えていた。


「冬に詰めておいたハーブ水だ。よく冷えているだろう? 劣化や温度といった物すらほぼ変わらない状態なのだ。まあ、今説明した原理を踏まえて、魔法の構築をして作られたんだろうが、私の叡智を持ってしてもここまでしかわからん」


「そんなことより、どうして下着なんて持ってらっしゃるんですか!」


セルは声を荒あげながら問いただす。その後ろではナーシャが最低…と言わんばかりの、苦虫を噛み潰したような表情でキースを見ている。


「旧友がいつ会ってすぐ着られるように持っておけと服もろとも渡されてな。それで仕舞ってあるのだよ。すまない、非礼を詫びよう」


申し訳なさそうに下着をしまったキース。謝罪された以上は追及もできず、セルは火照った顔を冷まさんと持っていたハーブ水を一気に飲み干した。絶妙に配合されたハーブは身体中を吹き抜けるように鼻腔へと香りを運び、爽やかさが全身を包んだ。


「それは…本当にですか? そんなことが可能なんですか?」


ラテスは興奮気味に聞く。興味をそそられたのだろう。


「仮説だから、本気にはしないでくれたまえ。ただ事実なのは、これのおかげでこの旅が生活や移動の面で楽になると言うことと、魔法は奥深い物で原理的な物だと言うことだな」


「そういえば、ここにいるみんなは魔法が使えるんだったな」


シャルがふと話を遮ってつぶやいた。全員の目線が自然とシャルに向かう。


「学園の配属クラスでも分かるだろうが、私は水の魔法が使える。といっても、実力はまだまだだがな」


「僕は土魔法ですね。といっても、使えると知ったのも最近の話になりますが。全員、ということはナーシャさんも使えるんですか?」


ラテスはナーシャにそう話しかける。ナーシャは少しの間を開け、ポツリと答える。


「警備上の関係上、話すことは控えますが私の戦闘には大きく関わっていますね」


「うむ、妥当な返答だね。冷静な判断力、さすがは盗賊ギルドといったところだね」


回答を濁しながらも、全員が納得できる合理性のある説明にキースが感心した様子で言った。


セルはふと思った。これは白紙の魔法について聞き出すチャンスではないかと。キースがこの魔法を知る唯一の人物だからこそ、この自然な流れは絶交のタイミングであった。


「あの、キースさん。僕の魔法なんですが」


「待ちたまえ」


キースが手を前に突き出し、セルの言葉を止める。


「君の魔法はここでは話せない。何せ特殊な魔法だ、絶対に情報が漏れないような状況を確保してから話そう」


街から然程離れていない場所だからということもあり、街道を行き交う人に聞かれない方が良いということだろう。


「…まあ、今日の夜にでも話そう。街道から少し外れれば問題ないだろうからな」


今は聞けないと残念そうな顔を見て、キースは軽く肩を叩きながら言った。セルは気を取り直すと、水筒を返却し、歩き出した。


「ちなみに私は、水・風・火・土が使えるな!」


突然にぶっ込まれた衝撃発言、全員の口が開いて塞がらなかった。あのナーシャですら目を大きく見開いてキースを見ている。それこそ問題発言だろうと全員が思う中、キースは驚きの表情を見てはっはっはと高笑いしていた。


「学園で魔法を専門別に教えている理由は、ズバリ魔法の歴史の劣化にある」


「魔法が弱くなったということですか?」


セルの言葉に、キースは首を横に振り話を続ける。


「正確には、どれも使える人間がいなくなったということだ。魔法はそもそも、この空気中に存在している魔素というものを利用して自然現象を起こさせる力のことだ。従って、何故風が起こるのか、何故物が燃えるのかなどの原理的な部分が分からないことには強力な魔法を使えることはできないのだよ。原理とは実用性まで遠く、理解しにくいもの。それを理解し応用するには、それなりの知識と経験を伴う。それを他もというのは人類にとっては時間が足りない。」


キースの話は目から鱗の内容だった。


かつては満遍なく、ただ弱い状態で使われていた魔法は時代の変化とともに、争いにも使用され強力であることが求められた。その結果、一つの魔法を極めた方が効率が良いだろうという方向に人類は舵を切ったそうだ。そうして世代が入れ替わっていく中で、魔法は一人につき一種類がデフォルトの考えになってしまったらしい。その方が世界の統治者達としても得と知っているが故に、真実は捻じ曲げて現在の方向で教えているのだそうだ。


「まさか、そんな歴史が…というかそんなこと教えてもらっていないぞキース」


「当たり前ですよ殿下。あの頃の殿下に教えたら、間違いなく悪い方向にその知識を使うでしょう」


「まあ、確かにそうか…」


シャルはバツの悪そうな様子で押し黙る。しかしキースは反対に嬉しそうな様子でシャルに答える。


「今のあなたなら、教えたいことが山のようにある。ようやく、私の本来の仕事が発揮できますよ」


「…よろしく頼む、容赦無くやってくれ」


ニカっと歯を見せるキースと笑うシャル。2人の新しい関係が始まったことに、セルは嬉しさを感じながら、馬に揺られ、道を歩んでいくのであった。

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